第25話24 側近は死神皇帝の行動に驚愕します
セレスティアを乗せた馬車は皇都で一番賑やかなガレット通りを走っている。
(朝早いから人通りも少ないし、お店もまだ開いてないわね。あら、ここがマリアンヌ洋菓子店の本店?外観のデザインがシックで素敵!!一度、お店の中にも入ってみたいわ)
この通りには様々な有名店が立ち並ぶ。そして、車窓の向こうに見えているマリアンヌ洋菓子店はロドニー伯爵が経営しているチョコレート専門店だ。セレスティアは以前、ロドニー伯爵からこの店の高級チョコレートを差し入れで貰ったことがある。そのチョコレートをフレドリックと会う際に持参し、美味しいと喜ばれたことを思い出した。
(このお店に行くときは、フレドを誘ってみようかな。彼、結構甘いものが好きなのよね~)
現在の時刻は午前九時。皇宮まではあと五分で到着する。ちなみにセレスティアが皇帝に謁見する時刻は午前九時半だ。
今朝、予告なしでこの馬車が大聖堂へセレスティアを迎えに来るまで、彼女は皇宮へ転移魔法を使って行くつもりだった。そうすれば、第四騎士団の護衛も必要ないし、早く出発する必要もないと考えたからである。
ところが午前七時。大聖堂のロータリーに皇帝の馬車が入って来た。それも第一騎士団の団長アルベルト・ノルトと精鋭騎士五名付きで。
ノルト卿の説明によると皇帝が出迎えの馬車を出すのは特別なお客様だけなのだととか。皇宮に入る際、一般の馬車は厳しくチェックされるのだが、皇帝の馬車はチェック無しで通過出来るというメリットがあるらしい。
(それはそれで不用心な気がするわね。誰でも一応、チェックした方がいいのでは?)
「私は皇宮へ転移魔法で行くつもりでした。こんなに豪華な馬車が出迎えにくるとは思っていませんでした」
「大聖女様、残念ながら皇宮は転移魔法では入れません。強い結界が張ってあるのです。我々は皇帝陛下より大聖女様を護衛し皇宮へ安全に送るという任を与えられました。また有事には己が命に代えても貴方様を護るようにという命も受けています。どうぞ心置きなくお乗りください」
ノルト卿の必死に説明している姿を見ていると断り辛くなった。正直なところセレスティアは全く弱くないというか、寧ろこの中の誰よりも強い自信がある。ただ、折角のご厚意なので、ありがたく受けることにした。セレスティアが「ではお世話になります」と言った時のノルト卿のホッとした顔が忘れられない。
そんなわけで、セレスティアは大きな皇帝の馬車に一人で乗っている。貴族のご令嬢と違って、大聖女にお付の侍女や専属の護衛騎士はいない。そのため、広い室内でのびのびと過ごしながら、外を眺めて楽しんでいた。
――――いよいよ皇宮へ続く大通りへ馬車は入る。正面に巨大な建物が聳えているのが見えた。
「まあ、なんて立派な宮殿。あの建物の中でフレドは生活しているのね」
セレスティアは前方の風景を御者の背後にある窓のカーテンを捲って、こっそりと眺める。もちろん、皇宮へ行くのは初めてだ。正面の皇宮の建物は横広く、右端には高い塔が立っていた。その奥にもいくつか建物が見えている。正門からはメインエントランスへのアプローチは等間隔に警備兵が配置され、緑は低木のみだった。そのため、距離があるのに大変見通しが良い。これは侵入者防止策なのだろうか。
(皇宮の壁の色はライトグレー、窓枠とドアは黒。建物もモダンなデザインで素敵だわ)
馬車はロータリーに入ると、穏やかに減速していく。
いつの間にか騎乗したノルト卿と第一騎士団の精鋭たちが馬車の横を並走していた。
(皇宮の敷地に入るまで、第一騎士団の方々はこの馬車の前後にいたのかしら?ということは、かなり物々しい警護で街中を進んで来たということよね?そんなに警戒しなくても大丈夫なのに・・・)
馬車が停車する。セレスティアは外からの合図を待つ。
――――数分後、コンコンとドアをノックされ「到着いたしました。ドアを開いても宜しいでしょうか?」と尋ねられた。
「はい、大丈夫です」
セレスティアが答えると、ゆっくりとドアが開かれた。
(なっ!?何、この状況!!!ちょっと待って!!)
皇宮職員と思われる人たちが美しく整列した状態で、セレスティアの方を向いている。そして、目の前には皇帝フレドリック、そして、その後ろには側近らしき男性が二人立っていた。
――――セレスティアは気持ちを仕事モードへ切り替える。背筋を伸ばし、大聖女として堂々と一歩踏み出す。
―――――――
遡ること三十分。
執務室でフレドリック、ミュゼ、ブルックリンはスケジュールの確認をしていた。
「この後、大聖女様がお見えになります。午前九時半、謁見の間です。今から一時間後ですよ。陛下、聞いていらっしゃいますか?」
「聞いている」
「どうぞ、大聖女様の前では愛想よく、紳士的な振る舞いをして下さい。初めて会うのですから」
ミュゼは上司に念を押した。女性嫌いのフレドリックが冷たい態度を取って、大聖女に嫌われてしまう可能性は十分にある。ミュゼもフレドリックと同じように仕事ばかりしているので、女性の扱いには慣れていない。拗れた関係をフォローしろと言われても無理である。
「ミュゼ、何を心配している。いつも通りではダメなのか?」
フレドリックは不服そうな顔をしていた。ああ、自覚が無いのだなとミュゼはため息を吐く。
「ああ、大聖女様とお会いするのが楽しみです。トレイシーに自慢します!!」
ミュゼの心中を知らないブルックリンは浮かれている。ブルックリンくらい上司も浮かれてくれたらいいのにとミュゼは心の中でボヤく。
「九時半なら、そろそろ指示を出した方がいいだろう。ミュゼ、皇宮の正職員をメインエントランスに集めろ、警備関係以外の全員だ」
「――――えっ!?正職員を全員!?本気ですか?」
「そうだ。皇宮に新しい女主人が来るのだから全員で出迎えるのは当たり前だろう。俺もメインエントランスへ彼女を出迎えにいく。お前とブルックリンも付いてこい」
「はい、付いてまいります!!」とブルックリンは即答した。
ミュゼは返事よりも皇宮内に連絡を回すことで頭が一杯になる。ただ、フレドリックが大聖女を軽視していないということは分かったので、ホッとした。
「陛下、私は各部署へ連絡を回してまいります。直接メインエントランスへ向かっても宜しいでしょうか?」
「ああ、構わない。俺はブルックリンと向かう。よろしく頼む」
「はい、行ってまいります!!」
―――――――
馬車のドアが開かれた。まだ中に居る大聖女の姿は見えない。
「ようこそ、皇宮へ大聖女どの」
フレドリックが馬車の中へ手を差し伸べる。ミュゼとブルックリンは皇帝の後ろに立ち、緊張していた。
(うわっ、フレド!!いつものラフな感じも好きだけど、濃紺の詰襟ジャケットを纏っている姿もカッコいいわ!!)
「ごきげんよう、皇帝陛下。今日もカッコいいですね」
セレスティアはニッコリと笑う。
「大聖女どのもお美しいですね」
フレドリックが発した言葉でミュゼは全身の毛が逆立った。目の前の皇帝は本物なのか?と疑ってしまう。
――――セレスティアは何の躊躇もなく彼の手を取って、ステップを降りてきた。
「フレド?今日は謁見の間で会う予定だったわよね。時間が空いたの?」
大聖女が気軽な口調で上司と話している!?ミュゼだけではなく、ブルックリンも驚愕した。幸いエントランス前で整列している職員に会話の内容は届いていない。ただ、皇帝が大聖女に向かって微笑んでいることに気付いた者はショックを受けていた。あの誰よりも怖い皇帝が笑っていると・・・。
「婚約者が来るのに謁見室で待つのはあんまりだろう?」
「でも、これはやり過ぎなのでは?」
セレスは職業スマイルを浮かべて、職員を左から右へ視線で辿っていく。ニコっと笑い返してくれる職員も結構いた。
(皇宮の職員は概ね感じが良さそうね。だけど、男性ばかりじゃない?女性の職員が少ないのは何か理由があるのかしら。まあ、同じ男性でも、愛想のない三大神官とここの職員は大違いだわ。あの人たちとはもう会うこともないでしょうけど、感じの悪さが半・・・)
「いや、これくらいしておかないとセレスが皇宮職員から舐められたら困る」
「――――そう、私に配慮してくれたのね。ありがとう」
上司が女性と微笑み合っている。これはまごうことなき真実。だが何故こうなったのかが、ミュゼにはさっぱり分からない。正直なところ、二人の婚約はミュゼのゴリ押しから始まった。だから、この二人は今の今まで面識も無かったはずなのに・・・。
――――セレスティアは職員の前までフレドリックのエスコートで移動した。ミュゼはハッと我に返り、皆に合図を送る。
「ようこそ、お越しくださいました、大聖女セレスティア様。皇宮職員一同、心より歓迎申し上げます!!」
大きな声は気持ちよいほど揃っていた。言い終わると職員は一斉に礼をする。
(うわー!!凄い。キレイに揃っているわ)
セレスティアは横に立つフレドリックの方を向く。意図を察したフレドは口を開いた。
「直れ。大聖女から言葉がある」
フレドリックの指示で、職員たちは顔を上げ、背筋を伸ばしてセレスの方を向いた。その所作には一切の無駄がなかった。
「職員の皆さま、ありがとうございます」
セレスティアはお礼の言葉を告げた。貴族のご令嬢だったら、ここでカテーシーを披露する場面かもしれない。だが、セレスティアは大聖女という高い身分のため、感謝の気持ちを伝えるだけにする、その一言だけで、信仰心の厚い者は目じりに涙を浮かべていた。
「さあ、いこう」
フレドリックは彼女の手を自分の腕に掛けると建物の中へ歩き始める。ミュゼとブルックリンもその後に続いた。
(ああいう場合、フレドみたいに何も言わないのが正しいのかしら?私が発言したのは良くなかった?)
「ねえ、フレド?今みたいな時はお礼を言わない方が良かったのかしら?」
セレスティアは前を向いたまま、小声で話す。彼女が気にしているのは職員が仕事に誇りを持っていて、あのように整列するのが当たり前だと思っていたら、セレスティアの告げたお礼の言葉を嫌味に感じてしまうのではないかということである。
(これくらい当然ですから、それとも馬鹿にしてるの?って思われたら、どうしよう)
「いや、君がお礼を言うのは何の問題もないし、職員は素直に喜んでいたと思う。俺は気軽に自分の気持ちを言葉にしてはならない立場だから、何も言わなかっただけだ。心中では、彼らがセレスを気持ちよく出迎えてくれたことに感謝している」
「なるほど・・・」
(私、フレドといるとつい気が緩んでしまうけど、よく考えたら、いつも信者さんの前では営業用スマイルを浮かべて感情を読まれないようにしているんだった!!似たような制約があるのね、大聖女も、皇帝も・・・)
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