アイ(AI?)をこめたVtuberはアオハルを運んできたが想像以上に重すぎた

いぬ丸

0章 デビュー前

哀は何をもたらすのか

第1話 誕生日は君と一緒だよ

 「もうすぐだからね」

 僕はパソコンのモニターにうつる––可愛い姿をした女子高生に声をかけた。

 その子は何も反応せず、僕の顔をどんな感情で見ているのかなんて理解できなかった。

 ……でも、これが僕にとっては幸せで––スタートラインだった。


 



 

 僕は数年前までは“イジメられっ子”だった。

 全世界でも共通である『優劣』の劣の方で……沢山の嫌な事をされた。

 でも、それはある時にパタリとなくなった。


 「哀さんが亡くなりました……自殺とのことです」


 僕の隣に座っていた女性––大人しく、毎日のように色々な本を読み漁っていた文学少女––緑哀(みどりあい)が亡くなったからだ。

 僕に巻き込まれるように一緒にイジメられ、一緒に焼きそばパンを買ってこさせられたり、僕と同じように名前で遊ばれたり……正直、今思い出しても腹が立つし吐き気もする。

 そして、同時に仲間であり友人である存在を失くした喪失感。

 ……僕には何もできなかった悔しさだってある。



 「草薙君…?草薙青(くさなぎあお)君?」

 僕の脳内が“過去と現在”の反復を繰り返している中––画面の向こうにいる女子高生は口をパカパカと動かす。表情は変わらない。

 「……まあ、成功かな」

 僕は手元にあるキーボードで打った言葉の再生ボタンと停止ボタンを何度もカチカチと動かし、カーソル等を調整し––目の前にいる子に命を吹き込んでいく。

 きっと子供に教育するのとは違うんだろうけど……目の前にいる子の姿に言葉に表情がついてきて––子供のように『最後に心が宿れば良いな』とつくづく思ってしまう。

 「……哀さん。もうすぐですよ」

 僕はきっとダメなことをしている。

 でも、これが僕にとって最善の答えなんだと思って––目の前にいる『哀』という存在に命を宿している。

 「……あ、あと3日か……」

 僕はふと見上げた先にあるカレンダーに目を向ける。

 そこには大きな丸である日に印がついていた。

 「さて……SNSも更新しなきゃだよな」

 僕は『哀』のSNSで更新を始めることにした。



 【皆さんこんにちは?お元気ですか?私は今日も頑張って生きました!疲れた日にはゆっくりと温泉でも浸かってのんびりとしたいですよね♨。……あっ、そうそう3日後に初配信です!お楽しみに!】

 全身の姿を真っ黒にして“来てからのお楽しみ!”と書いた画像を添付してツイートした。

 「さ……、今日はもう少ししたら休もう」

 僕は温くなったコーラを一口飲んで作業に戻った。




 



 ここまで読んでくれた読者はどう思うんだろうか?

 僕のことをどう思いますか?

 きっと、色々な感情があると思います。

 「コイツはなんだ?」とか「怖い」とか「意味がわかんない」とか。

 でも、皆様だってそれが普通だったんでしょ?

 『人間』なんて何がキッカケで行動するかなんて知るわけない。

 ……僕にとって、これが罪の償いなのか、恋心なのか……それとも違うのか……気まぐれかもしれない。

 でも、行動してしまったんだ。

 【哀をネットの世界だけでも健やかに生かしてあげたい】と。

 【哀を生かすことができれば自分も違う未来があったんじゃないか】って淡い希望ものせて。





 初配信当日の昼。

 僕は大学にある図書館で作業をしている。

 「んー……」

 「どうしたんです?」

 「あ、いやぁ……Vtuberってこんなに多いんだなぁって」

 「今じゃ普通に生活に溶け込んでますもんね」

 「そうなんだよ。企業勢とか日本から世界まで行ってるでしょ?もう怖すぎでしょ」

 「あ、それ見ました!青さんの推してる事務所ですよね!ビックリしちゃいました」

 「あれは神演出だったね」「はい!」

 「でも、個人勢も含めると……え、もう億超えじゃね?」

 「あー……詳しい統計はないですけど軽くありそうですよね」

 「転生とか引退とかもあるからなぁ」

 「あっ、あれですか!?“俺の屍を越えてゆけ!”みたいな?」

 「……は?」

 「……」

 僕の少し冷たい声に––隣に座っている1学年下の後輩の顔は見る見る赤くなっていく。

 僕とこの後輩だけで組んでいるサークル【にじライブ】というギリギリすぎるラインを攻めたVtuber好きサークルの活動として––僕らはVtuberの傾向と対策を考えているのだ。……といっても、簡単にいえばネットサーフィンなわけだけど。

 「青さんはしないんですか?Vtuber」

 「……男って伸びないだろ?売れる奴なんて声が良くて、見た目が良いやつばっかり」

 「ほら!ネットだから神絵師に頼んだらその顔でもいけますよ!」

 「……え?」「え?」

 「はあ……、まあいつかは挑戦してもいいかな?春香の絵ならいい線いけそうだし」

 「え?え、わたすがやるんけすか?」

 「……よくそれでコミケに何度も参戦できるよな」

 「売り子は青さんに任せてますんで!」

 「……今回はどの子のイラスト本?」

 「この子!今人気急上昇なんですよ!」

 「へぇ~」

 「知ってました?この子実はあの人気アニメの声優さんですよ?」

 「あ、聞いたことある。声優もV化してる人増えてるよね」

 「はい!裏情報ですけど~あ、耳貸してください」

 後輩の春香は俺の耳元に近づき、囁くように情報を伝えてきた。

 「実は大手声優事務所でも“売れていない声優さん”を中心に大きなVtuber事務所を作ろうとしてるらしいですよ?大手Vtuber事務所が協力して」

 「へ、へぇ」

 なんだろうか……この情報よりも囁かれるゾクゾク感の方が勝つんだけど。

 それに、この後輩––桜井春香 はお世辞じゃなく本気で美人だ。

 セミロングの茶髪をハーフアップにし、目は若干のつり目で八重歯があり、右目と唇の右下には黒子がある。ただ、残念なのは前シーズンを通してジャージで来ている事だ。

 僕と出会ってから––1度も女の子らしい服を見たことがない。

 「……聞いてます?」

 「……っ!」

 僕が固まったまま動かない姿に––春香は僕の顔を覗き込むかのように見てきた。

 それを僕は「み、みるな」と春香の頭を押して距離をとった。

 「へへ、やっぱ青“先輩”って面白いですね」

 「お、お前がいうな」

 きっとはた目から見ると“カップル”とか“兄妹”とか友人以上の関係に見えるだろう。

 まあ、それは実際そうなんだけど。

 「と、ところで、僕はどのコスプレするんだ?」

 「えっとですねぇ~」

 僕のスマホを春香は奪い取り、勝手にググりはじめた。

 しかも、「いや、これじゃない」とか「この角度は……」といって数分独り言を発しながら何かしている。

 「おい、僕のスマホだぞ」

 「ちょ、ちょっとまってください!」

 「……じゃあ、少しだけ待ってやる。今度壁サーの新刊をくれたらな」

 「は!?……あ……すいませーん、ポチっちゃいました」

 「ポチ……?」

 「あ、これです。この衣装でコスプレしてほしいんですよ」

 「おま、これ女の子じゃん!」

 「え?似合うと思うんですけど」

 「いや、お前がしろよ!」「嫌です!」

 「しかも、もう青さん名義で衣装も青さんのサイズで購入したんで~?ほら、私背が低いし、男性サイズだとぶかぶかで脱げちゃいますしぃ~?」 

 「お前、胸ないもんな」「は!?」

 「いやいや、見てくださいよ!この爆乳!」

 「……」

 僕はこれ以上何も言わなかった。

 【図書館ではお静かにお願いします】

 そう言われたからだ。



 


 「哀は元気か?」

 昼の喧騒から––今は静かな自宅でパソコンの前でモニターの向こうにいる彼女に話しかける。

 「準備はできている?」

 「……」

 知っている、答え何て帰ってこないことを。

 でも、僕はめげずに言葉をかける。

 「ほら、今日が哀の誕生日だよ。おめでとう。皆に祝ってもらわなきゃだね」

 「……」

 「ケーキも用意したよ。どうかな?食べてくれる?」

 「……」

 「あ、もうすぐ時間だね。今日から頑張ろうね」

 「……」

 画面の向こうの彼女は無表情のまま––配信画面へと放り出された。

 【皆、お待たせ!待った!?】

 低予算で作ったアニメーションが流れだす。

 そのアニメーションは正直に言って出来が悪く、小学生でももっとまともに作れるくらいだと思う。

 そして、そのアニメーションがフェードアウトしていくと同時に––哀がゆっくりと浮き出てきた。

 『こんにちは~!皆待ったかな?初配信だよ~––』

 ……そこからの記憶は僕にはない。

 ただ……ただ言えることは––哀が存在してくれたということだ。

 そして––“男か”“バ美肉って言えよ”“気持ち悪い”といった容赦のないコメントだけが残ったという事実だけだった。




 「……お疲れ様。哀」

 いつの間にか終了していた配信と配信終了しました“”という配信ソフトの文字を見て呟く僕。

 何かをやり切った気分と罪悪感……様々な感情が僕の中で渦巻いて––呟いた後直ぐにトイレへと駆けこんだ。

 「……」

 そんな僕を––哀はどんな感情で見ていたんだろうか。




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