第二章【11】
【十一】
手を握られて、家路につく。
とりあえず危機は去った。
二人では広く感じていた家に、とりあえず居候候補を連れてきた。
初めは打ち負かしてふん縛って連れてきた場所だが、身寄りのない盲目の暗殺者に選択肢は少ない。
「牙と目、どんな風になってるの?」
こちらに顔を向けないままに少女は質問した。
「光って鋭くなった」
真田剛毅の姉と同じだった瞳と歯、それが爬虫類の金色と、尖った犬歯になっていた。
真田桃香を維持していた魔法。
それが解かれてこうなったが、真田剛毅が戻らないのは純粋に修行が足りない。
キューティクルスターを倒すのに、考えなしに魔力を使いすぎ、日常の姿に戻らなくなった。
今も、ゲップが出る感覚で口から焔の粉が出ている。
無理矢理に目覚めた
「なんてことはねえよ」
「これマシュマロ焼ける?」
「たぶんムリかな」
そう言っていると、爪楊枝が刺さったマシュマロが口元に差し出された。
火の粉が白いフワフワにかかっても、焼ける様子はない。
遠が特に気にすることなくそのまま食べた。
「おいしい」
「とりあえず良いこともあったな」
暗殺者として生命を狙った少女。
彼女をこれからどうするかは、母とも話し合わないといけないだろう。
保護者がいない、行く場所もない、前科だけはある。
そんな少女に行く宛はない。
真田剛毅が家に来るように誘った。
だから来たのもあるが彼女の舞踊は、少年の魔力の暴走を鎮める効果があった。
桃香には通じない恐らくは少年にだけの効果だったが、それでもこれからの生活において、絶対に逃せない特技の持ち主だ。
「まあとりあえずはお前の部屋の準備をしようか」
「キミと同じでもいいけど。看病してた時はそうしてたし」
なんてことのないように言うが、それでいいわけがない。
ここは真田家、真田静とその両親が使い、自分もいた場所だ。
蒸発した静の父が使っていた部屋が物置として残っていた。
「とりあえずはお前の部屋を用意するけど、食事をしてからにしていいよな。先にシャワー浴びとけ」
ほとんど勝手に決めた形になってしまい、何か言われるかと思ったが、反論はない。
代わりに剛毅の腕を掴んで、鼻をスンスンさせた。
それから顔を顰める。
「キミも臭い」
「俺も浴びるけど、こういうのは客が先だ」
居候もシャワーもイヤだと暴れてケツを蹴られるくらいの覚悟はしていたが、何もなくて胸を撫で下ろす。
昔、捨て猫を拾わずに通り過ぎた時、それを知った妹にケツを蹴られたものだ。
あの時から、妹の兄への遠慮が消えたように思う。
こうして考えると本当に実の血の繋がりがあったはずの家族との過去がなく、すべては子の家、母と、ここにはいない妹との思い出のみだった。
使い魔だっただの、何だの言われ、母への怒りに心が乱れた時は、もうここに帰れないと思っていた。
行く宛がないのはそもそも、真田剛毅もだった。
ここが家なのだ。
自分はここ以外の家族はいない。
ある種の不可能性の受容が、むしろ安心をもたらす。
「さあて、じゃあご飯の用意をしましょうか」
遠がシャワーを浴びに行き、妹用の服を着替えとして置く。
ガラスの向こうでは湯気が立って“あ〜〜”と、安堵に満ちた声がした。
「じゃあ……なんか軽く作るか!!」
気合を入れ、真田剛毅はキッチンに立つ。
家に上がってい母が包丁の入った引き出しを開けようとして、取っ手を握れず空を掻く。
なんとか無理矢理に存在をさせている今の真田桃香は、この世界の物質に干渉ができない。
魔法少女になって周囲を魔力で満ちたフィールドを拡げなければ、物理干渉は不可能。
そして、それでも出来るのは騎士として“防衛”することだけだ。
「俺がやる」
「ええ、大丈夫?」
「だって、今は俺が覚えるしかねえし」
「ごうちゃぁん……おとなになったのねえ」
スケスケの母が手を組んで瞳を潤ませた。
こうしているとお互いに人間の見た目じゃなくなったのを除けば、何も変わっていないように思える。
しかし、一歩、踏み出さねばならないことがあった。
これは、この家族が健全になるための重要なことだった。
裡から見ているだろう姉をガッカリさせないためにも必要なことだった。
一歩半の間合い。
胸を張って背筋を伸ばす。
背は届かないが、それでも少しは並びやすくなった気がした。
「お話があるぜ」
「……はい」
息子が一大決心をして、重大なことを切り出そうとしているのを識り、母も姿勢を正す。
こうして母を見ているとやはり恐れが出てくる。
上辺のツッパリをいくら重ねても、超えられなかった一線。
今にしてようやくわかった。
真田剛毅のこの躊躇いは、母にこの家を追い出されるかもしれないという恐怖だ。
自分にとっての実質的に唯一の家族に、帰る場所から締め出されるかもしれないという葛藤だ。
情けないことに、どれだけ姉や現場や、素性が奇異であっても、少年の心を縛っていたのはずっと“里子にありがちなもの”でしかなかった。
「暗殺者に襲われて、遠を捕まえてから脅しまくっただろ。あれ、ちょっとやりすぎじゃない? もう戦う気はなかったんだし」
「…………それじゃあ何かあったらどうするの? もしも貴方の妹がいたら? あの子は戦う力がないのよ」
掠れた声。
恫喝されたようにも思える。
気の所為だ、母は過保護なだけで、子供を脅すつもりはない。
「それはこれから一緒に考えよう。あと、俺に隠し事とかはなるべくやめてくれ。大人の話とか、秘密とかはもう抜きだ」
「つまり、貴方に大きな責任がのしかかるってことよ?」
母の魔力に触れ、彼女の過去を識った。
大切な人、家族を守ろうと藻掻き、恐怖に耐え、ついには悪しき方向へ誘われた。
最後は決別したと言っても、それが折れた
真田剛毅視点でも強い人間の代表例である彼女が。
次は息子である自分が頑張る時だ。
「俺にお任せしてくれ」
静かで、試すような目。
これまではこの無言の試練も、剛力も腰を抜かすばかりだった。
彼女に直接”俺はもう強いんだぜ”と言うことができず、代わりに適正ゼロにツッパった。
迷走。結果的にはそれが自分になったがそうとしか思えない回り道だった。
だがもう違う。
自分は彼女の家族だ。
そして、魔法少女だ。
姉の願いを受け取った弟だ。
強い母の息子で、彼女の娘である妹の兄で、飄々とした踊り子の友人だ。
「わかりました」
「やった……!」
「でも条件があります。これからはもっと貴方を追い込んで強くするようにします。それでもいい? 修行メニューはママが負荷、休憩のペース、プロテインの配合、着用するウェアまで全て指示するの」
「わ、わわわ、わかった」
「貴方にかかる訓練での肉体的負荷。修行は全部私が計画します。それで、私くらいの強靭さを持ってください。持たないと、一人前だと思えません」
“あ、それじゃあいいです”と、反射で返そうとするのを、理性で堪えた。
母のような豪傑になるための訓練。
想像もできない。恐怖でブルって震える、震えている。
だが彼は心を突っ張った。これほど自分の度胸を褒めたくなった日はない。
「余裕だ」
桃香は子供を抱きしめる。
飽満な肉体の感触はなくしているはずだが、不思議とぬくもりがあった。
こうしていると鼻の奥がムズムズとしてツンと辛味を覚えた。
目がしょぼしょぼする。
「寂しいわね。なんだかごうちゃんがどんどん遠くに行っちゃいそう」
「それはねえよ、母さんを元に戻さないといけないし。それまではずっといっしょだ」
母が解放し、息子は初めてキッチンに立つ。
これまでは母の背中越しにしか見たことがないもの。
思ったより空間が広く、それでいて複雑だった。
どうすればいいのか、ぼんやりと立っていると、母が耳元で楽しそうに囁く。
「大丈夫。ママが手取り足取り教えてあげる。初めてなんだもの」
正確には初めてではない、電子レンジ料理はやった。
それくらいしか、過保護な母は許してくれなかった。
今日が初めてだ。
母に立ち向かい、一つのことを認めさせ、そして料理をする権利を得た。
あれほど女々しくて嫌だった魔法少女になった日、その日から大人への道が開けようとしている。
冷蔵庫から瑞々しい野菜を出し、少年は生まれて初めて包丁を握る。
これまで、料理というのは絶対にさせてもらえなかった。
キッチンの調理器具を動かされたくないと言っていたが、結局は兄妹への過保護が原因だったと今ならわかる。
「俺、強くなるよ。だから、見ててくれよな」
そう言って少年は食事の支度に取り掛かった。
とりあえずは、これでお腹が空いたら自分で何とかできる。
それは新しい自分になれた気がするものだった。
一つ、少年は強く慣れた気がした。
「あ、ダメよ。手は猫のように丸めて」
「ハァイ」
それでもやはり。
彼にはママが必要だ。強く、立派な人間になるなら強いママが必要だ。
何故なら、彼は、彼は今、大人への第一歩を踏みしめたから。
子供には無限の未来が待つのだから。
まだ少しだけ、母が行く道を守らないと。
【了】
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女装魔法少年の第一歩はデカパイママ騎士に手取り足取り @salarm69
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