世界は僕らを拒絶する 囚われの柘榴編⑥

「ーー作戦はあるのか?」


 銀の問いかけにアキは口を閉ざしたままだ。

 作戦なんかあるわけがない。

 どう考えてもこちら側が不利で、ついでに言うならば負けて帰って来たようなものだ。


「こいつは戦力にならない。戦えるのは俺とあんただけだ」


 翡翠の言葉に反論をしたいところだが、それも叶わない。


「あんたはどれだけ強い?」

「そういう翡翠こそ」

「あんたに負けるつもりはないね」

「凄い自信だな。さすがリーダーの秘蔵っ子。なら競争しようぜ。どっちが山科柘榴を救出できるか」

「いいね、面白い」


 にやりと笑うと翡翠はスピードを上げ、先に行く。


「さ、これで敵は翡翠に集中する。存分に囮になってもらおうじゃないか。念入りに作戦を練るぞ。兄貴を助けるんだろ?失敗するわけにはいかないからな」

「金沢さん……ありがとう、ございます」

「気にするな。俺はリーダーのやり方が気に食わないだけだ」


 ニッと笑う銀にアキは表情を緩める。


「では、こういう作戦はーー」


 ☆


「あれ、君ひとりなの?シロは複数だって言ってたんだけどな。ひとりで大丈夫?」

「敵の心配をするなんて余裕なんだな」

「俺たちは戦いを望んでいるわけじゃないからね。悪いことは言わないからお帰り。君じゃ俺には勝てないよ」

「そんなのやってみないとわからないだろっ!」


 シロは銃を撃つ。が、方向はめちゃくちゃでクロにはかすりもしない。


「どこを狙ってるの?」

「ーーいいんだよ、これで。最初からあんたを倒せる気でいるほど俺は能天気なバカじゃない。“顕現せよ。銀の檻【シルバーゲージ】”」


 銃が描いた直線に銀が顕現する。囲うように檻がクロを閉じ込めた。


「銀?俺に銀なんか効かないよ?」


 クロはそう言いながら檻に手を伸ばす。が、バチンと弾かれ、クロは驚きの表情を浮かべる。


「あんたに銀が効かないことは百も承知さ。でもさ、あんたが“吸血鬼”である以上逃れられない弱点がある。俺はそれを利用しただけ」

「俺の、弱点…?」

「“血”だよ。俺の“血”は吸血鬼にとって強力な毒なんだよ。さすがのあんたでも“吸血鬼”である以上“血”からは逃れられない」


 ニッと翡翠は笑う。


「ーー“山科柘榴”はどこにいる?」


 ☆


「柘榴、どうしてついてきてるの?危ないから部屋にいて?」


 五感の鋭いシロに気づかれないように追いかけるのはやはり無理があったようで、すぐに柘榴は見つかってしまった。


「……背中の光る薔薇のタトゥーは何!?ハルが探してたのはシロさんだったの!?どうして嘘をついてるの!?」


 一息に柘榴は捲し上げる。


「……タトゥーの男は僕だよ。ハルくんを吸血鬼にしたのも僕だ。……教えるわけにはいかなかったんだよ」

「それはどうして?」

「ハルくんはもう死んでる。“吸血鬼”として無理矢理蘇生させたんだ。アキくんも一緒にいたんだけど、ふたりともそのことを忘れてしまってる。だから、ふたりを守るために僕は嘘をついた。“人間”に戻ると死んでしまうだなんて、悲しすぎるだろう?」


 衝撃の真実に柘榴は驚きを隠せない。


「まぁ、ふたりとも別人のようになっていたから最初は気づかなかったんだけどね。っと、ハンターが来てるね。今、柘榴を逃がすのはかえって危ない、か。僕の後ろにいて。柘榴は絶対、僕が守るから」


 ハンターなんか嫌いだ。

 僕らをいつでも邪魔者扱いする。

 そんな奴らに絶対柘榴を渡したりするもんかーー。


 ☆


「ーー大牙、彼をどうするのですか?」


 不安そうに見てくる藍に大牙は笑う。


「助けるよ。言っただろ?藍の同族はもう殺さないって。ここから逃げる良い機会だよ。藍は今は利用価値があるから生かされてるけど、それがなくなったら間違いなく殺される。俺は藍を失いたくない」

「逃げ、る……?」

「そうだ。逃げるんだよ」

 よいしょと大牙はハルを背負う。

 差し出された手を藍はぎゅっと握った。


 ☆


「なるほど、ね。リーダーが僕たちをシュバルツの館に行かせなかったのはこういうわけか」

「これって“裏切り”ってことだよね!?どうしよう、桜」

 あわあわとするすすきに大丈夫だから落ち着いてと桜は苦笑する。



「逃げるようならふたりを殺せ、だそうだ」



 ☆


「また、来たの?せっかくクロが助けた命なんだから大事にしなよ」


 傷だらけのアキにはぁとシロはため息をつく。


「あと、もうひとりいるのバレバレだから。奇襲のつもりかもしれないけど、意味はないよ。面倒だからふたりでかかってきなよ。館に足を踏み入れた以上、見逃すことはできないからね」


 そこに姿を現したのは予想外の人物だった。


「……え?」

「お久しぶりです、シロさん。ちょっとあいつには借りがあって。悪いですが、柘榴は連れていきますよ」


 ひょいと彼は柘榴を抱き上げる。


「吸血鬼と人間は一緒にいるべきじゃないんですよ。お互いのためにもね」


 必死に伸ばしてくる腕が柘榴を捕まえる。彼は、みどりは、その腕ごと切り落とす。



 ーー吸血鬼の弱点は強い“仲間意識”です。同族に攻撃されたら、おそらくなにもできません。あなたには“吸血鬼”の友人がいますよね?



 柘榴の悲鳴があがる。何度も何度もシロの名前を呼ぶ。


「心配しなくても、吸血鬼はあの程度じゃ死なない。これ以上、傷つけられたくなかったら大人しくしてくれる?次は足を切り落とすよ?」


 ゾッとするほど冷たい声に柘榴は口をつぐむ。


「……ついていくから、これ以上、シロさんを傷つけないで」


 ぼろぼろと泣きながら懇願する柘榴にみどりは頷き、武器をしまう。


 柘榴たちはシロから遠ざかっていく。


 柘榴の唇がさよならを紡ぐ。

 声にならない声でシロは慟哭していた。


 ☆



「“柘榴”は人肉の味がするらしいね。“吸血鬼”に捕まって、さぞかし怖かっただろう?ここは安全だ。君の血を狙う“吸血鬼”はもういない。囚われの柘榴は救出された」



 心がそっと柘榴に手を伸ばす。柘榴はその手に噛みついた。



「“吸血鬼”は“悪”だからね。可哀想に。君は“吸血鬼”に汚染されているよ。大丈夫。俺が“正常”にしてあげる」



 違う。

 汚染なんかされてない。

 俺はただ愛しただけ。

 寂しがり屋で優しい、 吸血鬼を。



“吸血鬼”は“悪”なんかじゃ、ない。



 顔を殴られ、倒れる。

 口の中に血の味が広がっていく。



 シロさん。

 今度は俺があなたを守るよ。



 愛してる。




 囚われの柘榴編、終わり。


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