トレンダム辺境伯の結婚 妻は俺の妻じゃないようです。

白雪なこ

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「なぜ、何、その顔!あああああ、そう、あなたが悪いのよ、わ、私のせいじゃないっ!…………とにかく、あなたのせいだから、せ、責任をとってちょうだい!」


 バキッッ!


 手の中で、握っていたペンが折れた。

 破片とインクが砕け、机の上に飛び散る。

 呼んでもいないのにこんなところに押し掛けてきた、元妻も、砕けて欲しい。

 書き直すことになった書類を見て、ショックを受けつつも、連れてきていた従者に合図を送る。


 遠ざかる喚き声にうんざりするが、今はこの書類を書き上げねばと、新しい紙を出してもらい、書き直しを始めた。



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 トレンダム家は、ラムダル王国の辺境伯家である。代々、辺境の地で、好戦的な隣国と争い、睨みを利かせ、人に害なす恐ろしい魔物と戦い続けてきた一族だ。

 当代の若きトレンダム辺境伯は、今年に入って急増した、魔物被害の対策の為、領地を離れることができなくなった。その為、王族との挨拶や報告と、遠方の貴族家との情報交換のために毎年参加している王都での社交を、今年は諦めた。


 辺境を治めるトレンダム辺境伯が、40日ほど続く社交シーズン期間をずっと王都で過ごすなんてことは出来るはずもないが、毎年、最初の1週間程だけは報告という名の仕事の一環として、参加をするのが、辺境伯家の慣わしだ。滞在を短めにしたとて、前後にプラスされる夫人を伴う馬車での移動の日数を考えれば、大きな負担となるが、王国民としての義務としてだけではなく、辺境伯家には、社交を放棄できない理由があった。


 忙しいからと何年も顔すら見せなければ、辺境での日々の戦いなど、王都で暮らす人間には、「ない」ものと扱われ、辺境に住むだけの無能な田舎者として、蔑みの対象になるのだ。辺境地と辺境伯への蔑視はともかく、軽視は国の判断に関わる大問題だ。


 王都の中央からの辺境家への目配りや支援が完全に途絶えて仕舞えば、辺境から一刻を争う「緊急事態の報」が齎されても、国も人も動かないことになる。


 100年前の話だが、他国では、辺境が軽視されたせいで、国が滅んだ事がある。好戦的な隣国の大軍に、王都の王城まで簡単に攻め入ることを許し、あっけなく滅ぼされたのだ。

 当時、幾度も相手国との小競り合いを繰り返し、敵の様子から、本格的な開戦の気配を感じ取った辺境伯を始めとする国境地域に領地を持つ貴族たちは、王城に幾度も「侵攻の気配あり」と知らせを入れた。実際に戦いが始まってからは、「開戦」、「敵軍領内侵入」、「援軍を請う」との報を次々と入れたが、知らせを受けた王城では、悉く無視されたと伝えられている。

 そして、「無能な田舎者が小さなことを騒ぎ立てているだけ」「どうして高貴な我々が辺境の田舎者を助けに行かねばならぬのだ」と、鼻で笑って、パーティーに明け暮れているうちに、誰にも邪魔されずに王都入りを果たした隣国の軍によって国ごと滅ぼされてしまった。

 無能な王族と王都貴族たちが悪いが、辺境を守ることに集中するあまり、10年以上王都に顔を出さず、「辺境での日々の危険」「辺境伯が置かれている意味」を、伝えることを怠った、辺境の人々も愚かだったと言える。

 この出来事は、100年経った今でも、各国の王族や辺境貴族にとっての教訓となっている。


 辺境の民が、“王都で社交に明け暮れる”ことは難しい。


 辺境地での危機が少なく、一族が多ければ、王都にある屋敷タウンハウスに、次期辺境伯夫妻を常駐させることもできるだろうが、短期滞在なら問題なくとも、長期ともなれば、王都貴族に染まった夫妻や、王都生まれの子女が、辺境地でやっていけない人物になるリスクの方が上がる。


 嫡男の嫁や孫に王都から離れて、ど田舎に行くなんて嫌だと言われれば、一族の結束に綻びができてしまう。命の危険に晒される地域では、結束と信頼が何よりも大事なのにだ。

 それを次期辺境伯夫妻が台無しにしてしまうリスクは避けるべきだ。


 また、次男三男夫妻を送るのもよろしくない。王都での派手な暮らしに慣れたものが、辺境に呼び戻された時、辺境伯の頼れる右腕になれるかと言われれば、自堕落な生活で緩んだ身体と思考では期待できない。


 辺境伯の王都にある屋敷タウンハウスには、普段、屋敷の維持管理のための人員しか置いていない。社交に参加する場合は、辺境伯夫妻だけではなく、侍女や護衛と共に、多くの荷物を運んでくるため、結構な大移動となる。1週間程王都に滞在するだけでも、金も人も時間もかかるものなのだ。


 トレンダム辺境伯家は、今年の社交シーズンの参加は諦めることにした。だが、王城への挨拶と報告だけはしなければならない。事が落ち着いてから、辺境伯本人と従者の数人が騎馬で向かうのならば、日数の大幅短縮ができるだろう。参内する際の衣服は必要だが、それぐらいは、屋敷タウンハウスに置いてあるから持参しなくとも問題ない。2日程の滞在で切り上げる予定なので、最低限の荷物で移動できるだろう。家族に、この当主決定を告げた。


 それに異を唱えたのが、先月に籍を入れたばかりの新妻だった。


 自分だけでも良いので王都に行きたい、社交パーティに参加したいと言い張ったのだ。


 緊急事態の対応は夫婦でするべきものだ。領主である夫が留守がちになった辺境領地の本邸で、どっしり構えて、采配を担うのが妻なのだ。夫が怪我をして帰宅することだってあり得るし、側近の怪我でも家族への対応などの仕事がある。内向きの仕事だけではなく、緊急事態の対応に追われる際には疎かになりがちな領地経営のフォローも、必要だろう。最低限の社交は欠かせないが、それは今ではない。そう告げれば、婚姻前の挨拶では大人しい女性だと思っていた妻はギャアギャアと騒ぎだした。その後には、いかに今自分が王都に行く必要があるかのを長々と述べた。態とらしい泣き真似付きで。


 トレンダム辺境伯嫡男の婚姻は、前辺境伯夫妻が視察先で魔物に襲われ、怪我をしたことで、急がれた。前辺境伯夫妻が怪我から復帰するには時間がかかりそうであり、寝台から起き上がったとしても、以前と同じ様に辺境伯の仕事を熟すのは難しいと判断されたため、嫡男に爵位を譲ることにしたのだ。現在は、魔物被害の対策で余裕がない為、結婚式を執り行うのは、前辺境伯夫妻が歩けるようになってからとし、ルマルド侯爵家の次女と結婚した。


 ルマルド侯爵家は、トレンダム辺境伯領とは、王都を挟んだ反対方向に領地を持つ。数年前から、婚約者がまだいない、評判の良い姉妹がいるとして、候補にあげていた家だった。多産の家系だと聞く。


 辺境での嫁取りは、難しい。王都貴族とのやり取りを考えれば、家の格を落とすわけにはいかないので、平民や下位貴族ではダメだ。伯爵家よりは、侯爵家か公爵家の娘が良い。緊急時に当主の代わりに状況判断できる賢さと執務能力も必要だし、一族や領民に対する思い遣りがあり、出来れば多産な女性が好ましい。


 由緒ある辺境伯といえど、辺境であることは否定できない。領都はそれなりに発展しているが、王都のそれと比べると華やかさにかける。辺境内や近隣の貴族との交流はあれど、毎週の豪華なパーティや華やかなお茶会などはないも同然だ。王都の流行りの情報も伝わるのが遅い。辺境伯家としては、いざというときのためにも、有力な貴族と縁を結んでおきたいが、王都で暮らすような貴族の子女は、辺境を嫌う。


 ルマルド侯爵家の領地は、トレンダム辺境伯の領地程、王都から離れていないが、田舎といえば田舎な土地である。社交シーズンには王都に滞在しているが、侯爵家一家の住まいは領地の屋敷であり、王都にある屋敷から離れるのを嫌がり、パーティ三昧な家族がいるという噂も聞かない。程よく年頃の、評判の良い娘達がいる。


 トレンダム辺境伯嫡男の婚約者候補は他にも数人いたが、まだギリギリ未成年であったり、他の家との婚約の話が持ち上がっていたりで、すぐに嫁いでもらえるのは、ルマルド侯爵家の次女シルビナだけとなった。どうやらルマルド侯爵家の他の姉妹は婚約が決まってしまったらしい。美しく賢いと評判だった長女以外の娘達の個別の情報はないが、妹達にも優秀な娘が多いと聞くので、シルビナだけでも残っていてくれたことに、トレンダム辺境伯は安堵した。

 この時に、もう少しシルビナ個人のことも調べていればよかったが、元々候補者が多数いる条件の良い家だったことで、それを怠ってしまった。後の祭りである。


 シルビナは、茶色の髪と目をした、平均程度の身長の、細身だが部分的にふくよかな女性だ。特別に不細工ではないが美女でもない。地味で目立たない、平凡なその顔だけ見れば、主張がなさそうで、大人しくみえる女性だが、気弱ではないらしい。両親に逆らわず、長女を立て、妹達を厳しく叱りつけることができる娘だと聞いた。領地にある女子学園での成績も悪くなかったらしい。


 貴族の子女とて勉強だけしていれば良いわけではないので、家で家庭教師をつけて既に学園卒業レベルの学習を済ませている子女は、教師の出す課題に対する提出物をきちんと出せば卒業できる。シルビナは、サボらずに、すべての課題を提出し、優評価で卒業したと聞いた。秀評価の長女が有名だったが、妹も優秀と聞いていたので、評判通りだ。


 とにかく、トレンダム辺境伯嫡男の結婚相手は決まった。


 消去法ではあったが、それは相手も同じこと。他に条件が良い相手がいれば、仮病でも何でも使って、結婚を急ぐトレンダム辺境伯嫡男の候補から外されるようにしただろう。


 20歳だという、ルマルド侯爵家の次女シルビナは、特に揉めることなく、トレンダム辺境伯嫡男のジークスに嫁いできた。ルマルド侯爵家との話し合いで、婚姻時には結婚式ができないことの承諾も得ている。あちらとしても、前辺境伯夫妻がある程度回復し、親族としての付き合いもできる様になってからの方が良いらしい。


 22歳のジークスには年の離れた12歳の妹クラーラと9歳の弟トーマスがいる。一族としては、辺境伯を支えてくれる叔父夫妻達、父の弟カールとアーノルドの2人とその妻はいるが、弟妹はまだ幼く、2組の叔父夫妻は、戦士同士のカップルなので、辺境伯夫人の代理で仕事をこなせる人材ではない。今は、母の右腕だった侍女達と、執事長と家政婦長が手分けすればなんとかなってはいるが、各自の仕事もある中、母親が回復するまで続けるのは厳しい。


 書類上の婚姻手続きを終え、ジークスの妻となったシルビナを、ジークスとその家族は歓迎した。のんびりしている時間はなかったが、この日だけは、簡単な祝いの席を儲け、弟妹と叔父夫妻を交え、夫婦としての初日を祝った。


 残念ながら、療養中の両親は意識が回復したばかりだったので、参加はできず、挨拶は双方が落ち着いてきた後日に持ち越しすることにしたが、それなりに良い雰囲気で歓迎の宴を終えられたと、ジークスは思った。




 弟妹はいるが、両親の状態を考えれば、子供は早く欲しい。


 緊張しながらも初夜を迎えようとしたジークスに、シルビナは「生憎と、月のものが来てしまいました」と告げた。数日待てば良いのかと聞けば、まだもっと先だという。


 辺境伯夫人としてこの領地になれ、仕事を覚えないといけない。今妊娠し、体調を崩すわけにはいかない。初夜で体調を崩す可能性もある。


 だから、もう少しこちらの暮らしに慣れてからにしましょう。後継は欲しいでしょうけど、今産まなければ一族が絶えるわけではないのですから。


 そう言われてしまえば、無理強いはできない。結婚したばかりなのに、即離婚はしたくないし、妊娠1ヶ月目ごろからの不調で動けなくなった侍女を見たことがあったので、慣れない場所で前任者である義母の助けもなく、辺境伯夫人として立ってくれる気があるのだから、有難いと思わねばと、受け入れることにした。


 月のものという理由が嘘であることは、部屋を出た後に侍女に聞いて知ったが、無理強いする気にはなれなかった。


 ただ、やる気があったとしても、すぐに辺境伯夫人の仕事を熟せるわけがない。教育係を母の右腕の侍女の1人と家政婦長に任せ、残りの侍女達と執事長には、教育中には熟せない仕事を引き続き頼むことにした。


 12歳の妹クラーラと9歳の弟トーマスも、此度のことに危機感を持ったのか、できることは手伝うと言ってくれている。家政婦長は12歳のクラーラは、戦力になりそうだと歓迎していた。


 9歳のやんちゃ坊主には、少し首を傾けた、にこやかな笑顔の老執事長が、それでは普段通りの勉強と鍛錬を済ませた上で、、ご両親の見舞いと私への伝令をお願いしますね、と告げていた。彼には現在、恒例?の執務室への出入り禁止の刑が発動されているらしい。ちなみに、全身泥だらけで部屋に突入してはくらっている罰である。


 初夜を終えてこそ、妻であり、その家の嫁と認められる。なのに、それを後回しにし、辺境伯家を支える為に働くと言う妻に、ジークスは好感を持った。好意までいかないのは、接する機会があまりにもないからだ。


 初夜の晩に少し会話をしただけで、あとはなかなかタイミングが合わない。

 魔物討伐から帰れば、もう疲れて寝ておられますと言われ、明日の夜にでも食事を一緒にと誘えば、やることがあって時間が取れないと断られた。


 妻も大変なのだと、申し訳なく思い、せめてもと、領内で幸運のお守りとして大事にされている“赤玉”のブレスレットを贈った。


 宝石など、この領地で身につける機会はあまりないだろうし、来年の社交シーズンにでも、王都の宝飾店に連れて行けば、好みのものを選べて嬉しいだろうと考えたからだ。


 父が贈った“赤玉”を喜んで身につけている、母の姿が目に浮かぶ。母から自分と妹にもネックレスにしたものを贈られた。服の下で隠れているが2人ともいつも首から下げ、大事にしている。弟は、拳大の巨大なものを自分で探してきて、部屋に飾っているので、アクセサリーはいらないらしい。


 妻のシルビナには、実家から連れてきた侍女がいない。独身時代から仕えてもらっている信用できる侍女達は既婚者で連れて来れず、他の姉妹を担当していた独身の侍女を連れてきてしまうと、実家に報告する予定のないことまで知らせてしまう可能性があるそうで、辺境伯家のことを考え、単身で嫁いできてくれたとか。


 それを聞いて、感心した家政婦長が、ベテラン1人と若手の2人の侍女をシルビナにつけた。慣れない場所でのフォロー役と、自分の腹心に育てる侍女である。


 結婚して2週間程経った頃、魔物の被害が重なり、国境付近にある拠点で部隊を待機させることになった。

 叔父達には砦を回る任務に、叔母達には領内の治安を統括する任についてもらっている。

 拠点に向かう部隊はジークスが率いていく。数週間は帰れぬだろう。

 新婚の妻を屋敷に置き去りにすることに申し訳なさを感じるが、叔母達のように戦えぬシルビナを同伴させても危険な目に遭わすだけだ。足手纏いでもある。


 それでも、少しでもジークスと共にいたいと願ってくれるなら……

 無事に早く帰ってきてほしいと言ってくれるなら……



 ジークスが出発の朝、しばらく帰れないから屋敷のことをよろしく頼むと告げたのは、シルビナではなく、執事長と家政婦長の横に並んで兄を見送る妹のクラーラだった。


 シルビナにも、昨晩、今朝出発すると告げてもらっている筈だが、担当の侍女が言うには、手紙を沢山書かねばならないので、忙しいとのことだった。



 屋敷から拠点には、定期連絡が入る。口頭での伝言と手紙だ。伝令から幾つもの連絡事項を聞いたあと、受け取った手紙の中に妻からのものを探すが、3週間の拠点滞在期間に、夫に宛てた手紙を発見することはできなかった。


 手紙は、辺境伯としてのジークスへのものと、執事長や家政婦長からトレンダム家の長男への報告がある。両親の治療と回復度合いについてや、両親も兄も頼れない、弟妹に関しての報告だ。家族に問題は起きていないことに毎回安心するが、誰もジークスの妻の話題を齎さないことに、不安がよぎる、拠点での日々だった。



 3週間後。全員無傷というわけには行かなかったが、誰の命も欠けさせることなく、屋敷に戻れた。数日は書類仕事に勤しむことになり、気がつけば結婚して1つきが経っていた。


 1つきも経てば、仕事はともかく、婚家の家族を含む、屋敷の者達と、少しは打ち解けているだろうと期待していたが、家族の晩餐にたまに参加することはあっても、シルビナから親しげに話しかけることはなかったと聞いた。


 辺境伯夫人としてこの領地になれ、仕事を覚えないといけない。

 初夜を延期してまで、やる気を見せていた新米辺境伯夫人は、どこに消えたのか。


 教育係を母の右腕の侍女の1人と家政婦長に任せていたが、辺境伯夫人の執務室に案内しようとしても、部屋から出てこず、一時的に指導役となっている侍女や家政婦長に対する発言は、執務に取り掛からない言い訳と、ある意味戦時である辺境伯領で買い物を楽しむことも、王都からドレスや宝石のデザイナーを呼ぶこともできない文句だけだったそうだ。どうやらシルビナは、王都の華やかさを好み、辺境を見下す女性だったらしい。それなら婚姻の申し出など拒否すれば良いのに、何故受け入れたのか、疑問だが、今更聞いても仕方がないかもしれない。


 ではない、“赤玉”いしっころのブレスレットは、中身を確認したらしきあと、ぐしゃぐしゃに潰した箱と共に、床に投げ捨てられていたのを、侍女の1人が、救出したと聞く。今は、主人が姿を見せない、辺境伯夫人の執務室の棚に飾られているとか。


 辺境伯夫人のことは、大きな問題ではあるが、国境の拠点に詰める指揮官に報告すべきことではなかったからと、ジークスの屋敷への帰還を待って聞かされた。


 シルビナは嫌々嫁いできたわけではない筈だ。辺境伯夫人は、国内で最も命の危険がある夫人の職業かもしれないが、罪人や奴隷の仕事ではない。誇りと威厳を持って、この辺境の地の母として、領民を守り、導く存在なのだ。幾ら嫁の来手が少ないとはいえ、他に嫁に行く場所がないから、親に強制されたからと言った理由で、嫁に来てもらっては困る。


 ルマルド侯爵にも、シルビナ本人にも、婚姻前に確認したから間違いない。シルビナは嫌々嫁いできたわけではない……それは確かな筈で。


 本気で辺境伯夫人になる気がないようだが……。



 シルビナに、まだもっと先だと言われた初夜は、一月経った今も訪れてこない。


 夫に微笑みかけることも、話しかけてくることもない、シルビナという女性は、ジークスの妻と言えるのか。妻になる気があるのか。


 お飾りでいたいなら、別の場所に勝手に飾られれば良い。

 隠れていたいなら、ここよりもっと安全で、良い場所があるだろう。


 結婚するときには嫌じゃなかった。ジークスと顔わせの挨拶をした時にはこんな男でもなんとかして受け入れられると思った。

 だけど、婚姻した途端、やはり辺境の地も、ジークスという大男も、受け入れられない、無理だと思った?


 そうだとしたら……どうして、さっさと離縁しないのか。


 自分から離縁したいとは言えなくとも、離婚してもらえる女を演じることはできる筈だ。

 今現在のシルビナは、ジークスから離縁してもらうために、無礼な無能妻を演じているのだろうか?と、貴族令嬢の思考など読める筈がない頭で考える。

 だが、ジークスの、いつもは貴族令嬢には働かぬ筈の勘が、シルビナには、辺境伯夫人の座を手放す気などないと告げている。いや、鈍いジークスでも、感じたというべきか。


 面倒くさいことになった。と、ジークスは思う。


 結婚を急いだのに、可愛い跡取りを作ることもできず、初々しい出来立て辺境伯夫人が作り上げられる気配もない。

 そして、今、侯爵家とシルビナに離婚を宣言したとして、シルビナはルマルド侯爵にどう伝えるか。誤解だとか、頑張ろうとしたけれど体調が悪くて出来なかったとか?悲劇のヒロインになりきって、父親に泣きつきそうだと思うのは俺の考えすぎだろうか。シルビナの大失態でもあれば、家同士揉めずに離縁できるのだが。

 もしも、もしもだが、謝罪を受け入れ婚姻を継続した場合は、嫌々ながら応じられた初夜で、跡取りに恵まれたとして、それは辺境伯家にとって喜ぶべきことなのかどうか。それとも、今度は、ジークスが初夜を拒否すべきなのか。


 シルビナはトレンダム辺境伯家を舐めているのか。ジークスという男を見下しているのか。それとも両方なのか。

 辺境伯家で、貴族の付き合いというものに長けているのは、公爵家の令嬢だった母親だけである。その母は、今、意識こそあるが、相談事ができる状態ではない。


 叔父達の妻は辺境育ちで、我が貴族家の親戚である分家の子女だ。貴族の令嬢が持つ扇子は握ったことはないけれど、剣なら子供時代から振り回していたという、雄々しい女性で、対貴族の相談に向かない者達だ。


 元々は辺境伯家の坊ちゃんだった筈の叔父たちも、貴公子ではなく野獣寄り。

 後継ではないからと、ダンスやマナーこそ叩き込まれているものの、貴族との会話となると、混ざるより逃げることを選ぶ、恥ずかしがりやの大熊となる。

 奥方には好評な熊ちゃんだが、野獣が可愛く見えるマジックは、他人には働いたことがない。


 要するに、今、この辺境の地には、貴族の妻について、相談できる人間がいないということだ。


 本当に面倒くさいことになった。と、頭を抱えていたジークスの下に、執事長が今年の社交シーズンの予定を尋ねてきた。


「どうされますか?」

「と聞かれてもな。状況的に行けるわけがないし、シルビナを妻として同伴するのはちょっと、な。年内に王城への報告は済ませる予定だが、何人か連れて、馬で行ってこようかと思う」


 そう返事を返せば、妙な笑顔の執事長から家族に報告しろと言われた。


「ならば、本日の晩餐時に、その旨をご家族の皆様にお伝えください。今年の社交シーズンの参加はしない。王都には後日、辺境の状況が落ち着いてから、ジークス様だけが向かうと。ちょうど本日は、シルビナ様も晩餐に参加されるとお伺いしております」






「食事の前に皆に報告しておく。我がトレンダム辺境伯家は、今年の社交シーズンの参加を見送ることにした。今、辺境を離れることはできぬ。王城への挨拶と報告だけはしなければならないが、事が落ち着いてから、俺と従者数人で騎馬で向かえば、往復にかかる時間が馬車と比べて1/4になる。滞在も、2日程で切り上げる予定だ」


「今年は仕方ありませんわ」

「そうだねぇ」


 当然ながら、幼くとも辺境のこの状況を理解している弟妹は、納得して頷いている。側に立って控えている、家政婦長や侍女にメイドも同様だ。執事長は微動だにしていない。


 その場でたった1人。発表に異を唱えたのは、先月籍を入れたばかりの新妻だった。


「そんな!辺境伯家とはいえ、社交は大切ですわ!たったの40日ほどしかない社交シーズンですわよ!その短い期間に、王都での社交をしっかり頑張らないなんて、貴族としてあり得ません!ダメですわ!」


 結婚前に、王都に気軽に行けない辺境伯家の社交のあり方を軽く説明したし、婚姻後にも家政婦長から再度、辺境にあるトレンダム辺境伯家の常識を説明したと聞いたが、記憶に残っていないらしい。学生時代の優秀な成績……とは?


「シルビナ義理姉様、辺境伯家では、もともと40日も王都にいませんわよ。家の者から説明を聞いた筈ですが、ご理解いただけなかったみたいですわね。近場ならともかく、王都は遠いですわ。当主が長く領地を留守にする訳にはいきません。社交シーズンでは、会うべき方に挨拶と報告をして、情報交換を済ませ、1週間程の滞在で切り上げて帰りますの。父が現役の当主で怪我をしておらず、お兄様がただの嫡男ならば、父の代理として向かい、少しだけ期間を延長できたかもしれませんけど、それでも特別な理由もなく、40日も王都の屋敷タウンハウスから帰らなければ、嫡男失格で、跡取りの座を降りることになったでしょうね」


「なんて馬鹿なことを仰るのかしら!有り得ませんわ!たったの40日ほどしかない社交シーズンは、毎年特別なのですわよ!最低でも、シーズン終了まで滞在が常識です。40日でも足りないぐらいですの!こんなこともご存知ないとは。貴女は今はまだ、名前だけは貴族でしょう?恥ずかしいのではなくて」

「まあ、我が辺境伯家の社交の慣わしを、馬鹿なことだと?あらあら、酷い仰いようですこと。名前だけ?貴女のことかしら?ふふふふふ」


 舌戦を繰り広げる妹の顔が、歴戦の勇者猛者な母親に見えてきた、兄と弟である。12歳女児を舐めてはいけない。


「おかしいですわ!ですが、そうですわね、ここは辺境ですものね。情報も入ってきませんし、社交に疎くなるのも仕方がないことですわ。私は、現辺境伯夫人として、貴女の愚かさを許して差し上げます。ジークス様!ここは私にお任せください!辺境の皆様ができない、王都での社交を見事にこなしてみせますわ。なんなら40日を過ぎてからもしばらく彼方で暮らし、辺境伯夫人として、王都在住の貴族と交流してみせましょう!」


 驕慢な態度を隠そうともしない、シルビナに一同呆れた視線を投げかける。

 これまでは、隠していたのに、今は、家族となった筈の相手をあざわらう、その醜いとしか言いようのない顔を、堂々と晒している。


「必要ない。シルビナ、俺は、先程、我がトレンダム辺境伯家は、今年の社交シーズンに参加はしないと言った。これは決定で、相談ではないぞ」


「だから、それはおかしいと、辺境伯夫人の私が教えて差し上げているのですわ!これだけ説明しても理解できないなんて、どこまで無の……」


 あ、今、コイツ、無能と言いかけたぞ。そんな呆れた視線を家族と交わす。


「えええと、もう、良いですわ。ジークス様達には無理と仰るなら、私がして差し上げますから!」

「あれぇ、いつの間にか、僕達、社交ができない人間になってるね〜」

「そうと決まれば、そろそろ出発しないと、社交シーズンが始まってしまいますわね。私、急いで用意して、1、2日後には王都に向かうことにしますわ!」


 いつも間に決定したのか。

 そして、9歳の弟トーマスの果敢なツッコミはスルーされた。可哀想そうに。


「ねぇ、シルビナ様は、どなたとどこで、何の為の社交をされますの?」

「私は、王都にお友達がたくさんいますので、王都に行けば、沢山の招待状が届く筈です。実はもう王都に行くことは手紙で知らせていますの。社交を頑張ろうと、知ってる方ほぼ全員にお手紙を書きましたので、多分社交シーズン中、大忙しになりますわ」


 毎日忙しく仕事を放棄して手紙を書いていたというのは、そういうことだったのかと、みんな納得する。


 そして、クラーラの呼びかけから、義理姉の文字が消えた。早くもシルビナは、姉ではない存在になった様だ。

 そこには気づかず、クラーラの質問に返事を返すシルビナだ。

 先程無視された、トーマスはちょっと悲しげだ。可哀想そうに。


「同世代のご友人達と?」

「そうですわ!」

「トレンダム辺境伯家の知り合いとは会えませんわね?」

「それはそうですけれど、仕方がありませんわ。ジークス様が参加されないのなら、私には誰にお会いすれば良いのかわかる筈もないですからね」

「では、シルビナ様が、40日の社交シーズンを超えてまで王都でされる社交とは、トレンダム辺境伯家には何の役にも立たないものになりますのね」

「そ、そんなことありませんわ!私のお友達全員に、私が辺境伯夫人と教えて差し上げ、辺境伯夫人の私が、辺境の様子を教えて差し上げるつもりですもの!辺境なのに、有名になりますわ!」

「若いお姉様方に有名になれば、陛下への大事な報告をしたことになりますの?」

「ああ、そうですわね。それは必要かもしれません。でもご心配には及びません。王城にも辺境伯夫人として、私が参りますわ!王城のパーティにも勿論参加しますから。書類か、手紙でも書いてくだされば、受付に渡しておきますわ!」


 斬新すぎる、陛下への報告方法を聞いて、もう呆れるしかない一同である。

 受付でどう説明する気なのか。まともに説明すれば、ここでは受け取れないと言われるだろうが、パーティを楽しむのに邪魔だから預かれと、騒ぎ出す予感しかしない。

 トレンダム辺境伯家とルマルド侯爵家が王城からの呼び出しをくらう未来も見える。嫌だ。


「パーティの受付?トレンダム辺境伯家から陛下への報告を、お友達への伝言メモと同じ扱いにされると?それこそ有り得ませんわね。お兄様、もうよろしいのではなくて?」


 うん、王城からの呼び出し反対。ヤダヤダ。


「クラーラの言うとおりだ。シルビナが言う、シルビナのお友達との社交は、ルマルド侯爵家の次女シルビナとしての社交だ。トレンダム辺境伯夫人としてのものではないし、我が家のために役立つ社交ではない。娘時代と同じ行動をしたいのなら、ルマルド侯爵家の次女シルビナに戻って、好きに社交をすれば良い。ルマルド侯爵家には離縁の連絡を入れておく。今後、トレンダム辺境伯家の名を使うことは許さないから、ルマルド侯爵家子女として行動するように」


 怖い目をした妹に促された、兄、ジークスが、やっと会話に入ることに成功する。


「なんて酷い!私は離縁など致しませんわ!私はトレンダム辺境伯夫人なのですもの!私の社交はトレンダム辺境伯夫人としてのものですのに、実家の名を名乗れだなんて、横暴です。酷い、酷すぎますわ」


 先程までギャアギャア叫んでいたのに、突然、ヨヨヨと泣き出したシルビナ。

 涙は出ていない。

 態とらしすぎる、泣き真似。しかもなんだか古臭い演技に、しらっとした空気が流れた。


「あなたと結婚して差し上げた私に向かって、無礼すぎます!許し難いですわ!」


 あれ、泣くのはもう終わり?

 無礼って何様のつもりなのか。


 辺境伯の地位は国によって違うが、序列が伯爵以上侯爵以下とされる国では、国境を守る領主として、伯爵よりも強い権限が与えられる。侯爵と同等扱いという国も多い。国の端っこの領主ではあるが、国境の防衛責任者で、事実上の国軍トップだ。(反対側の辺境伯とは同位)戦時下では、軍事高権と最高裁判権もある。

 近年は隣国への脅威から魔物への対応に役目が変化し、国全体に広げる必要がなくなった軍人の数は半減したが、今はもう滅びた好戦的な隣国と数百年戦い続けた功績は消せるものではない。我が国の辺境伯は、大公より下で、公爵と同位。王宮での挨拶などでは、儀礼的に公爵を立てる。彼方も勿論格下だと侮ることもない。


 トレンダム辺境伯家は、ルマルド侯爵家より上で、ルマルド侯爵家のただの子女より、遥か上の爵位だ。

 そして、立派に役目を果たす辺境伯夫人でも、辺境伯本人よりは下となる。緊急時でもなく、子供もいないのに、嫁入りした夫人が頂点に立つ気でいるなら、それは家の乗っ取りだ。排除の明確な理由が増えて何よりだと思う。


「無礼ねぇ?嫌々、トレンダム辺境伯夫人になってもらっては困ると、婚姻前に告げた筈だが?」

「トレンダム辺境伯夫人になるのが嫌なんて言ってませんわ!話の通じない方ね!これだから辺境の野獣と言われるのですわよ!こんな野獣を夫として扱えだなんて!もうっ、もうっ!ああっ!本当にイライラしますわ!」


 椅子から立ち上がって、キィーーー!と叫びながら、地団駄を踏むシルビナ。


 人が地団駄を踏むところを初めて見た。

 幼児の床に寝転んでの手足バタバタは、見たことがあるが。


 キィーーー!と、本当に叫ぶ人間も初めてだ。

 珍しいものを見た。


 珍獣を見る目で、一同の視線がシルビナに注がれる。


「我がトレンダム辺境伯家としては、シルビナ様は辺境伯夫人失格ですわよ。これだから“王都の外のお花畑の蝶々”は使えませんわね」


 “王都の外のお花畑の蝶々”とは、都会に憧れ、ふわふわ飛んでいる馬鹿な娘という意味の侮辱語である。

 “王都の外のお花畑の蝶々”を見つめるクラーラの目が超絶冷たくなっている。


「辺境の子供のくせに偉そうに!」

「よくもまあ、そこまで見下している家に、嫁いだものですわね」

「辺境伯夫人とあなた方を一緒にするなんて不敬ですわよ!良いですか?前辺境伯夫人は、公爵令嬢です。リーダール公爵家のご令嬢が、辺境伯夫人であらせられたのです。お怪我で引退された公爵令嬢である辺境伯夫人の跡を、侯爵令嬢である私が引き継ぐのは自然なことです。辺境の子供でしかない貴女はどこかその辺に嫁に行く立場だから、理解できないと思いますけどね」


 いつの間にか、この国の爵位が、公爵家令嬢=辺境伯夫人=侯爵令嬢に、変更されているような気がする。

 トレンダム辺境伯家のゴッドマザー、クリスティーナは、この国に4家しかない公爵家の令嬢で、高貴な姫様であるが、この晩餐のテーブルについているもの達が、その姫様の子供であることはシルビナ様の記憶にないようだ。


 我ら辺境伯家の兄弟は、これでも、高位貴族なのだが。


 シルビナの中では、辺境の、蔑むべき平民と変わらないという扱いな様だが、それを本気で信じているからというより、貶めてやりたいという、嫉妬と悪意が感じられる。


 辺境伯夫人になれば、公爵家の令嬢だった母と同じ立場になれる。そう強く信じていても、母のかつての評判を聞いていれば、どうしても、気になってしまうのが己の容姿だろう。

 母本人とは、寝室に出向き、挨拶をした様だが、人に会う準備どころか、まだろくに会話ができない母と、嫁とはいえ初対面の人間が、ジロジロ見られる距離に通す侍女たちではない。離れたところから声掛けして、終わりだ。

 だから、容姿のことは、目の前にクラーラがいなければ気にならなかっただろうが、実際にいるのだから、気になるだろう。辺境伯夫人にはなれ、これで母と同じだと言い張ってはいても、“麗しの銀の姫”と呼ばれた公爵家の美姫と同じとは言えない。まあ、母もそんな恥ずかしい二つ名を口に出したりはしないが。


 クラーラは母によく似ている。そして、こんなことは言いたくなかったが、失礼ながら、シルビナは、平凡だ。だから、自分より下であるべきと決めつけたいクラーラが、とびきりの美少女なのが気に食わないのだろう。

 自分で自分に喧嘩を売って、勝手に負けている気がしないでもない。別に平凡でもいいと思うのだが。


 どこかその辺に嫁に行く?クラーラには、王家や公爵家、近隣国の公爵家などからの婚約の打診があるのだが、その辺というには遠いな。トレンダム辺境伯家は国の防衛のトップなので、他国への嫁入りなどは許可できないし、王家や公爵家からの話は、母の実家のリーダール公爵家と我が家とで、止めている。


 ちなみに両親は恋愛結婚だ。大熊な叔父とは種類が違うが、やはり野獣系の大きく人相の悪い獅子だとか、魔王だとか言われている。父と並べば、もしかすると叔父たちも、叔母の言うように可愛い熊ちゃんに見えるかもしれない。

 そんな魔王のような父と麗しの銀の姫はお互いに一目惚れ。一目あったその時から、ラブラブだ。並んだ姿は案外お似合いだ。両親は、クラーラにもそんな相手を見つけて欲しいと、婚約者を決めていない。


 俺にも……候補は沢山いたが、婚約者は決めていなかった。出来れば高位貴族令嬢と恋愛結婚を、と言われていた。相談も報告できないまま、急ぎ結婚し、失敗したと知られれば……叱られそうだ。


 そういえば、リーダール公爵家の爺様も、何か言ってたな……ま、まあ、今考えるべきことではないな。それより、今の問題は、シルビナのことだ。


「シルビナ、トレンダム辺境伯夫人として、王都に向かい、社交をすることは認めないぞ」

「もう、なんて話の通じない人たちなのかしら!もう!イライラしますわ!」

「トレンダム辺境伯として、命じる。、王都に向かうことも、社交も禁じる!当主である夫の命令が聞けないのならば、婚姻は解消する!まあ、どの道、離縁は確定だ。ルマルド侯爵家の娘としてなら好きにすれば良い」

「うるさい!うるさい!うるさいですわ!私に指示しないでちょうだい!私は王都に行くの!トレンダム辺境伯夫人として!そこの侍女、早く準備してちょうだい!これは命令よ!ルマルド侯爵家の娘で、トレンダム辺境伯夫人な私の!」


「ああ、聞かなくて良いぞ。これは、トレンダム辺境伯命令だ」


 被害者になりかけた侍女が心得たと頷く。シルビナの方は見ないようにしているようだ。


「この人、頭大丈夫かなぁ」

「大丈夫な訳ないでしょ」

「うるさい、うるさい、子猿どもめ!お前達なんていつでも追い出せるんだから!前辺境伯夫人に言いつけるわよ!私への無礼は許さないに違いないわ!」


「すごいね、初日と別人みたいだ。猫が500匹ぐらいどこかに行っちゃったのかな?」

「1000匹かもね。育ちの悪い野良猫が増えて困っちゃうわね」


 興奮しすぎて、意味不明な言葉で怒鳴りつけるシルビナには、確かに猫が残っていない。

 母親と妹は、1万匹飼ってるそうだが。


「黙りなさい!とにかく、私は王都に行くから!あなた達のことは、よ〜〜く皆様に伝えておいてあげるわ!それじゃあ私は支度がありますので、失礼しますわ!」


「ああ、そうだ。トレンダム辺境伯家の王都にある屋敷タウンハウスは、行っても使えないぞ。離縁した人間に使う許可など出すわけがない。自分の実家の王都にある屋敷タウンハウスにでも行け。ルマルド侯爵家には連絡を入れておいてやる」


「どうして、王都にある屋敷タウンハウスを使えないの?私は辺境伯夫人なのよ、私の屋敷なのよ!妻を虐げるなんて、酷いですわ!そして、ルマルド侯爵家への連絡はいらないわ。余計なお世話よ!常識がないわね、本当に!」


 トレンダム辺境伯家の“主人”であるトレンダム辺境伯夫人になり切った、書類上だけはまだほんの僅かな期間、ジークスの妻なルマルド侯爵家の次女、シルビナは、翌日には屋敷から消えていた。


 侍女は連れてこなかったが、小型の馬車は、嫁入りで持参していた。下男に王都までの御者の手配を命じていたらしいが、それは誰も止めなかった。

 目撃者の侍女が言うには、嫁入りで持参したドレスと宝石を積んだ小型の馬車はぎゅうぎゅう詰め状態で、その隙間に体を捩じ込む形で、シルビナは出発したそうだ。嫁入り時は小型の馬車に乗り、大型の馬車に荷物を積んできていたので、よく入ったものだと思う。馬車止めまでは、侍女が運んだそうだが、こんなに多くの荷物は入りませんよと告げたら、侯爵令嬢がブチ切れながら、自力で荷物を詰めたとか。ど根性だ。


「すごーい!馬車が事故にあっても怪我しないね!」

「窒息とか、酸欠にはなりそうですけどね?」


 無邪気な?姉と弟の会話を聞きながら、執事長と相談する。


「母上はまだ動けぬが、報告だけして、リーダール公爵家に連絡を入れておかねばな。ルマルド侯爵家への手紙も直接出すより、リーダール公爵家を挟んだ方が話が早いかもしれないな」


 念のため、王城への離縁届の提出は、昨日のうちに早馬を出した。今回は、緊急時用の宿駅伝馬制を使う命令を出した。王都までの道中、何度も人馬を交代させ、リレー方式で書状を運ぶのだ。馬が走れぬ夜間には人力で早駆けできる特別な人間を使う。3日もあれば王城に着くだろう。


「お兄様、私も王都に行って参りますわ。リーダール公爵家からは、既に宿泊の許可も出ていますので、王都にある屋敷タウンハウスの用意も必要ありません。ああ、お兄様のご提案のように、馬で行きますから、あの馬鹿女より早く着きます。着替えなどはリーダール公爵家にありますので、身軽です。まだ社交には出れない年齢ですけど、出れる方々にお会いして、お話ししてきますね。お兄様は、社交シーズンが終わったあたりでお越しくださいな。そうそう。ルマルド侯爵家への連絡ですが、それも私が届けた方が早いですから、手紙をお預かりします。シルビナとは離縁した。詳細はリーダール公爵家を通じて報告する。辺境伯家族を見下し侮辱しながら、王都で遊び暮らすと言い張るシルビナが王都に向かった。今後にトレンダム辺境伯夫人を名乗れば命はないものと思え。とでも書いておいてくださいな。」


 シルビナの行動を読み、いつの間にか、自分の王都行きの準備を終えていたらしい妹、12歳は、ふふんと胸を張った。


 偉そうだが、ルマルド侯爵家の次女シルビナより、遥かに高貴で可愛い妹だ。





 そして、40日程の社交シーズンを終えた30日後。予定より遅れたが、トレンダム辺境伯ジークスが、王都入りした。


 リーダール公爵家で、頼れる妹や、祖父母、伯父夫婦との晩餐を楽しんだ後、翌日は王城へ向かい、国王陛下への挨拶と報告を済ませた。宰相や大臣から、トレンダム辺境伯とは王都を挟んで反対側にある辺境伯の話を聞いたあと、高齢な重鎮が隠居している屋敷に顔を出し、トレンダム辺境伯としての社交を2日で終えた。


 あとは、シルビナのことだけだ。


 ルマルド侯爵家とは、簡単に話がついた。離縁の手続きは、シルビナが消えた2日後には済んでいる。不服があれば、ルマルド侯爵が取消を願うことも可能だが、ルマルド侯爵夫妻は、娘が何かとんでもないことをしでかしたと理解したらしく、おとなしく、リーダール公爵家からの連絡を待っていた。

 ルマルド侯爵夫妻は、リーダール公爵家の名前で届けた、シルビナの暴走物語言動報告書を読んで卒倒したらしい。


 作成者……作者はクラーラ・トレンダム辺境伯令嬢だ。


 シルビナの初夜の拒否から後のこと……要はルマルド侯爵家の両親が知らなかった、予想もしていなかったその内容を、リーダール公爵家に滞在中のクラーラが、ノリノリで書き上げたらしい。


 ルマルド侯爵家の次女シルビナについての調査報告は、リーダール公爵家に依頼したので、あっという間に分厚い報告書が届いたそうだ。その複製書類も、ルマルド侯爵家に渡した。恥ずかしいと、泣いていたらしい。


 あんなのでも、現トレンダム辺境伯夫人の地位にいたので、今のところ、トレンダム辺境伯家が指摘しなければ、犯罪は犯していないが、妻として人として大失格の烙印はデカデカと押されている。

 バカを丸出しした挙句に山積みになるまで重ねた、勘違いで、失礼で、不敬で、恥ずかしい程の無知っぷりが書き記された、真っ黒な黒歴史、暴走物語言動報告書。少し設定を弄って、架空の名前に変えれば、出版できるかもと、リーダール公爵家で婆様と伯母が盛り上がっていたとか。公爵家の暴走は俺でも止められないので、責任はないと宣言しておく。


 「シルビナは、自分が夫であるトレンダム辺境伯より上の主のつもりでいたので、お家乗っ取り犯である!」と言う世間への主張は、我が家の恥にしかならぬので、ルマルド侯爵家への苦情にしか使えない。


 そんな態度をとった瞬間に、縄で拘束して婚家から引きずり出し、実家に返品した上で、実家から無一文で叩き出させろ。


 そう言われるだけのことだから。まあそうしても良かったのだが、両親の大怪我や領地の魔物問題でそれどころじゃなかったのだ。


 もしも弟妹が、傷つけられていたら、鞭打ちして、半殺しにしてから、引き取りに来いと言ってたかもしれないが、うちの弟妹は、ちょっと面白がっていたので、「お義理姉が酷い」の意味が違っていた。「お義理姉があまりに酷い馬鹿」で、弟などは嬉々としてそれを俺に報告してくれていた。伝令が仕事だからだそうだ。俺のところには、きてくれなかったが。


 大怪我をした両親のことで、暗い顔をしていた2人なので、気晴らしになるなら、まあもうしばらくは放置しても良いかと思ってしまったし、即離婚しても、すぐに再婚できるわけではないので、どのみち時間の余裕ができるまではとも考えていたのだ。


 まさか、本になるなんて思っていないし。公爵家の暴走は俺でも止められないので、責任はないともう一度宣言しておく。頼むから、俺の黒歴史にはしないでくれ。マジだぞ。


 シルビナだが、王都についても、実家であるルマルド侯爵家には顔を出してもいなかった。


 王都で男を作って、連れ込み宿ラブホに長期滞在しているとか。知り合いの令嬢に、可愛いホテルにラブホいるので遊びに来いとの手紙が届いていたそうで、ルマルド侯爵家は、王城と各貴族家にシルビナとの絶縁の知らせを出したそうだ。ルマルド侯爵家に戻ることがあっても、放逐されるので、そのうちのたれ死ぬだろう。







 ルマルド侯爵家の5人の姉妹は皆、茶色い髪に、茶色の瞳だ。


 23歳の長女メルーナは、深みのあるダークブラウンの髪と琥珀色の瞳の儚げな美女で、領地にある女子学園での成績は「秀」。実は運動も好きでダンスが得意。侯爵家の長女と言うことで、婿を探すために、両親と共に多くの社交パーティに参加し、侯爵家の優秀な次男で、人気貴族男性ベスト10に入る美男子との結婚を決めた。目の保養になるカップルだと言われている。ちなみに、学園の成績評価は、秀、優、良、可、不可の5段階評価である。メルーナの成績の「秀」は、最優秀レベル判定ということであり、同学年で1〜5名程度の人間にしかつかない評価だ。可や不可でも卒業はできるが、頭脳労働への就職や良条件での婚姻は厳しくなる。


 シルビナは、何もかもが優秀な長女メルーナが大嫌いだった。儚げな美女と言われているのを聞くとイライラした。幸いにも14歳で入学する女子学園への通学期間は被らず、直接比較されずに済んだ。姉に敵わないのは、姉より後に生まれたせいなので、シルビナは悪くない。姉を慕っている振りをした方が、周囲の反応が良いことに気がついたので、外では姉を慕う可愛い妹として振る舞った。


 ――今年はメルーナ姉様も結婚よね。豪華な式になるのかしら。私はまだ式を挙げていないのに、狡いったら。ああ、でも結婚式まで挙げちゃうとあの髭面の大男の妻になっちゃいますから、もしかして挙げない方が良いのかしら?姉様の結婚式では、トレンダム辺境伯夫人には主賓席を用意してもらいましょう。辺境から出れない夫は欠席だから、ちょうど良いですわ。ふふ。



 20歳の次女シルビナは、ブラウンの髪とブラウンの瞳の細身だが部分的にふくよかな女性だ。顔の印象が薄くて地味なせいか、胸の印象が強い。本人は、夜会で華やかで自慢の胸を見せつけられる様なドレスが着たいらしいが、実は家族の中で一番の悪趣味なので、完璧に好みなドレスを選ばせてもらえず不満に思っている。


 勉強が大嫌いで、刺繍なども嫌うが、女子学園での成績は「優」。長女と三女が少し疑いの目を向けているが、「不出来な子息子女」の成績の不正自体は貴族の中では当たり前のことでもあったので、騒がず静観している。悪い成績は、どこの貴族家も家の恥となり、子息子女の未来を閉ざす。最下位評価の「不可」でも卒業はできるが、実質落第や退学と同じ扱いだ。貴族家がそんな判定を受け入れることは難しい。


 シルビナは、メルーナの妹の癖にと言われるのが嫌で、勉強ができて命令に従う生徒を探したが見つからなかった。だが、口止めのためには、業者を雇うのが当たり前だそうだ。生徒に頼めば、卒業後に脅される可能性があるなんて知らなかった。その話を聞いた後、運よく、代理で課題をこなしてくれるベテラン業者を紹介してもらえた。


 学園の三分の一の生徒が自分で課題をこなさずに卒業評価を得ているらしい。世の中うまくできている。「秀」だとバレる可能性が高いので、昔から業者は「優」しか受けないそうだ。学園での成績のいい加減さに笑ってしまった。

 代金を親に出してもらう生徒も多いが、シルビナは親に頼むのをやめた。姉妹全員が頼んでいるならともかく、自分だけとなった時に、他の姉妹より不出来という誤解を受けたくないからだ。自分は勉強が面倒なだけで、出来ないわけではないのに。


 お金が必要なので、下の2人の妹、サーリアとティーナのドレスやアクセサリーを売って、代金を払うことにした。二人にはよく言い聞かせておいたので告げ口はしないだろう。もともとシルビアからお下がりとして譲った品も多いので返してもらっただけだ。ドレスが必要な時には、メルーナかアリアに借りれば良いじゃないと教えてあげた。そう伝えたらなぜか嬉しそうだったけど、妹たちは売るものがなくて、業者が雇えないだろうから、自力で課題を提出できるように、沢山の指導をしてあげた。姉の優しさで、刺繍や編み物の課題をさせてあげたのだ。課題に沿った物を期日内に作れるようなったので、自分が入学した時には苦労せずこなせるだろう。可愛い妹への姉からの優しさだ。



 19歳の3女のアリアは、ダークブラウンの髪とハニーブラウンの瞳のメガネ姿が似合う、凛々しい雰囲気のある女性だ。女子学園での成績は「優」。読書を好み、王立図書館で王弟の4男と恋に落ちた。爵位は今のところないが、王太子の側近なので、給料は高いし、特に困ることはないそうだ。出世すれば、領地なしの男爵位ぐらいは叙爵される可能性がある。家に婚約の申し込みが来て、妹たちと喜んでいた。


 19歳の3女のアリアも、シルビナは嫌いだった。自分の1年後に入学してきた可愛くない妹のアリアは、苦労もせずに1年目から「優」の見込みがあると言われていた。長女程美しくもない癖に、王弟の4男と結婚する予定なんて、本当に腹が立った。相手が高位の爵位持ちなら、なんとかして邪魔する方法を探しただろう。


 ――アリアはいつ結婚するのかしら?平民同士として結婚することになりますわね?トレンダム辺境伯夫人が結婚式に参加したら、高貴すぎて浮いてしまうんじゃないかしら?ふふふ。



 16歳4女のサーリアは、ブラウンの髪とヘーゼルの瞳の少し長女に似た顔つきだが、ぽやぽや感が強い。女子学園での成績は「優」の見込みありだ。温厚で、手芸が得意。特に刺繍が上手い。ふんわりのんびりしたおしゃべりに、癒されると人気だ。王城の騎士団の若手有望株から、突然求婚され、話題になった。なかなかの美男子で、公爵家の3男らしい。現在は騎士爵位しかないが、将来は騎士団での出世が期待される。次女の意地悪には困っていたが、趣味の悪いお下がりが手元から消えて、長女や三女の持ち物を借りられることには喜んでいる。


 16歳4女のサーリアも、シルビナは気に食わなかった。少し長女に似ているところに腹が立つのだ。ぽやぽやしてるくせに、成績は「優」になりそうだなんて。公爵家の3男と婚約なんてあり得ないと思った。だけど、課題の刺繍で、シルビナの「優」には貢献したし、相手はまだ騎士爵位なので、平民に嫁ぐようなものだと思えば、少しだけ許せる気がした。


 ――サーリアは、婚約しても、結婚はまだ結婚はできない年齢ですし……公爵家の3男と言っても、騎士爵でしょう?だとすれば、子供は平民。サーリアは平民の子供の母になりますのね。あら?騎士爵は本人の爵位ですから、妻は平民になるのではないかしら。まあ……サーリアが平民……。ふふふ。ふふふ。



 15歳5女ティーナは、明るめのブラウンの髪とヘーゼルの瞳の笑顔の可愛い元気な子。お茶が大好きで茶葉を選ぶのが得意。女子学園での成績は「優」の見込みありだ。剣士に憧れ、剣術を習いに行き、伯爵家の嫡男と仲良くなった。最近家に婚約の申し込みが来て、驚いていた。ティーナも次女の意地悪には困っていたが、趣味の悪いお下がりが手元から消えて、長女や三女の持ち物を借りられることには喜んでいる。


 15歳5女ティーナは、笑顔の可愛い元気な子というが、姉様、姉様、とうるさいだけの子だと、シルビナは思っている。騒がしい馬鹿だと思っていたのに、成績は「優」になりそうというところがむかつく。だけど、課題のお茶の選び方の提案書作りで、シルビナの「優」には貢献したし、婚約の申し込みが格下の伯爵位だから、ギリギリ許せた。酷くは怒らないであげることにした。


 ――ティーナは、将来、伯爵夫人になりますのね。

 アリアもサーリアも平民になるのだし、私が平民の親戚になってあげる必要はないですわ。他人ということにしましょう。お身内は?と聞かれたら、メルーナとティーナだけ、姉妹として扱ってあげれば良いですわ。メルーナとティーナの地位は、トレンダム辺境伯夫人より劣りますけど、貴族ではありますものね。ふふふふ。ふふふふ。



 ルマルド侯爵家には、10歳と6歳の男児ハリーとアルスもいるが、歳の離れた長女が非常に優秀なため、どう育つかわからぬ男児は跡取りにはしなかった。年齢が離れているので、分家に婿にやって孫のサポートをさせても良いし、どこかの婿入りさせても良いと考えられている。


 シルビナとまだ子供な弟たちとは、生活ペースが合わないので、性格や能力は知らない。だけども、爵位なしなので、ちょっと可哀想だと思っていた。シルビナと同じで、長女のメルーナの被害者だからだ。メルーナさえいなければ、弟は、何もせずとも跡取りになれたのにと思うから。


 ――ハリーとアルスは可愛いとは思わないけれど、可哀想ですわ。メルーナ姉様が存在するせいで、不幸になるなんて。まあ、良い子に育てば、トレンダム辺境伯夫人が助けてあげても良くってよ。ふふふふふ。ふふふふふ。




 シルビナにとって、実家、ルマルド侯爵家での生活は窮屈で息がつまった。

 だから、シルビナは、18歳から参加を始めた社交シーズンが大好きだ。大空に飛び出せた様な、自由になれたような気がするから。


 男性とのダンスは好きだけど、ダンス教師は厳しいから嫌い。正直ダンスは得意ではないけど、パートナーとくっついて踊れば問題ないんじゃないかと思う。「ダンスは下手なの」と言いながら、胸同士をピタッとくっつける感じで抱きついて、恥ずかしそうにして甘えると、喜ばれるから。上達しなくて正解だった。


 お茶会は親が参加していない、同世代だけの小規模なのは、堅苦しくなくて良いけど、自慢話をされるのは嫌い。姉や妹の話題を出されるのも嫌い。


 ハンカチの隅に細工をして、小さな釘を隠し持つようになった。豪華なドレスやアクセサリーを身につけた令嬢とすれ違う時にさりげなく、フレアー部分に穴や傷をつけるのが上手になった。

 ルマルド侯爵家は、娘が多いので、結婚の準備にお金がかかるんだって。侯爵家の生まれなのに、好きなだけドレスを作れないなんて、酷いと思う。


 ――皆様、メルーナお姉様の髪や瞳ばかり褒められるけれど、我が家の姉妹はみんな少し似てるらしいのですから、私もきっと、綺麗だと思いますの。

 超絶美人ではないのは知ってます。そこまで勘違いはしておりません。ですが、美しい侯爵令嬢になれないのは、ドレスとかお化粧かと、周囲の協力がないせいです。私だって、私に似合うドレスで着飾れば、美しくなる筈ですの。


 もしも、私が、王族とか、公爵家の娘に生まれていれば。こんなに苦労せずに済みましたのに。


 でも、侯爵家も、高位貴族ですものね。


 私は自分に相応しい、誰からも羨まれる人と結婚し、優雅に、贅沢に、暮らしてみせますわ。


 仕事が忙しい貴族家に嫁ぐと大変?貴族の仕事なんて、学園と同じで、下の人間にやらせれば良いのです。


 はぁ〜。疲れましたわ。馬車の中で出来る趣味などないですし、考え事で、暇つぶしをするのには限度がありますわ。


 そういえば、1ヶ月前の移動でも、途中で嫌になってましたわ。

 辺境って、遠すぎなんですもの。

 おかげ、王都に戻るのも大変。

 

 でも、治安が良い国なので、日中に移動する分には危険はあまりないですし、私を監視して告げ口するような侍女などいなくてもなんとかなるのは助かりますわね。あの辺境の子猿は、騎馬で移動したこともあるとか。馬車が使えない身分は大変ですわね。それに比べて、高貴な私はこの可愛い馬車で移動できますし。今は少し狭いですけど、大事なドレスですから、我慢できます。王都までの宿は、貴族向けなら世話をする人間が沢山いて、快適です。見張りの侍女がいる、ど田舎の辺境の屋敷よりずっと。


 私、もう辺境に行かないことにしますわ。ずっと王都の屋敷タウンハウスで生活すれば良いんですもの。

 ああ、そうだ。アリアとサーリアが生活に困ったら、メイドとして雇ってあげましょう!下女なんかにしないわ。元侯爵令嬢を下女にしたら、私が意地悪な姉みたいに思われてしまいますからね。でも、姉だと思って甘えてきたら、困りますわね。平民なのにいつまでも貴族令嬢のままだと思っていてはダメだとわからせてあげないと。仕事をしないメイドは、ちゃんと辺境伯夫人として、厳しく指導しなくては。


 明日には王都に着きますし、忙しくなりますわね。





 シルビナの妹達全員に良縁がきて、苛立っていたところに、そこまで仲良くはないが、知り合いで、友人と言えるかもしれない関係の令嬢2人が、結婚と婚約をした。

 2人ともシルビナにとっては、格下の伯爵家の令嬢達で、年は1つ下。1人は侯爵家の嫡男と結婚、もう1人は隣国の公爵家の息子と婚約。

 シルビナには、婚約者はいないが、一応侯爵家の令嬢ではあるので、幾つかの上位貴族家の婚約者候補には入っている。ただ、候補に上がっていると聞いた家から、これまで婚約の申し込みが届いたことはなかった。


 絶対に伯爵家の令嬢より、良いところに嫁ぎたいと願っているが、自分でなんとかできるものではない。

 そこにトレンダム辺境伯とのスピード結婚の話が来た。

 父親に、辺境に行く覚悟はあるかと聞かれ、少しだけ真剣に考えてみた。


 ――辺境伯?ど田舎のという意味でしょうか?

 自慢できないですわ。勝てないですし。


 トレンダム辺境伯の嫡男?

 噂すら聞いたことがないので、わかりませんけど、山賊みたいな容姿の男では?

 自慢できないですわ。勝てないですし。


 トレンダム辺境伯夫人?

 山賊みたいな容姿の男の妻?

 恥ずかしいですわ。


 あら?前トレンダム辺境伯夫人は、リーダール公爵家令嬢ですの?

 リーダール公爵家のお姫様が、辺境伯夫人?

 それならば、トレンダム辺境伯夫人というのは、高貴な姫の地位ですのね?


 トレンダム辺境伯夫人。

 誰よりも高貴な存在ですわね?

 自慢できますわ!勝てますわ!


 これは良縁です!絶対に結婚しなくてわ!

 お父様、お父様、私、トレンダム辺境伯夫人になりますわ!

 ええ!大丈夫です。辺境で、トレンダム辺境伯夫人になる覚悟はできております!




 猫を500匹程、臨時募集して、無事ゴールインですわ。

 だけど、夫となったジークスは、予想通り、山賊みたいな髭もじゃの大きな男で。密かに動揺しました。


 ――高貴なトレンダム辺境伯夫人に相応しいのは私しかいませんわ。

 ですが、辺境の田舎者で、山賊みたいな髭もじゃの大きな男ジークスの妻が、私?

 トレンダム辺境伯夫人の夫があれ?

 高貴なトレンダム辺境伯夫人ですわよ?

 初夜?ブルブルブルブル!無理ですわ!


 月のものになれば、初夜をしなくて済みますわね!私、賢いですわ。仕事が大変だとか言って、大事な行事が始まる時まで、部屋に閉じ籠りましょう。そうしましょう。


 たった一月ですもの。辺境の田舎者ぐらい、従わせてこそ、トレンダム辺境伯夫人ですわ!





 そして、ついにやってきた社交シーズン。今年の社交シーズンまでなら、隣国の公爵家の息子と婚約した伯爵令嬢も国内にいます!ある意味最後のチャンスですわ!


 ――あの2人には、絶対に会わなくては!


 王都に行ったら、トレンダム辺境伯夫人として、たくさんのパーティに参加して、全ての知り合いに、私がトレンダム辺境伯夫人であると教えて差し上げるの!





 今年の社交シーズンで、自慢して、勝ち誇ることだけを目指して、その他のことを考えていなかったシルビナは、王都についてすぐに困った。


 新婚のトレンダム辺境伯夫人が、1人で王都入りなんてするはずがない。

 喧嘩したのか、離縁されそうなのかと、ルマルド侯爵家の両親なら、うるさく追及してくる。


 となると、ルマルド侯爵家の王都にある屋敷タウンハウスには、行けない。


 トレンダム辺境伯夫人なのだから、トレンダム辺境伯家の王都にある屋敷タウンハウスなら、辺境伯夫人の命令でなんとでもなると、夫の泊まれないぞという発言を無視して向かってみたが、表門が閉鎖されていて入れなかった。


 困ったシルビナは、休憩しようと向かったカフェで、声をかけられた。


 シルビナの知り合いの知り合いの知り合いだという。素敵な男性だ。


「高貴な貴婦人の助けになるなら、私の定宿を提供しましょう。貴女にぴったりな美しい宿ですよ」


 キラキラした見た目の絵本の王子様のような男性だ。白い歯の笑顔が眩しい。ここまで素敵な男性のエスコートなど受けたことのないシルビナは、夢見心地で、少々派手な見た目の宿に入って行った。


 そこは、キラキラひらひらした少女趣味な部屋で、シルビナの好みにドンピシャだった。

 素敵な王子様が肩を抱き、綺麗だ、美しい、触れたい、可愛いと、人生初めての誉め殺しをしてくれる。

 褒められて死ぬ衝撃。幸せすぎて、シルビナの平常心は行方不明になった。


 綺麗なピンク色のドリンクと、可愛い形のクッキーを、美味しく食べた後、シルビナも、王子様っぽい男に、食べられた。



 現在、めでたく妊娠中。






 妊娠に気づく前のシルビナは、念願の社交シーズンでの自慢ができたかというと。

 辺境伯領から運んだ豪華なドレスや宝石が消えていたので、トレンダム辺境伯夫人として相応しい装いができず、貴族の令嬢に会えなかった。


 王子様に相談して、馬車を売り払った。御者には口止め料を支払ってクビにした。

 お金ができてよかったねと、優しい王子様が、そのお金で3週間、このかわいい宿に滞在できるように、手配してくれた。


 毎日、お部屋で楽しくおしゃべりした。シルビナの話に感心して、褒めてくれるから、気分が良い。

 誉め殺し最高。

 幸せすぎて、シルビナの平常心と思考能力は何度も行方不明になった。



 何日もしてから、このかわいい部屋に友人を呼んでも良いのでは?と言われたので着替えがないと告げれば、ひらひらしたかわいいドレスをプレゼントしてくれた。シルビナの好みにドンピシャな胸元が大きく開いた、ピンクのドレスだった。


 嬉しくて、この姿を見せびらかしたくて、毎日毎日手紙を書いたけれど、招待した友人は誰も来なかった。


 寂しい。つまらない。

 王子様は、寂しくないようにと、毎日遊びにきてくれた。

 誉め殺し最高。

 幸せすぎて、シルビナの平常心と思考能力はまた何度も行方不明になった。

 王子様と、一緒に食べたり飲んだり眠ったりした。


 なんだか何もかもがどうでも良くなってきたのだけれど、明日で宿を出ないと行けないと言われ、困ってしまった。

 王子様は仕事があるので立たねばならないと言っていたけれど、その前に、格安の宿を紹介してくれた。

 ここなら社交シーズンを終えてからも、しばらく滞在できる。


 素敵な恋をありがとう。バカンス〜〜と歌いながら、王子様は去っていった。



 宿に招待しても友人は来ないことを学んだ。

 そういえば、家に友人が遊びにきたことなどなかったと今更ながら気がついた。


 それなら、シルビナが友人の家に行こう。

 明日はドレスアップして、伯爵令嬢の家に行くのだ。


 そう考えていたのに、急激に体調が悪くなり、出掛けられなくなった。

 吐き気がする。


 吐いてばかりでは身体が持たないので、食べても、何回かに一回は吐いてしまう。

 こんなにげっそりした顔では誰にも会えない。


 困っているうちに、社交シーズンが終わってから随分と日が経っていた。

 伯爵令嬢達に、勝ちたかったのに、それどころじゃなかった。


 体調が少し回復した頃、部屋から出て病院に行った。

 顔が戻るまで外に出れなかったから、我慢していたのだ。


 平民の病院は安くて助かったが、診断結果は聞きたくなかった。


 どうしたら良いのかわからない。



 困っていたら、遠くに大きな背中が見えた。







 トレンダム辺境伯ジークスは、ルマルド侯爵家との話し合いを終えた後、リーダール公爵家の祖父母と伯父夫婦に、ろくに調べもしないで妻を決めたことに対して、めちゃくちゃ怒られた。

 母のクリスティーナが元気になれば、その10倍叱られるとの太鼓判ももらい、恐ろしくなった。


 爺様と婆様が、信用度の低く情報が古い“俺の婚約者候補リスト”が消滅したことは良かったと言っていた。辺境伯当主になったのだから、もっと慎重になれ、高位令嬢の嫁が必要なら、リーダール公爵家を通せ、情報が入らない辺境領に籠ったまま決めるなと言って、いつの間に相手を用意したのか、見合いをセッティングしてくれた。


 王都に出てくるのは大変なので、正直助かる。

 母のクリスティーナに怒られない相手だと尚助かる。


 相手の家柄とまともな人格。それがセットされているなら、文句は言うまい。


 俺と初夜を迎えてくれて、家族と領地の者を大事にしてくれて。

 領土を愛してくれて。できれば、俺も愛してくれて。


 そんな相手だと、良い……




「お兄様、黒歴史を増やす前に、することがありますわよ」




 うっ!うわぁ〜

 や、やめてくれ!やめろ!

 

 見合いの前に、妹命令で、風呂に放り込まれ、髪を切られて、髭を剃られて、磨かれた。


 い、嫌だ、見ないでくれ!!見るな!


 婆様が注文した、身体にフィットした、お洒落すぎる服を着せられる。


 む、無理っ!俺、無理!


 髪をセットされて、鏡の中の自分と視線が合ってしまった!


 ダメだダメだぁ〜〜〜〜!俺の前髪、俺の髭を返してくれ〜〜!



 父上みたいに、悪魔と言われる男になりたかった。

 叔父上みたいに、大熊と言われる男になりたかった。



 なのに俺はっ!どうしてっ!

 嫌だ嫌だ、恥ずかしい!


 カーテンに包まって隠れたくなったが、見合いの場にカーテンはない。


 壁もなかった。


 庭だった。


 俺……終わった。



「まあ!可愛い!」


 こんなことを金髪美女に言われるなんて、思わなかった。


 俺は、父親と同じくらい、大きな身体で、ボサボサの髪で目元が隠れていても人相が悪いと恐れられている。でも、それでよかった。それがよかった。


 銀の髪は母親似で、子供の頃は顔も母に似ていると言われたが、今では随分変わった。後ろ姿は父親そっくりだ。斜め後ろから見ても、父親そっくりだが、髪の色で見分けがつく。前から?輪郭は似ているそうだ。


 今日まで髪も髭もモジャモジャでいい感じだったのに、妹の命令で、紳士風にカットされてしまった。


 前髪は必要だと言ったのに。



「“麗しの銀の髪”に、大きな身体!強面風なのに、まつ毛バサバサの美少年の瞳!可愛いですわ!好みですわ!」


 まさか、目だけ美少年な大男に一目惚れする女性がいるとは。

 ふわふわの金髪に翠の目をした、ボンキュッボン美女の笑顔に、俺も落ちた。一目会ったその時からだった。


「け、結婚してください!」






 俺は、俺の天使なバルドア公爵家の3女ミュリアムと結婚することになった。

 実家の侍女と騎士の夫婦も連れて行きたいというので、王都の街にある王城の出張所で、騎士爵を持つ騎士の移動申し込みを出していくことにした。


 ミュリアムは、婚約者として、今月から辺境に来てくれる。結婚式は、両親の怪我が癒えてからだが、多分あと1ヶ月もすれば、仕事に復帰できると思う。……もう多分十分元気な筈なのだが。特に父。




 辺境伯夫妻は視察先で魔物に襲われ、怪我をした。辺境伯夫妻が怪我から復帰するには時間がかかりそうであり、寝台から起き上がったとしても、以前と同じ様に辺境伯の仕事を熟すのは難しいと判断されたため、嫡男に爵位を譲ることにした。


 視察先で魔狼の大群に襲われた、辺境伯は、少人数の護衛と共に、辺境伯夫人と領民を守った。辺境伯夫人も領民を守ろうと得意の弓で対応していたが、魔狼の数が多すぎた。


 辺境伯夫人は、魔狼を領民から引き離し、一箇所に集めたいと、魔物よせの薬を使い、遠くに見える大木を目指した。

 狙い通り、魔狼は領民から離れ、大木の周囲に集まってくれた。

 辺境伯夫人は木の上にいる。


 あとは、実家の公爵家が開発してくれた「魔狼イチコロバクスイ」薬を撒くだけ。人には効かないので安心な魔狼専用薬だ。

 これを吸い込めば、魔狼は、イチコロで、永遠の眠りにつく。


 だけど、妻ラブが過ぎる辺境伯が、いつの間にか辺境伯夫人の後ろにいた。

 大きな身体の辺境伯が乗っかった枝は、ポッキリ折れて、「魔狼イチコロバクスイ」薬と一緒に夫婦を地面に落とした。


 高い位置から落ちたが、気絶している辺境伯夫人は一見無傷だった。辺境伯が咄嗟に抱きしめたおかげだ。


 落下の衝撃を2人分の体重で受けた辺境伯は両腕の骨折と、足首の骨折、イチコロになる直前に噛みついてきた魔狼による傷で、大怪我はしたが、頑丈な辺境伯が、寝台に寝込むほどの怪我ではなかった。いつもなら、包帯だらけでも、数週間もあれば復帰していただろう。


 屋敷に帰り、治療を受けた。

 辺境伯夫人が目覚めるのを待って、辺境伯一家は日常に戻るはずだったが、3日経っても夫人は目を覚まさなかった。

 内臓でも傷つけたのか、それとも頭を打っていたのか。

 自分のせいだと、辺境伯は、妻の側を片時も離れない。

 1週間経っても目覚めない妻のそばには、食事も睡眠も忘れ、廃人のようになった辺境伯がいた。


 辺境伯夫人は、10日後に目覚めた。頭も無事だった。内臓は多少損傷があるようだった。ただ、それよりも空腹なまま、意識不明だったため、かなり衰弱していた。目覚めても、少しずつの流動食だ。すっかり痩せてしまったその身体を元に戻すための療養生活が始まった。

 目覚めなかった理由がわかった。「魔狼イチコロバクスイ」以外にも所持していた「ネムッテオシマイ」という、対象を固定せず汎用性の高い睡眠薬丸薬が落下のショックで飛び散り、それがたまたま何粒か口に入ってしまったそうだ。木から落ちて気絶した身体には良く効いたらしい。


 辺境伯夫妻の仕事は嫡男と、いつの間にかできていた嫁に引き継がれていた。


 辺境伯夫人は目覚めたが、やはり辺境伯はそばを離れない。目覚めた後も、ほとんど寝ている痩せ細った妻を前に食欲も湧かないようだ。眠る妻を前にぼぉっとしたり、時折涙ぐんだりで、情緒不安定気味だ。


 回復にはしばらくかかりそうだし、当分の間妻の側から離れたくないと言い出した前辺境伯は、爵位返そうかと聞いた、嫡男の申し出を断ったのだった。





 そんなわけで、王都の街にある王城の出張所で、騎士爵を持つ騎士の移動申し込み書類を書いていた現辺境伯の俺。


 不意に名前を呼ばれ、振り向けば、あの女がいた。




「なぜ、何、その顔!あああああ、そう、あなたが悪いのよ、わ、私のせいじゃないっ!そんな顔なんて、ど、どうでも良いわ!とにかく、あなたのせいだから、せ、責任をとってちょうだい!」


 俺はもうこいつの夫でない。よくわからないことを言ってくるので、従者に合図した。この建物の横には王都警備隊の施設がある。家出娘として引き渡せば、そのうち親が引き取りに来るだろう。家には連れて帰ってもらえないと思うが。



「ちょっと、ちょっと。ジークスさま〜〜〜〜〜!目だけ美少年でも我慢しますから〜〜〜〜!」



 遠くからあの女の叫び声が聞こえた。



 お断りだ!


 俺は、ミュリアムじゃないと我慢できないからな。




 

 “赤玉”の髪留めもいいかもしれない。出張所に来ていた女性の髪にあるそれを見て、ジークスはミュリアムが“赤玉”の髪留めをつけて、嬉しげに微笑む姿を目に浮かべたのだった。


 fin



*******

後書き

ジークスは、ムキムキの大男なのに、目元だけ美少年のアンバランス感が恥ずかしいらしいです。幼い頃と別人に育つ、男の子あるある。目だけは幼い頃のままでした。

14歳ぐらいまでは、妹にも似た、スラリとした美少年だったのですけど。

弟はくまちゃん系に育ちます。立派な大熊になることでしょう。

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トレンダム辺境伯の結婚 妻は俺の妻じゃないようです。 白雪なこ @kakusama33shiro

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