第1章 最終話 【帝国だからね、そりゃ皇帝も居るよね】

 スローライフ実現の為に金も貯めたいが、今日くらい呑み明かしてもバチは当たらないだろう。酒場3軒のハシゴくらい良いよな。

 どこに行こうか思案していると、いい感じの路地を見つけた。奥にはカンテラの小さな明かりがあちこちに灯り、妖しくも幻想的な雰囲気を醸し出している。これだよ、これこれ、いかにもディープな感じの路地。こういう所に隠れ家的な名店があったりするんだよな。

 さっそく、路地の奥へと入っていく。

 しばらく進んでいくと、何やら言い争うような喧騒が聞こえて来た。

 右に折れた小路に目を凝らすと、男が3人、少女を取り囲んでいる。長い深緑色の髪が目を引く少女だった。年は10代半ばだろうか。

 こういう場合、男の方が悪者と相場は決まっている。ちょうどいい。ストレス解消に付き合ってもらうか。相手が悪人なら、遠慮なく叩ける。正義の名の元に振るう暴力ほど、気持ちのいいと言うからな。元いた世界でも、それに酔っている連中が大勢いたから間違いない。

 さっそく小路に向かって叫ぶ。


「おい、そこのゴミクズ3匹、何やってんだよ」


 男達が振り向くとこちらに向かって来る。単純な奴らだ。オレも構わず距離を詰める。相手はたったの3人。元来の物理防御に、軍隊仕込の格闘術を身に着けた今な、余裕でブチのめせる。


「何だテメェは? 邪魔すんじゃねぇ。殺すぞ」


 悪役のセリフとしては及第点じゃないか。


「ゴミクズどもがピーピーとイキんな。テメェらこそ死にてぇのか」


「んだとコラァ!」


 案の定、安い挑発に乗って来やがった。

 まず大振りの拳撃をいなして、その手を掴み引いて手羽先みたいにへし折ってやる。


「があああああああ!」


 うるせぇな。たかだか腕へし折られたぐらいで喚くなよ。過労死よりマシだろうが。

 無様に嘆きながらうずくまる男の顔面をサッカーボールみたいに蹴り飛ばす。


「少し黙ってろ」


 続いて、突進してくる相手には前蹴りを繰り出し、倒れたところで鼻っ面を踵で踏み潰す。


「おぐぁっ!」


 鼻血吹いて悶えてやがる。


「汚ぇもん吹き出すなよ。靴が汚れんだろゴミクズがよ」


 腹いせに脇腹をひと蹴り。肋骨が折れる感触が伝わって来る。


「さあ、残るはテメェだ」


「ひ、ひいっ!」


「おいおい、逃げんなって」


 訓練のおかげで基礎体力も上がっている。すぐに追いつき髪を引っ掴むと、後ろから首根っこを抑えて、そのまま後頭部から地面に叩きつける。

 ここで目ン玉を抉ってやるのがセオリーだが、ばっちいからやめておく。オレはこれから酒場に繰り出すんだからな。

 代わりに顎を蹴り上げて喉を踵で踏み潰してやる。


「ほっ!?」


 間抜けな声を出して白目向きやがった。そのままへたばってろ。


「怪我はないかい、お嬢さん? パパとママはどうした? はぐれたのか?」


 オレは、先程まで3人の男達に気圧されていた少女に話しかけた。

 透けるような白い肌を、微かに震わせている。


「両親は、もうおらぬ」


 海のように深い紺青の瞳を微かに滲ませ、少女は寂しそうに呟く。


「それよりも、よくやった。大義である」


 大義? なんだこのガキ。厨二病か?


「お嬢ちゃん。それ、何かのマネか?」


「否、妾は高貴な家の出である事に相違ない」


「へぇ〜」


 おっと、来ました、来ましたよっと。ようやく運が巡って来たぜ。

 お貴族様の娘を助けたとあっちゃあ、それはもうご褒美たんまりに決まってる。大金手にすれば、除隊後にソッコーで店が出せるってもんだ。

 あれ? でも親が居ないって言ってたな。でもまあ、何かしら後見人とか居るだろ。


「とにかく、ここは危険だ。お兄さんがお家まで送ってあげよう」


「いや、大通りまでで良い。ひとりで帰れる」


 頑なに家を教えようとしない。ひょっとして背伸びして嘘ついてやがるな。

 あ〜あ〜、いるんだよな。そのぐらいの年になると、理想の自分と現実の自分に悩み苦しんだ結果、独自の世界観を現実世界に押しつけたりするもんだ。うんうん、気持ちは分かるよ。お兄さんも、そういう時期があったなぁ。


「お嬢さん、自分の世界に浸るのは良いが、ほどほどにしとけよ。でないと、大人になってから枕に顔を埋めて足バタバタする羽目になるぞ」


「良くわからんが、覚えておこう」


 邪気眼系ロリ貴族を送りに大通りまで出た。


「怪しい連中が近づいて来る。走れるか?」


「怪しい奴らというのは、あの黒い服を着た者どもの事か?」


「ああ、そうだ。回りのやつらと違って明らかに浮いてるだろ」


「問題ない、あ奴らは妾の付き人のようなものだからの」


 冷めたような眼差しを黒服の連中に向ける。


「そうなのか?」


 付き人、とは言うが、護衛も兼ねていると見た。あの黒服は周囲を威圧する意味合いもあるのだろう。警官の要人警護のようなものだ。

 そう考えると、このロリが貴族のお嬢様というのは本当のようだ。しかも、相当位が高いと見て間違いない。

 貴族の品格は、従僕の身なりや立ちふるまいを見れば分かる。黒のコートは金の刺繍で彩られ、豪華でいて嫌みがない。連中の歩きにも無駄がなく、人混みを縫いながらも真っ直ぐに距離を詰めて来る。相当訓練を積んでいるようだ。


「お嬢様、探しましたよ」


 黒服のうちの1人が歩み寄る。長い黒髪を前で切り揃えた、金色の目をした黒豹のような女だ。

 もちろん、獣人ではなく人間なのだろうが、本人の雰囲気も相まって、黒豹と人間のハーフだと言われても納得してしまいそうなほどだ。


「うむ、今回は少し遅かったの」


 そんな黒豹女を相変わらず冷めた顔で見ながら言うロリ貴族も、その年で中々肝が座ってるじゃないか。きっと、幼い頃からの慣れだろう。


「そちらは?」


 黒豹女が鋭い眼光をオレに向けた。

 明らかに初対面の相手に向ける顔じゃねぇだろ、ビジネスマナーを便所にでも流して来たのか。


「妾が悪漢どもに襲われそうになった時、こやつが助けてくれたのじゃ」


 黒豹女は一瞬目を見開く。明らかに動揺しているようだ。

 当然だよな、自分らの不手際で、ご主人様がどうにかされる所だったんだからよ。


「これは失礼致しました。この度はご迷惑をおかけ致しまして、申し訳ありません」


「構いませんよ」


 鬱憤晴らしたかっただけだし。


「そうじゃ、お主、名をなんと申す」


「ウェスター、ウェスター・ロラントです」


「なんじゃ、急にかしこまりおって、気色の悪い」


 そりゃ、貴族のお嬢様確定ですもの。態度も改めますわよ。


「ウェスターさんですね。この度は、ありがとうございました。では、お嬢様、参りましょう」


「うむ、仕方がないの」


 言いながら、黒服どもに回りを囲まれ、オレに背中を向けて歩き出すロリ貴族。

 え? おい、ちょっと待てよ。お礼の品は? インゴットのひとつもなしかよ。


「ウェスターとやら」


 ロリ貴族が振り替える。


「近いうちに、また会おうぞ」


 よく通る声で言いながら、また背を向け、黒服どもと一緒に街の喧騒に消えていった。

 畜生、今更追いかけてお礼をねだるのも、なんか違うよな。


「ケチロリ貴族が」


 人が賑わっている所を目指して歩く。

 リリアの事といい、ケチな貴族のお嬢様といい、今日は色んな事があり過ぎた。気分転換だ、今夜は呑み明かすとしよう。

 大通りを歩いていると、軒先に酒樽を並べた店を見つけた。

 扉を開けると、質素かつ重厚な厚切りの木製円卓には、数々の料理が並んでいる。オレが好きな白銀タラと公爵イモの上げ合わせも置かれていた。

 他所の国に比べて産業革命が進んでいるロンデニオス帝国だが、未だに中世風の雰囲気が見受けられる。そういう所は、素直に良いと思う。これぞ異世界。水道設備だけは、早く通して欲しいもんだけどな。

 店員の案内でカウンター席に招かれ木製のスツールに腰を降ろす。

 カウンターの棚には数々の蒸留酒のボトルが並ぶ。知らない銘柄ばかりだが、見ているだけでも楽しい。脇には醸造酒の酒樽が並んでいる。


「少し宜しいでしょうか、ウェスター・ロラントさん」


 後ろから女の声がした。


「あんたは、さっきの」


 黒豹女だ。つけられていたのか。こんな目立つ格好なのに気づかなかったとはな。単なるお貴族様の護衛という訳でもなさそうだ。

 酒場の暗がりに、女の金色の双眸が映える。不気味だが、酒場の暗がりも相まって、どこか神秘的な雰囲気を感じた。


「話は手短に、先ほどの件なのですが、どうか内密にして頂きたいのです」


 オレが、あのロリ貴族を助けた事についてだろう。


「別に他所で話すつもりはねぇし、武勇伝を語る趣味もねぇけど、一体どうしてだ」


「申し訳ありません。お答え出来ません。代わりに、ここで何か奢らせて下さい」


 お礼は酒代か、まあ良いさ。欲をかいて、お貴族様連中の反感をかってもつまらない。あいつらの世界も狭いからな。

 もしルイズたんの耳に入ったら不利益を被るのはオレだ。無作法者と誹られてもつまらない。今のところ、貴族の中で唯一の友達だからな。友情は大事にしねぇと。


「そうかい。じゃあ、あのボトルを頼む」


 オレはカウンターの棚に並んでいる透明な円錐形のボトルを指す。

 少し値は張るが、庶民でも手を出せない値段じゃない。僅かなハチミツのような香りが心地良い、スコッチウイスキーに似た味がする蒸留酒だ。おやっさんの店にも置いてある、オレの好きな味の蒸留酒だ。

 この世界の蒸留技術は元居た世界と同様に、錬金術師によって確立された。賢者の石や不老不死の薬を作る過程の副産物、という所まで見事に一緒だ。最も、魔素のおかげか、この世界の錬金術の方が発達しているようだ。

 賢者の石だの不老不死の薬だのは未だに実用化されてないが、奴らの努力のおかげで、美味い酒にもありつける。錬金術師様々だ。ゆるふわサイコパスを除いて。


「飲み方は?」


 店員が飲み方を伺って来た。


「ストレートで」


 丈夫な体のおかげで、酒を呑んでも酔う事はないが、美味いならそれで充分だ。

 さっそく口に含む。仄かなハチミツ香が鼻腔に抜け、ふくよかな余韻が喉を通り落ちた。


「ありがとよ、こんな美味い酒を奢ってくれて」


 振り向くと、そこに黒豹女の姿は無く、カウンターに数枚の紙幣が置かれていた。この蒸留酒のボトル1本分はある。


「消えた? 嘘だろおい」


 やっぱり、ただの付き人じゃないな。ああいう奴とは、関わり合いになりたくないもんだ。

 ボトルを1本明けて店を出た。店員はドン引きしてたが、そんな事はどうでも良い。

 もう2軒ハシゴしようなんて気分にはとうていなれなかった。


「帰って寝るか」


 暗くなり始めた東の空を眺めながら家を目指す帰りに、ゴロつきが絡んで来たので、もちろん死なない程度に殺しておいた。自衛権は行使しないとな。


 あれから6日後、ついに来てしまった。クソ忌々しい勲章授与式に軍事パレード。オレだって軍オタだ、兵器を見るのは好きだが、行進しながらじゃあ護衛戦車も襲撃戦車も拝めりゃしねぇ。

 ただ群衆の歓声を受けてお行儀良く歩くだけ。それだけならまだ良い。問題は予行練習の為に休日出勤をしなければならなかった事だ。おかげで休みが3日も潰れた。

 ったく、人の時間をなんだと思ってやがる。

 まずは城の中で皇帝陛下御自らの勲章授与。その勲章を身に着けて、街を花々しく練り歩くという訳だ。もうマジでゲロ吐きそう。


「皇帝陛下の御成である。総員、礼!」


 行政官の号令に、オレもキレッキレの動きで、床に片膝ついてかしこまる。

 スローライフを送りたいだけなのに、どうしてこうなった? などという考えはお首にも出さない。偉いぞオレ。

 管楽器の音色が高らかに響くと、やがて皇帝による祝辞が始まった。女帝とは知っていたが、声を聞くのも始めてだった。今は下を向いているから顔を見る事は出来ないが、まだ相当に幼い印象だ。

 考え事をしている間に、祝辞は終わり、勲章授与の段。ルイズの授与が終わると、次はいよいよオレの番だ。


「続いて、帝国陸軍少尉、ウェスター・ロラント、前へ」


「はっ!」


 行政官の指示に、お行儀よく応じてやり、練習通りに右手を胸に軽く添えて、頭を伏しながら段を1歩ずつ歩く。


「ロンデニオス帝国陸軍少尉、ウェスター・ロラントよ。表を上げい」


 よく通る声に顔をあげると皇帝がオレを睥睨していた。コイツが女帝アリストリア・リネ・ロンデニオスか、硬貨に描かれている横顔よりも童顔だろ、偽造対策とか大丈夫か? って、あれ? この幼女、どこかで見た気が……。

 艶やかな深緑色の髪に、海のように深い紺青の瞳…って、おい、おいおいおいおい。おいおいおいおい!


「久しいの、ウェスター。息災であったか?」


 コイツ間違いねぇ! オレが研究所の帰りに路地裏で助けたロリ貴族じゃねぇか。豪華なティアラつけて、髪型オールバックにして、きれいなおべべ着てるから一瞬気づかなかった。くそっ、オレの視力も肝心な時に役に立たねぇな。

ロリ貴族改めロリ皇帝は、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「どうじゃウェスター。今宵は枕に顔を埋めて足をバタつかせる事になりそうじゃの?」


……オレ、終わったわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る