庭園の魔法使い

猫かふぇ

第1話 誕生日

「やっと辿り着いた」

 全てはこのときの為に。

 途方もない時間を、使いようやく成し遂げられる。

「待たせてごめんね」


「―――――」


 青年は、その者の名を呼び、手を取る。

 視界が、白く染まり、花弁が舞い上がる。

 花園は、役割を終え幕を閉じた。


 ――――――――――――――――――


「だ…れか、たす…けて」

 少年は、行倒れていた。ここは、魔王法国ヴィルレイズ。そこにある、王都の一角。

 誰も通らないような路地裏で、空腹に悶えていた。

 もう這うような力も残ってはおらず、ただ掠れ気味な小さな声を、出すしか少年には方法がなかった。

 だが、人間とはただ生きていくだけでエネルギーを、消費する生物だ。少年の意識も、次第に薄れていっている。それもそうだろう、三日三晩殆ど飲まず食わずだったのだから。

「い..やだ…よ、こんな、と…ころで何…て」

 意識が、薄れる。血の気が引く。寒気も止まらず。

 耳も遠くなっていく。そんな中足音が、聞こえる。

(足音?)

 少年は、希望を抱いたが既に遅かった。

 意識を失う直前、最後に聞こえたのは、女性らしき声だった。



 暖かい、自分は今天国に、でもいるのだろうか。いや、違う。これは。

 少年は瞼を開け、自らが生きていることを自覚する。

 パチパチ、と暖炉の火が巡る音がする。時計の針が、時を刻んでいる。綺麗に手入れされたふかふかなベッドの上で、少年は寝かされていたらしい。

 窓からは、美しい緑が立ち並んでいるのが目に入る。

「おや、目が覚めたのか」

 声がした方に、顔を向ける。

 そこには、美しい白髪、真紅の瞳をもつ、美しい女性が、いた。

「あ…たが」

 声が掠れて上手く喋れない。

「そうか、少し待ってて」

 そう言うと、彼女は杖を虚空から呼び出した。

[再生]

 彼女が、そう唱えると、瞬く間に全身を光が包んだ。光が、消えると同時に、体が少し軽くなるのが分かった。

「声を、出してみてくれ」そう言われ、声を出してみる。

「あ、あ、」

「どう?声、出しやすくなったでしょう」

 先程の様な掠れた声が、嘘みたいに消えてなくなった。

「あ…ありがとうございます。ところで貴方は?ここは、一体…」

「まぁ、そう焦らない、聞きたいことが山程在るのは分かるけど、まずは食事でもしようか」

「魔法を、使い体を治したとはいえ、空腹は拭えないからね」

 彼女は、立ち上がり部屋を、出ていってしまった。

 どうやら、料理を取りに言ったらしい。

 この間に、聞きたいことをまとめておこう。


「おまたせしたね」

 彼女が、料理を持ってきたと同時に、部屋に良い匂いが充満する。

「いただきます」

 彼女が、持ってきた料理を一口食べる。

「…美味しい」

「そうか、それなら良かった」

 彼女は微笑みながらそう呟いた。

 夢中になって、気付いていたら、いつの間にか料理を平らげてしまっていた。

「ご馳走様でした」

「ふふっ、お粗末様」

「さっ、聞きたいことがあるわよね」

 水を、手に取り喉を潤し質問を始める。

「まずは、ここがどこか聞いてもいいですか?」

「ここは、ヴィルレイズの外れにある樹海だよ、確か今では…まいおねっとおれすとみたいな感じで、呼ばれてるとこだよ」

「ま…マリオネットフォレスト、ここが?」

 ありえない。

「だとしたら、不味いですよ。早く逃げないと!」

「大丈夫だって〜」

 そんな呑気なことを、口に出してる場合じゃない。

「いいですか!ここは立ち入った者を操り、死へと導く花粉が、舞っているんです!その、花粉は今の魔法技術では、治せないんです。だから、「あぁ、それなら大丈夫だよ、あれうざったらしたかったんだよ。だから、ある程度は燃やしたから平気だよ。それに、万が一感染しても、私なら治せるからね」

「……………」

(一体この人は、何を言っているんだ。

 あの木々は、燃やすことなどできない程、火炎耐性がある、それこそ王都の魔法使いでさえ。)

 心の中で、さらなる疑問が膨らんでいく。

(この人は、一体)

「貴方は、一体何者なんです?」

「そうねぇ、…まぁ亡霊みたいなものかしら」

「それってどういう パンッ「そんなことより、君の事を聞かせてほしいなぁ」

 手を叩く音に合わせて、話を被せてきた。はぐらかされてしまった。

「どうして、君はあそこで倒れてたのか。そこまでの経緯をね」

 ふぅ…と溜息をついた。これは、話してくれなさそうだな。

「少し、長くなりますよ」

 そう、一言はさみ僕は、思い出すべく回想へとふける。


 魔王法国ヴィルレイズここは東の大陸にある、神話の時代から続く、歴史ある国だ。

 そんな国の、外れにある田舎の村で、僕は夢を見た。

「僕、ステラ魔法学院に行って、強い魔法使いになりたい!」

 大きな声で、そんな純粋な夢を叫ぶ。

「駄目だ」

 低い声を、発し厳かな雰囲気を醸し出しながら、僕の父アルト=ディルベルトがそう否定する。

「なんで!?どうして?!」

「お前を、あんな所に行かせるわけにはいかない」

 父は、確固たる強い意志を持っているようだ。

「父さんだって、行ってたじゃん!」

 そう、父はかつてのステラにおいて、首席で卒業し王都で、魔法騎士の隊長をしていた。いわば超エリートといっても過言ではない。

「そうだ、行ったからこそ分かる。あそこは、お前の望んでいるような所ではない。それに、魔法使いになりたいのなら、今だって魔法を使っているじゃないか。強くなくたって良いんだ」

 酒を、飲みながら話を続ける、

「そもそも、なんで強くなりたいんだ。その理由は?」

「わ、笑わない?」

「笑わねぇよ」

 固唾を飲み、意を決する。

「り…り、理由は、そのカーラが強い男の子が好きって言ってたか…ら」

 父が、目を丸くしているのが、容易に分かる。

 それもそうだろう、好きな幼馴染の女の子に振り向いて欲しいというだけなのだから。

「ふっ…ちょ…っとまってくれそ…れが…ふふっ理由なのか。ぶ、あーハッハッハハッハッハ、ヒッヒー腹が苦しいw面白すぎる」

「笑わないって言ったじゃん!!!もう…だから言いたくなかったんだよ」

「そうよぉ~あなた、せっかくルカくんが、話してくれたのに」

「だってよ、母さんこいつの理由、笑えるんだぜ」

 父の隣に、腰掛けたのは僕の母アールズ=ディズベルト、おっとりとした雰囲気を、感じさせつつも、とても頼りになるそんな人だ。

「良いじゃな〜い、強くなりたい理由が、恋でその為にステラに行きたいだなんて。おかあさんは、十分立派な目標だと思うわぁ」

「そうだなぁ、まっ、一回位は受けてもいいんじゃないか。寧ろ、安心したぜ。これが、王族を守りたいとかじゃなくて」

「えっ、良いの?」

 思いの外すんなりと、了承してもらえたのが逆に不思議なのだが。というか、父さんの態度が柔らかくなってきている。この人、初めから遊んでいたな。

「あぁ、良いぜ。その代わりやるならしっかりとやれよ、中途半端は駄目だ」

 目を、輝かせ「ありがとう」と、言うが、

「そういえば、僕あまり詳しくないんだけど。試験っていつあるんだっけ?」

「はぁ、そんなことも調べずにって、まぁ確かにここじゃ、情報なんて入って余り入ってこないしなぁ」

「よし、じゃ説明していくぞ」

「かあさん、長くなりそうだからお茶ついでくるわねぇ」

 そこから、父が説明してくれた。

 ステラ魔法学院―――そこは、完全なる実力主義の学院であるとのこと。試験は、必ず王都で、毎年行われる。

 年齢は不問、受験資格は最低限魔法を、扱えることだけ。主に、試験内容は、実技と筆記の二種類に分けられる。筆記の方は、主に理論や歴史について。

 こちらは、特に変わったことはないらしい。そして、実技こちらのほうが、特に重要らしい。

 筆記は、1日で終わるが、実技は、約2週間にわたり行われるとのこと。何を、するかは毎年違うらしい。そして、試験が、終わると同時に受験者は、集められ、合否を告げられる。

「ま、これがシンプルなルールだ、わかったか?」

「うん、大体分かったよ」

「そうか、基本的なことさえ、わかっていれば大丈夫だろう」

「そうなのぉ、もっと具体的なアドバイスとかないの?」

「教えてやりたいのは、山々だが無駄だ。俺のときとは、全くの別物だからな。他に、聞きたいことはあるか?」

 うーん、と、悩むも特に聞きたいことは、

「あっ、受験費は、どのくらいかかるの?」

 我が家は、田舎に住んではいるが、決して貧しい訳では無い。でも、とてつもなく費用がかかるとなると、申し訳なくなってくる。

「ん、それなら問題なし、なぜなら受験費は、ないからな。それどころか、上位の成績で入学できれば逆に、色々貰えんだ」

「えっ、お金かからないの?」

「あぁ、だから毎年途轍もない人数が、受験しにくる。その分倍率は、とんでもなく高い。軽く数千人は、受けるだろうよ。なんたって国内外問わずなんだからな」

 じゃあさ、と続けて

「色々貰えるって、何が貰えるの?」

「一言で、言えば特権だな」

「特権?」

「そうだなぁ、これについても説明しとくか」

 特権―――それは、ステラにおいて優秀な成績を、入学時に、出したものに送られる。大きく分けて、5つほどある。

 1つ、ギルドに、登録するとき、無条件で、高ランクからの、スタートとなる。

 2つ、ヴィルレイズのみ、限り様々な施設を自由に使える。

 3つ、現在の身分、改め貴族へとなる事ができる。

 4つ、ギルドにおいて、依頼を達成した場合、報酬金が、2倍となる。

 5つ、王族、十二魔王との、面会が可能になる。


「……最後の、いる?」

 説明を聞いた、第一声が、これだった。

「いや、正直いらん」

「じゃあ、何であるの?」

「これを、作ったのが王族だからだ」

 成る程、と、頷きお茶を飲む、……因みに母さんはもう寝てしまった。自由な人だな。

「さて、んじゃ明日から、特訓するかー」

 父は、背伸びしながら、そう呟いた。

「えっ」

「いや、えっ、じゃねよ、あと時間がどれくらいあると思ってんだ。確か、前回からもう3年は過ぎてるから、あと1年ちょっとしかねぇぞ」

「ん?何で父さん、前回の事を、知ってるの?」

 そう、ここは田舎。そうそう、まともな情報が、入ってくるとは、思えないのだが。

「何でって、そりゃあ―――前回の試験官頼まれたからな。それじゃ、俺も寝るかぁ。んじゃ、明日から特訓だからな。おやすみ」

 と言い、父は、眠りについてしまった。

 最後の最後で、とんでもない爆弾発言をかましていきやがった。そう思いながら、彼、―――ルカナ=ディズベルトは、自室のベッドに横になり、まぶたを閉じた。


 そして、時は過ぎ1年後、

 『不合格』そう告げられた。筆記も、上手くやったし、実技に関しても、父との特訓で、比べ物にならないほど、強くなり技術も上がった。だが、思い知らされた。この世には、とんでもない怪物たちがいると、父はきっとこれを、現実を知ってほしかったのだろう。あれらは、人の域を超えている。

 甘かった、単純な恋が理由で、来るべきところではなかった。そう思う。

「父さんは、初めからわかってたのかなぁ」

 そんな悲哀に暮れながら、トボトボ、と歩いていると「おいおい、そこの坊や」、と声をかけられた。

 振り返ると、5人くらいの大柄な男たちが立っていた。手には、剣やナイフを携えて、顔に魔獣の、お面を、つけている。僕は、少し怯えながら尋ねた。

「な…何のよ、ようですか?」

「君、ステラの受験生だろぉ。今日は人が、やけに多かったからな。ヒヒッ、こういう時が狙い目だからなぁ。俺たちを、ブラッドレインを知らない田舎物を、狩るにはよぉ!!」

「頭ぁ、もうやっちゃても良いすよね!!!」

「俺等、もう我慢できねぇよぉぉぉぉ」

「あぁ、やろうかぁッ!!」

 心臓が、激しく警鐘を鳴らしている。息が、だんだん荒くなっていくのが分かる。冷や汗が、身体中から発生している。体温が、下がる。思考が、上手く働かない。

 それでも、本能は身体を、動かしていた。

 逃げる、この考えが頭を埋め尽くす前に、既に、駆けていた。

「はぁっ…はあっ…」

「悲しなぁ!逃げるなよぉ。はぁ、おいあれ使え」

「了解。ゾク、フルオープン。『迷』《ラビリンス

 》」

 後ろの男が、何かを唱えた。その瞬間、地面が動き、建物が並び替えられていく。まずい、何かの魔法か?考えても、仕方がない。

(とにかく、速く)

 このまま、まっすぐ行ければ確か、大通りに出れたはず。だが、辿り着いたのは、行き止まりだった。

(なんで!?一体何をしたんだ……)

「あれぇ、疲れたのかなァー、こーんな行き止まりに来ちゃって。安心しな、命までは取らねぇからよ」

「ま、それ以外は、全て取るけどな、ギャハハハハw」

 はぁ、はぁ、と、荒げる息を整える。覚悟を決めるしかない。杖を、取り出し構える。

「お、やる気か、良いぜ、かかってこいよ。俺たちギルドのAランカーに、勝てるんならな!」

 ギルドのランクは、よくわからんがとにかく、やってやるしかない。思い出せ、特訓の日々を。

「属性氷魔法フリーズッ「遅ぇよ」

 唱えようと瞬間、吹き飛ばされた。痛い、目が上手く開かない。息が、出来ない。たった一撃で、戦闘不能になってしまった。

「頭、これで、いいですか?」

「あぁ、カル、上出来だ」

 動けない、抵抗しないといけないが、身体が言う事を、聞いてくれない。

「よし、取れる物は、取った。さっさとヅラかるぞ」

「じゃあな、小僧今度は、ママと一緒に手でも繋いどくんだな」

 その日、僕は有り金を、全て失った。なじみがなく土地勘も、ない状態で無一文になった僕は、頼れる人も、いない街で倒れることとなる。


 ―――――――――――――――――――――――


「これが、ことの経緯です」

 そう僕が、話し終え彼女の顔を、見ると洪水を起こしていた。

「そっかぁ、一人で、偉いねぇ、頑張ったねぇ」

 彼女の手が、頭に乗っかり撫でてくれた。

「子ども扱い、しないでください。僕、もう13歳なんですよ。もう少しで、立派な成人です」

 嬉しさもあったが、気恥ずかしい気持ちが勝りその手を、優しく頭からどかそうとするも、撫でる手を、止めてはくれなかった。

「13歳なんて、私から見れば子ども同然よ。だから恥ずかしがる、必要ないわよ」

「とにかく、もう……充分ですから」

「あら、そう?」というと、彼女は、頭から手を離してくれた。

「そうね、そしたら君を、家まで送るよ」

「あ、あのお姉さん」

「ん、何?どうしたの?」

「僕に、魔法を教えてはくれませんか」

 彼女は、恐らく僕が、出会ってきた中で一番強い。

 この人から、学ぶことが出来れば、絶対に、強くなれる。

「私に?魔法を?それは、別に構わないけれど。君、家族の元へ帰らなくて良いの?」

「そ、それは……」

「もし、私に、魔法を教えて欲しいなら、しっかりと、家族に話しなさい。これが、最低条件」

 そう優しく、諭されてしまった。正直に、言ってしまえば、とても帰りづらい。だから、という気持ちもある。だが、「中途半端は、許さない」か……

「分かりました。家族に、話してきます」

「うん、それが良い。よし、そうと決まれば、早速行こうか。君の村の、名前教えてくれない?」

「ミレナ村、ですが……ここから、だと半日はかかる、それに樹海を、抜ける方法も…」

 そうだ、まずは、ここを抜けないといけない。

 彼女の、力ならばいけそうだが、それでは魔力が尽きたときが、心配だ。

「ふっ…、安心しなさい。今、座標を捉えた。さ、行くわよ」

「?何を、言って……」

 瞬間、世界の景色が、一瞬にして、入れ替わった。

 ベッドの上にいた筈が、今は地面の上に、立っている。これは……

「ねぇ、一応確認。ミレナ村ってここで合ってる?座標では、確かにここだったんだけど、もしかしたら、間違ってるかもしれないから」

 即座に、現実に引き戻される。

「えっ……えぇ、間違いなくここです」

 自分の、育った場所だ、見間違えるはずもない。

 未だに、うまく飲み込めない。

「そっか、じゃあ私一応ここで、待ってるね」

 困惑している自分を、よそに彼女は、気楽そうに辺りを、散策し始めた。

(テレポートなんて、国の魔法使い数百人が、己の全魔力を使い、1つの陣に集約させる……そんな大規模な、魔法なのだが)

 彼女は、それを1人で、やってのけた。

 本当に、何者なんだ。

 取り敢えず、家に報告しに行こう。


 ――――――――――――――――――――――

 村の、中心部に来たが、人が、全くと言っていいほど、見当たらない、どころか人の気配すら感じない。…………まずは、家に帰ろう。


 家の、戸を開ける。

「……ただいま」

 ?反応がない。家には、必ず母さんが、いるはずだが。

「お母さん、いる?」

 続けても、気配が、しない。部屋を、確認してみよう。まずは、キッチンを。そう思い、扉を開ける。

 そこには、いない。何かを、していたような形跡も特に見当たらなかった。

 次に、リビングだろう。歩みを、進める。

 床が、軋む音がする。?こんな、軋む音したか?と疑問に、思うも、リビングにつき扉を、少し開けると、ハエが、モリスートが勢いよく飛び出してくる。それと同時に、嗅いだことの、ないような悪臭が、鼻に突き刺さる。部屋を、開ける。

「……………は?」

 第一声は、そんな者だった。人間、あり得ない物を見たとき、絶句するとは言うが、それでも言葉は自然に漏れ出た。だって、そうだろう。

  部屋全てが、赤く染まり上げてたなんて。

「は…え、は……?な、にこ、れ」

 部屋へと、入る、少し歩くとあるものが目に入った。そこには、かつて敬愛し、尊敬し、大好きだった者たちが、目を開き裸で、内臓をこぼしてくたばっていた。

「ゔぇぇぇぇッ!!」

 止まらぬ、嫌悪感に思わず。吐いてしまう。

 何だ、これ。何だこれ。何だこれ。何だこれ。違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う。

 これは、現実か……そう、思うも、吐いてしまう感覚で、現実と、認識してしまう。視界が、淀む。鼻が、詰まる。喉も、きつく締まりあげる。

「かっ……ヴェッ」

 咳が、止まらない。声にならない。

「と…うさ………ん?お……かあさ…ん」

 二人の、亡骸に近づく。

「ね…ぇふ…たり…とも…いい…げんにし…て、ほら、は……く、おき……よ」

 身体を、揺する。揺する。揺する。強く揺する。激しく揺する。もっと激しく揺する。

 屍は、無造作に、臓腑を撒き散らす。

「あ、アぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 人生で、最も大きな声をあげる。

 ドタバタ、と足音が、聞こえる。

「どうしたの?一体、な……にが…」

 彼女が、恐らくただ事じゃないと、思い、様子を見に来てくれたのだろう。

 そんな、彼女をみて、僕は、ただ泣くことしか出来なかった。

「ちっ、邪魔!!!!」

 彼女が、魔力を解き放つ。それだけで、部屋に満ちていた虫は、全て灰に帰した。

「うッ、………これは、酷い……」

 彼女が、しゃがみ、遺体を見る。

「魔獣?いや、それにしては傷跡が、きれいすぎる。亜人?いや、人か?………どっちにしても、今は、取り敢えずこの人たちを、燃やすわよ。良い?」

 僕は、無言で頷く。こんな、両親、もう見たくない。

「そう、やっぱり君は、強いね」

 彼女が、遺体に触れる。火が、移り始める。あっという間に、全身へと燃え移り、骨すらも、灰に帰した。

「立てる?」

 彼女が、手を差し伸べてくれる。

 その手を、掴み立ち上がろうとするも、上手く足に、力が入らない。

「そうだよね、はいじゃあ、背中に掴まって」

 彼女の、細い首に手を回し、落ちないようにする。

「うん、しっかり捕まったね。よし、じゃあ帰ろうか」

「まって、あの…他の………ひ…とたちもみないと、おな、じよう…に、なっ…てたら………やってあ…げた…い。そ…れに、も、しかし…たら誰か…いきの…こって、るかもしれ…ないし」

「君は、優しいねぇ」

 彼女が、歩き始める。

 ふと、目に入ったものがあった。何故、目に入ったかは、分からない。少なくとも、僕が王都に行くときは無かった物だった。

(あんなぶ…きみ…なツボ……、あった…け?)

 それは、普遍的な形を、しており、真ん中に、三角形があり、その中心に目が描れている。

 これは、何らかの、手がかりになるかもしれない。



 その後、村人の家をみて回ったが、やはり何処も、同じ様な惨状だった。全ての、遺体を燃やしてくれた、弔ってくれた彼女には、頭が上がらない。

 今、村人全員の墓を、作っている最中だ。

「ねぇ、ひとつ聞いて良い?村人ってこれで、全員?」

 彼女が、唐突におかしな事を、聞いてくる。

「うん、これで全員、だと思いますけど………」

「そう、実はね、君を待ってる最中、暇だったから、彷徨いていたんだけどそしたら、これを、見つけてね」

 クリスタルの様な、形をした物を懐から取り出す。

「?それは?」

「これはね、結界を張るための道具なんだ。中に、込められた魔法はね、邪な物を弾くものだった。これを、作った人は、恐らく高位の魔法使いだったんだろうね。中々、作れるものじゃない」

「それ、お父さんが、作って…た」

 言われて、思いだす。昔、父が徹夜をしてまで作っていた、代物だ。

「そうか…君のお父さんが………。だがね、それが壊されていたんだ。恐らく、村人の手によって、それも、意図的に」

「壊されていた…?」

 何故、そんな事を、したのか、皆目見当も、つかなかった。

「そう、これは外部から、壊せるものじゃない。なにせ、邪な者は、即座に、弾かれるからね」

「でも、そんな事を、一体誰が………」

「――――――1人、足りないんだよね。君から、さっき教えてもらった人数と、私が、燃やしながら数えてた人数が、合わないんだよ…」

「えっ?」

 1人、足りない?そんなことはない。僕も、一緒に見て回ったんだ、確かに、全員………。

「………あれ……カーラ見たっけ?」

「カーラ?」

「ええと…、青髪で、目の下に特徴的な、模様が入ってた………」

「………成る程、多分、その子だね。私は、そんな遺体ひとつも、みていない」

 まさか、カーラが……、あり得ない、あの子はそんな事をするような、子じゃない。

「じゃあ、カーラは一体何のために?」

「さぁ…流石にそこまでは、分からない。ただ、その子の、行動が結果的に、この結末を生んだ。それには、間違いない」

 奥歯を、強く噛み、拳を握る。

「お姉さん、僕を、強くして下さい。もう誰にも、負けたくない、失いたくない。だから……」

 頭に手を、置かれ撫でられる。

「良いよ。お姉さんに、任せなさい。君を、今とは比べ物にならない程、強くして上げる」

 もう、これ以上痛く、苦しい思いは、したくない。

「宜しくお願いします……」

 深々と、頭を下げる。

「うん、よろしくね。……さて、それじゃ、帰ろうか」

「あ……その前に、ちょっと、」

 その場に、しゃがみ込み、祈りを捧げ誓う。

(待ってて皆、必ずこんな目に合わせた奴ら、全てを殺して、地獄へ送ってやる)

 そう、心の中で復讐を誓う。

 そして、カーラを、『裏切り者』を探し出して、吐かせる。何故、こんな事をしたのか。

 今、ここに、1人の復讐者が、生まれた。













 




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