断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました 6
が、この王の“情熱”をレティシアは甘く見ていた。
その夜、さっそくロシュフォールは「おやすみ」の挨拶に来て、それを「おやすみなさい」と受けて、その鼻先で扉を閉めてやった。
部屋にも入れずにだ。
これを三ヶ月もくり返せば、いや、三ヶ月どころか、十日で嫌になるんじゃないか?と思っていたのだ。
翌朝、ベッドで目覚めると、世話係のメイドに困った顔で「扉の外にいらっしゃる陛下にせめて朝のご挨拶を」と言われた。
扉の外?と首を傾げつつ、寝室から居間を通り過ぎて、外廊下に繋がる扉を開けば、その横には。
毛布にくるまり壁に寄りかかって寝るロシュフォールの姿があった。気配を感じたのか、目をあけて、未だ睡魔が残る顔で「おはよう」とレティシアに微笑む。
「おはようございます。まさか、夜通しそこにいたのですか?」
「俺なりに考えてみたのだ。毎日、夜の挨拶“だけ”では足りないとな」
「は?」
「こうして扉の前で毎夜過ごしてこそ、お前への“愛”が伝わるんじゃないかとな。俺の気持ちが気の迷いなんかじゃないと」
廊下の片側の格子の窓から降り注ぐ、陽光で見るロシュフォールは、少し寝乱れた巻き毛さえ、キラキラと輝いてみえた。その黄金の瞳には少しのいつわりもない。
「ひ、一晩程度で私はほだされませんからね!」
レティシアとしては、人生初ぐらいの動揺ではなかっただろうか?彼の笑顔に湧き上がってきた何かがわからず、バタンと扉を閉めた。
そして後ろ手によりかかって、なぜか熱くなってきた頬に両手を当てたのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「それでは本当に陛下は部屋の扉の前で眠られたと?」
王宮にある自分の執務室にて、侍従長を呼び出したレティシアは、ふう……と息をついた。
「はい、陛下は一晩中。王妃の……いえ、レティシア様のお部屋の前にて過ごされました」
「それでは部屋の前に寝椅子なり、なんなり運ばなかったのですか?」
毛布にくるまり床で寝るなど、戦地の一兵卒でもあるまいし……とレティシアは思う。
「それがお運びしましょうか?とおうかがいしましたら、寝椅子に寝っ転がるような“楽”をしたならば、愛しいあなた様にご自分のご誠意がお伝わりにならないとおっしゃって」
「さすがに毛布は受け取っていただけましたが」という侍従長に「修道僧の石寝台の修行じゃあるまいし」とレティシアは深いため息をつく。
「ご自分にそれだけお厳しくなされれば、きっと三日も保たずに身体が痛くなって、おやめになるでしょう」
そう締めくくったのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
しかし、これもレティシアの予想を大きくはずれた。
三日どころか、十日、半月たっても、ロシュフォールは扉の前で寝続けたのだ。
そして、就寝前のお休みと、朝のおはようの挨拶をする。
本気で三ヶ月、こんなことをするつもりか?と自分で三ヶ月と期限を切ったのに、耐えきれなくなったのはレティシアのほうだった。
一月近くたった夜中、唐突に目が覚めた。もともと眠りは浅いうえに、最近は一つ部屋を隔てているとはいえ、扉の向こうで誰かさんが寝ているのだ。
ベッドから飛び降りて、居間を横切り扉を開く。
「なにを考えているんですか?あなたは」
その声に毛布にくるまっていたロシュフォールが顔をあげる。レティシアは、手を伸ばして彼の腕を掴んで立ち上がらせて、部屋の中に引き入れる。ずんずんと居間の真ん中まで来て振り返る。
「これが、私です!」
そして、自分の顔半分を隠す包帯をほどいて見せる。傷口は完全に塞がっているから、いまはその傷を隠すためだけのものだ。
片目を縦一線につらぬく赤い傷だ。女性ならまず、嫁のもらい手などいないだろう。男性ならば、それも戦傷と誇りになるだろう。が、自分の女顔ではどうにもそぐわない。
「この傷を見てなお、あなたは私に触れたいと思うのですか?こんなもののために、あなたは一月近くも、柔らかな寝台ではなく、固い床に寝ていたのですよ!」
自分の声がひどく感情的になっているのがわかる。レティシアには理解出来なかった。三月放っておけばいいロシュフォールを部屋に入れてしまった気持ちも、なにより彼のそんな情熱も。
「俺は触れたい」
実際、ロシュフォールは手を伸ばし、レティシアの左頬にふれて、それからそっとその傷の目元に触れた。傷口は塞がっているけれど、その部分の皮膚は薄く、びくりと細い肩が揺れる。
「美しいなんて言わない。だけど、俺はこの傷を誇らしく思う」
「きっと一時の気の迷いです。あなたは私に負い目を感じて、それを恋情と勘違いしてるだ……」
言葉が途中で途切れたのは、肩を引き寄せられて抱きしめられたからだ。指でたどっていた左の傷に、今度は唇が愛おしげに触れる。
「理屈なんてどうでもいい。俺はレティシアが愛おしい、愛してる。これは勘違いなんかじゃない」
胸にぐっとせり上がってくるものの正体がわからない。「泣くな」と言われて、自分が目元を濡らしていることに気付いた。
涙なんて、大叔父が亡くなったあの日に、流した記憶しかない。
「あなたはきっと後悔します」
それは自分に言った言葉だった。
ここでロシュフォールに許せば、必ず彼が離れる日が来るというのに。こんなひとときの激情に自分は身を任せるべきではないのに。
「後悔なんてしない」
そう言われて横抱きにされ、寝室に運ばれた。
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