新米騎士は竜王陛下と対面する
まどろみの中で瞼越しに明るい光を感じる。朝になったのかもしれない。
(でも私……オブシディアンに夜ご飯をあげに行った時に、不審者がいたから倒したはずで……それからどうしたのかな?)
おかしなことに、以降の記憶がまったくない。
「――ウェンディ、目を覚ましてくれ」
知らない男性の声が切なそうに私を呼ぶ。誰だかわからないけど、低音の美声で心地いいからずっと聞いていられる。
「竜の鱗は霊薬になると言ったな。私の鱗を煎じて飲ませば――」
「ご自身を傷つけるなんてダメですよ。霊薬なんて迷信でしょうし、元侵攻国の平民のために鱗を削ぐなんて国際問題に……わーっ、服を脱がないでください! 自ら薬の材料になろうとしないでください!」
領主様の珍しく落ち着きがない声が聞こえてくる。いつもは冷静沈着な領主様が叫んでいるから非常事態だろう。
「だ、大丈夫ですか、領主様!」
飛び起きると、私はなぜか広く豪奢な部屋にある寝台にいた。布団がふかふかで、雲の上にいるみたいだ。
「ええと、領主様と……どちら様でしょうか?」
目の前には、いつも以上にかっちりとした礼装姿の領主様と――異国風の服に身に纏う、人ならざる美貌を持った背が高く屈強な男性がいて、領主様が男性を羽交い絞めしている。
男性の黒く艶やかな髪は長く、緩く結わえて肩に流しており、彼の着ている白色の服によく映える。
瞳の色は黄金色で瞳孔が縦に長く、まるでオブシディアンのようだ。
「ウェンディ! 目が覚めたのか!」
黒髪の美丈夫は、一見すると冷たい印象のある顔を破顔すると、領主様の腕を振りほどいて私に駆け寄った。
「具合は良くなったか? どこか痛むところは?」
ずいと顔を近づけられ、間近に迫る美形に思わずドキドキしてしまう。だけど誰なのかわからない。
(私の名前を知っているようだけど、誰なんだろう。こんなにも綺麗な人、一度でも会ったら覚えているはずなのに……)
少しも思い出せないから、やはり本人に聞くしかない。
「あのう……失礼ですがあなたは誰でしょうか?」
「私としたことが……取り乱すあまり名乗り遅れて悪かった。私はヴァレリア王国の新しい竜王、ディーン・ヴァレリアだ」
「ヴァレリア王国の竜王……陛下?」
彼の国はイルゼ王国を侵攻しようと目論んでいたため国王陛下の命によって軍隊が送り込まれ、一日にして王城が陥落して属国となった。
「たしか、逃亡した王太子を除く王族はみな殺害されたため、イルゼ王国の軍のトップが主導で暫定政府が設立されていたはずなのでは……」
「それはベルが目を覚まさなかったひと月の間に全て一変したのさ」
「ひと月……私は眠っていたのですか?」
「ああ、君がオブシディアンを助けた際に受けた傷から毒が検出された。犯人が持っていた刃物に毒が塗られていたのだよ」
それから私はこの領主邸に運び込まれ治療を受けていた。毒による高熱は一夜にして収まったが、それからひと月の間、昏々と眠っていたらしい。
「この度の侵攻は先代のイルゼ国王の愚行によるものだ。先代国王は魔術に傾倒して己の欲のために罪のないヴァレリア王国を攻撃したから、その罪を自身の血で償うことになった」
領主様が言うには、。今は前王弟殿下が国王になられたそうだ。先代国王陛下の圧政を見かねた現国王陛下は建国祭の日に反乱を起こして先代国王を玉座から下ろした。
国王と手を組んでいた貴族家もこぞって捕らえられ、共に処刑されたらしい。
「国王陛下が先代国王の非礼を詫びてヴァレリア王国の返還と復興支援をしている。その際にこのお方がヴァレリアの新竜王陛下として即位なさった」
「ということは、もしかして逃亡した王太子とは……」
「ああ、ここにいる竜王陛下のことだ。私の父がこの時のために陛下をこのフォーサイス辺境伯領で匿っていたのだよ」
「竜王陛下をここで匿っていたのですね……。ちっとも気づきませんでした」
「実は君が竜王陛下の一番近くにいて毎日接していたのだけど、完全に隠していたからわからなかっただろうね」
「私が、ですか……?」
まさか同僚たちに紛れていたのだろうか。記憶をたどっても、それらしき人が思い当たらない。
「ああ、君の相棒のオブシディアンは竜王陛下が竜化した姿だったんだよ」
「ええっ、オブシディアンが……そんな、まさか……」
俄には信じられないが、たしかにヴァレリアの王族は竜人で、竜人は人の姿にも竜の姿にもなれると聞く。
「そ、それでは、私は今まで竜王陛下に向かって、畏れ多くも背に乗せてくれと強請っていたのですか……?!」
いくら正体を知らなかったとはいえ不敬にもほどがある。どうしよう。国外追放で済ませてくれるだろうか。
震える私に、竜王陛下は優しく微笑んで私の頬を両手でそっと包むと――。
「私のちっぽけなプライドのせいであなたを背に乗せなくて悪かった。これからは好きなだけ乗るといい」
お断り必至な提案をしてくるのだった。
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