第2話

 数か月後、バルドは退院し職務に復帰していた。

しかし、組んでいたチームはなく事務作業やほかのチームが保護した生物の治療や世話をする日々だ。内勤メインでも人手不足により忙しいが、バルドは無理にでも空き時間を作っては資料室に通い続けた。


「10年前までの犯罪記録の確認はしたから・・・今日はこの記録からか」

 高い天井いっぱいに作られた記録棚を見上げる。最上段などは遠くて線にしか見えない。ここには過去100年分の犯罪記録が保管されているから当然だ。

バルドは色褪せかけた11年前の犯罪記録に目を走らせた。

 1時間が経過しバルドの休憩時間は終了したが、今日も成果は得られなかった。過去の犯罪履歴にマークの情報があるかもしれないというのはバルドの推測だ。

病室でメソンは「―どこかで見たことが」と呟き、慌てたように一旦持ち帰ると濁していた。

 メソンの記憶に残っているとすれば過去に起こった犯罪の可能性は高い。メソンは仕事人間で血液も魔力も仕事でできているような男だからだ。

記録を棚に戻しながら、膨大な記録を保管する棚を見渡す。

事件として記録を精査する場合は管理者に依頼し専用の魔術で記録を呼び出すが、今回バルドは個人的に調べている。管理者へ依頼することができない。そのためコツコツと調べることしかできない。

「そんなに時間をかけたくないんだけどな」

退院とリハビリが想像以上に遅れたこともバルドに焦りを生んでいた。同僚の仇を討ちたいが、敵のことがまったくわかっていない。

「長官に聞いても答えてくれないだろうな」



 バルドは過去犯罪を調べ始めて15日目にやっと目的のものを見つけた。

「あった」

”1896年8月11日 テロ組織によりモーゼ部隊壊滅”

「ー1896年」

バルドは嫌な予感を抱きながら目を下に進めた。

テロ集団による都市大規模破壊計画の情報を受け、敵拠点にモーゼ部隊が緊急派遣された。大規模な戦闘となり死傷者多数となったがテロ行為は防止された。

対応隊員

・隊長:ドラーゴ少佐(重体)

・副隊長:ベルシン大尉(死亡)

・隊員:リレイ大尉(重症)

   :ロードス大尉(重体)

   :カヴィア大尉(不明・死亡推定)

   :ゲダスト中尉(死亡)

「カヴィア大尉・・・・・・父さん?」

うっすらと残る父親を思い出した。最愛の夫を亡くした母が

「ーローニン、カヴィアなんで死んだのよ」

と泣いていた。

”カヴィア”という名はモーゼに配属された父親に与えられたコールサインだ。思わぬ形での再会にバルドはただ文字を見つめた。

「父さん」

気持ちを切り替えてページをめくり、証拠情報一覧に載っていたマークの記述が表れる。

テロ集団の名称及び目的は不明であるが、現場に残されたテロリストの体に刻まれていたことから、下記マークをテロ集団のエンブレムを判断する。エンブレムであると判断した理由は下記の専門家より家紋や紋章、魔術式ではないと判明したためである。

「テロ集団のエンブレム」

 バルドはマークを睨みつけ今後の動きを考える。

現在のバルドの所属は”生物保護局”つまりテロリストや殺人、強盗などの犯罪行為を取り締まる部署ではない。

このテロ集団を追いかけるのであれば、部署変更願いを出す必要があった。

「モーゼなら必ずテロ集団の担当にあたる」

「その通りだ、バルド」

「っ長官」

思ってもみない声に振り返れば入口にメソンが立っていた。

「油断するな、バルド。たとえ庁内であってもだ」

厳しい顔でメソンがバルドを睨む。バルドは常にないメソンの様子に口を引き結ぶ。

「調べがついてしまったようだな」

「はい」

勝手に調べたのはまずかったかと焦るバルドに、メソンは悲しそうに眉を顰めた。

「許可しよう」

「え」

「モーゼに移動したいのだろう?」

「っ、はい!」

「私は移動させたくないんだ。あそこは死に近い。君はまだ若く、そして何より優しすぎる。だが同時にモーゼに適した能力を持っている」


 メソンはバルドに一枚の書類を差し出す。

「だからあの時、思い出したことを君に伝えなかった。もし過去を知り移動を願いを出たらモーゼの移動を許可しようと思っていたんだ。君は必ずそれを希望すると分かっていた」

書類は転属願い書だった。すでに必要事項は書かれバルドが記名するだけで完了する。

書類を受け取ろうと手にしたが、メソンは書類を離さなさず口を開いた。

「バルド、仇のために戦うな。国と仲間、そして自分を守るために戦うんだ。いいな」

バルドはその言葉にはっとなり書類から顔をあげる。

(そうだ、僕はー)

 孤児院に引き取られ暴力に耐えていた時、唯一の友達だった動物たち、成長し出会った恩人、友人。みんなを守りたくて警察官になり、生物保護局を選択したのだ。

(―仇を討つためじゃない)


「長官、ありがとうございます」

 メソンの手が転属願い書から離れた。

「だが、テロ集団の捕縛は私も願っている。力になれることがあれば声をかけろ。そしてみんなで祝杯を挙げるぞ」

「必ず」

 バルドはメソンに一礼し、転属願い書を手に総務部に向かった。

モーゼ部隊でテロ集団そして無差別殺人を犯す狂犯罪者を捕縛するために。

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