世界の危機セレクション

@Thymi-Chan

勝手に抗え!

 端的に言って、世界の危機である。悪の秘密結社は、世界を破壊する一手前にまで到達していた。

 終末思想を拗らせた人間の、大まじめで天才的で偏執的な世界の再構築計画。ウイルスによりあらゆる生命を死に至らせ、同時に起爆する新型爆弾の炎で文明の産物を燃やし、木々を薬剤で枯らし、そうして残った何もない大地の上で、彼らは自らを含む選ばれし人間が迫害されることのない理想郷を作ろうとしていた。

 しかし、誤算があった。世界を支配するための下準備として用意された尖兵。強化超能力を持った改造人間の少年少女は、世界に対する大掛かりで夢想的な心中計画から脱退し、今ある世界を守ろうと言い出したのだ。これは良くない。予算の回収のめどが立たない。

 だが、よくできた計画とは誤算の上にあるものだ。大人たちはタダでは負けず、施術データをもとにより安全でより強力な超能力を身に着け、人知れず闇の中で戦いを繰り広げていたのだ。

 そうして、今に至る。少年少女たちはやはり子供のままで、如何に強力な超能力があろうとも戦略面、物量面で圧倒的に劣る。

 対する大人はそこら辺の用意が盤石だ。そもそも、破綻しているとはいえ終末後の世界で自分たちはのうのうと暮らしていこうとするだけの備蓄があるのだ。少年少女たちに対してつきっきりで妨害行為を続けていれば、おのずと勝機というものは見えてくる。

 そのため、彼ら地球の救世主たちは、あわや生まれ故郷にまで追い詰められて死にかけていたのだ。

「若いというのに、選ばれたというのに、そこで死を選ぶ馬鹿者はこうなるのも必然だったな」

 冷酷に言い放つ組織の戦闘員。強力なテレキネシスを操り、周辺被害を度外視する強大な男を前に、最期に残った少年がひざを付く。けれど、決して頭は垂れなかった。周囲には、友達だった、あるいは仲間だった同い年の子供たちが、色々な形になって倒れていた。

「知らねーよ。俺はそんなもんに選んでくれなんて言った覚えはないね、注射だって嫌いだったのに散々打ちまくりやがって」


「些事に拘る。愚かな証左だ」


 何がそこまでこの子供を衝き動かすのだろうか。男は疑問だった。恐怖には程遠いが、不可解だという感情は芽生える。

「でもよ、今を生きる人々の力ってのはすごいんだぜ」

「俺を殺したって、お前らの計画が上手くいくはずがない。俺にはわかる、予知能力だってある」

 予知能力、等というものを持たせた覚えはまるでなかった。実際、超能力については分からない部分も多い。脳や肉体の一部分を覚醒させたことで、副次的に能力を目覚めさせることも多々あった。多々あったが、予知能力とやらは瞬間的な戦術予測程度にしか活用できないというのが、組織の内での定説であった。


「御託はそれだけか」

「なら、死ね」


 だからその不可解を理由に、敵を見逃すことはない───筈であった。


──────端的に言って、世界の危機である。

 結論から言えば、男は少年を殺すことすらできなかった。少年が隠された力を覚醒させただとか、そういうものがある訳ではない。男に情が芽生えたわけでもない。組織の上司が彼に興味を持った、とかでもない。

 第三者から投射された破滅的な豪風によって、男の肉体全ての粒子が互いに泣き別れしたからだ。

「え?」

 自身の希望的観測がまさかそのような暴力でもってかなえられるとは思っても居なかった少年は、素っ頓狂な声を上げながら豪風の生まれた方向に首を曲げる。男だったものはその反対方向、遥か彼方に飛んでいき、いつの間にか壁のシミとなっていた。彼が犠牲にした街の被害など、かわいく見えるほどのオーバーパワーをもって。

 視線の先、見上げるほどの大気の積み上がりの先に、揺らぎ一つせず、ただ街をみやり、全てを超越したかのような存在感を放つ怪獣が一つ。その肌は燃えるように赤かった。

 目が合い、それがギャア、と鳴いた。少年は死んだ。


──────────────────


 本当の誤算というのは、目に見えないから誤算足り得るのだ。

 予想されていた子供たちの反逆というものを制圧しかけていた終末思想集団にとって、突如として現れた謎の生物たちの対処は至急の命題であった。

 何せ、予測できる情報が何処にも存在していなかったのである。

 例えば後から見れば、これが実は予兆だったとか、これこれを見落としていたからこうなったのだとか、そういった”反省点”がいくらでも見つかるはずである。あわよくばそこから、対抗策の一つや二つを見出し、あるいは先んじて準備して、小さな破綻を大きくしないための努力をすることができるのだ。

 だが、今回のそれは全く持って予兆が無かった。

 地球上の生物をとにかく殺すウイルス開発に関して、あらゆる生物に効くと豪語していた生物博士も、それに関しては頭をかしげる─────どころか、震えて使い物にならない始末であった。一体なぜ、それほどまでの攻撃性を持った怪物が、ここにきて出現したのか?地球上のどの図鑑にも載っていないような怪物が、どういった理由で以て出現したのか、手掛かりの手がかりすらないような環境に追い込まれているのだ。じゃあ結局どうすればよかったのか?

 前線基地の人間は頭を悩ませた────その時である!

 ガッシャン!誰も知らない筈の基地の、壊せない筈の強化ガラスが砕けて散る!「お命頂戴いたす!」黒づくめの鎖帷子を着た人影が飛び込んできた!その姿は日本の伝統的暗黒戦士の姿に酷似していた。関連性は不明である。

「なんで!?」

 動揺など知るかとばかりに飛んできたのは───手裏剣である!しかも滅茶苦茶鋭利!

「ウギャッ!」かろうじて回避、右腕皮膚の薄皮がめくられるだけで済んだ。指揮官とは言えたたき上げの終末思想家、このような状況(そうなんども経験したわけではないが)脳内で妄想してきただけのことはある!このような傷は超能力による再生ですぐに塞ぐことが───

「膿んだー!?!?!?」

 凄まじい勢いで腐敗臭をばらまきながら、右腕が腐り落ちる。「秘伝の毒でござる」秘伝の毒らしい。とにかく超能力の再生より強いし、地球全土を滅ぼすウイルスの抗体も役にたたないらしい。ウイルスと酵素ではメカニズムが違うからね、仕方ない。

 この日この前線基地の組織員は全員暗殺されたという。鮮やかな業である。


────────────────────────

「怪獣と忍者が現れて基地が複数壊滅した?」

 終末後の世界にふさわしいようにと誂えたハンドメイド玉座の上で、終末思想家たちの長たる大預言者は、知りもしない概念に翻弄されていた。

「はい。抵抗の欠片もできなかったと」

 側近は申し訳なさそうに報告を終えた。

「ええ……」

 忍者だ怪獣だ、訳の分からないことを言うんじゃない。彼は心の底から叫んでいた。世界を滅ぼすとかいう誠にありえべからぬ夢を、しかし実現を信じて数十年取り組んできたのだ。ありとあらゆる界隈に根回しをしてきたのだ。

 政界、経済界、市民の内の光るものをもつものを勧誘し、副産物をマーケティングし、同時にカバーリングもでっちあげ、福利厚生についてもちゃんとやってきた。だのにどうしてポッと出のバカデカ赤馬鹿怪獣なんぞに、ポッと出の忍者に邪魔をされなければならないのか。理解に苦しんだ。そもそも忍者も怪獣も、世界の全てを網羅したかのごとき数十年間で影も形も無かったというのに。

「もうここまで来るとあといくつか全く知らん概念が飛び出してきそうだな」

 預言者は頭を抱えた。

「もしかしてお前も、実は地球人を愛する宇宙人だったりするんじゃないか」

 次の瞬間、預言者は撃たれた。痛みが走ると同時、「あっ、事実なんだな」という諦めが胸中をよぎった。

「これで私の愛する地球人たちは生き延びることができる」

 満足げにいう側近の、しかし愁いを帯びた顔を見て、預言者は慟哭した。声もなく。


────────────────────────

 後、組織が壊滅すると同時。マスコミは組織の口止めから解放され────幸いと踏み倒したとも言うが───恐ろしい計画の全貌について世界に発信した。乱立する記事の中で、当時の組織員の生き残りを名乗る男が取材に応じたことは、彼らマスコミにとって非常に大きな収穫となった。

 当時を知る生き残りの組織員は語る。

「事後孔明ですが、結局我々の影響力を過小評価していましたね。大きなことをするときは、私たちの見える範囲外の存在にも認識される恐れがある」

「もしかすると私の同期の中にも、怪獣の生体端末だったり、変装した忍者だったり、宇宙人が混じっていたのかもしれませんね」

 それは黒い肌を三日月のように歪ませ、どうにもあのような死地を潜り抜けてきたとは思えないほどの愉快さを隠そうともしない。

「ええ、私ですか?もしかすると神様だったりするかもしれませんね。ええ、とても滑稽でしたよ。本当に」

 ひどく歪んだ光を通す、眼鏡の先に覗く瞳は、寂しく燃え尽きた宇宙のような色をしていた。そのような瞳がついているものだから、彼の顔はどのようなカメラにも鮮明に映らなかったという。

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