無数のスキルを持つ魔女がスキルを失った少年と会う話〜ミリオンホルダーとイレギュラー〜
にじおん
第0話 スキルを失った少年
今回は本編の前日譚ですので、専門用語の補足がありません。
ですが、あまり複雑な専門用語は作っていないので、推測は容易いかと思います。
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三月九日。
多くの学生にとって、この日は記念すべき日になるだろう。
この少年、
この日、皆木青斗は、公立狩丘中学校を卒業する。
リハーサル通り、前の生徒が壇上の前に移動してからしばらく経って、青斗も壇上の前に歩き出した。
歩いてる最中、青斗の脳内はこの中学校に来てからの三年間の感傷で満たされていた。
その背後の客席では、彼の両親が、青斗のことをどこか誇らしげな顔で見つめている。母親に至っては、少し目が潤い、綺麗なハンカチで両目を擦っている。
皆木青斗も、柄にもなく、今日が最後だからと胸を張って、親と世話になった先生たちに誇るようにキビキビと歩いていた。
そして、ついに青斗の学校生活最後の晴れ舞台。
校長先生の前に来た。校長先生の年齢は、まだ四十手前。肩書きから感じさせる印象よりは、かなり若い教師と言えるだろう。
青斗とこの教師との間には、奇妙な縁がある。
青砥が二年生の頃、学校とは何の関係もないボランティアでばったり会ってしまい、そのまま昼ごはんを同じ店で食べたということがあり、それから、彼らはほんの少しだけ仲良くなったのだ。
そしてついに青斗が呼ばれた。
「はい!」と大きくはっきりとした声で答え、校長先生のいる壇の前に立つ。
一番最初の生徒以外、省略された前文句で終わっていたはずだが、青木青斗の場合は少しだけ言葉が足されていた。
「ぜひ、来年も頑張ってください」
練習では効かなかったその言葉を聞いて、胸が熱くなる感覚になりながら、あおとも練習にない言葉を加えて返した。
「はい、
それを聞いて、対面する校長先生もまた、胸を熱くしながら、卒業証書を受け取った彼を見送った。
卒業式は順調に進んだ。一組から六組までが順番に呼ばれ、席に戻った。
序盤に呼ばれた学級は、緊張と共に暇も感じており、中には我慢できずに友人とこそこそ話しているものもいる。
それを、今日だけは教師達も咎めない。もちろん快いものはいないが、しかし、彼らの最後の中学生としての時間を、尊重したいという元学生の気持ちがあるのだ。
やがて、卒業式が終わりを迎えた。
まだ日は沈んでいない。各々の家族は、これからどこへ行くか、何をするかに話を弾ませている。
あまり表情が曇らないものは、素行が悪かったもの、青春を満喫できなかったもの、帰りが憂鬱なもの、夢叶わなかったもの達だ。
しかし彼らも、今日だけは主役なのだ。親達も彼らを今日だけは褒め称える。
そして親との団欒が終われば、あとは生徒達の最後の交流時間。
記念写真を撮るもの、遊びの約束をするもの、卒業後も進路が同じなものなど様々だ。青斗の場合は、記念写真が主目的だった。
「よ、青斗」
「おお、久しぶり、陽太」
「久しぶり、青斗進路どこ?」
「
「エネミーかあ、やっぱり、塔関連?」
「まあな、お前は?」
「俺も三角高、医療科だけどな」
あまり話さないものや、よく話す友達、ほぼ全ての生徒と記念撮影をした。
中には、一年の頃からあまり話す機会がなかった友人たちとも話をした。その中の一人との進路が同じだったので、それを喜んだりもした。
ちらほらと、家族の元へ戻り、帰路につくものが増えた。
青斗も元々話す予定だった全ての友達と話して、家族の元へ戻った。
「もういいの」
「いいよ、もうみんなと話したし、家で桃華も待ってるでしょ」
桃華というのは、彼の妹の名前だ。
卒業式に来たのは両親だけで、妹は家で待機している。退屈はしていないだろうが、それでもずっと一人にするのは寂しいだろうからと思い、今が帰り時だと思ったのだ。
それよりも、そんなことよりも。
青斗は先ほどから、少しニヤニヤとした笑みを抑えきれない両親に違和感を感じていた。
満を持して、青斗の両親は青斗に一つの吉報を報せた。
「ねえ青斗」
「ん、なに」
「実はね、ミソラの抽選券、当たっちゃった!」
「……え?」
日本初の超大型旅客機ミソラ。海外ではすでに導入されているトラベリングサービスが、今年の三月十日に初サービスを開始するのだ。
超大型旅客機とは、千人以上が搭乗できる機内で、サッカーや野球、ビリヤードから卓球まで様々な娯楽を楽しみながら、各々が好きな国に降りるというサービス。
去年の十月から抽選を開始して、青斗が卒業記念に頼んだが、抽選者があまりに多く望み薄という状態で、正直諦めていた所なのだ。
しかし今回、選ばれた。
日本全国から何万人何十万人と候補者がいる中、そのうちの一千人に選ばれたのだ。
腹の底から、背中をつたって脳天へと興奮が突き上げた。
「本当に言ってる?」
「こんな時に嘘言わないよ、ほらみて」
そう言って、青斗の母親はスマホの当選画面を見せた。
青斗は熱く小さなため息を何度も吐きながら、その画面に魅入っていた。
「明日、朝早くから空港に行くから今日は早めに寝てね」
現実なはずなのに夢のような感覚が消えないまま、青斗の今日が終わった。
翌日、青斗は空港を二回乗り継いで、日本の超大型旅客機専用の離島に着いた。
そこには、どれほど遠くから眺めても、全体が視界に収まりきらないほど巨大な飛行機があった。
白を基調とした外装は、とても綺麗で、これからの快適な旅を祝福しているようで好ましい。
これが、本当に飛べるのかと思うと少し不安になるが、
連続の空旅で、少し気分が悪いが、それも船内の料理や娯楽を考えれば容易に忘れられた。
とうとう、旅客機に入る時間がやってきた。
無料でできる抽選に参加した青斗たち皆木家は、ゴージャスクラスの下、ノーマルクラスだ。
ノーマルクラスは、3階のエリアを使用できないだけで、それ以外のエリアは全て使用可能。
一階には仮眠室などの個室。全員分の個室はなく、妹と両親が同室。青斗は知らない人との同質となったが、お互いに干渉を好まないためあまり気まずくは無かった。
二階には、野球場を筆頭とした娯楽場。シアタールームやカラオケもあった。
さらには図書館からゲームセンター、ネカフェにスタバまである。本当に、今からでも住めるような場所だ。
行こうと思えば、室内に食品館があるため、そこで食材を買って自室で料理をするというのも可能だ。
まさに天国だった。
三月十日、この日は、多くの人にとって至高の一日になるはずだったろう。
しかし、ほんの少し先の未来では、三月十日は最悪の一日として報道される。
三月十日、超大型旅客機ミソラ、墜落。
死者は約千人。客のほぼ全てが死亡、もしくは行方不明とされている。
しかし、たった一人の生還者がいた。
皆木青斗である。
生存した彼は、海の藻屑となりつつあるミソラの残骸に縋りながら、助けが来るまでの38時間を耐え切った。
当時、水死体同然の状態で、青斗は発見された。
複数の祝福者、そして、搭乗者の中に複数人のAランクホルダーがいた事から、普通の墜落事故ではなく、おそらく誰かによる計画的な犯行であると推察されている。
故に事件。
街はどよめきと失意で満たされていた。
日本初の超大型旅客機、ミソラが墜落したことにより、しばらく、国内の超大型旅客機に乗る機会がなくなったからだ。
髪が白く変色しており、肌は老人のようにしわつき、木綿のようにふやけた皆木青とは、発見された当時、唯一の生存者Aとして救助された直後の音声が報道された。
それを聞いた者達の中には、彼の知り合いもいた。
彼の知り合い達は、すぐにそのモザイクが掛かった声の主が皆木青斗だと察し、心から彼を心配した。
皆木青斗は一度病院に搬送された。
酷く衰弱していたように見えたからだ、実際、体は不調だった。
栄養失調に、塩分過多、そして長く海水に触れていたせいで低体温症にもなっていた。
何より異常だったのは、彼がスキルを失っていたことだ。
スキルを失うことは、まあ闇の世界では珍しいことではないが、しかし重大なことだ。
彼がスキルを失ったということは、あの場に、スキルを奪うタイプのスキルホルダーがいたということ。これでより、ミソラ墜落の事件性が高まった。
それだけではない。
今の世の中、確かにスキルを失ったという事例もないわけではないが、それでも、スキルを失った人物が一般人なわけではない。
一般人を自称しながら、スキルを失ったことを知られれば、人は間違いなく邪推するだろう。そのことを、皆木青斗もわかっていた。
だからと言って、
災害保険的なもので、青斗は国からしばらくの支援金を受け取ったが、それも長くは持たない。生活で困ることはないだろうが、少なくとも贅沢はできないだろう。
さては手どうしたものかと、頭を悩ませながら、とりあえずは自分がスキルを失ったことは身内にも内緒にしようと思った。
幸い、青斗のスキルは基本的にスキルなしでも再現可能なものが多い、その代表例が<料理><英語>などの技能系だろう。
これらは、スキルがなくなっても記憶がなくなるわけではない。ただ、少しだけ下手にはなっただろうが。
かくして、家族とスキルを失った少年は、明日を必死に生きるため、とりあえず病室のベッドを降りた。
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