第19話18 大聖女は切れ者王子にハッキリと申し上げます
シュトライザー卿が扉を開けようと押した瞬間、外から勢いよく一人の男性が飛び込んで来た。扉の外では赤い騎士服の人達が慌てている。彼を制止しようとして振り切られたといった感じだろうか?セレスティアは彼に見覚えがあった。
「――――ライル団長様?」
(こんなに急いでどうしたのかしら、カーブス商団に何かトラブルでも発生したの?)
呑気に考え事をしていると第四騎士団の団員たちも彼を追って大聖堂へなだれ込んで来る。大聖堂はかなり広いため、セレスティアたちが居る場所まではまだ距離があった。ところが・・・。
「あ、あの、あの方は良くお見えになる商団長さまなので大丈夫です」
セレスティアはハーツ卿へ慌てて伝えた。先頭にいる騎士が剣を抜こうとしているのが見えたからだ。
(許可なく入って来るのを止めてくれるのは助かるけど、剣で斬るのは・・・)
「止まれ。その方は大聖女様のお知り合いだ」
低音の声が大聖堂へ響く。――――ピタッと騎士たちの動きが止まった。
(ハーツ卿の統率力、凄っ!!騎士の皆様も任務を遂行しながら、ちゃんと団長の指示を聞いているのね)
「ごきげんよう。大聖女セレスティアさま」
「――――ごきげんよう。ライル団長さま、お急ぎのご様子ですが、どうかなさったのですか?」
走り込んで来たのに呼吸の一つも乱れていないライル。セレスティアはカーブス商団に何かあったのだろうか?と心配しながら尋ねた。ところが、彼女の予想は大きく外れる。
突然、セレスティアの前でライルはいつも羽織っているキャメル色のフードを脱ぎ棄てた。その下から出て来たのは真っ白な布地に金の縁取りが施された煌びやかな衣装。何かを察した第四騎士団の団員たちが一斉に礼の姿勢を取る。
(何故、騎士団が礼の姿勢を!?)
「――――騙すつもりは無かったのですが・・・」
ライルは黒髪に自身の手を乗せて、何かを囁いた。すると、彼の黒髪が明るい金髪へと変わる。
「これは一体・・・」
セレスティアが状況を理解しようとしている間に彼は片膝を折り、彼女の前へ跪いた。
「僕はガルシア王国・第三王子ライルです。大聖女セレスティアさまへ求婚します。僕と結婚して下さい」
「えっ!?」
彼女の戸惑いを無視して、ライルは懐からブルーの大きな宝石が嵌め込まれた指輪を取り出した。
(いやいやいや、待って、待って!!!何、これ!?ライル団長の正体は隣国の第三王子だったってこと?その上、私に求婚!?はぁ?)
彼は指輪を手にしてセレスティアの返事を待つ。だが、セレスティアがその指輪を受け取ることはない。
「あのう、ライル王子殿下、申し訳ないのですが・・・」
セレスティアは言葉を濁し、少しでも彼を傷つけないような言葉を選ぼうとする。しかし、昨夜からの騒動を知らないライルには勢いがあった。
「あなたを娶れるのは僕しかいない!!この手を取ってくれないか?」
(カッコいい王子様が甘い言葉を吐いている。――――ライル王子殿下は知らないのね。私が皇帝陛下と婚約したことを・・・)
「ごめんなさい。お断りいたします」
セレスティアはライルにハッキリと断りの文句を告げる。
「何故?あなたは一生、ここに居るつもりですか?こんな鳥かごのようなところに!!」
納得のいかないライルは反論した。
(大聖堂を鳥かごに例えるなんて、上手いことを言うわね。確かに今までは囚われていたけれど、この一晩で大きく状況が変わったの。それに隣国の王子さまへ、我が国の大聖堂の不祥事は話せないわ。ごめんなさい)
「ゴホッ、ゴホッ・・・」
ワザとらしい咳で全員の視線を集めたのはロドニー伯爵だ。
「ライル王子殿下、お久しぶりですな。国王陛下はお元気にされていらっしゃる?」
隣国の王子を相手にしても堂々とした口ぶりである。
「あなた様は王子方の中で一番優秀だと聞いておりますぞ。そして、ここは祈りを捧げる場。大聖女さまはこの国の宝です。これが何を意味するか、優秀なライル王子殿下でしたらお判りでしょう?」
ロドニー伯爵の発言には、『この神聖な場でこの国の宝に隣国の輩が無作法に手を出すのか』という意味が込められていた。つまりライルの行いを糾弾したのである。この言葉を受け、片膝を折っていたライルは悔しそうな表情を一瞬だけ浮かべた後、指輪を懐へ素早く戻し、立ち上がった。
「大方、噂でも聞いて足を運ばれたのでしょう。国王陛下はこのことをお許しになっていらっしゃいますか?そして、我が国の皇帝陛下があなたへ大聖女に求婚する許可を出しましたか?」
更に追い打ちを掛ける、ロドニー伯爵。
(ロドニ―翁、強っ・・・。これ、私が下手な発言をするよりも彼に任せた方が良さそうね)
セレスティアは口を噤んで様子を見守る。背後の聖女たちも突然起きたプロポーズ事件に戸惑っていた。騎士たちも息を呑んで成り行きを窺う。
「父上は・・・」
ライルは言い返そうとした。だが言葉が続かない。ロドニー伯爵が追求した通り、彼は国王の止める声も聞かずに飛び出して来た。それにフレドリックから明確に大聖女へ求婚して良いという許可も得ていない。
彼はロドニー伯爵の言葉で我に返った。ライルのことを賢いと言ってくれる人は多い。だが、本当はそんなに賢くないのかも知れない。勢いに任せてここまで来たが、大聖女はライルの求婚をあっさりと断った。
――――大聖女には信念がある。彼女は彼女が正しいと思う選択をした。
そう思う一方で、自分では何か足りないのか?ならば、誰が彼女を娶れるというのだという傲慢も心の中で渦を巻き続けていた。
「大聖女さまに愛している方がいるというのは本当なのですか?」
やはり自分以外に彼女を幸せに出来る者はいないという想いが心の中にある。嫌な質問だと分かりながら口にしてしまった。ライルより劣る者に決まっていると耳元で悪魔が囁いている。
(こ、これは難しい質問・・・。私が愛しているのはフレドだけど、皇帝陛下と婚約している手前、他の人の名前を出すわけには・・・。打算的だけど、彼や皆さんに納得してもらうには・・・)
しばしの沈黙の後、セレスティアは口を開いた。
「私が愛しているのはこの国の皇帝陛下です。あなたの求婚はお受けできません」
(ああああ、公の場で会ったこともない皇帝陛下をダシにしてしまうなんて・・・。本人(皇帝陛下)に知られたらドン引きされてしまいそう・・・。だけど、これで婚約したことを隣国から怪しまれる可能性は無くなるはず・・・。それにもし破談になっても私が一方的に恋していたということにしておけば陛下へご迷惑を掛けずに済むよね)
「なっ、大聖女セレスティアさま、本気ですか!?フレドを???」
ライルは狼狽える。親しいが故、皇帝フレドリックの冷酷な面を知っているからだ。そして、彼が女性に興味を持って無いということも・・・。
(ライル王子殿下は皇帝陛下と顔見知りだったのね。だから、訪問しても斬られなかったってことかぁ~。だとしたら、何のために私の加護を貰いに来たのかしら?あと、皇帝陛下のことをフレドって呼ばれると複雑な気分になるのだけど!!フレドとフレドリック、名前が似過ぎなのよ・・・。はぁ、今後もフレドリックさまと呼ぶ度に、フレドの顔が浮かびそう・・・。――――それはちょっと困るわね。違う呼び方を考え・・・)
「大聖女セレスティアさま!聞いていらっしゃいますか?」
上の空なセレスティアへ、ライルが強い口調で話し掛けてきた。
「はい、聞いています。本気です。私は皇帝陛下がいいのです。ごめんなさい」
これ以上詰め寄られても、どうしようもない。セレスティアは『ごめんなさい』の部分を強調した。
「――――分かりました。今日のところは引き取り下がります。ですが、僕は諦めません。また来ます」
ひらりと身を翻し、ライルは颯爽と大聖堂から出て行った。セレスティアは彼が視界から消えるまで目で追う。
(団長が隣国の王子殿下だったということは、カーブス商団というのは偽りの商団だったということよね・・・。その上、偽りの理由で度々加護を受けるため、多くの金銭をベリル教団へ寄付して・・・。それって、恐ろしく無駄な行動じゃない?――――大金を持っている隣国の王子だから出来たということかぁ~。だけど、今後は必要な人に加護を与え、本当に苦しんでいる人に回復治療を施せるような教団に変えていきたいわ。大金があるからって、適当な理由を付けて加護を貰いに来るのはダメよ!!ああ、この辺は聖女たちとも、よく話し・・・)
「大聖女さま、ご立派でしたぞ。ライル王子は隣国の王子たちの中でも優秀だと思っていたのですが、あなた様の美貌に魅せられたのでしょう。まだ若いですな、フォッ、フォフォッ」
(美貌か・・・、私を美しいと言ってくれたフレド。――――ダメだ。考えたら涙が出そう)
セレスティアは両頬をパチンと手のひらで叩く。
(よし!気合を入れて、改革を始めるわよー!!)
――――ここからベリル教団は大聖女をトップとして、人々に寄り添う教団を目指し、生まれ変わっていくこととなった。
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