第12話 仇敵との遭遇
――――穏やかな午後の昼下がりに邪魔が入るのは……やはり憂鬱である。
「キアラ!何故貴様が城にいる!」
げ……。この不快な声は。
げんなりとしながら振り向けば、そこには相変わらずごてごてに着飾ったヴィクトリオがいた。
キャルロット公爵であるお父さまもそこそこ趣味が特殊だが、あれは着なれているからいいのだ。ヴィクトリオは完全に……服に着られていた。いや、宝石が主役で、本体が飾りと化している。
王妃やヴィクトリオと対立関係にあるフィーの離宮には、こいつらが堂々と乗り込むことはできないだろう。できるとすれば薬師を買収してみみっちぃ嫌がらせをする程度。今はその薬師も罷免されたようだ。当然だ。王族に分不相応な薬草をわざと提供したのだ。
例の薬師も追い出されたしと安心していた矢先に……これである。
「お答えする義務はございません」
まさかこんなところで会うとは。確かに私も城の中で生活している。しかし城とひとことで言ってもその土地は広大だ。
そして真面目なお仕事スペースにはこのバカは来ないと思っていた。
私の執務室には命令するために来たが、今回私が訪れたのは、財務部だ。
まさか……予算を直接もぎ取ろうと……?仕事しないくせに自分の都合のいい時には乗り込むってわけ……?
「何だと……っ!?」
そして案の定、私の言葉に激昂するヴィクトリオ。しかし、今までのように機嫌をとらないといけない理由はないのだ。
私はもう、あなたの婚約者じゃないし、婚約者だからって機嫌をとらないといけないのも変な話である。
「キアラのくせに……!」
だから何だと言うのか。てか、名前も呼ばれたくないのだが。
「そうだ……お前……っ!」
「何でしょうか」
冒険者としてアッパーキックしてやれば一瞬で終わるが、城内ではそうはいかない。
「カシュミアの生地を手に入れてこい!」
「……はぁ……っ!?」
「役立たずのお前への、私からの命令だ!どうだ、嬉しいだろう!」
何を言ってんの、このバカ王子。あと、命令される覚えはない。
「そんなものいらないので結構です」
「……ちょ……待て……っ!」
颯爽と立ち去ろうとすれば、ヴィクトリオが手首を掴んでくる。
さすがにこのごてごての宝石だらけのヴィクトリオの手の甲に手刀を振り下ろすのは……絶対痛いわ。宝石だけは本物だもの。
それに、城内で王子に下手に手を挙げては……マティアス王太子殿下の計画に影響があっては困るし、フィーに迷惑はかけたくないわね。
「少し目を離せば、お前は厄介ごとを引き寄せる才能でもあるのか」
呆れがちにやって来たその人物に、ヴィクトリオが目を見張る。そうよね、私がフィーの元にいることを知らないヴィクトリオは、私がジークさんと一緒だなんて知るよしもない。
今日は執務の引き継ぎの関係で、ジークさんと財務部を訪れていたのだ。王城内の執務とはいえ、いきなり私がフィーの名代として来たら驚かれるもの。
ジークさんは近衛騎士との話で少し席を外していたとはいえ……駆け付けてくださって幸運だわ。ヴィクトリオもさすがにビビっているようだし。あとはさっさとこのヴィクトリオの手から逃れるすべを……考えていた時だった。
「その手を放せ。切り落とすぞ」
次の瞬間ジークさんが背に背負った槍を下ろし、刃をヴィクトリオの宝石でゴテゴテの腕輪に押し当てていた。生身部分じゃないから肌は切れていないけど……ジークさんの槍の刃は……アダマンタイト。冒険者だから分かる。宝石なんて簡単に砕いて破壊するヤバい金属でつくられている。それ相応の重さはあるようだが、それを軽々と扱うところはさすがよね。そしてジークさんの迫力に、ヴィクトリオはハッとして私の手首を放す。
いざとなれば翡翠の腕輪を頼りにもできるが……今回は助かったわね。
「……じ、ジークが何故ここに……っ」
完全にビビるヴィクトリオと距離を取れば、ジークさんが尻餅をつくヴィクトリオの前に仁王立ちになる。わぁ、迫力満点……。
「そ……そうだ……!もしかして……あの病弱なフィーオから、私に鞍替えする決心がついたのか……?そ、そうだ……!そうだろう!やはりあんな病弱なガキよりも私の方がお前の主に相応しい……!!」
いや、そんなわけあるか……!
ジークさんのフィーへの忠誠は相当なものよ!?数ある出世街道なんかよりも、フィーの側にあることを選んだ忠騎士!……思えばあのバカ王子、昔からジークさんが欲しい欲しいと駄々を捏ねていると……噂に聞いた。百歩譲ってもアンタじゃ無理でしょ。
「……あ゛……?」
そしてフィーを悪く言われたからか、それとも自身の忠誠を疑われるようなことを叫ばれたからか、ジークさんぎ本気で殺気を放っている。あの殺気……確実に怒った時のエリオットさんか師匠並みよね……っ!?
「お前が……私を……?ふざけるのも大概にしろ、この腑抜けが……っ!」
「ひぃっ」
ほんと、アンタみたいな腑抜けにジークさんの主は無理よ。少なくともフィーは……ジークさんの本気の激怒にも爽やかに微笑んでいそうだもの。
「行くぞ、キアラ」
「……は、はい!ジークさん!」
最近は小娘……ではなく、名前で呼んでくれるから、私も少しはフィーのお嫁さんとして、認めてもらったのかしらね……?
そう考えると、何だか嬉しいなぁ。
呆けているヴィクトリオは完全に無視して離宮に戻れば。離宮に残っていたレナンとフィーが迎えてくれる。
「やぁ、ジーク、相変わらずしつこくて大変だったね。キアは怪我はないかな?」
「うん、もちろん」
フィーはまるで見ていたかのように、何も言わなくても先ほどのことを知っているようだ。例のGPS魔法の一部だろうか……?
「しかし……」
フィーが私の手首をとり、優しくさする。そこはまさに、ヴィクトリオに掴まれた部分。魔物に掴まれたなら思いっきり反撃すれば何とかなるけど……あのバカ王子に触れられたのは……。
そう思い悩んでいれば、フイニフィーが私の手首に唇を近付ける。
ちゅっ
へ……?
「……消毒」
「ひゃあぁっ!!?」
いくらなんでも突然すぎる~~~~っ!
――――だが。
「ありがと……」
フィーに口付けを贈られた特別な思い出が、全てを塗り替えてくれるわね。
「ふふっ、当然だよ」
このひとの隣にいれば、嫌なことも、全部忘れてしまえそうね。
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