【短編】箱の中のエッチな人形

☆えなもん☆

シュレディンガー的なラブドール

 ――僕は、箱というものが好きだ。

 何故なら、空けるまで中身を知ることができず、そこから様々な感情を得られるからだ。


 そして今、僕の目の前には箱がある。

 六畳サイズのフローリングの一室。その中央に、無造作に置かれている豪華な箱。                     

 それは、ただの一人暮らし一室でしかないこの部屋に似つかない程の存在感を放っている。


 そもそも、箱というものをご存じだろうか? 


 基本的には四角形で、中に物を入れるためのもの――それが箱だ。

 材質は木材や紙を始めとし、今ではプラスチック製であったり、そもそも四角形ではないなど様々な形状のものが現れている。

 用途としては中に入れた上で保管、譲渡、廃棄など多岐にわたる。それが箱。


 さて、改めて目の前の箱について説明しよう。

 形状は横長の四角形だ。サイズはかなり大きい。身体をたためば、人が一人入り込める程度には大きな箱だ。

 そして、無駄に豪華だ。黒光りする壁面と、銀色に輝く装飾。実際の重さとは別に見た目からも重量感が伝わってくるデザインだ。

 

 箱の用途は、物を入れること――つまり、この無駄に豪華な箱にももちろん物が入っている。

 ちなみに中身についてはわかっている。

 

 ――そう、中身はこの前注文したラブドールだ。

 

 ラブドールをご存じだろうか?

 等身大のえっちな人形だ。説明は終わりだ。

 

 ここで疑問が一つ。何故、このような豪華な箱にするのだろうか?

 企業側が語る理由としては、突然の配送の上で配達員や家族に要らぬ誤解を産まないためだという。いや、誤解じゃないんだけど。


 ならば、ここまで豪華な装飾にする理由は何だ?

 家族ならば、高い買い物をしたのではないかと勘繰り、その末に中身の確認を強要してくるだろう。

 配達員ならば、ここまで重い物を運ばされたこともあり、雑談がてら中身を聞いてくるのではないだろうか。


 まぁ家族については独身の一人暮らしなので要らぬ心配だが……。

 実際、配達員は結構大変そうだった。汗をしたたらせていたので、冷蔵庫から出し立ての麦茶をペットボトルごと差し上げた。優しくしたら機嫌が良くなったようで、箱の中身について聞きたそうな顔をしていたので容赦なく扉を閉めてやった。


 改めて、目の前には箱がある。

 そして中身はラブドール、ここまではわかっている。

 次に思う疑問、それは――


 ――果たして、中身は宣伝通りのものなのだろうか。


 ネット通販で買ったこの商品。もちろん企業のページで不細工なものを紹介として出すはずもない。

 そもそも僕は企業の写真と説明により購買意欲をそそられ、高い金額をカード支払いで購入している。購入した瞬間は、とても良いものと思えていたのだ。

 しかし、こういう物は商品ページにある画像と、実際に届いたものはかなりかけ離れているのが定石ではないだろうか?

 

 故に、僕は未だこの箱を開けていない。

 何故ならこの箱を開けない限り、僕はこの箱の中身が商品ページ通り、僕が惚れ込んだ通りの美しいラブドールだと思い続けられるからだ。


 購入後、商品ページの写真と全然違うという低評価レビューが写真付きで投稿されているのも知っているが、それでも箱を開ける事をしなければそのレビューこそが嘘だという可能性を肯定できる。

 未だに美しい夢に浸れるのだ。


 さて、自分はどうしたいのだろう。

 もちろん、購入したラブドールを使用して気持ちよくなりたい。お楽しみタイムと洒落こみたい気持ちが強い。

 しかし、同時に企業に騙されたという後悔もしたくない。

 それぞれの可能性がぬぐい切れない限り、僕は箱を開けるという行為に対して脅威を抱き続ける。

  

 それこそが、箱の怖いところだ。

 それこそが、箱の素晴らしいところだ。


 しかし、いつかは開ける必要がある。そのいつかは、今でも構わないのだ。

 僕はようやく箱を閉ざす銀色のロックに手をかけると、力を入れて回す。時計回りに回すと、ロックはより硬く締まるだけ。反対に回すと、カチャリという音を立ててロックが解除された。

 

 そしてここでもまた躊躇ってしまう。

 扉を開けさえしなければ、未だ箱の中身を知ることはない。


 しかし、箱の中身を知りたい。どんなラブドールなのか確かめたい。

 好奇心が、自らの身体を動かした。改めて箱の蓋へと手をかけて、上へと持ち上げる。


 いつのまにか、僕は目を閉じていた。箱の蓋は既に開いている。あとは確認するだけだ。

 

 胸が高鳴る。期待する。恐怖する。様々な感情が渦のように混ざり合い、より強く胸を鳴らし続ける。

 

 僕はゆっくりと、瞼を開く。視界に光が溢れ、ついに中身を目に焼き付ける。


「あ……」

 

 不意に声がこぼれた。

 そこには思いもよらぬ光景が広がっていた。


 箱の中身、それは――


「実家で採れた、タケノコ……」


 ――ラブドールですらなかった。

 


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