第一章【10】

【十】

「子供の頃には親がいなくて、周囲を彷徨っていたよ。朝から晩まで歩き回って、盗めるものはなんでも盗んだ。見つかったら死ぬほど殴られるけどね」

 拘束を解かれた遠がぽつぽつと語った。

 悲しいことに、先代魔法少女のプリティプディングが世界を救うまでは有り触れた話だった。

 少年には完璧に見えた姉でも、全てを守れるわけではない。

 救えない人々、家をなくした子どもたちはそこら中で彷徨っていたものだ。

 それでも、疲弊しきった時代とは思えないくらいに、驚異的な犯罪率の低さを達成していた。

「下手打って死にかけてたあたしを拾ってくれたのが、あたしのボス。あの人がいろんなことを教えてくれたし、住む場所と食事もくれた。あたしにとっては神様。親同然」

「それで殺しもしたってのか」

 先代魔法少女の死後、犯罪率は激減した。

 万引きも大ニュースになるような時代が確かに到来していたのだ。

 その裏で殺しを生業にする者がいたというのは信じられない。

「どうやって誰にもバレずにやっていたんだ」

 素朴な疑問。

 しかし、母も遠も首を振っtた。

「この時代に本当の秘密というものはないのよ」

「まあ想像しなよ。闇の軍勢がようやく滅んだと言われて、もう焼け野原なところじゃないのを探すのが難しかった状態で全てを把握するのなんて無理でしょ、見えないところってのはかならずあるんだ、まああたしは全部が見えないけど」

 盲目ジョークに白く濁った目をパチクリさせる。

「調子に乗らないでくれるかしらぁ」

「いでっ、いででででで! 頬が砕ける!!」

「あなたが生きているのはねぇ。ごうちゃんの優しさだけのおかげなのよ」

 母が少女の顔を両手で挟み、力を込めた。

 子供の生命を狙ったから当然の話ではある。

 そうなのだが、息子当人にしてみると、これほど冷淡な対応をする母を初めて目にした戸惑いが強い。

 別人のようで怖いと、少年は純粋に思った。

 つくづく母親を怖がっているな、と真田剛毅は心の中で呟く。

 結局はさっきのも、母は息子の意志に従うつもりだった。

 少年はあくまで予定調和じみた意思表示をしたに過ぎない。

 本当に、母と対立する時、自分はきちんと立ち向かえるのか。

 それがどんな時なのかはわからないが、

「それでどうやって交雑乙女になった」

「今月の頭だったかな。力を貰って真田剛毅、魔法少女ナイトスターって名前を教えられて、そいつを殺してこいって命令を貰った」

「それもお前を育てた奴が頼んだのか、他に誰かいるのか?」

 身を乗り出して真田剛毅は尋ねた。

「答えない」

 素直に話していたのは敗者の礼儀と思っていたが、遠は口を閉ざした。

 育てた者への恩義というものだろうか、と真田は思った。

 目が見えない人間だからということは毛頭ないが、彼女は目での感情表現をしない。

 当然だが、話す時にもこちらを見ない。

 そのせいか、他の人間よりも考えていることがわかりにくように思う。

「命の恩人を裏切れないというのはわかる。けどな、お前は殺しをしたくないんだろ? 言葉は嘘をつけても。魔法少女は嘘をつけないぞ」

「とにかく、あたしは絶対にこれ以上は話さない」

「あのなあ……」

 どうにかして彼女に協力してもらいたい。

 相手がどう思っているかは関係なく、少年にとって彼女は初めてのタイマン相手のようなものだ。

 正確にはケツ怪人が最初だが、それはもう忘れたい。

 真田剛毅少年としては、彼女には友情を感じ始めていた。

「そうだ、お前って何の交雑乙女なんだ?」

「特に決めてないけど」

「でも選んではいるんだぜ? 魔法少女とは違う双極の属性ってやつ」

 市長に教えられたこと。

 正規の魔法少女じゃない交雑乙女は、魔法少女の性質を高めるために、相反する属性を選ぶ。

 魔法少女単独では足りない魔力を、それとは正反対の属性を選ぶことで反発的に高め上げるのだ。

 震儀遠も、同じことをして戦っていた。

 舞に連動して炎が生まれ走る交雑乙女として。

「あれは強かった。たぶん、踊り子か? 踊るのが好きなのか?」 

「べつに……ただ気分通りに体を動かすの楽しいから、ああやってみただけ。特に意味もないし、ただの遊びだよあんなの……」

 踊りのことになると、遠の言葉が尻すぼみになっていった。

「じゃあ習ってみろよ。詳しくない俺でもずっと見てたくなるもんだったぜ?」

 そう言われて少女の瞳が大きく見開かれて揺れる。

 魔法少女は魔力に嘘をつけない。 

 暗殺者としての攻撃に一切の魔力が乗らず、舞いには強烈な威力があった。

 それは踊りという自己表現に心が惹かれていることに他ならない。

「で、でもあたしは――――」

  PING PING

 何事かを言おうとした彼女の言葉を奇妙な電子音が遮った。

 正確にはそれに似た異音。

 音の高さ二聞き覚えもあった。

 それがどこで耳にしたものか、少年は思い出せない。

「おいそれは……!?」

 遠の背後の空間に穴が開いて門のようになっていた。

 水がたっぷりと入った水槽の栓を抜いた時のように。

 別の世界への穴が空き、空間・位相が開かれた通路に向かって吸い込まれていく、

「ちょっとなにこれ!? 誰がやってるの!」

「俺じゃねえよ! お前がやってんじゃねえのか!?」

 ベッド、机、椅子が門に取り込まれる。

 天井の電球が砕け、破片が落ちるよりも門に呑まれた。

 その場に踏みとどまるのがやっとな状態で、どうにか遠の椅子も飛ばないように鎖で固定する。

 これがどうして開いたのか。

 目的はどこにあるのかわからない。

 少なくとも、遠を生かす気がないのは確かだ。

「お母さん!?」

 母が門の方へと歩き、腕を遠へと突っ込んだ。

 体の内部、心の臓の位置を穿ち、絶命せしめるはずの動きは、泥から腕を引き抜くようにどぷりと遠から手を離す。

 そこに握られていたのは、アミュレット。

 無数の神々が一どころに密集しているデザイン。

 目を凝らせば、像にある小さな像の胸部が微かに収縮していると錯覚しかねない精巧さ。

「それは!?」

「ペアレンタル・コントロールね。これを持っていれば起動させるだけで空間が開き、使用者を別の空間に移動させるわ」

 母が力を握ると、それはあっさりと壊れた。

「誰が遠にそれを……あっ」

 暗殺者を刺客として送った以上、失敗を知ったらトカゲの尻尾切りに処分されるのは自然なことに聞こえる。

 物語の中でしか知らないが、状況としてはそれが正解に見える。

 すぐに少女の方に跪き、様子を確認した。

「おい、平気か」

「な、なんにも気にしてないし……失敗したら殺すって言われてたし……おじいちゃんはそういう人だって知ってるし……!」

 養親に切り捨てられ、殺されかけたのを、少女は必死に動揺を隠した。

 ワナワナと震える唇が泣きだしそうな形をする。

「お前のじいさんがどんな奴か教えろ。何処にいるのかも。できれば他に抱えている交雑乙女がいたらそれもだ」

「でも……おじいちゃんは……ヤクザの親分だから仕方ないし……源五郎じいちゃん、魔法の力を手に入れておかしくなっているのかも。白鯨組がずっと苦しい状況だったし……きっとあんたを殺してお金をたくさんゲットしたいんだよ。だからあたしが交雑乙女になったんだし」

 育ての親同然の人物に殺されかけたというのは暗殺者にとっても、大きな衝撃のようだ。

 呂律が回らず、目の焦点も合っていない。

 胸が痛む。

 だが、ここで抱えているものを全部吐き出させる必要があると思った。

「そうだ、もっとだ。どんどん話せ」

 かなりのことが理解できた。

 市長の言っていた魔法少女の力を奪ったのは白鯨組の組長・松平源五郎。

 震儀遠が交雑乙女になったのは、自分を殺すため。

 目的は金か。

「魔法少女の首は懸賞金がかかってるから……誰が出すか知らないけど……失敗したら落とし前が必要だから……組への示しもつかないし。そうだよ仕方ないんだよ。あたしは見捨てられたわけじゃないもん。あんたには何も話さないからね!!」

 自らにひたすら言い聞かせて遠は顔を背けた。

 まだ沈黙を維持しているつもりなのには驚きだ。

 それでもとにかくできるだけ話してもらわなければ、背後の騎士が殺しかねない。

 なんでツッパリたる自分がケンカ相手と母親の関係に右往左往しなければならないのか謎である。 

「いいから何でも良いから口を動かして思ったことをそのまま垂れ流せ、速く速く。やらねえとぶっ殺すぞ!」

「さっきあたしがそう言っても殺さなかったのに?」

「なんでそんなこと思い出す方には頭まわんだよ!」

 母騎士の存在を強く意識した。

 沈黙を保っているが、彼女は前言を撤回しないタイプ。

 指を千切るかはわからないが、殺さないだけで“協力的な姿勢”を見せないなら何をするか予想できたものではない。

 敵からの刺客がこちらに協力する姿勢を示さないなら、この場で頭を握りつぶしかねない。

「よくわかったわぁ」

 だが騎士にして、一家の主である女性は納得した。

 いつものニコニコふわふわに戻ったが、不穏なようにも見える。

 彼女が何を考えているのか知りたかった。

 部屋を見渡し、散らかっている床を見て話題を変えた。

「それじゃあ、後でこの子をおうちに送ってあげましょうね。ママ、ちょっとお洗濯とお掃除するわ」

「「おうちぃ!?」」

 命を狙われた者と狙う者が異口同音に叫んだ。

「そうよぉ。女の子が遊びに来てるんだから、帰る時は送ってあげないと! 初めてのごうちゃんのお友達なんだものぉ」

 両手を合わせ、ニコニコして母は頷く。

 本心のはずはない。

 しかし、どこに意図があるのかわからない。

 とりあえず少年はなるべく舐められないように胸を張って言った。

「よ、よっし! 俺に任せ――」

「当然ママも行くわ! 子供同士が仲良くなったら次は親同士の出番だもの」

「そ、それは……!」

「じゃあさっそく準備ね!!」

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