第3話 ふたりきりの図書室で

「ねぇ、コーキ。ここ、分からないんだけど…」

「ひゃい…っ⁉︎」


 左腕に伝わってくる柔らかい胸の感触。

相変わらず僕の彼女は無防備だ。

 ……本当に無防備すぎる。


「もう…勉強教えてくれるって言うから来たのに、ちゃんと話きいてるのー?」

「き、聞いてたよ…!えっと、ここの問題だよね」

「それじゃない。こっちだって」

「あっ、そ、そうだったね!ちょっとボケちゃってたー」


 僕は今、図書室に来ている。

もちろん、本を読むためではなく自習をするためだ。帰ろうとしていたところを引き止められ、西条さんに勉強を教えることになったのだが、先から彼女の胸元が気になって仕方がない——‼︎

 ボタンを掛け違えてるよ、西条さん!

 それだと、結構見えちゃってます!

 ピンクの下着、ありがとうございます!

と、言いたいところなのだが、どうやって教えてあげるべきなのだろうか……。

 ちょっぴりギャルだとは言っても、女の子であることには変わりない。

 もし下手な教え方をして相手を傷つけたらと思うと…。う〜む……。

 よし、ここは気づいていないフリをしよう!


「ねぇ、なんでそんなボ〜っとしてるの?」

「ごめん、ちょっと考えごとをさ…」

「あっ、もしかしてヤラシーことぉ?」


 西条さんはいたずらな笑みを浮かべながらこちらをじっと見てきた。


「そんなこと考えるわけないじゃないか!」


 ゴメンナサイ、実はめちゃくちゃ考えてました。たまに鋭いんだよな、この人は…。


「……ふぅん、じゃあこれ教えてよ」


 ちょっとー‼︎そんなにも近づかれたら、奥まで見えちゃうんですけどー!

 ダメだ、ここは彼氏として、ちゃんと紳士に対応してあげないと…っ!


「西条さん…そんなにも近づかれると…」

「今日、コンタクトつけてくるの忘れたから仕方ないでしょー。おかげで黒板も見えなくて大変だったー。それとも、あーしに近づかれるのは…イヤ?」

「いやじゃないよ!むしろ……!」

「むしろ…?」

「…嬉しい…です」

「そ、そっか。あーしもそう言われると嬉しいかも…恥ずかしいけどね」


 彼女はにへらと笑い、僕は一気に顔が熱くなったのを感じた。

 西条さんは平気でこういうこと言えるもんな…。

 

 よし、西条さんは真面目に勉強をするつもりなんだ!僕もちゃんとしないと!


「ここはね、この公式を使うと解けるんだけど、少しコツがあってね——」


 気合を入れて、彼女の勉強を応援してあげることにした。

 密着されて胸が腕に当たってくるのに少し戸惑いながらも、自分ができることはしたつもりだ。


  ・  ・  ・


「ありがとう、コーキ!アンタのおかげでなんとか赤点は逃れられそうかも!」

「そっか、よかった…」


 必要以上に疲れた……。

 机に突っ伏して、回復でもしておこうか。

 あんなにも胸を押しつけられて、我慢しろだなんて、男の僕には無理だよ!

そんなことを考えていると、西条さんは僕の顔を覗き込んできた。


「どうしたの?まだ分からないところでもあった?」

「ううん、そうじゃないの。——あの、さ。

今、二人っきりなんだよね…」

「そう、だね……」


 えっ、なにこの雰囲気⁉︎

もしかして、このままイケナイことをしちゃう…⁉︎いや、待つんだコーキ。

イケナイことって一体なんだ?

図書室で彼女と二人っきりになってすることってなにがあるんだ…?

も、もしかして大人の階段登る的な——⁉︎

『ねぇ、コーキ。あーし、初めてなの…』

『西条さんの初めて、僕にちょうだい…』

なんてことが起こってしまうのか⁉︎

 気がつくと、心なしか彼女の頬が少し赤く染まっているように見えた。


「他に誰もいないしさ……しよ?」


 キターー‼︎

 でも、あんまりがっつき過ぎるのも引かれるかもしれないから、ここはあえて気づいていないフリでもしていよう。


「えっと、するってなにを…?」

「…もう、言わせないでよバカ…。彼氏と彼女が二人っきりで放課後の図書室ですることなんて一つしかないでしょ…」


 ついに来てしまったようだ。

さぁ、なんでも来い!

 覚悟を決め、ゴクリと喉を鳴らした。


「……しよ、掃除」

「…へ?」

「だってほら、最後に使ったのあーしらだし、ちょっと汚れてるのが気になるもん。ホーキでササっとさ、やろうよ」

「…だよねー、僕も気になってた!ははははっ!」


 別に悲しくなんかないもん。掃除大好きだもん。

 ホーキをとり、しぶしぶ始めることにした。

 そうだ。彼女は変なところで真面目なんだった…。そういうところも好きではあるんだけれども、ねぇ。やっぱり、ちょっとは期待もしていたといいますか…。


「ねぇ、コーキ。これ見てくれない?」


 はいはい、なんでしょうか。

気になる汚れなら僕が全力で——。

 突然、頬に柔らかい感触がした。

少ししっとりしていて、温かいような……。


「お、お礼のキス…だから…!ちゃんと受け取ってよね…!」

「…ありがたく受け取らせていただきます」

「うん、よろしい。…あと、さっきから胸見すぎだから…」

「ひゃいっ⁉︎」

「気づかなかった私も悪いけど、ちゃんと教えてよ、その、恥ずかしいんだからね…」


 西条さんは、胸元に手を当てながら顔を逸らし、照れていた。

 やばい…可愛すぎる…っ‼︎


 このあとめちゃくちゃ掃除した。

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