見る目がある占い師

小南葡萄

見る目がある占い師

 ロウソクを、一つ、二つと灯していく。

 あえて薄暗くした部屋に、焦げたラベンダーの香りが漂い始める。

 今じゃ珍しいテント式の占いの館には、ありがたいことに多くのお客様がご来店する。なぜなら、私の施す占いは、少し奇妙で、それでいて斬新なものだからだ。

 「すいません……」

 一人の男性が、紫色の生地に金粉で魔法陣が描かれた少し厚い暖簾のれんを潜って、ぼんやりとした空間を眺め始めた。

 ここは一度テレビでも紹介されたことがあるのだが、芸能人やセレブは少なく、来てくださる人のほとんどが、生気がなく、病みかけている顔で、恐る恐る来店する。今回来た男性のお客様も、着古したであろうTシャツ、パツパツのジーンズで、茶色い髪の毛を散らかしていた。

 「館コルプスへようこそ。お掛けください。本日はどうされましたか?」

 「僕、バンドをやってるんですけど、全然ファンが増えなくて……僕は熱心にやってるんですけど……」

 「そうですか、辛いですよね。占ってみましょう」

手始めに、額縁のようなデザインのあるそれっぽい紙に、名前と生年月日、そして血液型を書いてもらう。正直なんでこれをやるのかはわからない。今やっていることは、他の占い師の真似事に過ぎないのだ。

「では、どこか体に、悪いところはございませんか?」

 「え?わ、悪いところですか?」

お客様は目を丸くさせ、何を言っているの?と言いたそうに、口を少し半開きにさせた。私はこのきょとんとした顔がたまらなく好きだ。

 「ええ」

 「じゃあ、強いて言うなら、肩、ですかね……」

 私は立ち上がり、男性の背後まで行くと、彼の肩をそっと掴み、そのまま強く握り始めた。

 「痛ってててて!」

 「ふーむ……。バンドのメンバーが練習に来ないのですか?」

 「えっ、なんで分かるんですか」

 「私にはわかりますよ。なんで来ないんでしょう……?」

 次は力を緩め、肩をゆっくりと揉んでいく。

 「あっ、気持ちいい」

 そうに決まってる。そして私は、肩こりの原因である首に着手した。

 「ベースのほうは、バイトが忙しいとか言ってて、ドラムはよく体調不良を訴えるんです。それでよく二人とも練習に来れてなくて」

 「ふむふむ。ベースとドラム、どちらも来られないのですか……ちなみに、ドラムは女性?」

 「はい!そうです!やっぱりすごいなあ」

 「そしてベースは男性と……。見えます。二人が連れ添っている姿」

 「やっぱりか……」

 「二人のご関係は?」

 「わからないです。なんかグループチャットでもよく二人で話してるなとは思ってましたけど、先生、これって……」

 「ええ、恋人同士でしょう。だから、ライブも満足に行えず、ファンも集まっていない。というところでしょうか」

 私はそう言って、肩から手を離し、雰囲気を逃さないように、ゆっくりと席まで戻って、腰掛けた。

 うちの店では水晶やタロットカードなどは使わない。その代わり、相手の優れない部位に手を添え、施術をしながら占う。こうすることで、お客様のほとんどはリラックスに陥り、それは説得力になり始めるのだ。

 「あー気持ちよかった。お上手なんですね」

 「私は占っていただけですから、何かありましたらプロのマッサージ師に頼んでくださいね」

 「いや、普通に良かったですよ。プロ並み。占いも的中してるし」

 そりゃそうだ。私は『あん摩マッサージ指圧師』の国家資格を持っているのだから。

 「二人のご関係を祝福するかどうかはお客様次第です。ただ、練習は欠かさないようにしてください。もしもの話ですが、解散をしたら、次のバンドを組まなければなりません。恋人の二人とは違い、努力をしているあなたにはチャンスがあります。取り逃がすことがないように」

 「は、はい!わかりました!なんだかスッキリした気がします!ありがとうございました!」

 そう言って男性は晴れた顔をして、急に立ち上がった。

 「あっ」

 「えっ?」

 「約二十分ですので、一万五千円。頂戴いたします」

 「結構するんすね……」

 見えていた太陽は少し曇り、私にクレジットカードを差し出した。私は淡々と手続きをしてお会計を済ませ、レシートと店の名前が入った名刺を渡すと、お客様は少し猫背になりながらテントを出て行った。

 暖簾を開けた時に入ってくるデパートの冷気を吸うと、一仕事終えたのだなと、心の中で一服することができる。普段はここから大体三十分は人が来ないので、布を垂らしたテーブルの下から、ペットボトルを取り出そうとした時、暖簾からゆっくりと、赤いメガネをかけた女性が、おずおずと顔を出した。

 私は早速雰囲気を掴むために、少し頬を上げてあえて何も言わず、右手でゆっくりと手招きをする。そして、「おいで」と、口の形だけ作ると、スーツ姿の彼女は、ショルダーバックを肩にかけ、そのストラップを両手で掴んだまま中に入ってきた。

 おさげで、赤い角張ったメガネ。シャツのサイズが合っていないのか少し寄れていた。これは不安、そして焦りの現れ。良い太客になっていただけそう。そんな期待を胸に、いつも通りのサービスを開始した。

 「本日はどうされましたか?」

 「じ、実は両親に結婚を急かされてまして、探してはいるんですが、相手がなかなか見つけられなくて……」

 「ちなみに、おいくつで?」

 「に、二十八です」

 「まだまだじゃないですか。お相手探し、お手伝いさせていただきますね」

 「は、はい」

 彼女は辺りを見回しながら席に座り、私が紙を出すと、ビクッと体を震わせていた。一緒に添えたペンを取り出し、学校の先生に褒められそうな綺麗な字を書いていく。

「犬山あゆみさん……」

「えへへ、そうなんです。私だけ小学一年生の国語で収まるんですよ」

そこから、親が前向きに、道を誤らず生きれるようにとつけてくれたが、いつも道で迷子になるので、結局、道を覚えずにナビに頼ってしまうと、初対面全員に言っているのであろう話のネタを使ってきた。

 「社内とかでも不安になっちゃって、ナビ入れてるのに自分がデカくて、私ビルよりでかいんかーい!って……へへ」

 「ふふふ、可愛らしいですね。自分の悪いと思ってるところを対策しようとするのは、とても偉いことですよ。素晴らしいです」

 そう適当に返すと、唇をしまい、少しもじもじし始めた。ここからはもう情報が入りそうにないな。

 「じゃっ、どこかお体に、悪いところはございませんか?」

 「えっ、悪いところですか?」

 彼女も例外なく、レンズで小さくなった目を少しだけ開き、下を向いて、自分の体から探し始めた。

 「じ、実はさっきマッサージしてもらったばっかりで、どこも悪い場所がなくて」

 「そうですか……。それでは内臓などはいかがですか?肺とか、肝臓とか」

 「この前会社の決まりで健康診断をして、オールAでした」

 「そ、それは良かった。では目にいたしましょう。メガネをかけていらっしゃるので、少し目が悪いのでは?」

 「あ、そーですね!見えてなかったです!すいません」

 と声が少し高くなり、彼女はあからめた頬を両手で隠した。

 「良いんですよ。それでは」

 そう言って私は再び席を立った。

 実を言うと目はあまり得意じゃない。マッサージは基本的に、筋肉をほぐす施術だ。それに対して目の筋肉はとても繊細で、他人の指で押すとすぐに炎症を起こしてしまう可能性がある。しかも眼精疲労の場合は目の周りの筋肉ではなく、目の奥が疲れている状態だ。これはマッサージではどうすることもできない。だから目の施術だけは説得力に欠けてしまうかもしれないので、いつもは避けるようにしている。だが、今回ばかりは仕方がない。

 私は彼女の後ろまで行くと、メガネゆっくりと外してテーブルに起き、そっと手を添えた。

 「あったかい……」

 とりあえず、満足してもらえているようだ。見えていないことをいいことに、顔の筋肉を緩めてだらしない表情を出した。良かったあ。息を鼻から吸い、さっきの緊張を取り戻す。落ち着いて、いつも通りに。

 「職場の男性。みなさんあなたのことが気になってる」

 「そ、そんなはずは」

 私は口を押さえるように、少し手を添える力を強くする。

 「でも言い出せない。それはあなたが少し緊張してしまっていて、自分に自信がないから」

 そういうと、彼女は黙りこくった。当たってるみたい。よしよし。

 「しかしこれは変化の兆し。あなたさえ変わることができれば、世界はもっと華やかになる」

 決め台詞を残して、私は見えないように意識して冷静な顔に変え、席に座った。メガネのせいでわからなかったが、しっかりと顔を見ると、彼女の寂しそうな目は人より少し大きく、濁りのない透き通った茶色は、まるでコハクのようなツヤがあった。私は少し吸い込まれそうになりながらも、仕事モードを崩さず、膝に置いた手に少し力を入れた。彼女はついさっきまで余韻に浸っていたが、大きな目は考え事を始め、漏れるように

 「ぐ、具体的には、私はどうしたらいいんですか?」

 と質問をしてきた

 「男性に振り向いてもらうには、まず受け入れる姿勢が大切です。それは単に近づくのではなく、私も一人の女性であると主張するのです」

 「つ、つまり」

 「コンタクトレンズから始めてみてはいかがですか?」

 「な、なるほど」

 「あとは、綺麗な髪の毛も下ろして、美容師に整えてもらってください」

 「わ、わかりました。私、頑張ってみます」

 私の言ってること、普通だなあ。いや、知らない人もいるんだ。これでお金がもらえるならそれでいい。多少の申し訳なさを飲み込んで、彼女から代金を貰った後、レシートと名刺を両手で渡し、

 「また来てくださいね。ご報告、お待ちしてます」

 「はい!わかりました!」

 当初沸騰していた彼女の顔は、今は落ち着いていて、心なしか血色が良くなっている気がした。彼女は私の書いた小さなメモ用紙を両手で持ちながら、涼しい空気だけを飛ばして去っていった。

時間を確認すると、二十時を回っていた。そろそろ帰るか。私はロウソクを消して、スマホのライトを照らしながら明日変えるための新品のロウソクをテーブルの上に置いて、テントを出た。

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