第1話

 四月下旬。快晴の空の下、僕は自転車を走らす。坂道を駆け上がっていると自転車のベルが時々鳴る。自転車を走らせ続けると真っ白な校舎が見えてきて何の合図かもわからないチャイムの音が聞こえてくる。


 自転車置き場に自転車を停めて、昇降口にある下駄箱でローファーから上履きへと履き替える。


 挨拶を交わしながら階段を上がり、3階にある2年A組の教室に入る。


 僕の席は窓際の一番後ろにある。だからなんだと思われるかもしれないがくじ引きで決まったのだから仕方ない。まあ、この席は居眠りをしてもバレにくいので気に入っている。


 友達はおらず、作らず、作れない。

 中学の時から僕は幼馴染以外とは話さないで空気のように生きてきた。

 特に困ることは今までなかったが幼馴染とは違う高校に進学したのでツケが回ったようだ。


 頬杖をついて窓の外の景色を眺める。別に水面がキラキラと輝く海が覗ける訳でもないが僕はこの席から見える広大な青空が好きだ。僕のテストの点数が伸びないのもきっとこの席から見える青空のせいだ。


 ホームルームが始まり、授業が流れて、昼休みがやってくる。

 僕はさっさと一人昼飯を終えて図書室に向かおうとする。


 廊下で僕は女子とぶつかってしまった。

 彼女の手から滑り落ちたのは藍色のブックカバーに包まれた文庫本だった。


「ごめん」


 僕が謝り、落ちた文庫本を拾い上げ目を見開く。

 それは僕が書いた小説だったから。


「……この本、好きなの?」


 僕が聞くと彼女は目を宝石のように輝かせて頷いた。

 そして、僕の右手を両手で握ってきた。


「大好きです! 有原こう先生の作品が大好きなんです!」


 久しぶりに聞いた僕のペンネームは今の僕の状況とは掛け離れた名前だった。


「そうなんだ」


 僕にはそれ以上に言えることがなかった。

 自分がその本の著者ですと自慢する気にも一切なれない。

 この場から早く立ち去りたいという想いだけで僕はそう言った。


「小説、好きなんですか?」


 好きだよと言えば良いだけのことだった。

 それなのに僕は違う答えを口にしてしまう。


「大嫌いだ。小説も、有原光も」


 彼女は口を開く。


「じゃあ、小説の魅力を。有原光の魅力を私が沢山教えてあげますよ!」


 甲斐かい望美のぞみは満開の笑顔でそう言った。











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