世界は僕らを拒絶する 瞬く紺碧編③
「どうかしたんですか?」
道で立ち尽くしている桜に少年が声をかける。
「……弟が……」
「弟さんが?」
「……連れていかれたんだ」
「警察を呼びましょうか?」
「警察は相手にしてくれない。悪戯だと思われて終わりだよ」
「なんか事情がありそうだなって、山科家の跡取りじゃないか。俺のこと覚えてないか?柊ハルっていうんだけど」
「あの柊家の?」
「そうそう。こいつが現当主のアキだよ」
「当主といってもまだまだ修行中の身です。強い吸血鬼の気配がしたので、兄さんとここに来たんです。連れて行かれたと言っていましたが、もしかして“吸血鬼”にですか?」
こくりと桜はアキの言葉に頷く。
「“吸血鬼”はどんな容姿をしていましたか?」
「短い黒髪の男だった」
「……まずい相手ですね。あの“クロ”ですか。噂を聞いたことはありませんか?何の弱点も効かない吸血鬼がいる、と」
アキの言葉に桜はみるみるうちに青ざめていく。
「シロの“標”があると言ってた」
「ヤバいな。それは“
「けれどαなら贄にならないのでは?」
「柘榴はΩなんだ。強烈に吸血鬼を寄せ付ける血を持ってる」
「なるほど。彼が噂の“殺せないΩ”なんですね」
ぽんとアキは桜の背中を叩く。
「柘榴さんを助けに行きましょう」
☆
一方、柘榴はクロにもてなされていた。
テーブルにはたくさんの豪華なご馳走が並べられている。どれもとても美味しそうで、こんな状況でなければ目移りしていたことだろう。
「あれ?楽しくない?お肉、好きじゃない?」
こてんとクロは首を傾げる。
お肉が嫌いなわけでも、ご馳走が嫌いなわけでもない。ただこの状態に至るまでの経緯が問題なのだ。
「えーと、俺はさらわれたんですよね?」
「え?そうなの?」
「え?」
お互いの頭に疑問符が浮かんでいる。
「聖水かけられそうになってたから、守らなきゃって思って連れてきたんだけど」
「俺、人間なんで聖水は平気ですよ」
「あ、そっか。シロの匂いがしたから守らなきゃと思って」
「じゃあ危害を加える気はない、と?」
「ないよ」
きっぱりとクロは断言する。
「だって“標”があるってことはシロが“守りたい”って思った相手ってことでしょ?なら、俺は君の味方だよ」
「俺が“山科”でも?」
「関係ないよ。人間が吸血鬼を怖れる気持ちはわかるから」
「“標”は“贄”の証じゃないの?」
「“贄”なんかじゃないよ。“標”は守るという“約束”だ」
吸血鬼と人間の捉え方の違いにクロは寂しそうに笑う。
「どうしてこんなにすれ違っちゃうんだろうね。俺はただ“人間”と仲良くしたいだけなのにな」
「……あなたなら仲良くなれるかも」
「気軽に“クロ”って呼んで?」
「うん。俺も柘榴って呼んで。クロは俺を襲わなかった。吸血鬼は俺を見たら、みんな襲うんだ」
「今はもう大丈夫だよ。だってシロの“標”が守ってくれてる」
ほらとクロが柘榴に触れると、首筋に黒い薔薇のタトゥーが浮かび上がった。
「吸血鬼は“標”のある者を襲えないんだよ。本当なら触れることすらできない」
「今、クロは触れたよ?」
「俺は例外。だから“標”は“約束”なんだよ」
柘榴はちらりとだけ見た、シロの姿を思い出す。
柔らかい声音を思いだし、胸がきゅっと切なく痛んだ。
「クロ?こんなにたくさん料理を準備してどうーー」
シロは柘榴の姿を見つけ、言葉が途切れる。びっくりしてシロは柘榴のことを凝視していた。
シロは“標”と共に、お互いを忘れるようにまじないをかけていた。それは再会しないととけないまじないだった。まさか、こんなにたくさんの人間が存在するこの社会で再会するとは思ってもいなかった。
「あなたがシロさんですよね」
初対面のはずなのに懐かしさが込み上げてくる。
「山科柘榴です。俺を守ってくれてありがとうございます」
柘榴色の瞳がまっすぐに向けられ、シロは堪らなくなって柘榴を抱き締めていた。
この胸を焦がす感情の名を知っている。
それは“恋”という名だ。
一度の出逢いなら“偶然”だろう。
でも二度の出逢いなら、それはきっと“運命”だ。
きゅっと柘榴がシロの背中に手を回す。
「僕は柘榴が好きだよ。だから、守らせて?」
言葉は必要ない。
重なる唇がふたりの気持ちを現していた。
☆
「俺がしちゃったことだから仕方ないんだけどさ、ちゃんと話を聞いてくれるかなぁ?」
「相手はあの“山科”ですよね?なかなか厳しい気がします」
「やっぱり紫もそう思う?」
しょんぼりとするクロに紫は慌てる。
「シロさんと柘榴くん、きっと“運命の番”ですよね。素敵です。僕にもいつかそんな相手ができるでしょうか?」
「紫ならできるよ。今まで苦労してきたんだから、嫌になるくらい幸せにならなきゃ」
紫はクロが助け出してきたΩの吸血鬼だった。紫はクロになついており、よく行動を共にしている。
「館はいつ完成するんですか?」
「あと少し!その前に大掃除をしなきゃいけないけどね」
「……話し合いはやはりダメだったんですね」
「残念だけどね。争いの芽は小さなうちに摘んでおかないと。手を汚すのも、恨まれるのも俺だけでいいんだよ。シロには綺麗なままでいてほしいから。回り回ってみんなを不幸にしたくないから、頑張るよ」
「僕も微力ながら力になりますよ。クロさんには感謝していますから」
「……ありがとう、紫。ま、とりあえずは柘榴のことをどうにかしなきゃね」
そうクロが笑ったときだった。三方向から攻撃が飛んで来て、咄嗟にクロは紫を突き飛ばした。
「ーー“吸血鬼”なんか滅んでしまえ!!柘榴を返せっ!!」
☆
「クロも紫さんも大丈夫かな?」
「ふたりなら大丈夫だよ」
素肌の柔らかい熱が柘榴を包み込む。白と黒の薔薇のタトゥーがふたりの身体に浮かび上がり、暗闇をぼんやりと照らしている。
「クロは誰にも負けないよ」
☆
「俺に戦う意志はない!話を聞いて欲しいだけだよ!」
それを示すようにクロは3人の攻撃を甘んじて受ける。思わず悲鳴をあげる紫を制して、クロは3人を見つめていた。
「マジかよ……本当にダメージないのか」
呆然と呟くハルにアキが難しい顔で頷く。と、攻撃の矛先は紫に向き、クロは紫を庇う。やはりダメージはない。
すうと紫は息を吐き、反撃をしようとする。クロはそれを止めて、再び3人に向き合った。
「柘榴を返して!柘榴がいないのに話ができるわけがない」
桜の言い分はもっともだ。
「柘榴は無事だよ」
「じゃあなんで一緒に連れてこない!?」
「こっちのゴタゴタで今、外に出せないんだ」
「吸血鬼のゴタゴタなんか知りはしないよ。早く柘榴を返せ!」
平行線なふたりに紫が口を挟む。
「ーー今、吸血鬼はクロさん派とシロさん派に別れてピリピリしています。シロさんの“標”を持つ柘榴くんは絶好の標的なんです」
「“標”をつけている時点で、柘榴は“贄”じゃないか!?」
「“標”は“贄”なんかじゃない。守るという“約束”だ」
吸血鬼は確かに人間の血を飲むけれど、人間を食べるわけではない。だから“贄”なんかじゃない。
「クロさん!彼を連れてきました!これでシロ派の連中に優位でいられます!」
触れられないから、おそらく精神系の能力を使ったのだろう。焦点のあっていない柘榴が連れて来られる。
「何が無事だ!?」
これだから吸血鬼は信用できないと桜は怒りを露にし、弟をぎゅっと抱き締めた。首筋には黒い薔薇のタトゥーがくっきりと現れている。
「ーー殺してやるっ!」
桜の声にあわせるように柊兄弟も攻撃を放つ。
無抵抗なクロを紫が守る。
「殺されるわけにはいかないんです」
「!やめろ、紫っ!」
紫の腕はハルを貫いていた。
☆
「ーー柘榴、おいで」
優しい声音に柘榴はするりと兄の腕から抜け出し、声の主ーーシロの元に駆け寄った。
「巻き込んでごめんね。すぐ術を解いてあげるから」
猫のようにすり寄って甘える柘榴の姿に桜は唇を噛む。
「クロも、紫くんもごめん」
出血しているハルにそっと手を伸ばす。
シャツを脱ぐと、止血のために圧迫する。が、命の源はどんどん失われていく。兄さん、と悲鳴に近い声でアキがハルを呼んでいる。暗闇にぼぅと薔薇のタトゥーが光る。
「生きたい、かい?」
ハルにシロが問う。が、ハルの反応はなく、かわりにアキが兄さんを助けてくださいと返事をする。シロの耳にはもうハルの鼓動は聞こえなかった。
ならばとシロは自ら手首を噛みきって、自らの血を口に含みハルに口移しで飲ませる。
「ーーこれで大丈夫」
その言葉のとおりにハルは意識を取り戻す。アキがそんな兄をぎゅっと強く抱き締めた。
「さて。柘榴に手を出したのは誰かな?」
静かな怒りがシロの目を揺らしていた。
世界は僕らを拒絶する 彩歌 @ayaka1016
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