紅白の桜

和音

出会い



 私が通っている学校には一つ、他では見ないような大きな桜の木が咲いている。その桜は冬でもちらほらとピンク色に染まっている。つまり一年中花が絶えない不思議な桜の木なのだ。それにちなんで四季桜と呼ばれており様々な恋愛話やジンクスがあるのだが、まあ私には関係のない話だ。


 午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、皆がお昼ご飯のために購買に向かったり机を合わせたりしている中、私は小さな弁当箱を片手にこっそりと教室を出ていく。普段は人の来ない外のトイレでご飯を食べているが、昨日人のいない場所を見つけたのだ。


 いつもなら気が重い昼休みだが、今日は少し足取りが軽い。校舎を出てから人通りのない道を歩いて数分、四季桜が見えた。ここは春になると満開の桜に人が多く集まるが、一年中咲いていると希少価値が下がるのか人がめっきり来なくなる。ここに来るまでに時間がかかることも人の少ない一因だろう。みんな早く食べ終わったら外で遊んだり、宿題や次の授業の勉強をしたいのだ。


 そんなことを考えながら足を進めていると一つの人影が見えた。…何と間の悪い。まあ、桜を囲むように丸いベンチが設置されているので反対側に座れば問題ないだろう。一人だけの空間にならなかったことに不満を覚えながら諦めて先に座っていた男子生徒の後ろに回ろうと体の向きを変える。


 無理に体をひねったせいか盛大にこけた。痛みに耐えながら瞳を開けると、目の前には土に塗れぐちゃぐちゃになった弁当だったものが広がっている。普通に泣いた。


 「…はぁ」


 ため息一つとカバンをあさる音。次の瞬間、視界が真っ白に染まる。涙を拭くためにくれたのだろうか、それにしてはでかすぎるような…


「それ、脱げ」


「へ…へんたい」


 急な展開に上ずった声が出る。長く伸びた前髪の隙間から黒く澄んだ瞳が見えた。


「…っ、ちげえよ馬鹿!その制服で授業受けたくねえだろ、きれいにしてやるから寄越せって言ってんだ!」


 なるほど、そういう事か。それにしても初対面でそんなことをさせるのはヤバいやつなのでは?でも目立ちたくない私にとって泥だらけで教室に戻るなんてことはしたくない。顔を真っ赤にして狼狽している彼の様子を見ると変な考えを持っているわけではなさそうだ。しかたない、彼の提案に乗るか…私のなんか見ても面白くないだろうし。多分。


「分かった、けど…絶対にこっち見ないでよ」


 真っ白のタオルで身体を隠し、制服のボタンに手をかける。…ナニコレ、馬鹿みたいにドキドキする。普段男子としゃべることなんて年に一回あるかないかの私にはとてもハードルの高い行為なのでは?ちらりと後ろを見やると、彼はこちらを一瞥もせずに私の落とした弁当をゴム手袋とビニール袋を使って片付けていた。


 うん、きっと良いひとだ信じよう。ブラウスの最後のボタンを外した勢いに任せて、スカートのホックを外しおろす。タオルがめくれないように細心の注意を向けつつ彼に制服を差し出した。制服と同じ布一枚のはずだが、守られている感が全くと言っていいほどない。


「ちょっと待ってな、五分くらいできれいになるから」


 ボタン一つで展開された太陽光電池にいつの間にか取り出していた機械をつなぎ、制服にそわせるように当てていく。制服は水に濡れたように色が変わっていくが、確実に汚れが落ちていく。一通り汚れを落とした後は、また違う機械に挟まれる制服。彼がぐるぐるとレバーを回すとコピー用紙のように乾いた制服が出てきた。


「ほら、早く着ろ。寒いだろ」


 本当にあっという間だった。再びタオルの中にゆっくりと制服を取り込んだ私は、ほんのりと温かい制服に袖を通す。その制服はすぐに私の体温に馴染んでいった。制服を身にまとったことで安心感に満ちたせいか、大きなおなかの音が鳴り響く。


「ふははっ、タイミングばっちりだな」


 タオルを回収されて空いた手を狙うようにこれでも食っとけ、と購買で見たことのないパンがいくつか飛んでくる。私が必死に受け止めると、彼は先ほど使った機械をしまったリュックを背負って立ち上がる。見た目通り重いのか一瞬ふらつくが、リュックの底から金属の脚が二つ飛び出て器用に支える。彼が見えなくなったあたりでようやく頭が回り始めた私は手元のパンを見ながら瞬きを二つ。


「…え?」


 何アレ、ボタン一つで展開するソーラーパネルとか一瞬で汚れを落とす謎の機械とかも凄かったけど最後ロマンに溢れるリュック背負ってなかった?私は彼の名前を聞かなかったことをとても後悔しながらきちんと片付けられた弁当箱と並んでパンを頬張った。


「おいしい…」

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