第5話 美少女の正体

 それからユルヤナはいくつか硬さや大きさの違う薬材を入れて試していたが、どれもきちんと指定した粗さの粉になり、いよいよ太陽の代わりができるのではないかというくらい明るい顔になった。


「ホントに直ってるー! よかったあ」


 ペットや子どもに接するようなノリで魔導機械の硬い外装に頬ずりする美少女というのは、なかなか奇妙な光景だった。とはいえできることをしただけでこんなに喜んでもらえるのは僕としても嬉しい。


「ありがとうございます。おかげでこれからも仕事ができます」


 金色の目を細めて柔らかく笑うユルヤナの表情に、見蕩れるよりも先に僕は驚いてしまった。誰かにお礼を言われたのは久しぶりだ。


「そうだ、お代はいくらですか?」


 僕がじっと見ていることに気付いて正気に返ったユルヤナは、慌てて財布を取り出した。


「別にいらない。そんなに難しくもなかったから」

「それじゃ私の気が収まりません! 大事な商売導具を直してもらったのに」

「そう言われても、修理の相場もわからないし……」


 雑貨店の帳簿を見ればわかるかもしれないと思ったものの、そういった書類はおそらく実家だ。すると、


「他人に借りは作るなと、師匠から言われているんです……!」


 そっちが本音か。くっと悔しそうに膝の上で拳を握りしめる姿を見ながら僕は少し考え、ふと思いついた。


「じゃあ、薬を作ってくれませんか?」


 魔導薬剤師は、薬効と魔法を組み合わせてより効果の高い薬を作ることに長けている。そして大抵のことは魔法でなんとかしてしまう高位の魔導士ですら、大きな怪我や病気を治す時には薬に頼るという。故に腕の良い薬剤師は引く手数多で、貴族御用達ともなると庶民には手も出せないくらいの高額で薬が取引され、本人は月に数回しか働かず、優雅に暮らしているらしい。


「私に作れるものなら構いませんよ。どんな薬ですか?」

「睡眠薬。一晩ぐっすり夢も見ずに眠れるようなのを」

「……なるほど。確かに隈が酷いですもんね」


 しげしげと改めて僕の顔を見たユルヤナは、納得すると鞄から板にクリップで留めた紙を取り出してさらさらと何か書き始めた。


「症状は不眠ですか。どれくらいになります?」

「ええと……。半年くらい前からです」

「そんなに? 寝付けなくて眠りが浅い、といった感じでしょうか」

「あと、悪夢を見るんです。前の仕事をしてた頃の嫌な思い出が代わる代わる」

「……心因性ですか。うーん……」


 ペンの尻を顎に当て、長いまつげを伏せてユルヤナは唸る。


「何か問題ですか? 素材がないとか?」

「いえ、ひとまず一回分なら、手持ちで足りると思います」


 では何の問題があるのだろうか、薬価が高くなるとかだろうかと首を傾げていると、


「この調合だと、ものすごく苦いんですよ」


 味を思い出しているのか、綺麗な顔を惜しげもなく歪めながら答えた。しかし僕は、なんだそんなことかと頷く。


「それなら大丈夫。不眠が出始めた頃から、味も感じなくなってて」

「より重症じゃねーですか!」


 ユルヤナは持っていたクリップボードを床にビタンと叩きつけた。それから思わず突っ込んでしまったことに気付いてしずしずと拾う。猫を被っているのは間違いなさそうだ。


「……まあ、味を気にしないということなら、とりあえず今日はこの調合で睡眠薬を作ります。体調が回復すれば味覚も戻るかもしれませんからね」

「うん、助かります」


 叩きつけた拍子に折れ曲がった処方箋の紙を真っ直ぐに整えながら、ユルヤナはちらりと僕を上目遣いで見た。


「そういえば、恩人のお名前を聞いてませんでした」

「ツクモ。ツクモ・クライスです」

「ツクモさんですね。……ツクモさん、つかぬことを伺いますが、この家にもう一人くらい泊まれる部屋はあったりしませんか?」

「はい?」

「オーダーメイド処方なので、効果が出るかきちんと確認したいなって思って」

「……その本意は?」

「今夜の宿がまだ決まってないんです」


 うふ、と首を傾げるユルヤナの姿はあまりにも洗練されていて、こいつ今までもこうやって生きてきたんだな、と僕は静かに呆れた。


「もちろん効果を確認したいというのも本当ですよ」

「借りを作りたくないんじゃなかったんですか?」

「症状を聞いたところ、一度で改善するとは思えませんからね。宿代のかわりに無償で作ってあげますよ」


 魔導薬は高いので悪い条件ではない。しかし、僕は一つ気になることがあり、試しに鎌をかけてみた。


「女の子を泊めるのはちょっと。変な噂を立てられたら困るし」


 ルカに居場所を知られているとなると、いつ元同僚が様子を見に来てもおかしくない。新居で見目麗しい少女と一緒にいるところを見られたりしたら、何を言われるかわかったものではない。


「なるほど、殊勝な心がけです」


 ユルヤナは大人しく納得した素振りを見せた。が、次の瞬間には金色の目が獲物を狙うようにきらりと光った。そして一度咳払いすると、


「安心してください! 今まで黙っていましたが、おれは男です!」


 オクターブ下がった声で高らかに宣言し、平らな胸を張った。

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