カードで、狂ったやつの叫び

白鷺(楓賢)

本編

夜も深まったコンビニの一角、雑誌棚の前に佇む男がいた。中年を過ぎた風貌に、疲れ切った目が印象的だ。その男、健一は何時間もその場を動かずに立っていた。彼の目は、棚に陳列された一つのパックに釘付けだった。


「今度こそ、今度こそ…」


彼の手は震えながらパックを手に取り、レジへ向かう。10万円。これが今日までに費やした金額だった。そしてこのパックが、彼にとって最後の希望だった。


若い頃からトレーディングカードが好きだった健一は、最近ある特別なカードを手に入れるために、多額のお金をつぎ込んでいた。そのカードは、レアリティの高い「黄金の龍」。その光り輝くカードを一度でも手にすれば、長年の夢が叶うと信じていた。


パックをレジで精算し、駐車場の車内に戻る。車内灯の薄明かりの中、健一は緊張の面持ちでパックを開封する。1枚、2枚とカードをめくる度に、心臓がドクドクと高鳴る。しかし――


「違う、これも違う!」


健一の期待は裏切られ、またもや目当てのカードは出なかった。彼は激しくカードを投げつけた。それでも目は狂ったように光り、すぐにまた次のパックへと手を伸ばす。何度も繰り返される無意味な行為、まるで蟻地獄のように健一は深みにはまっていく。


「なぜだ、なぜ出ないんだ!」


車内に響き渡る彼の叫び。しかし、その声を聞く者は誰もいない。彼はカードの山に囲まれ、冷たい汗を滲ませながら、ふと我に返る。


「10万円…もう10万円だ」


健一の目の前には、山のように積み上げられたカードの束。冷たい現実が彼を襲う。どれだけ金をつぎ込んでも、欲しいものは手に入らなかった。そして気付いたのだ。全ては無駄だったと。


「何を…俺は…何をやってたんだ」


彼の体から力が抜け、車のシートに崩れ落ちた。カードの山は無情にも彼を包み込み、ただ静かに風が吹いていた。健一はもう、何も感じなかった。


その夜、健一は車の中で眠りについた。無数のカードに囲まれ、彼の心にはぽっかりと空いた虚無だけが残った。


翌朝、日が昇ると共に、健一はカードを全てゴミ袋に詰め込み、町外れのゴミ処理場へと向かった。袋を投げ入れた瞬間、彼の心の中にわずかな安堵が広がった。


「もう二度と…」


彼は小さな声で呟き、車に乗り込みエンジンをかけた。風が吹き抜けるその瞬間、彼の後ろには何も残っていなかった。ただ風が無情にも吹いているだけだった。

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カードで、狂ったやつの叫び 白鷺(楓賢) @bosanezaki92

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