ずっと君を探してた

第1話

 この国には人と擬人族がいる。僕はその後者だ。

 擬人族は人の姿をした動物たちのことで、ウサギ、オオカミ、魚とその動物の種類は様々だ。

 だから擬人族の一括りといえど姿形も様々で、肌や瞳の色も耳の形もなんでもみんな違う。

 僕の場合、体はなんか真っ白って感じで、肌も髪も白い。唯一、頭から生えてる猫みたいな触角の先端とちょっと垂れてる瞳の色が赤いくらいだ。

 それから身分。この国には身分があって貴族から商人まで色々。同じく擬人族にも身分がある。

 エタン『穢れた民』。それが僕ら擬人族の身分。僕らエタンが担う仕事はあまり人がやりたがらないもの、例えば屠殺、死刑執行人、排泄物の処理などだ。そして僕が担う仕事は人の死に関わるものであった。

 ベッドに眠る女性をぼうっと見つめる。深い海の色をした紺の長髪、優しげで美しい顔立ち。

 そんな彼女に思わず見惚れる。

 今まで多くの遺体を見てきたけれどこんなに美しい遺体を見るのは初めてだった。

「邪魔だ」

 そう無慈悲に腕で払われ、足元がよろめく。前に現れたのは大きなトナカイの角を生やした男、僕の養父だ。

 相変わらず威圧的な角に萎縮する。養父は彼女を人生で最期の舞台に送り出すために手際よく手を動かす。

 僕も手伝わないと。けれどつい視線を戻して、再び彼女を見つめてしまう。

 そんな僕に気付いて養父は怒鳴る。

「何突っ立っているんだ! 働かんもんに食わせる飯はねぇぞ!」

 肩が大きく跳ねる。僕は慌てて養父の仕事を手伝い始めた。

 清拭をしている間、彼女の顔貌にまた見惚れそうになるけれど次に怠けた態度を見られてしまったらきっと殴られる。だからあえて顔を見ないようにした。

 養父は荒っぽい性格だが、仕事はとても丁寧だ。

 今だって彼女の髪を1束1束、櫛で優しく整えている。

 養父がふと何かに気付いて僕の方を向く。

「化粧道具がない。生前使用していたものを使うようにとの依頼だ。使用人から借りてこい」

 そう指示され僕は部屋を出て使用人を探す。

 それにしても大きなお屋敷だ。調度品全てが一級品で、ここを所有していた彼女がどんなに高貴な身分だったかを察する。

 キッチンに向かえば誰かしらいるだろうと予想して行くと案の定メイドがいた。

「……あの、奥様の化粧道具がなくて。どうか貸していただけないでしょうか?」

「分かりました。今ご用意いたしますのでここでお待ちください」

 口調は礼儀正しいが、目線が冷たくどこかそっけない。しかしこんなことは日常茶飯事なので気にしない。

 キッチンで待つ間、そこら辺にあった椅子に腰掛けようとするとメイドが強く言葉を加える。

「椅子には座らないように。それからここの物には決して触れないように」

 まるで鼠のような扱いだ。確かに僕は、貧しい最下層の身分だ。けれど常に体は清潔にしている。

 僕の体は綺麗だと、言い返したくなる。

 だがエタンが人に歯向かうような行いは厳しく罰せられる。言い返したら、鞭打ちくらいの罰は受けるだろう。グッと怒りを喉の奥に押し込んだ。

 仕方なく突っ立つことにすると裏口が開いていることに気付く。裏口から庭に続く二、三段くらいの階段に座る男の子が見えた。

 僕と同じくらいの小さな背中は「ひぐっ、ひっく」と嗚咽を洩らし肩が不規則に跳ねていた。

 仕立てのいい服装と海のような深い紺の髪を見てすぐに推し当てる。

 亡くなった奥様のご子息だろう。

 エタンは貴族の目に入ってはいけない存在。最初は気付いていないフリをするつもりだったけれど一人寂しく泣いている姿があまりにも辛く、声を掛ける。

「あの……」

 振り向いたその子は、やはりボロボロと涙を流していた。腫れた目が痛々しい。そして奥様にとても似ていた。よく似ているものだから驚いて固まっていると、その子も目を見開いて僕に驚いているようだった。

 どうやら僕の頭に生えてる触角に釘付けらしい。

 多分擬人族を見たのが初めてなのだろう。無理もない。自分から探さない限り貴族なんてエタンに会うことなんてめったにないだろうし。

「これね、猫の耳だってみんな勘違いするんだけど実は違うんだ。触角って言うんだよ。ほら猫と違ってぷにゅぷにゅしてるでしょ」

 真っ白な髪からピョコンと出ている触角の先を摘む。男の子はそんな僕をきょとんと見つめる。

「えっと……」

 どう接するべきだろう。とりあえず一緒にいてあげたい。何かいい感じに距離を近付ける方法は……。

「……あの、僕の耳触ってみる?」

 そう訊ねたのは思いつきだった。そうっと男の子の隣に座り頭を少し下げて「ほら」と促してみる。

 男の子は最初戸惑っているようだった。けれど好奇心には勝てないようでぷにゅと僕の触角に触れる。

「っわ……」

 控えめに感嘆の声をあげる。

「ぷにゅぷにゅしてて面白いでしょ」

「不思議な感じ……まるでマシュマロみたい」

 マシュマロがなんのことか分からなかったけれど多分褒められているんだろうなと頬をほのかに染めて「えへへ」と照れる。

「……君はもしかして天使なの?」

 男の子は瞳を輝かせ真面目な様子で訊ねる。

 蔑まれることはあってもこんな輝く瞳で見つめられたことは今までなかった。新鮮さに思わず目をパチクリさせる。

「うーん、天使?ってことでいいのかな……。確かに僕の元々の姿は天使だって呼ばれてたみたいだけど」

 はっきり答えることが出来ずに唸る。

「擬人族……だよね? 君は何の動物なの?」

「僕は……そうだ、僕が何の動物か当ててごらんよ」

「うーん……」

 考え込む。けれど男の子は答えを見つけるのに苦難しているようで当てずっぽうも出来ないでいた。

 無理はないかもしれない。だって僕の元々の姿はどちらかと言うとマイナーな種族だからね。

「じゃあヒントをあげるね。僕の瞳の色は赤色。元々の姿では赤がよく目立っていたよ」

 それでも男の子は顎に手を当てうーんと唸る。だからもっとヒントをあげることにする。

「冷たい海をプカプカ泳いでるよ」

「お魚さん?」

「うーん、お魚さんよりもっともっと小さいかな〜」

「分かんないよ〜」

 そう嘆くものだから視覚に頼ってみることにした。目と鼻の先まで顔を近付ける。

「ほらよく見てみて。白と赤が特徴的で猫の耳みたいな触角。何か思いつかない?」

「っ……!」

 するとどうしてか男の子の頬が真っ赤に染まる。そして気が抜けた様子で「……クリオネ」とぼそりと呟く。

「正解〜!」

「っわあ!?」

 テンションが上がって思わず抱きつく。男の子はそんな僕を受け止めきれなくて一緒になって倒れる。

「あ、ごめん」

 慌てて離れる。あまり同年代の子と遊ぶ機会がなくてはしゃぎ過ぎてしまった。

 男の子が中々起き上がらない。見ると彼の頬が熱を出した時のように真っ赤に染まっていた。

「えっと……大丈夫? もしかして体調悪いの?」

「……ううん、大丈夫」

 男の子がゆっくりと起き上がる。

 なんだか落ち着かない様子で、心配で見守る。

 庭にポツポツと雨が降り始める。その雨空に彼は目をやり、何か思い出したのだろうか。

 頬の赤みは消え、今度は今にも泣き出しそうな顔になる。

 彼が「あのさ」と口を開く。

「さっきみたいに僕を抱きしめてくれないかな?」

 そう遠慮がちにお願いする彼の表情からは悲しみと寂しさが滲み出ていた。

「いいよ、ほらおいで」

 僕は両手を広げ、彼を受け入れる。男の子は僕の背に腕を回し、僕も同じようにして体温を二人で共有する。頭上に屋根があるから濡れないにしろ、雨が降ってちょっと肌寒かった。けれど二人で抱きしめ合っているとぬくぬくと暖かった。

 男の子が隠すように僕の胸に顔を埋める。聞こえてきたのはか細い嗚咽だった。

「……っひく、僕泣いてないから。だからかっこ悪いだなんて思わないで」

「そんなこと思わないよ。泣いていいんだ。泣いちゃいけない子なんていないんだから」

 頭を優しく撫でる。すると男の子は限界を超えたようで僕に涙を晒し、わんわんと泣き始めた。

 それは悲しく、暖かな情景だった。

 その後は最悪だったけれど。

 抱きしめ合う僕たちを使用人が見てしまって激怒。男の子が庇ってくれたが、彼の親族は許さなかった。今回の依頼を彼の親族はなかったことにして、常日頃生活費もカツカツな養父は僕をひどく折檻した。

 僕は耐えられなくて家から逃亡。あの男の子ともそれ以来会ってはいない。

 名前も知らない。けれど僕はあの男の子のことがずっと気がかりでいた。

 一人ぼっちで寂しくないだろうかと。まだ泣いているんじゃないだろうかと。

 男の子の父親は母親が亡くなった時には既にこの世にいなかったという。つまり家族はいない。

 一人ぼっちの気持ちは僕も充分に理解していた。だから余計に男の子のことが心配だった。十一年経った今でも僕は時々彼のことを思い出し、そして彼の心がどうか辛くないことを祈っていた。

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