閻魔転生
倉村 観
第1話
「……はぁ、はぁ」
蒼く光る葉がよく目立ち、薄い銀色の霧が空を染め上げる、幻想的に美しくそしてどこまでも広大な森の中で息を切らしながら走る小さな影があった。
それは年端もいかない女の子だった。
薄汚れた灰色の布切れに身を包み、裸足のまま必死に走るその少女には人の姿には似つかわしくない栗色の大きな耳が頭から生えさらには尻の上に当たる部分には同色の毛深い尾が生えていた。
獣人族と呼ばれる亜人種の少女である。
その少女を追いかけるのは黒くスレンダーな馬のような生物に騎乗する金属鎧を身に付けた数十人の騎士たちだ。
まるで獲物を見つけた狼のように血走った眼をした男たちは、必死に逃げ惑う獣人の娘を追い立てていく。
「はぁ…はぁ…まだ追いかけてくるっ!」
後ろを振り返り、追いかけてくる騎士たちを見てさらに走る速度を上げる少女。
しかし、体力の限界なのか、徐々にスピードが落ちていく。
「きゃっ!?」
木にぶつかり、尻もちをつく少女。それを見た騎士たちが追いつき剣を向ける。
「もう逃げられないぞ?大人しくしろ」
「いや……来ないで……」
震えながら後ずさりする少女だったが、背後の木が邪魔をしてそれ以上下がれなくなる。
そして、ゆっくりと白く輝く剣を抜きながら近づいてくる騎士たち。
その時だった。
「蒼き使徒、エルリアの涙と息吹よ、我が前に顕現せよ!」
凛とした透き通るような女性の声と共に、どこからか青い光が溢れ出し、騎士たちを照らし出す。
「ぐあああっ!?この魔術は…!」
「魅了魔術だ…! 光を見るな!」
突然の出来事に驚き悲鳴を上げ、慌てて目を覆うる騎士たち。
「ルメルシア…!こっちよ!」
呪文を唱えたその声が今度は少女にに呼びかけてきた。
「リシャネル様?!」
驚いて声を上げたルメルシアは顔を上げて辺りを見渡す。すると木々の向こうに石造りの建物が見えた。
そこに向かって少女は再び走り出した。
建物に飛び込むとそこには一人の女性が立っていた。
そして建物の中に入るとそこには一人の女性が立っていた。
白い肌に青い瞳、髪の色は赤く肩まで伸びた髪を頭の上の位置で一つ結びにしていて、メイド服を身にまとっている。
頭にある大きな悪魔の角とコウモリのような黒い翼と、細長い尾は彼女がサキュバスであることを表していた。
[この建物の奥の部屋には同じく人間に追われて逃げてきた子どもの知り合いが複数いる。リシャネルはルメルシアにそこに行くように促す]
「ルメルシア! 無事だった?」
「リシャネルさん!」
「よかった……。本当に良かった……」
ルメルシアがリシャネルに抱きつくと、リシャネルは安心したように優しく抱きしめ返した。
そして、リシャネルはルメルシアを奥の部屋へと案内した。
「ああ……そうだ…ほんとは自らのそちらに向かいたいが…今魔術を詠唱していてな…すまない」
リネシャルの問いにエルダンは答え、さらにリネシャルの顔を覗き込みながら言葉を続ける。
「消耗しているな…?尋常じゃなく…魔力がもうほとんど無い」
「は……はい……先程、ルメルシアと言う獣人族の子どもを人間共から救ったのですが…その時…人間どもに『自害』させるつもりで放った魔術も目をくらませる程度で…」
リネシャルはエルダンの問いに震えながら答えた。そんな彼女にエルダンが優しく語りかける。
「そうか…この125層が知られた以上…魔族の頂点に君臨する我らが決断しなければらない」
「そ……それは?……」
エルダンの言葉にリネシャルが問いかける。するとエルダンはゆっくりと深呼吸をしてから答える。
「【転生魔法】……我の全ての魔力を使い冥界の王を召喚する」
「冥界の……王?……」
リネシャルは困惑しながらエルダンに問い返すと、エルダンは大きく頷いた。
「ついに…やるのですね」
エルダンの言葉にリネシャルは表情を曇らせる。
するとエルダンは空から一本の細長い剣を取り出してリネシャルに差し出しながら言った。
「召喚はこの地で行う…それが終わるまでリネシャル……お前は我の側近の中では、戦闘は不得手だったが…それでも十八幹位親従の一員…最高位の魔族よ…子供たちを頼むぞ」
エルダンはそう言うと、リネシャルに剣を渡す。するとエルダン身体は再び黒い霧となってリネシャルの身体の中に吸い込まれていく。
「っ……!」
リネシャルはそれを受け取ると、歯を食いしばりながら自らの魔力を剣に流し込む。すると眩い光と共に彼女の手に握られていたのは白く輝く刀身を持つ長剣だった。その大きさはまるで槍のように長い物だ。しかし不思議なことに重さはほとんど感じない。
それはまさに神器と呼ぶに相応しい物だった。
その時ガタガタと扉が揺れ始めた。。
「もう……時間が無いわ」
リネシャルはそう言うと、扉の方に振り返り剣を構えると、それと同時扉は勢いよく吹き飛び、数人の騎士が雪崩のように室内に飛び込んできた。
「あれぇ…獣人のガキが一匹この屋敷に逃げ込んだはずだが…飛んだ大物が見つかったようだな…」
騎士の一人がそう言うと、他の騎士たちもニヤニヤと笑いながらリネシャルを見る。
「くっ……」
リネシャルはそんな騎士達を睨みつけながら剣を構える。しかし、その表情には明らかな恐怖の色が浮かんでいた。
そんなリネシャルを見て一人の大柄な男が前に出てくる。
「よく見れば……いい女じゃねぇか?へへっ」
男は兜を外しながら、下卑た笑いを浮かべるとゆっくりと近づき始める。
スキンヘッドで縫合痕だらけのその顔は醜悪としか言いようがない。
「おい…人間様の手間を取らせるなよ?魔族の分際で…この俺、ガルネス様に手間を取らせるんじゃねぇよ…ガキが大量にいるんだろ? その奥の部屋によ」
ガルネスはそう言いながらリネシャルに近づいていく。
「だったらどうするつもりよ…」
リネシャルは震える声で言う。するとガルネスは顎に手を当てて少し考えるような仕草をしながら答える。
「そうだなぁ…魔族だぞ?まぁ楽には殺せねぇな…男は薄くスライスして…女はオレのナニでも突っ込んでやるよ」
ガルネスが下卑た笑いを浮かべながら言うと、リネシャルは怒りに震えるように唇を噛み締める。
「なんて下品な男なの……」
リネシャルは呟くように言うと、剣を構え直し、ガルネスを睨みつける。
しかしガルネスはそんな反応を気に返差ないどころか、リネシャルの方を見もせずに再び考える仕草をして口を開いた。
「いや…待て…魔族のガキなら痛めつけたあと売れるんじゃねぇか?でも魔族のガキなんてゴミクズ以下の価値しかないから…お前とセットで売りゃなんとか…」
「っ!」
リネシャルはガルネスの言葉に怒りを覚え、剣を振り上げて斬りかかる。
「おっと」
しかしガルネスはそれを軽々と避けると、そのまま自らの率いる騎士達の方を向き大きな笑い声を上げながら命令を叫んだ。
「お前らぁ!手ぇ出すなよ!この魔族の女は俺がやる!」
「へい!ボス!」
ガルネスの言葉に、騎士たちは一斉に返事をして距離を取る。リネシャルはそんな様子に一瞬戸惑いを見せるもすぐに表情を引き締めると再び剣を構え直した。
しかし次の瞬間……
「っ!?」
音を超えるほどのスピードでガルネスの身体が動き、瞬く間もなくリネシャルの懐に入り込むと、リネシャルの腹部に強烈なパンチを叩き込んだ。
「うぐっ……!?」
その威力は凄まじく、リネシャルの身体は破裂音と倒壊音とともに建物の天井を突き破り遥、上空へと吹き飛ばされた。
「うぐ……うっ……!」
リネシャルは苦痛に顔を歪めながらもグルグルと空中を舞っていたが、その時自分のすぐ側に誰かの影があることに気づきそちらに目を向ける。
「っ!?」
リネシャルは驚きに目を見開く、そこにはガルネスが腕を組みながらこちらの様子を笑っていたからだ。
「おいおい…お前リストに載ってた十八幹位親従とか言う魔族の側近だろ?とんだ期待外れだな?」
ガルネスはそう言うと、リネシャルを元いた建物の地面に蹴り飛ばした。
リネシャルはその衝撃でもう一度今度は逆側から天井を突き破り、地面に叩き落とされるが、すぐに立ち上がり剣を構える。しかしその表情には明らかな恐怖の色が浮かんでいた。
「すげぇ…ガルネスさん…あれ…魔王幹部だろ?」
「相変わらずやべぇ膂力だ…!」
その様子を見ていた騎士たちは口々にそう言いながらざわつき始めた。そんな騎士の反応もつゆ知らぬ様子であとからストッと華麗に着地をきめたガルネスは、その巨体でリネシャルに歩み寄り始める。
「なぁ…お前たち魔族が…どうして人間勝てないか知っているか?」
ガルネスは、ゆっくりと歩きながらそう問いかけてくる。その目は狂気に満ちていた。
「な……何を言って……」
リネシャルは震える声で言うと、剣を構え直す。しかし、その表情には明らかな恐怖の色が浮かんでいた。そんな様子に構わずガルネスは話を続ける。
「魔獣や獣人など、可能な生物は人間と似ても似つかない……だがな、お前や例えば魔王もそうだが…魔族ってのは知能や力が発達している優秀な上位の種族ほど、その見た目は人間に近くなっていく…魔獣から魔族の関係性も分かりやすい…これが何を意味するかわかるか?」
ガルネスはニヤリと笑い、リネシャルに問いかける。しかし、リネシャルには答えられないようでただ黙ったままガルネスを見つめていた。するとガルネスは大きく溜息をつくと言った。
「要するに……俺たちの人間こそが…貴様ら不完全な魔族の完成形なんだよ……」
ガルネスはそう言うと再びリネシャルに接近する。そして目にも留まらぬ速さで拳を突き出した。
「っ!!」
リネシャルはその攻撃をなんとか剣で防いだものの、その衝撃を殺しきれずに大きく吹き飛ばされる。リネシャルの身体はルメルシアや多くの子どもたちのいる奥の部屋に叩き込まれた。
「はぁ……はぁ……」
リネシャルは息を荒げながら立ち上がる。しかし、ダメージは大きく身体中ボロボロで意識も朦朧としている状態だった。そんな時に突然声がかけられる。
「リネシャル様!」
それはルメルシアだった。彼女はリネシャルに駆け寄ろうとしたが、その時ガルネスも部屋に入ってくると、リネシャルの首根っこを掴んで持ち上げた。
「がはっ!?」
リネシャルは苦しげにうめく。ガルネスはそんなリネシャルの方より、部屋で縮こまり自分の姿を見て覚えている魔族の子供たちを見て目を丸くした。
「あぁ…いたいた!! 少し待ってろよ、この女を一通り嫐ったあとでお前たちのことも面倒みてやるからよぉ……安心しろ」
「ひっ!?い、いや!!」
子供たちは恐怖に震えながら抱き合っている。ガルネスはそんな子供たちを見て舌舐めずりをすると、リネシャルを床に放り投げた。
「うぐっ!?」
「さて……続きだ」
ガルネスは再び拳を振り上げる。しかしその時だった。
[地面に巨大な炎の魔法陣が現れる]
突然地面から炎が吹き出し、ガルネスとリネシャルを包み込んだ。
炎はまるで線を引くかのような形状で、ガルネスとリネシャルを分断する。
炎はどんどんと規則的に燃え広がり、やがて巨大な魔法陣のような形状となった。
「魔王様…間に合った」
リネシャルがそう呟くと、ガルネスはニヤニヤと笑いながら言う。
「なんだぁ? まだ下らねぇ悪あがきをして……ッ!?」
リネシャルを嘲笑っていたガルネスが突然その言葉を詰まらせた。 その表情にはコンマ一秒前までの余裕綽々さは無く寧ろ額から汗を流していた。
ガルネスが引き連れてきた騎士たちにも変化が訪れる。
皆、鬼を見た子どものように恐怖に震えていて、腰が砕けへたり込み、嫌な空気に耐えかねて、嘔吐し始めるものも訪れる。
それは獣人族の子供たちも同様だ
外では、何かしらの生物魔獣の鳴き声、足音、羽ばたく音が響き渡り、混乱した者たちの逃げ場のない逃走を感じ取ることが出来た。
この世界にいるありとあらゆる生物、無生物、空間、世界そのものまでもが理解し、存分に感じ取った恐怖。
禁忌は破られた。とんでもない存在がこの世界に顕現しようとしている。
「フフッ…アハハ……アハハハ…」
皆が怯え、息を潜める中リネシャルだけは笑っていた。
「おい…てめぇ…てめぇら…一体何をしやがったッ!」
ガルネスは、恐怖と怒りの入り混じった表情でリネシャルに叫ぶ。しかしリネシャルはただ笑いながら言った。
「来る…来てしまう…私達、魔族を救い守る、冥界…地獄の王が…」
「っ!」
ガルネスがリネシャルの言葉に戦慄する。そしてそれと同時に地面が激しく揺らぎ始める。 空では大量の鳥達が異様な動きで飛び回り、地面は激しく揺れ動き木々が次々と倒れ始めた。
すると魔法陣の描かれたリネシャルの足元が激しく光った。
「な……なんだこれはッ!?」
ガルネスが叫ぶ。しかし、その叫びは誰にも届かない。
リネシャルは笑いながら言った。
「魔王様はここで召喚すると言っていた…そうかこの場所に顕現するのね。」
次の瞬間だった。魔法陣の描かれた地面が大きく盛り上がり、そこから目を焼くほど眩い光を発し、辺りを暫くの間照らし地面から現れたそれは姿を現した。
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