第7話 プロポーズ

「け、け、け、結婚です……か」


 屋敷に帰還すると同時に、サラを自室に招いて事情を説明した。

 俺が結婚証明書を取り出して、結婚してくれと言ったら、サラは目を白黒させて驚いていた。


「ああ。すまないがこの書類にサインをしてくれないか。ザカリアスがサラの能力に気が付いて、結婚の妨害をされる前に正式な届けを出してしまいたいんだ」


 ザカリアスに取り込まれている者達が、一体どれほどいるのか見当もつかない。

 国王に宛てた手紙の返事からいって、国家の相当中枢にまで食い込んでいるはずだ。

 幸いなことに敵は今、サラをレングナー領に潜り込ませるためとはいえ、俺とサラを結婚させようとしてくれている。

 

 しかしサラの本当に価値に気が付けば、一転して何が何でもサラを取り戻そうとすることだろう。

 サラがザカリアス領に連れ戻されて、幸せに暮らせるとは思えない。



「急なことで心の準備ができていないだろう。状況が落ち着いたら、離縁してもらっても構わない。ただ今はとにかく、俺と結婚して欲しい。そうしないと、ザカリアスにサラを取り返そうとされた時、俺はお前になにもしてやれない」

「シリウス様……」


「サラを守りたいんだ。頼む」


 ほとんど祈るような気持ちで、サラに懇願する。

 今にもザカリアスがサラの価値に気が付いて、取り戻そうとしてくるかと思うと、取り繕っている余裕はない。




「いやー、シリウス様って、意外と情熱家だったんですね」


 サラを説得するのに夢中になっていると、そんな呑気な声がして、我に返る。

 ――そういえばこいつも部屋にいたんだったか。


「バトラー……お前この大事な時に茶化すなよ」

「少し冷静になってください、シリウス様。サラ様固まっていますよ。手なんか握っちゃって」

「あ! なんだこれは。すまない」


 言われて気が付いたが、俺はいつのまにかサラの手をガッチリと握り締めてしまっていた。

 必死過ぎて、気が付かなかった。


 冷静になって見てみると、サラはバトラーの言うように、真っ赤になって固まってしまっている。

 心なしか目が潤んでいるような。

 そのサラの表情を見て、急に恥ずかしさが襲ってくる。


「すまない! つい、必死で。い、嫌だったよな」



「い、いえ……。嫌では……ありませんでした」



 恥ずかしそうに小さな声で呟くサラを見て、心臓がギューッと押しつぶされたようになってしまう。

 何だこの気持ちは。


「サラ……頼む。サインをしてくれ。急な事で、結婚式の用意も出来ていないが。それもすぐに手配する。式も出来るだけ急いで、出来るだけ大勢に周知させないといけないな。とにかく、俺とサラが結婚したことを周囲に広めなければ」


「はい、ストップです、シリウス様。所々惜しいです」

「だからさっきからなんなんだ! バトラー」


 サラと俺との間に割り込んできたバトラーに、気がそがれる。


「シリウス様。サラ様を守りたいという思いはとてもよく分かりました。その点だけは100点です。しかしいくらなんでも、プロポーズで『とにかく書類にサインしてくれ』はないでしょう」

「プ、プロポーズだと!?」



 バトラーは何を言っているのだろうか。これのどこがプロポーズ…………プロポーズだなこれ!


 気が付いてしまった衝撃の事実に、頭を抱える。

 とにかくザカリアスからサラを守りたい一心だった。

今の俺は、サラのなんでもない。守る権利もないからだ。

 サラが養子になっている家や、後見人のザカリアスから言われれば、黙ってサラを返すしかない。



 たった一人で、息を切らせながら、魔獣と戦っていたサラの姿が、頭から離れない。

 ――サラはまるでそれをいつものことのように、それが当然であるかのように、一人で魔獣に囲まれて戦っていたんだぞ!!



「結婚……だから、その、サラが嫌ならいつか離縁してもいいが。俺は別にそのまま一生結婚していても……と、とにかく時間がないかもしれなくて……クソッ、考えている時間も惜しい」



 これは取り合えずの結婚なのか? ほとぼりが冷めたら、離縁する? 

それはなぜか嫌だと思った。じゃあ本当に結婚して、一生サラと一緒にいたいのか? いや待て、そんな急に……。



俺だって、ついさっき結婚を決めたのだ。サラの気持ちどころか、俺の気持ちすら、よく分からない。



 だから今、確実に言えることだけを言おうと思った。



「サラ、結婚してくれ。君を幸せにしたい。一生幸せに笑っていて欲しい。俺が必ず、君を守るから」


この気持ちだけは、今でも言える。心からの言葉だから。

もう一度、今度は落ち着いてサラの手を取って、その目を見つめながら言った。

少しでもこの気持ちが伝わることを願いながら。





「はい」

サラは聞き取れるギリギリの小さな声で、そう言って頷いてくれた。


「嬉しいです。今まで生きてきた中で一番。よろしくお願いします」



サラが嬉しそうに、少し恥ずかしそうに笑ってそう言ってくれたので、俺は嬉しくて思わず、数えきれないくらい多くの人の命を救ってきただろう、その小さな体を、潰さないようにそっと抱きしめたのだ。





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