僕の心

与那城琥珀

第1話 僕の心

 どれだけ心が叫んでも、どれだけ心が壊れても、体はぴくりとも反応しない。

 何でもない時に涙は溢れてくる。一人になると寂しいと心が訴えかけてくる様に。何とも思ってない筈の心が叫んでる気がするんだ。それなのに自分で気づくことが出来ない、気づこうとしない。この曖昧な感情がどんな感情なのか分からない。どんな風に笑ったら良いかも、どんな風に泣いたら良いかも。分かっていると言い張った感情は「楽しい」「嬉しい」「悲しい」「辛い」というただの言葉でしかない。分かっている気でいる僕は本当は何も分かっていなくて、何も知らない。

 もうどうしたら良いのか分からなくなる。ぐちゃぐちゃな心を閉じ込めて表に出した外面だけ歩いて行く。ひとりでに歩いて行く分厚い顔の皮は僕の心だけを置き去りにして何処かへ行ってしまった。

 何故?こんなにも限界だと、もう駄目だと……こんなに助けを求めているのに。

 心と体が一致しない。心は悲しいのに体はヘラヘラと笑い続ける。心は楽しいのに体は涙を流す。何故?分からない。分からない事だらけなんだ。悲しくもないのに溢れ出る涙に収拾はつけられない。何故なら僕自身はこの涙が何の涙から分からないから。知ろうとしないから。

 学校の先生に怒られる。怒られるのは慣れてる。ここまでの人生数えきれないくらい怒られたから。学校の先生なんか比にならないくらい怖い習い事の先生もいた。学校の先生は怖く無いのに、何も感じていないのに、どうしてか溢れてくるんだ。「悔しくて泣いてるの?」そんな訳ないじゃないか。全く悔しくなんかない。それなのに涙は溢れる。だから勘違いされる。「泣く意味がわからない」と。優しい人は「何で泣いてるの」と声をかけてくる。でもその問いには答えられない。だって、そんなの僕が聞きたいくらい分からない。誰かに答えを教えて貰いたい。だからなんだ。どれだけ同じ質問を投げかけられても、どれだけ自問自答しても答えが出なくて未だに引き摺って、また心を覆い隠す。

 きっと知らない。その問いにどれだけ悩まされて、どれだけの時間を奪われたかを。

 夜眠れずに朝方やっと寝付けるのに、もう学校へ行く時間が迫ってしまう。寝たのか分からないまま向かった場所は眩し過ぎて本当の僕には不釣り合いに見えて。また現実から目を逸らして外面の自分で過ごす。そうすれば本当の醜い自分から逃げられるとでも思っている様に。

 彼ら彼女らは知らなくて良い、知って欲しくない。こんな醜い自分を。

 そんな事を思いながら過ごした。だから辛いという証を刻み続けた。「苦しい」「辛い」と体に言い聞かせる様に。つけた証は何の意味もない。社会に出たらただ忌み嫌われるだけの証だ。そんなこと分かっている。分かっているけど、止めないで欲しかった。「そんな事何でするの」って言われたく無かった。

 一度聞かれた。何でこんな事したのか。だから僕は少しだけ話すつもりだったのに。一度滑り落ちてしまった心はとめどなく溢れ、溢れた心はどうしようも無いくらいに不安定だった。自分でも何を言っているのか分からなくなってしまった。

 だけど、この人に話しただけで少し楽になった気がしたんだ。心が、軽くなったんだ。いつか何処かへ置いて来てしまった感情が少しだけ戻った様な気がして、小さい頃の無邪気な自分が戻って来た様に感じていた。だけど、そんなものは一時の気の迷いだったかの様にいつしか消え去った。

 いつの間にか失った心はどうやったら戻せる?空っぽの心はどうしたら満たされる?もう嫌なんだ。こんな自分と向き合うのも何もかも諦めたくなる。

 何をするのも心と体はバラバラで、どうすることもできない心はそっと蓋をして見ているだけ。これじゃぁただの傍観者だ。

 周りが恋愛、恋、好き。そんな言葉を使うけど、僕には分からないから話についていけない。好きって何?恋愛って、恋って、何で自分で分かるの?どっちが本物の僕で、どっちが偽物の僕なんかどうでもいい。どっちも僕の中にいる僕である事に変わりはないのだから。だけど、どちらの僕もその感情を表した事がない。周りが楽しそうに話す「恋バナ」という物に興味はある。でも分からないんだ。楽しそうに話している内容なのに僕にはまるで暗い話の様に聞こえる。

 何でだと思う?それは多分僕がその感情を知る事が出来ないからだ。閉ざされた心は思う様に開いてくれず、人に疑心を持ったまま過ごす。そんな状態で、知る事が出来る程生ぬるい感情だとは思っていない。

 叫ぶ心を無視し続けて、何もかもどうでも良くなった。生きる意味が見出せなくなった。一度底のない水に投げ込まれた僕の心は抜け出す事も叶わず沈んでいった。

 暗闇に一人寂しく沈んだ心は誰かに引き上げて貰わないと引き出す事は叶わないだろう。こんな自分も嫌になる。誰かに頼らないと自分の心一つ支える事が出来ないのだから。心の拠り所、そんなものがあったらどんなに楽だっただろうか?夢中になれる何かがあったら、好きな人がいたら、僕は何か変われただろうか?人の心を取り戻す事が出来るだろうか?もう失ってしまったものをもう一度なんて軽々しく思わない。何故なら僕の心を守る為に失ったものだと思うから。知らない方が幸せだと、そう神様が思ったから。一致しない心と体は僕を生かしてくれたかもしれない。痛む心を押さえつけ続けたら僕はこの世界に存在した。過去の存在になっていたかもしれない。

 空っぽの心が痛む。何も感じていないと思っているのは僕だけ、心だけだったのか。

 もう分からない。何度考えようと出なかった答えは心の内の闇となって蓄積される。どんどん狭くなる視界に涙を流す。いつしか夜の帷が降りた様な視界には何も映っていない。一筋の光すら見えず、置き去りにされた。

 明日が来なければ楽になれる?何度も考えた事の筈なのに。また涙を流す。この涙は何の涙?何で今僕は泣いているの?そう、やっぱり分からない。声を殺して泣く僕には分からない。

 こんな僕を見てみんなは言う。「辛いって言えば助けてくれると思ってるなんて馬鹿だろ」「刻んだ印は消えない。かわいそうに」「何でそんな事したの。私が親だったら泣きます」そんなの知らない。何で、何でみんな僕を否定するの。「馬鹿」「かわいそう」「泣く」、「馬鹿?」馬鹿で良いよ。あなたには分からないんだから。「かわいそう」何でそんなこと言うの?「泣きます」僕が泣きたいよ。もしかしたらあなたは善意で投げかけた言葉なのかもしれない。それでも僕の心には深く刺さって抜けなくなった。あなたは考えなかったんだよね。言われたらどんな気持ちになるか。

 でも、分かってくれる人もいる。「辛かったね。頑張ってるね」「私に話すことで楽になるならいつでも話してくれて良いからね」「赤の他人にこんなこと言われるの嫌かもしれないけど、頑張ってる。君は十分頑張ってる。だから少し疲れたんだよね。疲れた時はいつでも言って。一時の気のまぐれかもしれないけど、きっと楽になる。」

 この人達自身も辛くて苦しい筈なのに、僕なんかに優しく拠り所を作ってくれる。受け入れてくれる。みんなで言い合った愚痴はどれも黒く染まっているけど、それだけで心は楽になる。

 同じ様な人がいる。同じ様に苦しんだ人がいる。それだけで僕は勇気を貰える。同じ様に苦しんでいる人も頑張っているんだ。僕も頑張らなくちゃ。答えのない問いの答えの出し方を知れる気がする。分かっている様で分かっていないのは同じ。でも、答えはすぐそこにあるって思える。


 この日常がどうでも良くなって、もう良いか。そう思えてしまった僕が綴った言葉はやはりぐちゃぐちゃだ。

 だけど、こんな僕でもこの形なら伝えることが出来ただろうか。どうやって届けたら良いか分からなくなってしまった声を。

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