「梅雨明けたね」

 「…明けたのかな」

 「確かに」

 「普通に大雨だけど」

 朝からする会話は、物寂しいものだった。しかし、私たちはこんな有り触れたことを当たり前に話せるようになっていた。あの時秘密を共有してから、二人の距離は明確なスピードを持って近づいていた。傍から見たら色々、誤解されそうな関係。それでも私は構わなかった。彼女にさえ誤解されなければ。好きな人に誤解されなければ。ただ、私が取った行動は思いもよらぬ矛盾だった。

 私は彼女に私たちの仲の良いことを積極的に見せる様にした。見せる様にしたというか勝手に、無意識にそうしていた。理由は分かっている。嫉妬して欲しかった。見栄を張りたかった。ただ純粋に私のことを好きになって欲しかった。それだけである。

 彼女が近くにいる時は、大きな声で話そうと努めた。彼女が私たちの会話に加わった時は、伊藤さんの彼女も知らない情報をさり気無く出したり、休みの日一緒に遊ぶ的なこと(実際はそんな事実は無い)を仄めかしたりした。恐らく効果は無かったと思う。彼女はいつも余裕有り気の笑みを浮かべていたし、彼女は私に影響されること無く日々を過ごしていた。多分、私の魂胆が彼女には全て見え透いていて、面白がられていたに違いなかった。きっと仲間内で私のことを揶揄していたんだ。しかし、そんなことを思っても私はこれを止めなかった。


 そしてこの頃、鈴木が私を理由に彼女を振ったということを知った。鈴木本人がふとそう漏らした。初め私は、非常な困惑を見せた。聞いた言葉が、とても日本語と思えなかった。どこか知らない場所にいると思った。鈴木が誰だか分からなくなった。一瞬で頭が真っ白になった。漸く発せたのは「意味わかんないし」という小さな言葉だった。

 「お前、倉橋のこと好きじゃん。それ知ってて付き合えないわ。勿論、倉橋には悪いと思ってる。でもそれよりもお前に申し訳ないと思った。あの瞬間、お前の顔が思い浮かんだんだ。だから、倉橋には悪いけど、告白された時から断ることは決まってた」

 「…は?」

 「これで良かった。俺、別に倉橋のこと好きってわけじゃなかったし。あのまま付き合っても良い結果は生まれなかったと思う。だからこれが正解だよ。実際、俺、後悔してないんだ。倉橋に返事した時、俺は正しいことをしたと思ったんだ」

 まるで台本があるかの様に鈴木は言った。終始、意味が分からなかった。

 「倉橋さんに何て言ったの?」

 「お前が倉橋のこと好きだから、付き合えないって言った」

 「馬鹿かよ…」

 もうその後は呆れて何も言えなくなった。


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