第20話19 死神皇帝は複雑な気分です
「陛下、この筆跡は間違いなく大預言者イーリスのものです。どこで手に入れられたのですか?」
皇宮図書館の館長ケヴィン・ヴォイジャー伯爵は古代文字が記されているカードをまじまじと見ながら、フレドリックに尋ねる。
――――フレドリックはセレスから預かった箱を抱えて皇宮内の図書館へ向かった。
その目的は古代の研究者として名の知れたヴォイジャー伯爵にこの箱の中身を鑑定してもらう為だった。カードに記されたイーリスという名を見た時、もしや大預言者イーリス?なのではと思ったが、その勘が当たっていたことが今、証明された。
「諸事情により場所を教えることは出来ない」
「承知いたしました」
「――――大預言者イーリスの筆跡で間違いないのか?」
「はい、間違いなく本物です。しかも、このタイミングでこの文面!!陛下の結婚をお祝いしていると考えて良いでしょう。これは大変、素晴らしいことです!!大預言者イーリスが陛下と大聖女様に祝福を贈られたということなのですから。きっといい時代がやって参ります!!」
歓喜しているヴォイジャー伯爵とは裏腹にフレドリックは全然嬉しくなかった。セレスがあんなに思い悩んで壁の中から取り出した箱なのに、その箱の中に入っていたのは彼女が求めていた帳簿ではなく、フレドリックと大聖女の結婚を祝う品だったのである。――――セレスに申し訳なくてたまらない。
「陛下、ここに書かれているささやかな贈り物とは何だったのですか?よろしければ見せていただけませんか?」
既に彼の視線は箱にロックオンされていた。
「そのカードの文面もこの中身のことも他言無用で頼むぞ」
「はい、お約束いたします!!」
今にも飛び掛かって来そうな勢いのヴォイジャー伯爵にフレドリックは若干の恐怖を覚える。研究者とは皆、こういう感じなのだろうか?と。
フレドリックは箱を開けて、真っ白なベールを取り出した。向かいに座っているヴォイジャー伯爵は息を呑む。窓から注ぐ光を浴びて煌めくベール。尋常ではない代物だということはフレドリックでも一目見て分かった。ただ、彼ならもっと詳しいことが分かるのではないかと期待している。
「これは婚礼用のベールではありませんか!!素晴らしい!!間違いなく国宝級のお品物でございます。これをささやかな贈り物と言うなんて、大預言者イーリスは謙遜し過ぎです!!」
フレドリックはヴォイジャー伯爵の前に、ベールを差し出す。
「陛下!!少しお待ちください」
ヴォイジャー伯爵は慌てた様子で部屋から出て行ったかと思えば、直ぐに戻って来た。その手に真っ白な手袋を携えて。
「大切なベールを汚してしまってはいけませんので、手袋を嵌めます!」
彼は手袋を装着してから、ベールを受け取った。手元の刺繍をジーッと眺めた後、両手で広げて入念に観察していく。
「いや~、実に素晴らしい刺繍でございます。また、この満天の星の刺繍が意味深といいますか、何と言いますか・・・、探求心を擽られますね。大預言者イーリスからの贈り物ですから、意味が込めている可能性も高いでしょう。陛下、ここの部分にふたご座がありますよね。もしかすると近い将来、陛下の元に双子の皇子が誕生することを暗示しているのかも知れませんよ」
「―――――それは深読みのし過ぎではないか?」
「そうかも知れません。ですが、こういうものは色々と想像するのが楽しいのでございます」
――――『大聖女との間に子を儲けるだと!?』という言葉を飲み込んだ。心の中にいるのはセレス、ただ一人。彼女の飾り気のない性格が大好きだ。いつもフレドリックの身体のことを心配し、自分のことは二の次にして・・・。優しい。愛おしい。可愛い。愛している。好きだ。何故、もっと言葉にしなかったのだろう。後悔ばかりが押し寄せてくる。
――――こんな気持ちで大聖女と結婚するのか、他の女性を愛しているのに何故、婚約した?フレドリックは全然、己の気持ちと現状に折り合いが付いていない。
それなのに、大預言者イーリスの祝福などと言う厄介なものまで出て来て、どんどん外堀が埋められていく。もう、フレドとセレスが一緒に生きて行く未来は一ミリも残されていないというのだろうか?
――――『俺は彼女を諦められるのか?』
――――――――
執務室へ戻ると、ミュゼとトレイシー・ロドニー伯爵令孫とブルックリン・バルマン侯爵令息が居た。
「陛下、おはよう!」
「トレイシー、久しぶりだな。少し丸くなったんじゃないか?」
「最悪。これでも気にしているんだ。言わないでくれない?」
フレドリックに対し不服そうな態度を示すトレイシー。彼は昔からフレドリックに遠慮などしないタイプだった。そう、ロドニー爺さん(ロドニ―伯爵)と同じように・・・。
「帝国の太陽。皇帝陛下へご挨拶申し上げます」
反して、型にはまった挨拶をするのはブルックリンだ。彼は折り目正しいことを好む。少々乱雑なフレドリックには模範的な彼が必要だ。側近になってくれないかと先日、打診したところである。。
「ブルックリン・バルマン侯爵令息。顔を上げよ。今日は何用だ?」
ミュゼは顔を伏せた。久しぶりにフレドリックが皇帝陛下モードになっているのを見て、ツボに入ったからである。下を向いて、こっそりと笑いを噛み殺す。
「はぁ!?オレに対する態度と違い過ぎじゃない?」
追い打ちをかけるようにトレイシーがボヤく。油断したミュゼは、ブッと吹いてしまった。
「何だよ~、ミュゼ笑うなよ!!」
トレイシーはミュゼに突っかかっていく。
「お前達、静かにしろ!」
フレドリックは二人に注意をした。そして、ブルックリンへ視線を戻す。
「陛下、側近の件、謹んでお受けいたします。父に話し、家督は弟へ譲・・・」
「ちょっと待て!!何故、家督を継がないという話になった?」
突然、侯爵家を継がないと言い出したブルックリンにフレドリックは待ったを掛けた。
「陛下に全身全霊を捧げます。家門を背負うと余計なしがらみが付いてくるので、弟へ譲る覚悟をいたしました」
「いや、その決意は・・・、少し重過ぎないか?そこまでしろとは言ってないのだが・・・。侯爵は何と言っていた?」
「―――――何も言わず、燭台を持って暴れて・・・」
「あー」
その場にいたフレドリック、ミュゼ、トレイシーの声が重なる。
フレドリックはブルックリンのことを真面目な人間だとは思っていたが、まさか、ここまで融通が利かないとは思ってなかった。今頃、バルマン侯爵は怒り狂っていることだろう。彼を側近に誘ったのはフレドリックである。これ以上拗れないよう侯爵とは早めに会って話をした方が良さそうだ。
「取り敢えず、俺が一度、侯爵と話をする。家門を投げ出すのはしばらく待ってくれ」
「ですが!」
「大丈夫だ。お前が家門のことで忙しい時は他のメンバーで仕事を分担すればいい。それくらいは出来る。そうだろう?ミュゼ」
「はい、可能です。余り深刻に考えないで下さい。バルマン侯爵令息」
「―――――分かりました」
ブルックリンはまだ納得がいかないようだった。
――――ここで、トレイシーが話題を変える。
「フレド!爺様から聞いたのだけど、大聖女様って物凄く美人らしいね。いいなぁ、キレイな花嫁!!オレも欲しいなぁ~」
フレドリックは眉間を揉む。トレイシーは何も知らないから、お気楽に考えているのだろう。大体、ノキニアの森で出会ったセレスが好きなのに、大聖女セレスティアと婚約し、古代の大預言者イーリスによって結婚への外堀まで埋められつつあるこの状況は全然嬉しくないし、むしろ双方の女性に対する罪悪感が止め処なく湧いて来て辛いだけだ。
「爺様は今朝、張り切って大聖堂へ出かけて行ったよ。オレも付いて行きたいって、お願いしたけど、バッサリ却下された。爺様曰く『お前が大聖女様に会うのはまだ早い』だって。意味が分かんないんだけど!?」
「ロドニ―爺さんの言うことは聞いておいた方がいいぞ」
「はい、私もそう思います。ロドニー伯爵はお仕事で大聖堂へ向かわれたのですから」
フレドリックに続いて、ブルックリンもトレイシーに追い打ちをかける。
「はぁー、お前まで・・・」
トレイシーはブルックリンを恨めしそうな目で見た。
「ここに来るまで、美人な妃を娶れるなんて羨ましい~って言っていたクセに!!」
「――――そっ、それは!!」
――――コンコンコン。
どうでもいいやり取りを聞かされていると思っていたところで、誰かがドアをノックをした。
「はい、どちら様でしょうか?」
ミュゼはドアの外へ問い掛ける。
「第四騎士団伝令係シャーロン・ベイであります。緊急報告にて参りました」
「どうぞ入って下さい」
ミュゼの返事と同時に一人の女性騎士が部屋へ入って来た。トレイシーとブルックリンは邪魔にならなうよう壁際に移動する。彼女は片膝を床について、皇帝陛下の言葉を待つ。
「ベイ卿。顔を上げ、速やかに報告せよ」
「はっ、四半刻ほど前、大聖堂にガルシア王国・第三王子ライル殿下が現れました。当初、第三王子殿下は変装なさっており、我が第四騎士団と入り口付近で押し問答になりました。騒ぎに気付いた副団長が大聖堂の扉を内側から開き、外の様子を窺おうとしたところ、隙を突いて第三王子殿下が大聖堂へ駆け込まれました。そして、第三王子殿下は大聖女様の前で変装を解くと、求婚を・・・」
「ちょっと待て?何それ?隣国の王子が大聖女様に求婚した!?本気??」
シャーロンが話している途中で、トレイシーが割り込んだ。
「トレイシー、黙れ。質問は最後だ」
「はぁーい」
「続きを聞かせてくれ」
フレドリックはシャーロンに続きを促す。シャーロンがトレイシーを一瞬、横目で睨んだことは気付かなかったことにしておく。
「はい。求婚に対し、大聖女様は『私が愛しているのは皇帝陛下、ただ一人です』とキッパリお断りになりま・・・」
「え、二人はそういう仲なの?」
「トレイシー、黙って聞けないのなら、外に出すぞ!!」
断じてそういう仲でないと言いたいが、下手な発言はおかしな噂に繋がる可能性があるので我慢する。シャーロンはトレイシーに向かってチッと舌打ちをした。だが、フレドリックも同じ気持ちだったので咎めない。
「――――邪魔をしてすみませんでした。続けて下さい」
流石に場の空気を読んだのか、トレイシーは謝った。
「では、続けます。それはもう立派に!完璧に!!大聖女様はお断りになられました。ですが、第三王子殿下がしつこくて・・・、あ、いえ、諦めきれなかったようで・・・。結局、ロドニー伯爵が間に入られました」
「そうか。それでロドニー伯爵は何と?」
「ガルシア王国の国王様と我が国の皇帝陛下に許可は取ったのかと第三王子殿下に正論で詰めまして・・・。無事、勝利いたしました!!」
――――最後の一言で、場の空気が明るくなった。
「いやー、大聖女様を隣国に搔っ攫われたとか言い出したら、どうしようかと思いましたよ」
ミュゼは胸を撫でおろす。
「大聖女様はきちんとされている方なのですね・・・」
ブルックリンはうっとりとしている。
「陛下。大聖女様は女性の目から見てもとても素敵なお方でした。今後も更に警備体制を強化して、しっかり御守りいたします!!」
「ああ、よろしく頼む。で、その後、第三王子は何処へ行った?」
「騎士団が追跡していますが、馬車で皇都方面へ向かっていらっしゃいます。もしかすると・・・」
シャーロンは言葉を濁す。
「来るでしょう」とミュゼ。
「来るだろうな」とトレイシー。
「厄介ですね」とブルックリン。
口々に第三王子がここに来るだろうと予想する。
「シャーロン・ベイご苦労だった」
「陛下、ありがとうございます。では、任務に戻ります。失礼いたします」
シャーロットは再び礼の姿勢を取った後、速やかに退室した。
「はぁー、面倒だな・・・」
「陛下~、いきなり気を緩めるのは止めて下さい。まだ職務中ですよ!!」
苦言を吐くミュゼを無視して、フレドリックは窓の外へ視線を送る。今日は快晴。雲一つない青空が広がっている。――――大聖女が『私が愛しているのは皇帝陛下ただ一人です』という理由で断ったのなら、同じ手を使った方が辻褄が合うなとフレドリックは呑気に考えた後、同じセリフをセレスが言ってくれたら最高なんだけどなぁ~とため息を吐いた。
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