第3話 紙袋とお礼
ふと、空を見上げて思うことがあった。
もしかしたら彼女と会話を交わした男子は俺だけなのではないか、と。
「…ま、そんなことないよな」
もしそうだとしても、相手からしたら『だからどうした』で済まされるようなつまらないことだろう。そんなことを思いつつ、今日もいつものバス停へと向かう。
「あっ!」
突然あげられた綺麗な声に動揺するが、それを発したのは彼女——橋本優奈だった。
今までなら、ベンチに座って読書をしているはずだが、今日は少し違うようだった。
今日は本じゃなくて紙袋…?
小さな紙袋を持って立っている彼女の前まで向かう。
「えっと、俺に何か用?そんなわけないよね…あははは」
何言ってるんだよ、俺は。あぁ、恥ずかしさのあまり体が熱い。無言の空間を暖かく照らす太陽すらも熱く感じる。
そんな俺に、彼女は紙袋を差し出して言う。
「ハンカチのお礼にクッキーを焼いたので貰ってくれませんか…?」
「……へっ?」
俺の口からポロリと出たのはその一言だけ。
あまりにも予想外の展開に頭が混乱してしまったのだ。
「クッキーは苦手でしたか…?」
気づけば目の前には上目遣いになり、瞳を
潤わせた彼女の顔があった。
「いやいや!クッキー大好き!いやぁ、嬉しいなー!ちょうど食べたかったんだ!」
その大きくて可愛らしい瞳は反則だろ!
ギュッと橋本さんの小さな手に握られている紙袋の紐。俺は彼女からそれを受け取り、大袈裟に喜んでみせた。すると彼女はクスリと笑った。
「橘くんはやっぱり面白いですね」
そう無邪気な笑顔で笑う彼女に、俺はなぜか見惚れてしまっていた。初めて見たはずのその表情になぜか懐かしさを感じた。
「…これ、食べてもいい?」
「はい、どうぞ」
笑みを浮かべてそう返してくれる彼女から目を逸らすかのように俺は視線を紙袋に移した。
その中に入った袋の封を開け、クッキーを一枚つまんだ。サクサクという音が口の中で広がる。
「美味い…!めちゃくちゃ美味いよ!」
「あまり自信が無かったので、そう言ってもらえると嬉しい…かな」
頬を赤らめながら喜ぶ彼女を見つめながら、俺はふと思った。
——なんだろう、この懐かしい感覚は。
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