世界は僕らを拒絶する 瞬く紺碧編①

「おい、起きろって!眠ってる場合じゃないんだよ!」


 桜とすすきからの攻撃を藍がひとりで受けている。が、押されているのは明白で早く助太刀をしたくて大牙は焦っていた。


「ん……」


 ゆるゆると瞼が開く。自分が置かれている状況がわからなくて、ハルはぱちぱちと瞬きをする。


「あんた、戦えるか!?」

「え?誰と?」

「ハンターとさ。自由になりたければ戦うんだな」


 そっと大牙はハルを降ろすと藍の援護に向かう。


「自由になりたければ…?」


 きゅっと拳を握りしめ、いつも一緒にいる弟の姿を探すが見つからなかった。


 自分を庇ってくれているふたりの背中をじっと見つめる。ひとりはどうやら同族のようだ。


(人間と吸血鬼が一緒にいる。まるで俺たちみたいだ。このふたりを信じてもいいのか?)


 迷ったときは直感を信じればいい。

 ハルの勘は大丈夫だと告げていた。


「俺はハル。どうすればいい?」

「俺は大牙。とりあえずこのままここを切り抜ける」

「私は藍です。大牙は人間ですから、戦うのは私たちがメインです」

「俺は血の誓約を結んでる。だから、力は強い」

「なら、私はサポートに回りましょう」


 ハルは一度立ち止まり、足に力を溜める。



「大牙、藍っ!全力で走れっ!」



 ふたりは加速する。

 それを確認したハルはうっすらと笑うと敵ふたりを蹴り飛ばす。力を溜めた足の力は何倍にも膨れ上がり、ふたりを襲った。

 壁に叩きつけられたふたりは意識を失っている。


 ハルは大牙と藍を追いかけ、走る。


「やるじゃん、ハル!」

「えぇ、お見事でした」


 ふたりの言葉にハルは笑う。


「窓から行きますよ。ふたりとも私の身体に捕まってください」


 藍は羽を広げ、空を飛んだ。


 ☆


「もう、なにあの能力っ!抜け出すのに苦労したよ」


 ふらふらしながらクロはシロの匂いを辿る。

 血の匂いが濃く、怪我をしているのではないかと不安になる。


 シロはすぐに見つかった。

 遠目からわかるほどに血が広がっていて、シロは慟哭していた。


 そばに寄り、ぎゅっと抱き締める。


 シロの腕が切られていた。その手には見覚えのある服が握られている。



「柘榴、連れていかれちゃったの…?」



 シロは答えない。

 シロは傷ついていた。

 身体だけじゃなく、心まで。



 腕を拾い、服を脱いで大切に腕を包む。

 その背中には百合のタトゥーが光っていた。



「ーーシロ、夜明けが来るよ。館に戻ろう。身体を治して、ふたりで柘榴を迎えに行こう。だから、もう泣かないで」


 ☆


「そっか。ふたりが俺を助けてくれたんだな。ありがとう」


 逃げ出した3人は一息ついていた。お互いに詳しい事情を話し合って、これからのことを相談している。


「ひとまず、アキと合流しなきゃ。このままならアキが心のもとに帰っちまう」

「アキさんの居場所はわかりますか?」

「わかるよ。でも、太陽が登っているうちは身動きが取れない」

「それなら心配は必要ありません。大牙、あの薬を出してください」

「あんまりオススメはできないんだけどなぁ。俺が探して来るのはどうだ?」

「却下です。まず効率が悪いですし、そもそもアキさんがあなたの言葉を信じるかもわかりません。3人で行くのが良いでしょう」

 藍の言葉に大牙は頷くしかない。待ってろと告げて、大牙は薬を取り出す。


「これを飲めば太陽に耐えられる。その代わり、後で高熱が出るけどな」

「弱点を克服できるなら、それくらいは我慢するさ」

 ぐいっとハルは薬を飲み干す。藍もそれに続く。

「……もっとさ、俺のこと疑えよ?」

 すんなりと信じてくれるハルに大牙は苦笑する。

「変な薬だったらどうするんだ?」

 そんな大牙をハルは笑い飛ばす。

「命の恩人を疑うのは失礼だろ?それにさ、大牙は優しい目をしてる。藍も信頼してる。俺らはもう仲間だよ」

 ハルの明るさに大牙も藍も笑う。


「では、アキさんと合流しましょうか」


 ☆


「腕、どうにかなりそうですか?」

「せっかく回収してくれたんだけど、このまま縫合するのは危険だ。傷口に銀が付着してるんだ。ほら、血も止まってないだろう?とりあえず止血と消毒だけして、再生を待とう。それより心配なのは心のほうだな」


 シロは今、薬で眠っている。


「俺たち、なんでこんな目にあわなきゃいけないんでしょうか?そりゃ、人間から見たら吸血鬼は化け物です。排除したい気持ちもわからなくもありません。でも、俺たちは人間を殺してなんかいません。それなのにハンターは吸血鬼を平気で殺し、些細な幸せすら奪っていくんです。余程、人間のほうが化け物じゃないですか」


 ぼろぼろと涙を流すクロを夜空は複雑な表情で見つめていた。


「ふたりでシロを支えよう」


 ☆


「ーー浮かない顔だな。そんなに吸血鬼が恋しいか?」


 話しかけてくる心を柘榴は睨み付ける。


「どうしてあんな酷いことができるの?」

「酷い?あれくらいじゃ、吸血鬼は死にもしない。腕も再生する。あいつらは化け物だから、根絶しないとな」

「クロさんもシロさんも化け物なんかじゃない!それに治るからって、平気なわけじゃない!痛みも苦しみもあるんだ!」


 はぁはぁと柘榴の息が怒りであがる。


「桜、弟を正気に戻してやれ」

「はい、リーダー」


 思わぬ再会に柘榴は目を見張る。

 唇から桜と呟きが漏れた。


 ☆


「アキっ!やっと見つけた!」

「兄さん!?今、昼間ですよね!?」


 ガバッと急に起き上がったアキは顔をしかめてずるずると座り込む。


「アキ!?」


 慌てて近寄ると血の匂いがした。


「傷が開いたのか!?」

「開いただけならまだよかったんですけど、ちょっと戦闘になってしまって……」

「誰と戦ったんだ?」

「クロさん、です」

「クロさんと?」


 一度会ったクロが好んで戦うような人物とは思えなかった。


「泣きながら、ハンターなんかいなくなればいいと……あ、タトゥーがありました。薔薇ではなく百合でしたが」

「でも、クロさん何も知らないと言ってたよな?」

「嘘をつくような人ではないと思います。話が聞ければよかったんですが、そんな状況ではありませんでした。どうにか逃げて、兄さんを助けに戻ろうとしたのですが動けなくなってしまって……。無事で良かった……!」


 時間切れだと思っていた。

 ハルはハンターに殺されたと思っていた。

 心はよくも悪くも約束は守る人間だ。

 思わずぼろぼろと涙が溢れだす。


「感動の再会はまた後でな。傷、見せてみろ」

「森羅さん?あと、飼われていた吸血鬼…?」

「ふたりが助けてくれたんだ。仲間だよ」


 仲間とアキはハルの言葉を繰り返す。


「アキさん、私の名前を覚えてくれますか?今宵藍というんです」


 求められる握手にアキは手を伸ばす。


「よろしくお願いします、藍さん」


 それは初めてアキが“吸血鬼”を認めた瞬間だった。

 やっと受け入れられて嬉しそうにしている藍を見て、大牙はよかったなと笑っていた。


 ☆


「ヒートが治まってる。番ができたの?」

「シロさんと番になったんだ」

「吸血鬼と番だって?」

「そうだよ。だから帰して。俺は監禁されてたわけじゃない。自分の意志でシュバルツの館にいたんだ」

「……重症のようだね。どれだけ吸血鬼に酷い目にあわされたのか忘れてしまってる」


 桜の声に柘榴の胸はちくりと痛む。

 忘れたわけじゃない。

 今でも覚えている。

“吸血鬼”が原因で家族がバラバラになってしまったのだから。


「僕は“吸血鬼”が嫌いだよ。だからハンターになった。“吸血鬼”は滅べばいい。ねぇ、柘榴。気づいてないから教えてあげる。僕らをバラバラにした吸血鬼の名前はね、“シロ”っていうんだよ」


 柘榴は兄の言葉に息をのんだ。そして過去の記憶を辿っていく。


「………あ」


 記憶を掠めるのは銀髪の綺麗な吸血鬼。

 それは間違いなく“シロ”だった。

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