⑤
揚火屋が主催する花火大会まであと三日。
蛍の花火造りも佳境に差しかかっていた。
「何とか間に合いそうでよかったですね」
「間に合うと言っても、作りかけの火薬を幾つか分けてもらったから、完全に私が造った花火った訳じゃないけど」
花火造りを開始してから一週間と少し。最初から造っては花火大会までに間に合わないから、他の職人から途中まで造っていた星や割薬を蛍に回してくれた。
「それでも、花火大会までに間に合うのは蛍さんがそれだけ頑張ったからだと思います」
「それは、白彩ちゃんが手伝ってくれたからだよ。でも、ありがとね。私が打ち上げられるのはほんの少しだけど、楽しみにしていて」
「はい。とても楽しみです」
二人はそんな会話を交わしながら、最期の作業である玉込めや玉貼りを続ける。
少々休憩を挟む。白彩が冷たいお茶を淹れながら、貰った和菓子を皿に移した。
「今日も水面さんが?」
「はい。本日は百花の練り切りをいただきました」
浅瀬は工房の建物に入ること無い。蛍を含めて職人たちともなるべく顔を会わせないよう気を配っている。
そんな彼は白彩が工房に入る前に茶菓子を渡す。白彩へというよりも、蛍への差し入れなのだろう。
―お茶菓子くらい、ご自身で渡されたらいいのに……—
まだ、蛍と浅瀬の関係は煙火に認められていない。浅瀬が揚火屋の人間との接触を避けているのもそれが理由だった。
先日も蛍と少し眼を合わせただけで、煙火は恐ろしい形相で浅瀬を睨み付けた。
それでも浅瀬が怯むことは無かった。ただ、一方的に憎悪を受け止め、蛍とも一定の距離を保っている。
蛍は花火だけでなく、浅瀬との仲も父に認めてほしいと思うようになった。しかし、浅瀬の方はどう思っているのだろう。
もしかしたら、蛍の人生をこれ以上かき乱さない為に、身を引く気なのかもしれない。
だが、それなら白彩を通してだが、差し入れをする必要は無い。微々たるものだが、蛍の為にできることをしたいのだろう。
蛍は花火の形をした菓子をはにかみながら見詰める。
愛しい人からの贈り物は誰だって嬉しい。
そんな蛍を眺めながら、白彩は今造っている花火ですべてが上手くいくことを願う。部外者でしかないから祈ることしかできないのがもどかしいが、きっと蛍と浅瀬の未来の一助になっている筈だ。
白彩と蛍は冷たいお茶を飲みながら、練り切りを楊枝で切り分けながら咀嚼する。
何色にも開いた花火を模した練り切りは、味のみならず、見た目からも楽しめる一品。わざわざこの意匠の練り切りを選んだことからも、浅瀬がどれ程に蛍を想っているのか感じ取れる。
練り切りを啄む蛍の顔からも幸せが滲み出ていた。浅瀬からの心配りをゆっくり味わっている。
不意に「そういえば、白彩ちゃんって花だと何が好き?」と尋ねた。
「お花ですか?」
以前までの白彩なら伯父の支乃森草一助の顔色を窺って翡翠の好みの花を述べていただろう。
けれど、母がどんな花を好んでいたのかは知らない。生前、翡翠は自身の好きな花を誰にも言わなかったそうだ。まるで、大事な宝物を隠すように。
白彩が心から好きだと言える花は何なのだろう?
自分の中で様々な花を思い浮かべていると、美しく真っ直ぐ伸び、首を傾げる花を思い浮かべる。
「……百合の花かしら」
「百合かぁ。綺麗だよね。やっぱり、白彩ちゃんの名前と同じ白い百合?」
「白百合も好きですけれど……」
以前、煌龍から送られた真っ白な鉄砲百合の花束。
—わたくしのようだと煌龍様は言ってくださった。—
鉄砲百合も思い入れがあるが、それ以前に病院で見かけたら白と赤が混在するオリエンタルリリィあれも綺麗で白彩の瞳に焼き付いている。
いや、白や赤だけじゃない。白彩の中で、最も好きな花は……
「色とりどりの百合の花。一輪ではなく、眼前に沢山咲き誇る極彩色に溢れる百合の花々が好きです」
煌龍とのはじめてのデヱトで、世界にはたくさんの色が交差して、美しさで満ちていることを知った。
また、特段思い入れのある色は白と赤の二色だが、これからもっと増えるだろう。
花も百合だけではない。白彩はこれから、色彩や花のみならず、世界の美しさを一つ一つその瞳に宿していく。煌龍と一緒に……
そして、もう少しで大輪の花火を目の当たりにする……
花火大会当日。白彩は群青色に色とりどりの花火が描かれた浴衣を赤い帯で締めている。
「わぁ……、とても素敵……。トキさん、用意してくださってありがとうございます」
浴衣などを準備してくれたトキにお礼を述べる。
「これくらいなんてことありません。それよりも、花火大会楽しんでくださいね」
「はい。勿論です」
浮足立つ気持ちを抑えながら、白彩は煌龍の部屋に赴いた。彼も既に着替えており、白彩が来ている物よりも僅かに蒼が深い紺瑠璃に紗綾形模様が織り込まれた浴衣を纏っていた。
「浴衣の色、近いな」
「そ、そうですね……」
「でも、白彩の方が色彩豊かで、とても綺麗だ。肌の色とも良く合っている」
「……」
同じような色合いの浴衣というだけでも、白彩は緊張してきた。追い打ちをかけるように綺麗だと言われて、顔は浴衣とは真逆の色に染まる。
「顔が赤いが、これから花火大会大丈夫か?まだ、少し時間があるから、休んでから行っても――」
「お、お気になさらず‼早く行きましょう‼蛍ちゃんが舞っています‼」
自分の恋心を理解するようになっても、相変わらず鈍い煌龍。気になる異性に容姿を褒められたら、普通女性は赤面することをわかっていない。
玄関を出てなだらかな道を並んで歩いていく。
花火大会が開催される河川敷へは、白彩たち以外にも花火客が向かっている。
子ども連れの家族や兄弟、友人たちなど。色々な人たちが花火を心待ちにしながら、ほの暗い中歩いていく。中には若い男女や夫婦なども居た。
それな彼等を見た白彩はこんなことを思った。
「浅瀬さんも蛍ちゃんの花火観れたらよかったのに……」
「……そうだな」
一度は浅瀬の話しに耳を傾けた煙火だが、彼の兄の一件があり、花火大会に来ることは許さなかった。
「それに、浅瀬隊員は今夜愛牙と任務がある。揚火屋の店主に許されても来ることは叶わなかっただろう」
そう言いながら煌龍も何処となく落ち込んでるいる。
「だから、彼の分まで花火を観よう。その方が浅瀬隊員も憂いなく任務に集中できると思う」
「そうですね」
—煌龍様は本当にお優しい。—
—今もこうして任務に勤しむ部下のことを気にかけ、一番良い選択肢を考えられる。—
浅瀬のことを気にして花火を観ないという選択をすれば、彼が気に病む上に、今日まで花火を楽しみにしている白彩までガッカリさせる。
全員平等に優しさを配れる煌龍は人して素晴らしいのだろう。
—そうよ。煌龍様がわたくしに向けてくれる優しさはこの方にとって当たり前のものなのだわ。—
しかし、白彩がそれが少し寂しかった。
—わたしくだけが特別という訳ではない。—
—そんなこと考えなくてもわかることなのに、婚約者という立場から、その事実が見えなくなっていた。—
ときおり、優しく触れられるのも、婚約者だからそう特別に感じられただけだと白彩は思い込んでしまう。
煌龍にとって白彩は本当に特別な存在だが、劣等感の塊である彼女が自らそれに気が付くのは難しいことだった。
少し憂鬱な気分のまま河川敷に到着すると、蛍が出迎えてくれた。
「白彩ちゃんに連火さん。お待ちしていました」
「こんな所でどうされたの?花火の打ち上げの方は大丈夫なのですか?」
「あっちは父さんたちがやるから大丈夫。それより、花火造りに協力してくれたお礼をしなきと」
そう言って蛍は白彩たちをとある場所へ案内する。
「特等席でございます!」
その場所は、花火を正面から観られるとても良い場所で揚火屋の人たちが陣取ってくれている。
「そんな⁉わたくしたちの為に――」
「白彩ちゃんが居なければ、私の花火は完成しなかった。自分たちで造った花火を一番良い席で観てほしいの」
「でも……」
「せっかく用意してくれたんだ。ご厚意に甘えよう」
「煌龍様……はい。蛍ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
遠慮していた白彩だが、煌龍の言葉もあり、その場で観ることとなった。
用意された場所で、白彩、煌龍、蛍が並んで花火が打ち上がるのを待つ。
「蛍ちゃんもここで観るのですか?」
「えぇ。揚火屋の伝統で、はじめて観客に観せる花火は同じ目線で観ることになっているの」
客の視点では花火がどう観えるのか。自作の花火の良し悪しをしっかり観察し、今後に活かす。
「最初に自分の花火に何が足りないのか、もっと良い花火にするにはどうすべきか、それを見極め心に刻む。私の父さんもそうして花火師としてやってきたの」
「そうなんですか」
「うん。今でも未熟者だった頃の最初の花火の記憶が忘れられなくて、制作時や打ち上げのときに気が引き締まるらしいのよね」
「初心を忘れないようにということでしょうか?」
「多分、そうね」
―楽しそうで良かった。だが……—
婚約者がはじめてできた友人と楽し気に話している姿に、煌龍は微笑ましく思える。しかし、同時に自分以外に中の同年代の仲が良い人が白彩にできたことに寂しさを覚えていた。
―これが、恋をすると同時に生まれる嫉妬心ってやつか……—
自分が思っていたよりも心の狭い男だったのだなと俯瞰していると、何処からか聞き覚えのある二人の男の声がしてきた。
「副隊長。任務が終わったのなら、僕はもう帰らせてもらいます」
「せっかく来たんだから、ちょっとくらい覗いてもいいだろ」
「僕はそういう訳にはいかないのです。今すぐここから離れないと、彼女に迷惑が――」
「み、水面さん……」
「あっ……蛍さん」
「ありゃ?知り合い?」
口論していたのは、邪神討伐第一部隊所属の稲妻愛牙副隊長と浅瀬水面隊員だった。
「おまえたち、何をしているんだ」
私服のようだったが、大衆の中、揉めていた愛牙と浅瀬を煌龍は咎める。しかし、二人がここに居るのも口論の原因も愛牙にあることは長年の付き合いでわかっていた。
「隊長……実は……」
浅瀬隊員が言うには、夕刻まで深紫得探の捜索任務をした後、この近くで宮中の使いに現状報告をしたそうだ。内密な件故、報告は隠れて行われた。今も深紫得探の名は伏せられて、煌龍へは端的に伝えられて。
それでも、彼が少ない言葉で大凡理解できたのは、邪神討伐第一部隊隊長として、部隊が担っているすべての任務や部下一人一人の行動を把握しているからである。
天然ではあるが、自頭は良いのである。自頭は。
「それで、副隊長が帰る前に花火を観るから、僕も付き合えとここまで連れてこられて……」
「なる程な。副隊長、何故無理に浅瀬隊員を連れ回した」
「だーって、男でもいいから、誰かと花火観たかったんだもーん。一人で観るなんて、詰まんない!詰まんない!詰まんないー‼」
今の愛牙の言動に、この場に居る全員が『子どもか⁉』と思った。
部下の前では連火隊長に追従する副隊長として振る舞っているのに、最近煌龍と浅瀬が上司と部下という立場でなく、素で話す機会が増えた。だからか、愛牙もめんどくさい副隊長としての顔を浅瀬隊員にすることは止めた。
―ずーっと前から、止められるものなら、止めたいと思っていたし。—
煌龍が隊長に就任する前から、愛牙は彼の部下として支えてきた。
まだ若いながら邪神討伐第一部隊隊長に就任し、連火家の次期当主でもある。更に言えば、父は本部の局長だ。
それを理由にやっかみを受けることもあるから、側で支えとなる人間が必要だった。だからこそ、体裁を保つ為に副隊長の仮面を被っているのだが、下らぬ理由で煌龍を嫉む輩の所為で、煌龍の表情が消えたことや、人前で普通の友人としていられないことに愛牙は内心憤っていた。
そんな中、隊員である浅瀬が煌龍の本質を知り、受け入れてくれたことが嬉しかった。
―浅瀬なら、ありのままの俺等でも大丈夫って思えた。—
―だから、こいつの悩みに俺も貢献しないとな。—
また余計なことを考えていそうな愛牙に、煌龍は嫌な予感を覚える。
そんな中、浅瀬や蛍が一番恐れていた自体が舞い込んできた。
「おい。花火大会には来るなと言ったよな」
浅瀬屋の者の前ではいつも大声で怒鳴っているのに、今は低くくぐもった声が余計に恐ろしく感じる。
「打ち上げ前に時間ができたから、差し入れにラムネ持ってきたんだが、人数足りない分はさっさと帰んな‼︎浅瀬水面‼︎」
揚火煙火がそこに立っていた。花火の爆音さながら、怒りを破裂させている。
「これはちょっとした手違いみたいなもので、花火を観に来た訳では――」
「ごちゃごちゃ五月蠅い‼どうせ、おまえの兄貴みたいに俺たちが造った花火を台無しにしに来たんだろ‼今年は娘の花火も上げるんだ‼邪魔はさせねぇぇぇ‼」
今、煙火の意識は完全に浅瀬に向かっていた。手元が疎かになり、持ってきたラムネの入った袋を落としてしまう。
このままラムネの瓶が割れる音が響くと思いきや、「おっと、危ない」。愛牙が地面に落ちる前に滑り込んで袋ごと瓶をキャッチした。
「良かった。中身も全部無事だ」
瓶が一つも割れていないことを確認すると、「それじゃあ、全員に配るね。まずは女子優先」と相変わらず女好きなところはぶれない。
緊迫した空気の中、唯一自分のペースを崩さず、白彩と蛍にラムネを渡すと「残りは一本だから、無事にラムネ瓶を死守した俺が飲ませてもらうぜ」とそのまま蓋をぽっんと開けぐびぐび飲んだ。
「おい!いい加減にしろ!」
この状況を作った張本人であるのにも関わらず、おちゃらけている愛牙を叱責する煌龍。炎虎以外の身内には何かあっても少々諫める程度だが、今日は珍しく本気に怒っていた。
「まぁまぁ、そうカリカリするなよ。白彩ちゃんや隣の女の子だけじゃなくて、周りも引いているぞ」
愛牙の言葉に彼以外の男たちは気付く。自分たちが言い争っていることに、他の花火客が狼狽えた様子だった。子どもや女性などは今にも泣きそうな者も居る。
巫山戯ていた愛牙を咎めた煌龍や、一方的に暴言を吐かれた浅瀬はともかく、客の前でいきなり浅瀬に怒鳴り散らした煙火の行動は少々いただけない。
「何があったのかは知らないけど、ときと場所を考えましょうよ」
よくそんなことが言える。半月前、浅瀬隊員に顔の怪我について煌龍に言及したが、言いたくない様子だったから身を引いたように思えた愛牙。しかし、その日の任務の合間に、浅瀬の実家である火消し屋に立ち寄り、ことのあらましはある程度浅瀬隊員の母親から聞いていたのだった。
—俺みたいに家の事情で好きな人と結ばれないのは悲しいからな……—
浅瀬をここまで連れ回したのも愛牙なりに、浅瀬と蛍を思ってのことだった。
だが、軽佻浮薄な愛牙の雰囲気が煙火の怒りを増長させる。
「蛍。おまえはやっぱり打ち上げの方に来い。こんな浅瀬の小僧の知り合いなんかと一緒に居させるんじゃなかった」
「父さん……嫌。私は……」
無理に手を引かれる蛍。だが、親子の間に透明に澄んだ声が入り込む。
「煙火さん。待ってください」
「白彩ちゃん⁉」
―きっと、今この場で浅瀬さんが煙火さんに意見を言うのは無理だわ。—
浅瀬さんは以前、花火工房では蛍の気持ちを代弁した。しかし、それは蛍の花火への想いを後押ししただけで、自分たちの関係を認められた訳ではない上に、あの場でもその話しだったら、煙火は耳を傾けなかっただろう。
その上、彼の兄が揚火屋の花火大会を一度ぶち壊しにした。花場大会の会場で浅瀬屋の人間が両家の今後のことについて言葉を交わすのは難しい。
浅瀬水面の場合、これ以上自分が余計なことをすれば蛍にまで迷惑がかかると思っている。浅瀬も父親に連れて行かれそうになった蛍を引き留めようとしたが、白彩より早く踏み出せなかったのはそういった躊躇いがあったから。
白彩は浅瀬に代わり、蛍を庇うように煙火に主張する。
「蛍ちゃんは、花火がとても好きです。あなたの背中を見て……。だけど、同じくらい大切な物もあるんです。だから、それをちゃんと打ち上げ場で見届けてください。蛍ちゃんの側には私が居ます」
「な、何で、無関係のあんたがそんなこと……」
「だって……」
―悲しいから……—
煙火の問いかけに白彩は、以前煌龍と炎虎の親子関係を知ったときと同じことを感じた。
―生きているのに、こんな風に意見の違いでわかり合えないのは悲し過ぎる。—
白彩には父親の記憶すら無い。名前も知らない。だけど、自分は一時的にとはいえ、支乃森家から逃げ延びた母と故郷を捨て放浪していた父が出会い愛し合って生まれた。二人が居なければ白彩はこの世に存在すらしていなかった。
でも、その二人はもう居ない。生んでくれた恩を返すこともできない。
だから、いきている内にいがみ合う親子を見ていると無性に悲しくて仕方がなかった。
煌龍と炎虎のことだって、できるなら何とかしたいと白彩は思っている。だが、煌龍本人は父親との仲を修復したいなど毛頭思っていない。炎虎の方は息子のことをどう思っているのかしらないが、あまり興味は無さそうだった。
けれど、蛍は自分の気持ちを父親にもわかってほしいと思っている。煙火も娘が大切だから、花火だけでなく娘まで浅瀬屋の人間に傷つけられることを恐れてこんな風に激情的になっている。
―蛍ちゃんと煙火さんはお互いが大切だからこそ、衝突してしまっているだけ。—
―だから、お二人はきっとわかり合える。そう思いたい。—
そんな白彩の思いに答えるように、蛍は「ごめん。父さん。私、ここでみんなと花火が観たい。それで、父さんは打ち上げでしっかり私の花火を観て。それが私の答えだから」と花火を造りたいと言ったとき以上に自身の気持ちを伝えた。
「……わかった。花火師として、おまえが造ったもんをちゃんと見届ける」
「うん……」
煙火が打ち上げに戻ると、「いや~。丸く収まって良かった~」とラムネを飲む愛牙。
「調子に乗るな」
「イテ……」
軽く煌龍に頭を叩かれるが、お𠮟りがこれだけで良かったのは結果的に蛍の為になったからだ。
以前、煌龍も花火工房に通う白彩の護衛として浅瀬を付けたが、煌龍はちゃんと浅瀬のことを庇った。それに対し愛牙は終始おちゃらけて、自分がやったことの責任を取る姿勢が見えなかった。
「全員に迷惑をかけた罰だ。新しいラムネを買ってこい」
「え~。もう直ぐ花火がはじまるんだけど――」
「春雷さんに今日のこと言うぞ」
上の姉の名を出され、愛牙は「直ちに行ってまいりまーす‼」と駆け足でラムネを買いに行く。
「あんな奴で、みんなすまない」
「連火さんは気にしないでください。それよりも、いよいよ花火が上がりますよ」
蛍の言葉通り、川の向こうで最初の花火が打ち上げられようとしていた。
「楽しみだな。白彩が蛍さんと一緒に造った花火」
「わたくしは手伝いくらいですよ」
「それでも楽しみだ。どんな花火が何だ?」
「わたくしも知らなくて。蛍ちゃんが打ち上がるまでのお楽しみだと――」
「ほらほら、二人共。空の方に集中して」
蛍がしゃべった直後、川の向こうからヒュ~と空気が擦れるような音が聞こえてきた。ドカンと玉が破裂すると、夜空には何万通りにも輝く丸い花火が燃えている。
「綺麗……」
「当たり前よ。うちの職人たちが造った花火なんだから」
蛍が自慢するのも頷ける。白彩はこんなにも大きな花火をはじめて観たが、連続して打ち上がる花火は夜の帳を焼き裂くように尾を引き、最期散るときまで美しかった。
白彩だけでなく、煌龍、浅瀬、他の花火客たち。そして、職人である蛍や揚火屋の者たちも火花散るそれを瞳に焼き付ける。
「そろそろ、私の花火が上がるけれど……水面さん。これが私の想いです」
「えっ……」
「受け取ってください」
夜空の打ち上げられたのは水面のように澄んだ青い大きな花火と蛍のように光る幾つもの小さな花火だった。
「蛍さん……これって……」
「私はあなたも花火も好きです。だから、花火で気持ちを伝えました」
蛍の告白は花火の音に紛れて周囲には聞こえていなかった。ただ、浅瀬と二人を見守っていた白彩たちだけが気付いている。
―好きって……ただの幼馴染ではなかったのか……—
唯一、煌龍だけは蛍たちの関係が友人以上の関係であることを知り、呆気に取られていた。
「できることなら、花火師としての私を受け入れて、一緒になってほしいです。我儘だけれど、気持ちだけはわかってほしかったから」
「蛍さん……。ぼ、僕は――」
―浅瀬さん。頑張ってください。—
一方、この二週間蛍のことを応援していた白彩は、返事がなかなか言えない浅瀬にも心の中で応援する。
不意に川向うから、「おい!浅瀬の坊主!今、この場で娘の気持ちに答えなかったら、俺は一生認めないぞ!」と花火の音もかき消す煙火の声が届いた。花火の逆光で、夜でも煙火のつり上がった眼がはっきり見えた。
「は、はい⁉蛍さん、僕も浅瀬屋の息子だし、邪神討伐部隊で明日も知れない身だ。それでも、きみが好きなんだ‼こんなんだけど、きみがよければ、改めて付き合ってほしい‼」
「水面さん……。はい、よろこんで」
パチパチ……
突如、周囲から拍手が沸き起こった。
「兄ちゃん、姉ちゃん、良かったな!」
「わぁー‼告白だ‼」
「いやー。若いっていいねー」
煙火の大声で周りの花火客も蛍と浅瀬のただならぬ様子に気付き、浅瀬の告白からずっと見ていた。
野次が飛ぶ中、当人たち以外で最も顔を赤くさせている人物が二人。
―蛍ちゃんも浅瀬さんも、何て大胆……—
―告白って、こんな風にするものなのか……—
白彩も煌龍も異性に告白する場面を見るのは、人生はじめてのこと。白彩は自分のことではないのに羞恥心が募り、煌龍は少々唖然としていた。
蛍と浅瀬も身の縮む思いだったが、それな二人の気持ちなどに関係なく花火は続く。
野次を飛ばしていた人たちも、新しい花火が次々と打ち上がると再び空へと視線が戻った。
「白彩ちゃん、ごめんね。こんな所で他人の告白観てビックリしたよね……」
「驚きはしたけど、蛍ちゃんが謝ることじゃないよ。それよに、おめでとう」
浅瀬に思いの丈を告げられたことを祝福する。
「白彩ちゃん……。ありがとう!これは私からの感謝のしるしよ」
そう言って空を指さした蛍。
次に上がった花火は大輪の百合の花を模した物だった。定番の白い百合だけでなく、様々な色が飛び交っている。
「まぁ……」
夜空を極彩色に彩る百合たちは、白彩のこれからの世界を暗示しているようだった。
「今まで観た、花火の中で一番綺麗だ」
「わたくしもそう思います」
「きっと、白彩が手伝ったからこんなにも綺麗なんだ」
「こ、煌龍様……」
—何だか、僕たちはお邪魔なようだ。—
先程の自分と同じくらい熱い雰囲気の白彩と煌龍に気を使い、浅瀬は蛍を連れて一時的にその場を離れた。
いつの間にか二人の存在が消えたことに驚いたが、次の白と赤が入り交じった一輪の百合が空にかけると白彩も煌龍も夜空に視線を戻れされた。
「いつまでも観ていたいな」
「そうですね。消えてしまうのか惜しいくらい、素敵な百合の花……」
何とはなしにお互いの顔を見やる。白彩と煌龍は自然と唇を交した。
これから二人の未来は空の百合たちのように、様々な色で染められていくのだろう。
だが、その世界を透明な瞳の者たちがかき消そうとして居ることをこのときは誰も知らなかった。
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