第九話【三者三様の想遺(おもい)】


 ◆


 ──カタさんってこんなに強かったんだ


 日野海鈴は片倉に吹き飛ばされて頭部を強く打ち、ややふらつきながらも立ち上がり、戦闘の推移を見守っていた。


 大蛙が舌を振り回すたびに破裂音が響くが、それは単発ではなく連なって聞こえる。


 そのたびに片倉が回避行動を取っているのだが、その動きが海鈴の目には少しゆるりとしたものに見えた。


 それはつまり、大蛙の音速の連撃を片倉が見切っている事の証左だ。回避だけではなく、カウンター気味に一撃を加えてさえいる。


 しかし完全に見切っているのではなく何発か受けてはおり、この事実が海鈴を戦慄させた。


 ──私じゃ一発まともにうけただけで動けなくなるかも。 "力" を使ったとしても、数度も防げないだろうなぁ


 小堺も沙耶も手を出せないように見えた。


 無理もないだろう、と海鈴は思う。


 下手に手を出して均衡を悪い方向へ崩してしまった場合の事を考えれば "見" が賢明だ。


 ──でも


 海鈴は近接戦闘を得手としないが、それでも心得くらいはある。


 だからわかるのだ。


 一見拮抗しているように見えて、実のところ片倉が押されていることに。


 段々と片倉の体に刻まれる傷の数が増えてきていた。


 片倉を置いて自分たち、あるいは自分だけでも逃げられないかとも思うが、それも難しい。


 まだ距離はあるが、回廊の向こうから複数の、彼女が言うところの「いや~な気配」を感じるからだ。恐らくは別口のモンスター。


 ──でもふっしぎー。私、気配感知って苦手だったんだけどな


 海鈴は可愛く小首をかしげながら、「どうしようかな」と悩む。


 悩み、悩み、悩み。


 片倉を見てまた悩み。


「まあいっか」と呟いて、そして諦めた様に目を瞑った。


 

 §


 小堺は絶望していた。


 虚ろな目で壊れた義腕を眺め、盛大にため息をつく。


 新しく義腕を用意してもらうために掛かる金を思うと、もうどうにもたまらない気持ちになる。


 小堺は借金を返して自由な身となるために命がけの探索者稼業を続けてきたのだ。


 借金を返すまでは『六道建設』で働き続けなければいけない。


 小堺という男は実のところ、他の者たちが思うほど実直でも誠実でもない。


 慎重なのは事実だが、それはあくまで自分の身が可愛いからである。


 なのにゴールが見えたところで振り出しに戻されたのだ。


 ──せっかく使えるやつらと組めて、稼ぎも増えてきてたのに。ここから出たら娑婆で色々できたのになぁ。探索者は稼ぎがいいし、強い。女にモテる。逃げた女房なんて目じゃないくらいイイ女と楽しいことがたくさんできただろうになぁ。


 逃げるのは無理か、と現実的な現状判断がイライラに拍車をかける。


 ──日野の嬢ちゃんはさっきPSI能力で索敵してたな。それで逃げる素振りもない。逃げた先にもモンスターがいるってことなんだろう。索敵は苦手だったはずだが、死にかけてるからな、出力が上がってるのも納得だ。俺は死ぬのか? 死ぬか、死ぬな、畜生。


 誰のせいだ、と考える。当たり前の話だが、大蛙のせいだった。


 §


 沙耶は残念で仕方なかった。


 いいチームだと思っていたのだ。


 小堺は探索が無事に終わるようにいつも細かく気を使ってくれて、海鈴は飄々としているように見えてなんだかんだ情に厚く、チームのムードメーカーになってくれていた。


 片倉はコミュニケーションがどこかぎこちないが、危険な役目を常に率先して引き受けてくれる頼れる男だった。


 加入当初こそ自分とかぶる近接戦闘役ということで変にライバル意識を抱いたこともあったが、今ではもう仲間として見ている。


 このチームなら探索者としてさらに成長できると思っていたのだ。


 沙耶が探索者を続けている理由は、完成した探索者となりたいからである。


 実力、周囲からの評価、社会的立場。


 あらゆる要素が極まった存在になりたかった。


 これは彼女の両親が不良探索者に殺害されたという過去が起因している。


 当該探索者はすでに色々なことに使い倒されてこの世にはおらず、直接的な復讐をすることもできない。


 彼女ができることは、その探索者では手が届かない存在になることだった。


 曖昧で具体性がない目標ながら、それは彼女の生きる意味でもあった。


 ──それなのに。


 まさかこんなところで終わることになるとは、という思いで、とにかく残念で仕方がなかった。


 とはいえ明るい面も二つほどある。


 それは──






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本作はネオページで数話ほど先行連載をしています。スマホだとまだ未対応でPCサイトに飛ばされますが、現在対応作業中らしいです。

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