相棒の正体

「じゃあ、午後の見回りに言ってくるから待っていてね」


 オブシディアンの目元にチュッとキスをすると、大きな体がビクリと跳ねた。

 

     ◇◇◇


「あはは、愛情深い主にタジタジですね。あの子にキスされたときの殿の顔は傑作でしたよ」


 ウェンディが立ち去った後、物陰に隠れて待ち構えていたアデルバードが獣舎に入って来るや否や、腹を抱えて笑った。


「話したいことがあります。今は人払いしているから安心して人化してください。たまには体を動かしたいでしょう?」

『……わかった』


 立ち上がったオブシディアンの姿が光に包まれて形を変え――光が収まると、アデルバードより少し背の高い美丈夫がいた。


 整った顔立ちで彫りが深く、切れ長の瞳は黄金色で瞳孔が縦に長い。

 宵闇に染めたような黒髪は長く、緩く結わえて肩にかけて流している。

 

「あなたの祖国――ヴァレリア王国に送った密偵から連絡がありました。軍の生き残りでうちの国王陛下の息がかかっていない者を集めて作戦通りの配置につけたそうです」

「そうか、いよいよ……」

「ええ、うちの国王陛下に奪われたあなたの国を取り戻す手筈が整いました」


 オブシディアン――本来の名前はディーン・ヴァレリアは、二年前にイリゼ王国に侵攻されて属国となった国の王太子だ。

 彼が王都を離れて視察している間に攻め込んできたイルゼの兵士らによって父王と弟たちが殺され、その間に君臣らの助けを借りて国外に逃げた。


 王太子がまだ生き残っているため、イルゼ国王は血眼になって彼を探している。

 彼の目を欺くためにディーンは黒竜の姿になり、北の砦で飼われている竜の一匹に扮している。


「うちの国王陛下の魔術対策には手を焼きましたが――禁術に手を染める国王陛下に危機感を覚えた魔術の大家が協力してくれることになったので、後方支援として魔術を無効化してもらうことになりました」

 

 ヴァレリア王国は竜人――竜の血を引き、人と竜のどちらもの姿になれる人々が住まう国で、竜人は人間より力が強いから本来なら人間の軍隊一つで制圧されるなんてあり得なかった。

 

 しかしイリゼ国王は数年前から怪しい魔術に傾倒しており、禁忌の魔術を使って竜人らの動きを封じ、あっという間に制圧したのだ。

 

「しかし厄介なことに、うちの国王陛下が私を警戒して刺客を送り込んでいるそうです。恐らくは、私が父の死の真相を気づいて謀反を起こさないか不安になっているのでしょう。――まあ、もう気づいて謀反を企てているのですが」

 

 国外に逃げたディーンに救いの手を差し伸べてくれたのは、皮肉なことに侵攻してきたイリゼ王国の先代フォーサイス辺境伯。

 

 正義感の強い彼は魔術に傾倒する国王を野放しにしてはいけないと、反乱を起こして新しい国王を立てようとしたが――その計画に気づかれてしまい、不慮の事故を装って殺害された。

 

「二週間後に開かれる建国祭で、王弟殿下が合図をしたら国王陛下と彼の息のかかったものたちを捕らえます。その間にあなたはヴァレリア王国で反乱を起こして祖国を取り返してください」

「……色々と整えてくれたこと、心から感謝する。祖国を取り返した暁にはぜひ礼をさせてくれ」


 ようやく祖国を取り戻し、家族の仇を討てる――それなのに、気にかかることがあるせいで手放しには喜べなかった。

 

「私が祖国に帰ったら、あの子に新しい竜を与えるのか?」

「ええ。そのためには新しい竜を捕まえなければなりませんね。今はどの竜にも相棒の騎士がいますから」

「……そうか」


 砦の騎士として竜の背に乗り、人々を守ることを夢見て毎日仕事に訓練に励んでいるウェンディを想うと、ここを離れる罪悪感が少し生まれる。


 ストロベリーブロンドの髪を揺らし、自分を見るとぱっちりと大きな水色の瞳を輝かせて名前を呼んでくれる彼女は、自分がいなくなったらどうなるのだろうか。


「もしかして、ベルと離れることが寂しいのですか?」

「まさか。ただ聞いてみただけだ。あの人間に興味はない」

 

 ディーンを隠すために用意された、人畜無害で騎士経験が浅く、計画の邪魔にならない人間に過ぎないのだ。


「ベルはうちの大切な戦力なので、くれぐれも惚れて連れて帰らないでくださいね」


 その一言が予言になるなんて、この時の二人は想像すらできなかった。

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