第2話 ここは、乙女のダンジョン

「ごきげんよう」


「ごご、ごきげん、よう」


 純白の制服に身を包み、あたしはロボットのようにカクカク歩く。


「ごきげんよー。おらモモ、前を向いて歩きなよ」


 黒髪ロング半メカクレ少女・はるたんが、横からあたしをヒジでつついてきた。


「うるっさいな。あたしはこんなのに慣れてないんだよっ」


 だいたい、シャベル担いでるお嬢様なんてどこにいるんだよ。


 ダンジョン専用の武具は、外の世界だと「それっぽい物質」に擬態する。


 あたしの持っているドラゴンキラーの場合は、シャベルだ。


 関東と関西では、スコップとシャベルは逆の意味を持つらしい。

 あたしが持っているのは、先端が平らである。JIS基準だと、「シャベル」だ。


「さっそく注目の的だねぇ。モモ」


「うるせえよ。お前だって似たようなもんだろうが。ハンディモップもったJKとか、お嬢様どころかメイドだろうが」


 はるたんのリュックからは、猫じゃらしのような紫色の毛羽立った棒がにょーんと飛び出ている。正体は、ハンディモップに擬態した魔法の杖だ。はるたんが愛用している魔杖、【ペールギュント】である。


「もっとクラリネットとか、お嬢様らしい道具にすりゃよかったじゃん」


「ああなりたくなかったからね」


 はるたんが、校門の側をアゴで示す。


 数名の新入生が、吹奏楽部にスカウトされていた。


 あーっ。変人扱いされたほうが、自由でいいってわけか。あたしと同じ発想だな。


 事実、あたしたちには誰も声をかけようとしてこなかった。


 今の御時世では、「学校に通って勉強をする生徒」自体が珍しい。

 まして、部活など。


 

 顧問どころか、校長に至るまで、AIである。

 校歌も、AIが作って、AIが歌っていた。

 

 

 ダンジョン攻略など、もっと実用的な生き方を、今の若者たちは目指すのだ。

 今の時代、勉強して偉くなって社会に貢献するより、自分の実利が優先される。


 人のためになにかするって時代は、終りを迎えて久しい。


 ダンジョンというお宝の山は、人同士のよさも悪さもすべてなくしていった。ダンジョンは、自己完結をより完璧なものにしてくれる。他人に気を使う余裕がなくなった若者たちがのめり込むのも、仕方がないのかもしれない。


 まあ、そういう人間ばかりじゃないけど。


 

「さて、おばあちゃんが呼んでるんだった。行こうか」


「どこへ?」


「旧校舎」


 金盞花きんせんか学園の旧校舎は、通称バラ園と呼ばれている……んだっけ?


「ユリ園だったっけ?」


「そうだよ。【ユリ園】で合ってる。おばあちゃんは、そこで一人、百合の花を管理している」


 さっそく、ユリ園に足を踏み入れた。


 木造の旧校舎は、床板を踏んだ途端に「ギイ」と心細い音を放つ。ちょっとでも体重をかけたら、床が抜けてしまいそうな。

 

 しかし、そんな不安を解消してくれる事態が。


「モモ、魔物だよ」


「マジかよ。まさか、ここって!?」


「そう。このユリ園は、ダンジョンだ。管理者は、魔王おばあちゃんだよ」

 

 

 私立金盞花学園・旧校舎。

 ここは、乙女の園……に擬態したダンジョンだった。

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