フィクション

ぺんてる

1話目

俺が彼女、細野夏希に出会ったのは小学五年生の頃だった。転勤族の夏希は、俺の家の隣に引っ越してきたのだ。

 彼女は読書家で、少し無愛想で、誰にも汚させない美しさを持っている人間だった。彼女に対して、全くと言っていいほど不釣り合いな俺だったが、親の要らない気遣いのせいでよく交流していた。本なんて微塵も興味がなかったが、彼女が楽しそうに本を読むものだから、学校から帰ってくると、よく夏希から本を借りて読んでいたものだ。

 

 その日もいつもと同じように、夏希の部屋でどの本を借りようか選んでいると、いつもはあまり喋らない彼女が口を開いた。

「私ね、いつか自分で本を書いてみたいの。ハッピーエンドで、みんなが幸せな本。でもみんなに見せるのは恥ずかしいから、まずは相馬くんに見せるね。」

唐突に発せられた言葉に数秒戸惑ったが、その言葉が俺はとても嬉しくてたまらなかった。不釣り合いだと思っていた彼女に、これほど信頼されているなんて。

「そしたら俺が1番最初に夏希のファンになるよ。」

そうすると彼女は恥じらいを帯びた顔ではにかんだ。


 それから俺たちは夏希の部屋で、たくさんの世界を創造した。今思えば稚拙なハッピーエンドだったが、あの頃の自分たちはとても完璧な物に見えた。それが楽しくて楽しくて仕方なかったんだ。

 そして、物語がいくつか出来上がるにつれ、俺と彼女の仲も深まっていった。毎日夏希の部屋に行き、二人で真剣に本を書いて、いつか出版できたらどうしようなんて笑い合って。まるでこれも物語の一部なんじゃないかってぐらい幸せだった。きっと、あの時一生分の運を使い切ってしまったんだろう。

 

 俺たちの日常は唐突に終わりを告げられた。

いくらハッピーな物語だとしても、エンドは必ずやってくる。それが幸せな人生を過ごした、俺のための代償だ。


 夏希が引っ越すことになったのだ。次は隣の隣の県に行くことになったのだと、泣きながら夏希は俺に話した。わかってはいたんだ。夏希が色んな町を転々としていたから、もしかしたらここもいなくなるんじゃないかって。でも小学生の自分には、その事実を受け止められなかった。

 「引っ越すのは小学校を卒業してからだから、あと三ヶ月ぐらい仲良くしてあげてね。」と夏希の家を出る時に彼女の母親に言われた。「言われなくてもそうするに決まってるよ。」とだけ答え、涙を必死に堪えて隣の自宅へ駆け込んだ。この後は1日が終わるのが苦痛で、鬱々とその三ヶ月を過ごした。

 そして彼女はこの街を出て行った。



 


 

 


 

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