とある羅刹の物語

YouGo!

第1話 伊藤清志

 私はヴァイオリンが好きだった。母の影響で始めたそれは、私に音楽の楽しさを教えてくれた。マンションの一室で毎週行われるレッスンを休むことはなく、その度に先生に注意されたことを次の週までには修正し、どんどん上達していった。

 やがて私は漠然と「プロの演奏化になりたい」と思うようになった。それが私の小学生の頃の夢だった。

「母さん、僕プロのヴァイオリニストになりたい」

それに対しての母の言葉は、予想とは違っていた。

「そんなものはごく一部の才能ある人がなれるものなの。あなたには無理」

 これが私の最初の夢の終わりだった。


 私は絵を描くのが好きだった。祖父の影響で始めたそれは、私に表現の楽しさを教えてくれた。学校の図工、美術の授業はとても楽しく、成績も良かった。好きな絵を模写し、色を塗り、一枚の紙に素晴らしい世界が広がっていく過程がとても楽しかった。

 やがて私は漠然と「漫画家になりたい」と思うようになった。それが私の中学時代の夢だった。

 しかし、周りには私よりも絵の上手い人がたくさんおり、自分には無理だと諦めた。

これが私の第二の夢の終わりだった。


 私は物語を考えるのが好きだった。色々な本を読んだ影響で始めたそれは、私に創作の楽しさを教えてくれた。しかし、小説の書き方など知らず、私の創造した物語は世に出されることなく終わりを迎えた。

これが私の第三の夢の終わりだった。


 私は教師になった。両親に言われたように無難に、教師に言われた通り堅実に、世間が言うように素晴らしい選択をした。私は数々の夢を犠牲にしたことで、無難で堅実で素晴らしい人生を手に入れたのだ。

 ……そう思っていた。


 しかし実際は違った。

 毎日が忙しく、仕事に追われ、やりがいは感じられず、感謝はされず、非難ばかりを受ける。


 私はこんな人生を歩むために夢を諦めてきたのだろうか。

 

 あの親がいなければ、あの教師がいなければ、世間が私の才能に気づいていれば、私の人生はもっと華やかで幸せなものになったのではないか?

 ……これも責任せきにん転嫁てんかだ。分かっている。

 大人になって分かった。私に音楽の才能はなく、絵の才能も、物語を作る才能もなかった。それに私は、それらの才能を育てる努力もしてこなかった。自業自得じごうじとくだ。

 

 でも……そうだな、私にも才能があれば、才能さえあれば。こんな惨めな人生を歩まずにいられたのだろうか? 

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