アマリリス
アルバートは両頬をぱん、と叩く。今日こそ、アンナにたずねよう。神隠しとは何か?神様とは何か?あの紅い花は何か?
アルバートはアンナに声をかけ、彼女をリビングの柔らかい椅子に座らせる。アルバートは、テーブルを挟んで、その向かいに座る。
「おばあちゃん、教えてほしいことがあるんだ」
しかしアンナは厳しい表情をする。
「アルバートや、あの液体の話なら、今するべきじゃないよ」
アルバートはゆっくりと首を振る。
「それでも、僕は教えてほしいの。神隠しのことや、あの花のことを」
アンナは唇を噛み、うつむく。アルバートは真っ直ぐにアンナの顔を見る。その眼差しは、凛としていて、退くつもりはないことを彼女に伝えている。アンナは観念する。
「わかった、わかったよ…でもね、アルバート。ひとつ約束しておくれ。今から話すことを、誰にも喋らないと」
アルバートは不思議に思いつつもうなずく。
「うん、約束する」
アンナはぱちりと瞬きをすると、語りだす。
昔はね、神様と人間は共存していたんだよ。人間は真心のこもった祈りやお供え物を神様に捧げ、神様は祈りを捧げる人間に恵みを与えていた。
でも、その関係はしだいに変化していった。人間は科学技術を発展させ、この星を少しずつ支配していくようになった。わかるかい?神様は要らなくなったのさ。神様という存在は忘れられていき、人間は傲慢になった。
でもね、神様は今も確かにいるんだよ。人間と神様は、別々の世界に住むようになった。神様は人間に忘れられてしまったけど、彼らはそう簡単に消えたりなんてしないのさ。
アルバート、あんたは、その神様の世界に、人間が本来入れるはずのない神様の領域に、なぜか入りこんでしまったんだよ。
ああ、紅い花かい?あれはね、「紅いアマリリス」と呼ばれているよ。正式名称は誰も知らない。紅くて、アマリリスに似ているから、いつからか皆にそう呼ばれるようになったんだ。アマリリスには本来、香りはない。でも、あの花には甘い香りがある。そして、あの花を折ると、たまに血のような紅い汁が出てくることがある。不可思議な花さ。
私はね、アルバート。その花が、あんたを神様の世界にいざなったんじゃないかと思う。紅いアマリリスは本当に不思議な花で、ある日、枯れた土地にひょっこり生えてきたり、一夜にして、ある土地一帯を花畑に変えてしまったりするのさ。だから、あれは…神様に関係する花じゃないかと思ってね。確証は何も無いんだけれどね。
…アルバート、お願いだよ。あんたの両親はあの花が大好きだった。でも、あんたを怖がらせまいとして、あの花のことは話さなかったんだ。今、大きくなったあんたに、私は花のことを話してしまったけれど…この話はこころの中に大事にしまって、誰にも話さないようにしておくれ。
あの花は…なんだか不吉だよ。
アルバートは沈黙する。アンナも黙りこむ。落ち着かない静けさが訪れる。アルバートはこころの中で、彼女の言葉を繰り返す。紅いアマリリス、紅い汁、神様に関係する花…彼はぶるりと震えるが、次には顔を上げてアンナを見る。
「おばあちゃん、教えてくれてありがとう」
アルバートは立ち上がり、棚からごそごそとティーセットを取り出す。
「お茶、淹れるよ。きっと落ち着く」
「ああ、ありがとうね」
ふたり分の、レモンティー。アルバートとアンナは、ふうふうと冷ましながら、ゆっくりとお茶を飲む。体が内側から、じんわりと温まってくる。太陽から滴ったかのような、黄金の液体。
「美味しいねぇ…」
アンナがつぶやく。
暖かな蜜色の太陽光が差しこむリビングで、ふたりは静かにティータイムを楽しむ。
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