第6話 ユニコーン
「シリウス様―。ヤクルスから、粗方希少部分は取り終えました。いやー、久しぶりのヤクルスなので、領の革職人たちが喜びますよ。大きな群れだっただけあって、魔石も豊富でしたし」
「そうか」
兵士の一人が報告にきた。
俺がサラと話しているうちに、優秀な兵士たちは手際よく働いてくれていたらしい。
「では防壁の中へと戻ろう」
魔獣の希少部位を採取したら、いつまでも防壁の外にいる理由はない。
兵士たちは撤収すべく、すでに馬に騎乗し、隊列を組んでいる。
「帰るぞ、サラ。俺の馬に乗せてやる。シュテファニは、ユニコーンの血が4分の1入っているという珍しい馬なんだ」
見たところ、サラは馬もなにも連れていない。
一体どうやって屋敷からここまで短時間で移動したのか不思議に思いつつも、聖女なんだからなにかしらの移動方法があるのだろうと、無理やり納得することにする。
ちなみにユニコーンというのは一角の魔獣だ。
見た目は馬に似ているが、魔獣の森に棲んでいて、気性が荒い。
スピードも速いので、魔獣の中でもかなりやっかいな相手だ。
しかしごくごく稀に、子どもの時から育てると、人間に懐くことがある。
まあユニコーン自体が珍しく、その子供と言えばほとんど伝説の存在だ。
ユニコーンの血が入っていると言われているこの愛馬シュテファニも、俺が父親からそう聞いただけなので、本当かどうかも怪しい。
角もないし。
しかし他の馬に比べ、飛び抜けて走るスピードが速く、持久力も桁違いなことは確かだった。
「まあ! 馬とユニコーンの混血だなんて、私初めて見ました。では私の馬とも仲良くなれるかもしれません」
「馬? サラの?」
「はい!」
サラは元気に返事をすると、ピーっと口笛を鳴らした。
するとどこからともなく、目の前に白い馬が現れた。……正確にはスピードが速すぎて、そして足音が静かすぎて、まるで突然目の前に現れたように見えたのだが。
よく見ればサラの馬は、正確には馬ではなかった。馬よりも二回りぐらい大きいし、その額に、見事な一角が伸びていたから。
「私の愛馬のフォセットです。とっても大人しくて、可愛い子なんですよ」
「…………そうか」
それはどこからどう見ても、ユニコーンだった。
俺の中に、ある疑問が膨らんでいた。
少し前から薄々感じてはいたが、フォセットの登場で、それはほぼ確信に変わった。
「バトラー」
「はい」
急ぐ理由もないので、ゆっくりと隊列を進ませて防壁へと向かいながら、やや後方にいたバトラーを呼ぶ。
サラが乗ったフォセットは、最初ノロノロと進む馬の隊列にイヤそうにしていたが、サラが宥めたら馬どころか子犬のように従順になった。
今は隊の後方で殿を勤めてくれている。
ユニコーンの強さを知っているので、もう好きにさせていた。
俺に呼ばれたバトラーが、すぐに俺の馬の横にきて、自分の馬を並走させる。
「本当にサラは、ザカリアス領で一番聖女の力が弱かったと思うか?」
聖女は代々ザカリアス領にだけ発現してきて、レングナー領にいたためしはないので、通常の力がどれくらいかは知らない。
聖女はザカリアス伯爵家と、それに連なる親戚の家にだけ、不思議と生まれるのだ。
そしてなぜかザカリアスの血を引く者が、他領へいって婚姻し、子どもが生まれても、聖女の力を持つ者は生まれたことがない。
ザカリアスの血を引く子どもが、魔獣の森の近くで育つことにより、聖女の力が発現するのかもしれない。
サラは平民出身だと言うが……ザカリアス家と相当血が近いはずだ。
サラが聖女であるにも関わらず、これほど冷遇されているのは、その出生が原因ではないかと、バトラーと以前話したことがある。
まあつまり有り体にいえば、きっとザカリアスの、本家に相当近い誰かが、大っぴらに言えないような相手との関係で生まれたのではないかと。
「サラ様が一番弱い? そんなはずないじゃないですか」
「だよな」
レングナー領に聖女がいたことはないが、魔獣退治の専門家だし、ずっと隣の領で見ていたのでそれぐらいは分かる。
あれほどの数の魔獣を浄化できて、何十人もの人間に同時に結界を張れる。
そしてユニコーンを騎獣にできる。
そんな者が常時4~5人もいれば、とっくの昔にレングナー領はザカリアス領に乗っ取られているはずだ。
というか、魔獣の森からの国防をどうぞよろしくお願いしますと言って、土地からも責任からも逃げ出して、積極的に明け渡しているだろう。
だが実際には、ザカリアス領の聖女の能力が高まり、魔獣の被害が減ったのは5、6年前から。
サラがザカリアス領で働き始めたのも5、6年前。
そしてレングナー領では、サラが来てからのここ4週間ほど、魔獣の被害が劇的に減っている。
「…………」
「…………」
「…………ザカリアス領も、サラがいなくなって、今頃気が付いているんじゃないか?」
「そうかもしれませんね」
サラがこちらの領に来て4週間。
ザカリアス領では今頃きっと、サラがいた頃と比べ物にならないぐらいの魔獣が発生していることだろう。
その理由にもそろそろ、気が付き始めている頃だ。
お屋敷に籠ったまま祈っているという聖女たちの力も、知れたものだ。
「バトラー」
「はい」
「帰ったらすぐに、結婚許可証にサインして、一番近くの教会に提出する」
「は。かしこまりました」
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