第五章
①
―結局、わたくしがやったことはただのお節介でした……—
その日の夜。白彩は自身の部屋に閉じ籠って、自己嫌悪に陥っていた。連火の屋敷帰ってからずっと、椅子に座ってテーブルにしな垂れかかっている。
―あのあと、蛍さんの家でトキさんの料理をいただいたら、そそくさと逃げるように帰ってしまいました。—
―付いて来てくれたトキさんにも心配をかけてしまって……わたくしは色々な人に迷惑をかけるだけに終わった……—
自身の情けなさで下瞼に涙が溜まるが、迷惑をかけた側が泣くのは可笑しい。白彩はそんな思いで、眼元の水分を擦する為に手を上げる。
「そんなことをしたら眼を痛める」
しかし、煌龍に止められた。掴まれた手に身体中の熱が集中するのを感じながら、白彩は少し心が軽くなった気がした。
「こ、こう、りゅうさま……」
彼の顔を見て堰き止めていたものが決壊した。白彩は衝動的に煌龍の腕の中に飛び込み、子どものように涙を流した。
「は、白彩⁉」
不意に涙を流す婚約者に煌龍は驚く。
―俺は、何か彼女を傷付けるようなことを言ったのだろうか……—
白彩が咽び泣いているのは自身に原因があるのではないかと動揺する。先日も、白彩を拒絶して悲しませてしまったことがあったからよりそう思えた。
しかし、腕の間から垣間見えた白彩の顔を見て改まった。
それは幼少期の……色彩眼の訓練をはじめたばかりの煌龍が鏡越しに見た自身の顔。
―あの頃の……神通力を上手く扱えなかった頃の俺の顔だ……—
色彩眼の色に問わず、神通力の訓練は最初札や物に神力を籠めるところからはじまる。しかし、煌龍の場合、生来神力そのものが強大だった為、神力を籠めるという小さな力を操作することの方が不向きだった。何度も札に必要以上の神力を籠めて、燃やしてしまっていた。
訓練後、煌龍は泣くのは情けない行為だと鏡を見て、自身を戒めていた。
しかし……
『煌龍。泣いていいんだよ』
泣くことを我慢する煌龍を優しく包み込んでくれたのは母の恋寧。
『泣きたいときは泣いて、また次にがんばるの。次にがんばる糧にするの。だから、今流しているその涙は情けなくなんかない。寧ろ、あなたがそれだけがんばっていること、それでも満足しないでもっとがんばろうとする。あなたの一つの強さの証そのものなの。大事にしなきゃ、これまでがんばったあなたの努力が可哀そうよ』
―どれだけ我慢しても、意地を張っても、母上は幼い俺の心をいとも簡単に解した。—
そのまま母親の腕の中で泣き、次第に訓練後は恋寧の顔を見るだけで甘えてしまった。それが普通。人間誰しも幼子の内は、母親の胸に甘えて、次第に成長していく。
―だが、白彩にはそんな
婚約者として白彩を連火家に連れてきたときから、彼女の生い立ちはある程度知っていた。だが、白彩の母・
『わたくしの母様は……叔父様の束縛に嫌気が差して、若い頃に支乃森家を出て父と出会い添い遂げたそうです。でも、わたくしが生まれて一年程で、父様が死んで……母様はまた支乃森家に囚われました。あの座敷牢も、元々は母様を閉じ込める為の物で……わたくしは殆ど母様と会ったことがありません……』
それを聞いた煌龍は、翡翠のことを含めて白彩のそれまでの人生が不憫でならなかった。
―俺も母を失っているが、あの人が亡くなる前日まで一緒に居られた。覚えておらずとも、赤子だったときも母上は俺の側に居て、俺と姉上に愛情をくれた。—
―だが、白彩は支乃森草一郎の身勝手さで自身の人生そのものだけでなく、母親との時間も奪われた。—
物理的に翡翠と離され、父親はとっくに亡くなっていた。支乃森家に頼れる大人は居らず、白彩が誰かに寄りかかったのは今このときがはじめてだった。
―ずっと抱え込んで、支乃森家を出てからも慣れない環境に戸惑い……それが今、溢れたんだ。—
このとき、偶々側に居たのが自分だったなんだと煌龍は捉えるが……
―それでも、嬉しい。白彩の明らかに不安なところを見たはじめての人間が俺だから……—
気になる女の子に頼りにされる。これを喜ばない男は居ないだろう。
煌龍は嘗て母がしてくれたように自身の胸で泣く娘の頭を優しく撫で、ときに背中を柔らかく叩く。
「今は存分に泣いていろ」
隊服が涙で濡れることにかまうこと無く、白彩を温かい腕で抱擁する。
暫くして……
「落ち着いたか?」
「はぃ……」
泣き過ぎて白彩の声は若干枯れていた。
「少し待っていろ」
一旦部屋を退室した煌龍だったが、外国製の白い陶器のカップを持って再び入った。
「ミルクだ。飲むといい」
「あ、ありがとうございます……」
白いマグカップに揺蕩う白いミルク。まだ、庶民や地方の人には馴染みの無い牛乳だが、連火家の朝食に出てくることがある。
白彩も何度か飲んだことがあるが……
―今、夏なのに……温めてある……—
日中程ではないが、蝉も泣き止む夜半の夏に泡が立つ程のホットミルクを差し出された。捉え方によっては拷問に思える。白彩は所在無さげにマグカップを見詰めてしまう。
しかし、「煌龍本人は完全に善意で行なっていた。彼は色彩眼の性質上、熱さに強い体質である。だから、真夏日でも熱々のおでんを平気で食せてしまう。
厄介なのが、火の色彩眼を持たない者の体感温度を把握できていないこと。理屈では、も
「少し温めすぎただろうか?」
白彩がなかなか飲まないでいるのも、少々熱かったぐらいにしか思っていない。
不意に煌龍は白彩が持つマグカップに顔を近付け、「フー、フー……」と息をかけはじめた。
—お、お顔が……ち、ちか、い……—
他意は無いのだけれど、思いがけず近寄られて白彩は既に自身の熱でのぼせそうだった。
「まだ、熱いのか?フー、フー……」
真っ赤な白彩の顔を見た煌龍は更に息を吹き続ける。いつの間にはミルクはぬるいくらいにまで冷めていた。
「何があったのか詳しく話してくれないか?」
「はい……」
ミルクをちびちびと飲みながら、白彩は昼に揚火屋の花火工房でのことを話す。蛍を怒らせてしまい、そのまま逃げ帰り現在に至るまでを。
「それが泣いていた理由なんだな」
首を縦に振りながら、白彩は再び泣きそうになった。
「ヒック……」
「手拭い使うか?」
「はい、ありがとうございます……」
「……」
涙を拭う白彩を見詰めながら煌龍は「お前はどうしたい?」と問うた。
「どうって……」
暫し逡巡する白彩だが、「わかりません」と俯く。
「誰かと喧嘩したことが無くて……はじめてで……」
他者との関りを遮断された人生。側に誰一人居ない、自分しか存在しない。そんな世界では喧嘩なども無かった。
生まれ故に伯母などから存在そのものを不快に思われたことはあれど、言い争ったことは無い。今回も白彩の方は怒ってなどいないが、同じ年頃の女の子と喧嘩をして、どうすればいいのか白彩はわからない。
「……俺も昔、そうだった」
「えっ……煌龍様が?」
「あぁ。本当に物心付いて間も無い頃は、姉上と喧嘩する度にどうすればいいのかわからず、動けなかった」
恋寧が亡くなる以前の煌龍と撫子は、普通に仲の良い姉弟として育ち、普通に喧嘩もしていた。
「今でこそそのようなことは無いが、俺が五歳頃まで姉上は一度怒りだすと意固地になって俺が謝ろうとしても一切聞いてはくれなかった」
素直な子どもだった煌龍は幼さ故に過ちを犯すことはあれど、自身の非に気付けばすぐさま謝罪した。しかし、撫子も昔から優しくて弟思いの姉であれど、幼いが為に強情を張る女の子であった。
「撫子様が意固地に……?」
「意外か?俺も姉上も子どもの頃は精神が未熟だったから、直ぐには仲直りできなくてな」
―でも、あの頃はまだ姉上の方が背も高くて頭も良かったから、姉上が本気で俺のことを責めたら敵わなかった筈だ。—
―そうしなかったのは、既に姉上の方が幾ばくか大人だったからだろう。そいうい意味でも、あの人には敵わない。—
だが、撫子もそのときは十代に満たない子どもだった。そんな姉弟二人の仲を取り持ったのは……
「俺が姉弟喧嘩をした際に、必ず仲裁してくれたのは愛牙と佳鳴絵さんだった」
―あの二人は今も変わらず明朗快活で、周囲まで明るくさせてくれた。—
―特に愛牙は軽率だけど、幼馴染である俺たちを引っ張っていた。—
「あの二人のおかげで、姉上と喧嘩しても数日で仲直りができていた。だが、俺も姉上もずっと二人に頼るのは良くないと、いつからかそこまで大きな喧嘩はしなくなった」
―そもそも、姉上は花嫁修業。俺は連火家の後継としての勉学と神通力の扱いなどを含めた戦闘訓練で、喧嘩する暇すら減ったのだが……—
「それから姉上は勿論のこと、小さい頃からの友人と大きな喧嘩をすることは無かったが、姉上の婚姻関係で一度愛牙と仲違いしかけたことがある」
―撫子様の婚姻時に?やはり、撫子様の嫁ぎ先はとても厳格なのでしょうか……—
―でも、それがどうして煌龍様と稲妻様の仲が険悪にあるような事態に?—
「姉上は今、虹帝の弟である副虹様のお内儀な訳だが――」
「ちょっと待っていただけますか」
珍しく人の言葉を遮る白彩。煌龍が言った内容に頭が追い付けていない様子。
「えっと……今、撫子様が虹帝の弟の妻だと仰ったのでしょうか?」
「あぁ」
「つまり、撫子様は現在虹族の人間ということでしょうか?」
「そうだが……そういえば、まだおまえに言ってなかったな」
「は、はい……。聞いていません」
言っていなかったどころの騒ぎではない。閉鎖的環境で育った白彩でも虹族がどれ程、色彩虹國に於いて貴い血族なのか知っている。
神が地上に堕ち、人間の瞳に宿る以前のまだ國家の名が改名されていない時代より、國の頂きに立つ一族。彼等は、色彩眼に由来する神々より以前の太陽神の血を引く人間の末裔であり、唯一虹色に輝く色彩眼を保持している一族であった。
撫子自身に虹族の血は流れていないが、彼女は現虹帝の弟のお内儀。そして、先日撫子と共に連火家に来た七秋は紛れまなく虹族の男児。
支乃森家に閉じ込められていた白彩にとって虹族は想像を絶する程に遥か頭上の存在であるのに……
―知らず知らずの内に虹族の方々とお会いしていたなんて……ど、ど、ど……どうしましょう……—
白彩は、自分のような色無しが虹族へ会い言葉を交わしたのだと考えると気が遠くなりかけた。
内心このときばかりは……
―どうして、トキさんと焔さんはこのことを教えてくだされなかったの……—
撫子と七秋が屋敷に来訪する前に何も言ってくれなかった二人を恨めしく思った。
―あっ……でも、考えてみたら、おいそれと虹族の話しを部外者に話すことは許されていないわよね……—
二人の事情を考慮せずに憤懣した少し前までの自分を恥じる。しかし、トキと焔は、白彩のことを部外者とは思っておらず、連火家の一員と認識している。撫子と七秋のことを言わなかったのは、煌龍の口から伝えるべきと考えていたから。
「実は姉上、元々は愛牙の婚約者だったんだ」
「えっ……」
続けて煌龍述べた撫子の婚姻事情に白彩は困惑する。
「姉上が九つのときには決まっていたのだが、家の事情で
普段無表情な煌龍だが、今はとても険しい顔をしている。
「母上だけでなく、姉上の人生まで搾取する
奥歯を噛み締め、血走った眼をする煌龍は正しく『冷酷な炎』。
「元々、いけ好かなかったが、実の娘にも興味を持たず、不幸な婚姻を進めようとした。父親として最低な人間だ」
当時のことを思い起こすだけで、父親への憤怒。
「だが、同時にずっと俺のことを気にかけてくれた姉上に何もできない自分が情けなかったた」
そして、無力な少年でしかなかった自身が慚愧に堪えない。
「それは愛牙も同じだった。嘗ての婚約者が誰とも知れぬ男に嫁がされるのだから」
「……あの?撫子様と愛牙様が一度は婚約をした間柄だったということは……お二人は思い合っていたのでしょうか?」
「いや。婚約はあくまでも家同士の利害一致で結ばれたものだからな。少なくとも姉上にそんな感情は無かっただろう」
―そもそも、姉上はあの頃。別に好きな人が居たらしいから。—
撫子の婚約相手が友人の愛牙だから、一度煌龍は姉に愛牙のことが好きなのか聞いた。自分たちの母親が連火の家に嫁いで死んでしまったから、姉の婚姻も上手くいくか少し心配していた。
『愛牙くんには悪いけど、あくまで友だちとして好きなだけなの』
幾ら信頼の置ける愛牙とはいえ、好いてもいない男と結婚させられる姉が不憫だった。だが、女は親や家からの命令に従うしかない。
『姉上はそれでいいのですか?俺にできることはありませんか?』
当時の煌龍は父に対抗できる力を何一つ持っていなかった。今でこそ、邪神討伐第一部隊隊長という盤石を有している。だからこそ、白彩との婚約も押し通せているが、このときの煌龍は姉の為に不可能と理解していながらも撫子の返答次第で愛牙との婚約を解消する手立てを考えていた。
しかし……
『煌龍。私ね、他に好きな人が居るの』
『だったら、余計に愛牙との縁談は断った方が――』
『私があの方と結ばれることは絶対に無いから』
『えっ……』
『愛牙くんには利用しているようで申し訳ないけれど、好きな人以外の人と婚約をした方が諦めが付くから。まだ、子どもである今の内に婚約して良かった。早い内から、
―結局、姉上の意中の殿方が誰だったのか聞けずじまいだが、他に好きな人が居る中で姉上は……—
「親が決めた婚約だったが、姉上は心の底から愛牙のことを懸命に愛そうとしていた。なのに婚約解消後、愛牙は最初こそ
―それどころか、姉上との婚約が解消してから、アイツは女遊びに興じるようになった。—
それ以前は喧しいが、周囲までも明るくする底抜けに良い友人と煌龍は思っていた。掌返しで姉以外の不特定多数の女性を相手にする愛牙を見たとき、自分までもが裏切られたようだった。
「その上、元から愛牙とは
幼馴染だからとすべての意見が一致する訳ではない。
「姉の件は副虹様の温情で、あの方が代わりに娶ってくださった。しかし、それでも俺は愛牙を許せなくて、暫くアイツとは口を利かない気でいた」
「稲妻様の間にそんなことが……」
白彩は何処と無く自身と撫子の婚姻の背景を重ねる。助けなど見えず、自分ではどうすることもできない中、高貴なお方に救われ婚約する。
結局その道も、彼女たちに選択権は無かった。しかし、白彩は色無しであることに加えて母親に関係する支乃森家の闇を抱えて生きてきた。撫子は一見すると連火家の令嬢という名家の出身だが、一度婚約を破棄された身の上、母親が先帝により零落した一族。
嫁に貰っても得など無い。余計な火種を生みかねない。それでも、煌龍と副虹は彼女たちを選んだ。
一方、愛牙に対する認識はあまり良くないものとなっていた。はじめて会ったときから、不躾で遠慮が無い愛牙に少々苦手意識のあった白彩だが、煌龍から今の話しを聞くと評価できるところが無い。
続けて煌龍が語る愛牙の人柄は白彩が思っていた以上に無遠慮なものだった。
「だけど、愛牙はかまわず、俺に話しかけたな」
「え?」
「俺がどれだけ無視しても、気にせず声をかけて。訓練校でアイツの方が先輩なのに、座学でわからない問題教えてくれって泣き付いてきたり、俺と喧嘩している自覚すら無かったようで」
「それは、また……」
白彩は脳内ではじめて愛牙と会ったときのことを再生する。煌龍の婚約者だからと、初対面の女性に迷い無く声をかける姿は、今煌龍語る無礼極まりない姿と同じだったのだろう。
「だが、そんないつも通りの愛牙を前に、何だが裏切られたとか、相容れない価値観や姉上に失礼などと胸に居座っていた怒りがいつしか抜けていた」
―それに、姉上も愛牙を好きになれなかったから、自分には婚約解消後のアイツの態度を咎める権利は無いって言っていたからな。—
「それでも納得のいかないところはあったが、あの馬鹿が姉上の次の縁談先の家を雷で木端微塵にする計画を立てていたことに気付いて、それどころではなくなった」
「こっ、木端微塵!?」
「あぁ……。暴走する前に佳鳴絵さんと二人で止めたが、俺たちの隙を見ては屋敷を抜けて計画を実行しようと諦めなかった。そんなことに執念をかける暇があるのなら、俺に教わるのではなく、自分で課題などをやってほしいと思った」
当時のことを思い出す煌龍の顔からは疲労感が滲み出ていた。それだけ愛牙の暴走を止めることに苦労したことが窺える。
「幸い、愛牙の上の姉君である春雷さんが止めてくれたおかげで何とかなったことと、愛牙を稲妻家の屋敷に閉じ込めている間に姉上と副虹様の結婚が決まった」
因みに春雷が愛牙を止めたというのは物理的に意味であり、屋敷に閉じ込めたのではなく。外へ出れない程の外傷を負ったということだった。
「少し話しが脱線したが、幼少期姉上と喧嘩したときも姉上の婚姻関連で愛牙と気まずくなったときも、喧嘩以上のことにならずに済んだのはいつも愛牙のおかげだった」
煌龍は普段、愛牙を窘めることが多いが、自然と人と人との間を取り留める彼を信頼している。
「自分以外の他者と何かあったとき、誰かが動かなければ、事態は停滞したままだ」
次の瞬間には白彩に視線を向け、「無論、行動次第では好転どころか、裏目に出てしまうこともある。しかし、動かなければ何もはじまりはしない」と瞳で訴える。
だが、火のように燃ゆる強い眼光は立ち消えるように衰えていき、「まぁ、こんなことを言っても、俺自身は誰かの行動に突き動かされた側だ。そんな人間に助言をされたところで、不愉快だろうにな……」と投げやりな言葉を吐く。
「……そんなことはありません」
「白彩?」
「わたくしは人と正面から向き合ったことが無くて。そんな、関係になれる人も居ない人生でした。だから、蛍さんを怒らせてしまい、どうすべきかわからず、泣くしかなかった。けれど、煌龍様はそんなわたくしに寄り添ってくれました」
「それは人間として普通の行動だと思うが?」
「いいえ。今し方、煌龍様が仰ったでしょう。『自分以外の他者と何かあったとき、誰かが動かなければ、事態は停滞したままだ』と。この言葉を教えてくれる前に煌龍様はわたくしを悲しんでいる心ごとを抱きしめてくださいました。このとき、煌龍様は既に動いていたんです。わたくしはそれが凄く嬉しかったんです」
今度は白彩が瞳を強く光らせ訴えている。神力が無い、無力な筈の眼であるのに、このときばかりはその白い瞳は誰よりも力強く思える。
―ときおり、白彩の瞳は誰にも勝る不思議な輝きを放つ。—
歌舞のときが一番そう思えるが、煌龍は自分の方こそ白彩が寄り添ってくれるときに彼女が向ける優しい白い眼差しが暖かく心惹かれる。
「それに、今の言葉でわたくし自身が動かなければならないのだと気付かされて、その……凄く衝撃的で。助言をしてくださって、ありがとうございます……」
急に恥ずかしくなったのだろう。顔を赤くさせ、オロオロと視線を彷徨わせる。
そんな白彩を眼にした煌龍は無意識に彼女に顔を近付けて口付けをする。
―えっ、え……—
唇に当たる柔らかい感触に白彩は戸惑う。時間は一秒程度の筈だったが、数時間にも感じられた。
「あっ……その、すまない……」
「い、いぇ……」
唇を話した途端、今度は煌龍が言葉に詰まる。表情に目立った変化は無いが、内心焦っていた。
「……」
そのまま無言で部屋を出る煌龍の背中を見詰めながら、白彩は漸く彼から接吻を受けたことを理解した。そのときには彼の人は完全に部屋から出ていた。
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