第19話 爆裂乳酸地獄

 一人の脱落者も出さず、第二種目が終わった。


 だが、終わったのは種目ではない。競技者たちの肉体が、限界を迎え始める。


 第三種目に入ってから、脱落者が続出したのだ。

 種目は、単なるポール渡りである。回転するポールを、真っ直ぐ進むだけ。それだけなのに、ドボドボドボ! と、選手が落下していった。


 あたしも例外ではない。五回ぐらい、やり直した。


 ここにきて、『風魔』ルールの本当のヤバさが牙を剥き始める。


 三〇人以上いた挑戦者が、もう四人くらいしか残っていない。


「うわーキツイっすねえ。トロせんぱーい。もう限界じゃーん。モモさんにも負けそうじゃないっすかー」


「うるっせえな! あたいは、ぜえ、ぜえ、まだ、やれる、から」


 息も絶え絶えになって、トロちゃんが後輩であるパニさんのアオリに反論した。


「怒鳴ってるだけで、息切らしてんじゃーん。見て見て。モモさんなんて、もう復活してるっすよー。先輩だらしなさすぎプププー」


 フィジカルモンスターなのか、第三種目を終えてもパニさんはピンピンしている。


 あたしは結構、足に乳酸が溜まっているのに。


「モモ、やれる?」


 はるたんが、心配そうな顔になっていた。


「平気。疲労が蓄積してっけど、いける」


 風魔ルールを提案したってことは、あたしが勝てるって思っていたはずだろうが。

 その期待に、こたえなくちゃな。


「次が最後だからね」


「おう」

  

 最後は、ボルタリングだ。凹凸のある壁をよじ登り、てっぺんにあるボタンを押した者が勝者となる。



 金盞花きんせんか側が勝つには、あたしが勝たなければならない。


 足に乳酸が溜まっているところで、腕の筋肉が要求される種目が来た。


 お互い、足も腕もボロボロである。


「さてさて、綿毛。泣いても笑っても、これで終わりなのだ」


「はい。楽しかった風魔ルールも、これで最終種目となりました。最終種目は、【ブレイブメン・フォール】です。崖を登って、見事頂上のボタンに手をかけた選手が勝利です」


「では、用意スタート!」


 デリオン姫の合図とともに、競技が始まった。


 さっそく、ドワ女の生徒がロケットスタートする。直後、ネズミ返しのように反り返った地点で落下していった。


「ラストは一回でも落ちたら、アウトなんで。はい、最初の脱落者が出てしまったのだ」


 残るはあたしと、ドワ女のトロちゃんとパニさん。


 パニさんは自慢のフィジカルで、難なく崖を登っていく。ネズミ返しが相手でも、ものともしない。


「残念だったな、金盞花のエース! 学園のダンジョンは、あたいらがもらった!」


「……後ろを見てみな」


「あん? っな!?」

 

 トロちゃんが振り返った瞬間、落下していくパニさんの姿が。

 

「あー」


 情けない声を上げながら、パニさんが落下していく。

 

「パニ!? なぜだ!?」

 

「答えは上にある」


「上だと……くっ!」


 てっぺんのボタンがある場所には、凹凸がない。ボタンの配置地点まで飛び上がる脚力が、要求されるのだ。


 風魔……『風雲 魔王城!』は、完全制覇者を出さないことでも有名である。挑戦者が簡単に勝ったら番組にならないため、制覇者が出る度にアップグレードされていった。そのせいで、誰も勝てない競技が増えてしまい、番組も終りを迎える。


「風魔は、ちょっとした油断が命取りになる。身体能力だけでは突破できないってあいつに教えていたのは、アンタじゃないか」


 あたしは「お先に」と、崖を登っていく。


「ふー、ふーっ!」


 最後の力を振り絞って、飛び上がった。


 てっぺんのボタンは、妙に反り返った場所にある。


 おそらくパニさんも、飛べるには飛んだんだろう。が、ボタンを押す手がズレたに違いない。



 飛び上がった直後、あたしは壁に手をついた。


「バカな。飛ぶタイミングを間違えて!」


「ウゥインドゥ、カァッタ!」


 壁から手を離した瞬間、【ウインドカッター】を、足に展開する。


 このボタンは、手で押さなくてもいい。身体のどこかで押せば、クリアになる。

 

 手で飛び上がって、ウインドカッターを込めた回し蹴りでボタンを押した。



 ファンファーレとともに、クラッカーが鳴る。


「勝者、金盞花学園。七星ななほし 洲桃すももちゃんなのだー」


「おめでとう、ございまーす!」

 

 デリオンと綿毛は喜んでいるが、あたしは絶賛落下中だ。


「おおおおおお!」


「はい。おつかれ」


 下にいたはるたんが、あたしを受け止めてくれた。


「まったく、参ったよ。ウッドエルフが開発したダンジョン、堪能させてもらった」


 負けたドワ女の代表、トロちゃんが握手を求めてくる。


 あたしたちは、それに応じた。


 手が震えている。さっきまで、崖にへばりついていたからだろう。


「デリオンとやら。あんたのダンジョンは楽しかった。あんな絶妙なトラップに、まんまとしてやられたよ。考えられているんだな」


 トロちゃんは、デリオンと握手したとき、より一層力を込めた。


 外で、みんなして昼食を取った後、お開きとなる。 


「次はあたいらのダンジョンに来てくれ。このダンジョンを参考にして、面白いダンジョンを作ってやる」


「楽しみにしているよ」


「じゃあな」

 

 ひとまず、金盞花のダンジョンは守られた。


「手強かったのだ。わかりづらいはずの突破口を、初見で見破られるなんて」


 勝ったのに、デリオン姫がしょんぼりする。

 

「あたしは、気づかなかったけどな」


「そうそう。相手の洞察力が、半端なかった。三年ってことも、あるだろうけど。ドワーフが、ダンジョンの専門家って呼ばれているだけあったね」


 今回のバトルで、みんな身が引き締まったみたいだ。


 

(第二章 おしまい)

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