先輩、好きなので付き合わないでください!

WA龍海(ワダツミ)

はじめまして、好きです!



「……今、なんて?」


 紺色のブレザーを着た男子は困惑の表情を隠すことなく、目の前の女子へと訊き返した。

 男子は今しがた、目の前にいる後輩と思しき可愛い女子に告白をされた……はずだった。

 はずだった、というのは彼の耳に届いた告白の言葉がえらく奇妙な文言だったように聞こえたからだ。そこでこの男子は自身の耳が正常に稼働していない事を疑って、聞き間違いという結論に至ったわけである。

 そんな彼の思いとは裏腹に、目の前の女子はもう一度同じ言葉を口にした。


「はじめまして、先輩! 好きです! 付き合わないでください!」

「聞き間違いじゃなかったかー……」


 入学式が終わり、束の間の休憩時間。

 春の陽気に包まれた四月の中庭で、初対面の女子からの意味不明な告白台詞をあらためて聞いた男子は天を仰いで溜息を吐いた。


 聞き間違いではなかったことが確定したことで、男子の困惑はさらに極まった。

『はじめまして、好きです』というところまでなら、まだギリギリ分かる。

 一目惚れということもあるだろうし、勢い余ってその場で告白というのは時折聞く話だからだ。

 しかし問題は後半の部分である。

 好きだと言っておきながら付き合わないでほしい、とは一体どういう考えでその言動に至ったのだろうか。


「ええっと、きみ。名前は?」

貫井ぬくいひろです! よろしくお願いします!」

「僕は高松たかまつ灰人かいと。よろしくね」


 目の前の女子、広は元気な挨拶と同時に思い切り頭を下げた。

 綺麗に腰を90度曲げた深々としたお辞儀に男子、灰人は驚きつつも負けじと自己紹介を返した。


「灰人先輩! 素敵なお名前ですね!」

「ありがとう。……名前を知らなかったってことは、やっぱり僕たちは初対面なんだよね?」

「そうですよ?」


 何を当然のことを、とでも言いたげに広の丸い瞳が灰人を見つめる。

 そんな彼女の様子に灰人は眉間に皺を寄せ、何か言いたげに口を開くも、飲み込むようにして閉口した。それから「ごほん」と咳払いを一つして、次の質問に移ることにした。


「きみは僕に一目惚れをした、という認識でいいのかな」

「はい! 一目見て恋に落ちました!」

「そ、そうか。ありがとう」


 あまりにも真っ直ぐな肯定の返事に灰人の顔は赤く染まった。

 意味不明な告白とはいえ、可愛らしい女子に素直な好意を向けられて悪い気はしない。それどころか容姿だけで言えば灰人にとっては好きなタイプだった。


 灰人は照れくさそうに目線を余所に向けてから、ハッとして頭を振るった。

 一瞬だけ嬉しさが困惑を上回ってしまったらしい。すぐに正気に戻り、広のペースに飲まれないためにも一番重要な疑問を投げかけることにした。


「それで……『付き合わないでください』というのは、一体?」

「そのままの意味です。付き合わないでください」


 オウム返しのように広が言葉を返してきたことで灰人の混乱はさらに加速した。


 そのままの意味とはどういうことだ。

 付き合う、というのは直前に好意を伝えているという話の流れからして男女交際、及び恋愛関係に至る事を指しているのは間違いないだろう。

 それをそのまま当てはめてしまえば、『私は貴方に好意を抱いているが、交際に至るのは嫌です』ということになる。本当に訳が分からない。


「灰人先輩。それで、お返事は?」


 上目遣いで可愛らしく告白の返事を催促する広に灰人は「うっ」と声を漏らしそうになった。

 目の前の女子から伝えられた言葉の真意を汲み取るために灰人は頭を回すが、答えにはまだ辿り着けていない。というか、どう返事をするのが正解なのかがまず分からない始末。もはやお手上げ状態であった。


 しかし催促されて返事をしないのも男が廃るというもの。とにかく急拵えでも何か話せることを……と、思考を巡らせたところで灰人は話の大前提として当然の事を思い出した。

 灰人と広は今出会ったばかり。初対面であるということである。


「……返事をしてあげたいところだけど、僕はまだきみの事をよく知らない。だからもう少し、交友を深めてからでもいいかな?」

「はっ……それもそうですね! ではお友達からということで、これからよろしくお願いします!」


 前提に気がついた灰人はさらりと返事をして、広もそれに元気よく同意すると中庭から去っていった。

 春の嵐の如く通り過ぎ、去っていく広の背中を見送りながら、灰人は『なんとか誤魔化せた』と人知れず安堵の息を漏らした。

 同時に、本当に意味のわからない告白だった、と少し笑ってから呟いた。


「でも、可愛い子だったな」


 ぽかぽかとした春の日差しに溶けそうな小声でそう言ってから、灰人も自分の教室へ向かったのだった。



 それから数分後。

 一年生の教室にて、広は帰り支度をしながら中学からの友人と話をしていた。


「ということで、告白してきました!」


 話、というよりも先程の告白劇を報告している。それを聞かされた彼女の友人は「ふうん」と感心したように声を出して続けた。


「入学したその日に惚れて、すぐに告白なんて本当に真っ直ぐね、あんた」

「あはは……でもまだよく知らないから、まず仲良くなってからって言われちゃった」


 頬を少し染め、照れたように報告を続ける広に友人は「それはそうでしょうね」と相槌をうった。

 断られなかった事に安堵しつつ、嬉しそうに顔を綻ばせている広に対し、友人は確認するように疑問を投げかけた。


「それで、なんて言って告白したの?」

「そりゃあもう、好きです! ってシンプルに」

「それだけ? そそっかしいあんたの事だから他にも言ってそうだけど」

「ええっと、実は……付き合わないでください、って言っちゃった」


 照れくさそうに顔を赤くして告白の台詞を復唱する広に対し、友人は『何言ってんだこいつ』とで言いたげな表情を隠すことなく「はぁ?」と声にした。


「いやいや、それどういう意味よ。意味わからんって」

「え? そのままの意味だよ。『付き合わないでください』ってこと」


 灰人を混乱に貶めた言葉の意味を広は当然のことのように解説した。

 そんな彼女に友人は溜息を吐いた。


「あんた、それちゃんと先輩に話した?」

「え? どうして?」

「……はぁ」


 首を傾げる広に友人はさらに溜息を吐いた。

 先程この友人が言った通り、広はそそっかしいところがある。一目惚れしたその場で行動を起こしたり、想いを告げるのに必死で主語を抜いてしまうといった点でそれが如実に現れてしまっていたのだ。


「多分それ、伝わってないと思うよ」

「……え?」


 それから友人は広の悪癖とも言える話し方を指摘した。

 広は告白した高揚感から主語を抜いていたという事実に本気で気がついていなかったようで、友人の指摘によってようやく事の重大さに気がつき、愕然とするのだった。




 



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