第6話 ただのテイマーです

<三人称視点>


「くうっ!」


 とある集団の中、一人の少女が後ずさる。

 あまりの強さを誇る魔物に、気圧されてしまったようだ。

 彼女には、周りの護衛が呼びかけた。


「ご無事ですか、セレティア様!」

「ええ、平気です!」


 少女の名は『セレティア』というようだ。


 端麗な容姿に、高貴な雰囲気。

 綺麗なミディアムの金髪は、ハーフアップで結んでいる。

 目立たない装備こそしているものの、気品があふれる少女だ。

 

 集団は彼女を守るように陣形を取っているため、一番偉いのだろう。

 そんなセレティアは、思わず歯をかみしめる。

 

「これが、魔境の森の魔物というのですか……!」


 確かな覚悟を持ってきた目だ。

 しかしそれ以上に、魔境の森の魔物が強すぎるのだ。

 セレティアが恐怖してしまうのも無理はない。


「みなさん、一度退避しましょう! これ以上は!」

「ですが例の件はどうされるのですか!」

「そ、それは……!」


 セレティアにも目的があったのだろう。

 だが、集団にはすでに犠牲が出ていた。


 そんな現状に、護衛隊長である赤髪の女性騎士──レイルは、自分たちの不甲斐なさをなげく。


「くっ、私たちは姫様一人守れないのか!」

「レイル、後ろ!」

「しまっ──ぐわあああああっ!」


 そうして、セレティアを一番近くで守っていた騎士レイルもやられてしまう。

 なんとか呼吸はしているものの、とても戦える状態ではない。


「キシャアアア……」

「あ、あぁ……」


 相手にしているのは、巨大なヘビだ。

 この魔物一匹だけに、セレティアの護衛は壊滅させられたのだ。


「ごめんなさい……」


 セレティアも当然、魔境の森の話は聞いていた。

 それでも、彼女にはやらなければいけないことがあったのだ。

 だからこそ、覚悟を持って望んだつもりだった。


 しかし、魔境の森はそれ以上だった。

 ただ、一つ不幸があるとすれば、この魔物は冒険者基準でAランク。

 序盤で当たるには少々・・強い魔物だったのだ。


「ごめんなさい皆様。ごめんなさい、お母様……」

「キシャアッ!」


 ヘビの大きな牙が、セレティアに迫る。

 その鋭利な牙が彼女を噛みちぎる──ことはなかった。


「そこまでだー!」

「……!?」


 その瞬間、横から魔法が飛んできたのだ。

 魔法は瞬く間にヘビの身を焦がし、気絶させた。


 すると、その方向から声が聞こえてくる。


「大丈夫ですかー!」

「ひ、人!?」

 

 手を振りながら、タッタッと走ってくる少年だ。

 ギリギリで駆けつけたのは──アケアだった。


「今のは、あなた様が助けて下さったんですか!?」

「はい、僕はアケアです!」

「アケア、様……」


 極度の緊張が一気にほぐれ、安心感と共にセレティアは座り込む。

 その美しい瞳からは涙がこぼれていた。


「ありがとうございます……!」

「いえ、間に合って良かったです」

「ですが……私は取り返しのつかないことをしてしまいました……」


 だが、セレティアはすぐに周囲に気を配る。

 彼女の周りには、護衛たちが倒れていたのだ。

 

「この傷ではもう……。例えきゅうてい治癒ちゆ士であろうと──」

「あ、お仲間さんでしたか。ではちょっと待ってて下さい」

「え?」


 セレティアの護衛だと認識したアケアは、人差し指に魔法を灯す。

 人々を癒すような、優しい黄緑色の光だ。


「【上級治癒ハイ・ヒーリング】」

「……!?」


 光が周りに波及した途端、ぐったりとしていた護衛たちが徐々に目を開く。

 もう助からないはずの護衛たちが、一瞬にして回復したのだ。

 

「なんだ!?」

「か、体が動く!?」

「はっ、姫様はご無事ですか!?」


 すると、護衛たちはすぐさまセレティアに駆け寄った。

 この態度から、彼女はよほど慕われているのだろう。

 

 そして、アケアの存在にも気づいたようだ。


「まさか、あなたが救ってくださったのですか?」

「あの魔物も倒したのか!?」

「なんて方だ!」


 また、セレティア自身も信じられないような目でアケアを覗いていた。

 

「アケア様、一体何を……? あなたは魔法系のギフトではなかったのですか?」


 魔法系のギフトは、基本的に攻撃に関する魔法を授かる。

 だが治癒魔法は、治癒系というまた違う系統のギフト由来なのだ。

 だからこそ、両方を使いこなしたアケアに戸惑ってしまった。


 だが、アケアは首を横に振る。


「いえ、どちらでもないです」

「どちらでも!? では一体どんな最上位ギフトを!?」

「最上位というか……」


 アケアは自信なさげに答えた。


「僕はテイマーです」

「テ、テイマーですか!?」


 セレティアは思わず声を上げる。

 だが、油断するにはまだ早かった。


「「「キシャアアアア!」」」

「「「……!」」」


 巨大なヘビの魔物は、一体だけではなかった。

 騒ぎに乗じて、周りから寄って来てしまったようだ。


「まさか群れだったというのか!?」


 女性騎士レイルは焦っていた。


(私たちは一匹に壊滅させられたのだぞ!? こんなのが四匹もいるなんて……!)


 再び絶望感に打ちひしがれた表情だ。

 対してアケアは、全くもって飄々ひょうひょうとしていた。


「あ、まだいたんだ」

「少年!? そこはあぶな──」

「【四属性のクローバーフィーア・クローバー

「……!?」


 アケアの手から、火・水・雷・風を合わせた魔法が四方向に広がる。

 複数の耐性を持つヘビだが、この魔法には成す術がなかった。


「「「シャ、シャアァ……」」」

「「「……っ」」」


 セレティア達は、再び信じられない光景に目を疑う。

 実際に目にしているはずが、頭で理解できないのだ。

 彼女たちが住む国において、最高の魔法使いが三属性まで・・・・・しか使えないのだから。


 すると騎士レイルの口からは、セレティアと同様の言葉がこぼれていた。


「き、君は一体……」

「えと、ただのテイマーです」

「「「……」」」


 対して、今度は全員が一斉に叫ぶ。


「「「なわけあるかーーーーーーー!」」」

「え?」


 こうして、アケアはセレティア達と出会ったのだった。





「この辺なら安全そうです」


 セレティア一行を開けた場所へ案内し、アケアは腰を下ろす。

 

 あれ以降、アケアが進む道には魔物が出なかったようだ。

 その索敵能力に、騎士レイルも驚きを隠せない。


「本当にスライムに監視をさせているのだな……」

「はい。僕たちの少し先を警戒してくれています」

「五匹同時にテイムとは。本当に規格外なのだな」

「あ、あはは……」


 だが、アケアのテイム数は5ということになっていた。

 助けた時、見えていたのがちょうどそれだけだったからだ。

 それ以外にも何十匹と周りにいるが、一応隠したままにしておいた。


(本当は1000匹近くとは言わない方が良さそうだな……)


 また、アケアは周りのスライムに絶えず念話を送っているが、スライム達はセレティア一行に興味津々のようだ。


『人間さんだー』

『初めてみたー』

『アケアと似てるねー』

『ゴツゴツの服はなんだろー』

『真ん中の人きれいー』

『えらい人なのかなー』


(お願いだから静かにしててー!)


 裏で少々困りながらも、アケアは話を聞くことにした。


「それで、皆さんはどうしてこの森へ?」

「私から説明します」


 すると、すっと立ち上がったセレティアは、スカートの両裾を少し持ち上げる。

 まるで高位貴族のような洗練された所作だ。 


「まずは、申し遅れたことをお詫びいたします。わたしの名はセレティア・ヒルナーデ。隣国エスガルドの、ヒルナーデ公爵家令嬢でございます」

「セレティアさんか~、よろしく……って!?」


 だが、アケアの姿勢はすぐに土下座へ変わった。


「も、ももも、申し訳ございません! まさか公爵家の方だったとは知らず、とんだ無礼を──」

「おやめくださいアケア様! 救ってもらったのは私たちの方です!」

「で、ですが!」


 恐る恐る顔を上げるアケアに、セレティアは懇願するよう声をかける。


「とにかく、かしこまられる方が困ります! アケア様は同じように接していただきたいのです!」

「……っ! そ、そうですか」


 ぐっと顔を迫られ、手を取られたアケアの頬は少し赤みを帯びる。

 それにハッとしたセレティアも、恥ずかし気に視線を逸らした。

 なんとも微笑ましい空間になってしまった。


「こ、こほん」

「「はっ!」」

 

 たまらずレイルが咳払いをし、話を続けることに。


「で、では改めて。どうしてセレティアのような方がこんな場所へ?」

「それはですね……」


 対して、セレティアは深刻な表情で答えた。


「私の母が、未知の病なのです」

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