第1章3話【ほらもーだから言ったじゃん】

「へっ、たかだか一人じゃねぇか」


 SFや戦記物で、これからやられる敵のザコキャラが口にして来たセリフを軍曹が口にした。もちろん、現実にフラグなんてものがあるのかは分からない。だが、嫌な予感しかしない。


「さあ、殺し合えゴミども」


 赤髪の大魔導士が邪悪な笑みを浮かべたまま蒼穹に両手を掲げる。その直後、突然兵士達が互いを撃ち合い始めた。

 どうなってやがる、混乱系の魔法か? いや違う。

 兵士達の口からは相手を撃つ事を拒否するような言動ばかりが聞こえて来る。つまり、意識は明瞭という事になる。

 まさか、体の動きを直接乗っ取ってるのか? そんな魔法聞いた事がないぞ。野郎、どこまで規格外なんだよ。


「少尉、ロラント少尉、避けて下さい」


 軍曹が半狂乱になりながらオレに銃口を向ける。

一方のオレはというと、まったくもって何ともない。

 やっぱりそうか、オレは打たれ強いだけじゃない。魔法耐性も身についているようだ。

 オレは即座に軍曹の胸部を撃った。

 声を上げる間もなく草地に転がり、血の泡を吐いている。

 避ける? 冗談じゃない。

 いくら体が丈夫だからって、銃弾を食らえば結果はシュレディンガーの猫箱。やられる前にやるに決まってるだろ。


「お前が悪いんだぞ軍曹」


 こちとら異世界スローライフ目指して、前世で被ったクソみたいな損失を意地でも埋め合わせなきゃならないんだ。悠長に構えてられるかよ。


「忠告しただろ、フラグを立てるなって」


 過労死した経験から学んだんだ。他人に尽くしたり、遠慮しても、何の意味もないと。

 例え軍曹にガキが生まれていたとしても、それはコイツの都合であって、オレには関係ない。

 大魔導士は空中に浮いたまま悠々と橋の東岸の窪地に向かっていく、中隊本部要員、ルイズとリリアが居る場所だ。


「あ〜、やべぇ〜、体が勝手に動いちまうわ〜」


 オレは銃をこっちに向けている味方を片っ端から撃ちながら大魔導士を追った。

 動きを操れる以上、あの野郎もリリアみたいに生体反応を感知出来る可能性がある。死んだフリは恐らく通じないだろう。ここできっちり殺しておかないと。


「ねーちゃんスゲぇな。物理防御が出来る魔法障壁なんて、聞いた事がねぇ」


 川岸に着いた時、大魔導士は丸い防御結界を張るリリアに問いかけていた。、間近で拡声魔法を使っているのは、彼女達への嫌がらせも兼ねているのだろう。この距離でも馬鹿みたいな声が丸聞こえだ。


「アンタが噂の人工魔導士ってやつなんだろ? なあ、教えてくれよ。それどうやるんだ」


 周りには、悲痛な叫びを上げながらリリア達に向けて発砲している兵士達が居る。

 銃弾のすべてが結界の上を滑るように跳弾し、明後日の方向へ飛び去っていく。


 リリアも毅然とした態度で返す。口元の動きから察するに、兵隊達にかけた魔法の解除を要求しているようだ。今のルイズよりは、よほど指揮官らしいじゃないか。

 ルイズの方はというと結界の中で膝を折り、豊かな双丘を抱えて嗚咽している。

 作戦開始前の凛とした女隊長の影は、今や見る影もない。

 部下がわめきながら自分達に発砲しているという異常な状況だ。そりゃパニックにもなるだろうが、もう少しちゃんとしてくれよ中隊長殿。


「ああ、そうかよ。じゃあこうしてやるか」


 大魔導士が指を鳴らすと、兵士たちがウォルフフィールドを逆手に持ち、次々と自分の喉に銃剣を突き込んでいく。

 ルイズの目に絶望の色が浮かぶのが見て取れた。

 地面に座り込み、髪を振り乱し頭を抱えている。目の前で部下達が次々と血飛沫をあげるという異様な光景に、明らかに錯乱しているようだ。

 リリアは凄惨な光景に目を瞑りつつも、依然として取り乱す事なく結界を維持していた。


「交渉材料がなくなったな、ねーちゃん。その結界ブチ破って、その体にゆっくりと聞いてやるよ」


 不味いな、オレ以外の兵士は、彼女達を置いてあの世行きだ。オレが生きてる事なんて、生体反応を感知せずとも後ろを振り向かれればすぐにバレる。やるしかない。

 この距離なら外さない。小気味よい反動が肩を叩くと、魔導士の赤い外套を銃弾が抉り、貫通してリリアの結界に跳ね返った。奴さんは無様にも前のめりに倒れる。

 お、案外あっけなかったな。


「ぐっ……誰だ。オレの邪魔するやつは」


 紅色の外套を赤黒い血で濡らした大魔導士が、こっちを振り向きながら自分の胴体に手をかざすと、みるみるうちに傷が塞がっていく。

 しまった。大魔導士なら回復魔法ぐらい使えるだろうに、オレのバカ野郎。


「このオレ様の傀儡魔法を解いたってのか。お前一体何者だ」


 ちくしょう、一瞬で傷を完全に塞ぎやがった。


「只の一般兵だよ」


 叫びながら2撃目を放つが、魔導士は飛び退く。

外れた銃弾が、リリアの張った結界を跳ね滑り、ルイズが怒鳴られた子供のように体を震わせる。


「まずはテメェを仕留めてから、ねーちゃん達とゆっくり遊ぶとしよう」


「上等だクソ魔導士、秒で殺してやるからかかって来い」


 大魔導士が右手を掲げる。拡声魔法を切らずに攻撃魔法も使えるのか、そう思った矢先、天空に閃光が走ったかと思うと、いきなり雷撃が降りてきた。


「うぐっ」


 くそっ、視界が明滅する。それに身体中に静電気が走ったみたいに……え? 静電気? なんだよ嘘だろ、この程度かよ。

とりあえず効いたフリをするため地面に倒れる。


「秒で死んだな、ボンクラ野郎」


 大魔導士の煩い声と、足音がこっちに近づいて来る。

極力気づかれないように右のホルスターから将校用拳銃を引き抜き、セーフティを解除した。


「いくらお前らが魔防繊維の軍服着てるからって、これには耐えられないだろ」


 雑草を踏みしだく魔導士の足音が大きくなる。その音がオレの数歩手前で止まる。


「テメェ、まだ生きて……」


 感づかれた。

 やはりコイツは、リリアみたいに生体反応を感知出来るようだ。だが、人工魔導士リリアちゃんには遠く及ばない。誰しも得手不得手があるってか。

飛び上がるように跳ね起き、間髪入れずに6発を叩き込む。狙いはどこでも良い。


「クソっ、ザコの分際で」


「そのザコに二度もしてやられるなんざ、テメェも相当能無しだな」


「減らず口を」


 負け犬の遠吠えをほざきながら性懲りもなく胴体に手をかざす。また回復魔法。だが、先ほどと違い様子がおかしい。顔は苦痛に歪み、明らかに痛みに喘いでいる。


「回復魔法で傷は治せても、体に残った弾は取り出せねぇか。小銃より威力が無いのがアンタにとっちゃあ災難だったな」


 オレはクソ生意気な魔導士に歩みよると、額に銃口を押し付けた。


「頭を吹き飛ばせば、回復魔法も使えねぇよな?」


多少グロいが、この際は仕方がない。


「待て、ロラント少尉」


 ルイズがこちらに駆けて来た。リリアが結界を解いたのか。

 そのまま覆い被さるように組み伏せると手錠をはめる。


「女に縛られる趣味はねぇんだが」


「大魔導士グラン・アルトールだな」


 減らず口を無視して食い気味に質問を投げるルイズ。その目には明らかに復讐の炎を灯していた。


「ロラント少尉、彼を殺さないでくれ」


 煮えたぎる怒を抑えるように、ルイズが横目でオレを見ながら言う。


「停戦への交渉材料に使う」


 なるほど、大魔導士の返還を条件に、こちら側に有利な条件で講和を持ちかける算段か。


「貴殿が魔導士の中でも実力者である事は認める。だが、単独で馳せ参じるとは、こちらの戦力を甘く見たな」


 士官学校で得た知識によれば、フレメシア共和国は、7人の大魔導士の合議制によって政を行う。

 普通の共和制国家なら、たかだか有力者1人が捕虜に取られたくらいで交渉には応じない。むしろライバルが居なくなって内心喜ぶ者すら居るだろう。

 だが、魔導士は実力社会。7人の首長がそれぞれ強力な兵器と言っても差し支えない。貴重で、しかも量産が出来ない強力な兵器が敵の手に渡ったとなれば話は別だ。

 しかもこのグラン・アルトールという男、大魔導士の中でもかなりの腕利きらしい。士官学校の教科書に写真はなかったが、特徴だけは詳細に記載されていた事を思い出す。

 魔法の研究開発に長け、強大な魔力を有すると。にも関わらず、首長の中でも後発の為に、実力の割に若輩者扱いされている。実力主義の魔導士界隈でも、首長連中は事情が違うらしい。で、好戦的で自信家なコイツは、そこに不満を抱えている、と。


「大方、アンタ一人でオレ達を全滅させて名声を高めようとか考えてたんだろアホめ」


 自信過剰なお調子者が犯す失敗の典型例じゃないか。


「ロラント少尉、今は作戦中だ」


 いけね、私語厳禁っと。

 それにしても、さっきから気になる点がひとつある。


「手錠だけで大丈夫なのか……でありますか」


「問題ない」


 ルイズは即座に答えた。


「もともとフレメシア人の魔法は、ヴァーツラフの魔人どもからの借り物。自力で改良を加えようとも、魔法の発動条件自体は変えられないだろう」


「ちっ、言わせておけば、女じゃなけれゃ消し炭にしてやるところだ」


 アルトールは悔しそうに歯噛みした。


「大魔導士といえど、腕を動かさねば魔力を指向出来ない事は知っている。下らん意地を張るな」


 そういえば、魔法は錬成と指向の二段階に分けられるんだったな。

 いくら魔力を錬成しても放出する魔法の方向を定めなければ、魔力が暴走して自滅しちまう。

 指向の段階が案外と難しいらしく、魔法石を埋め込まれた杖が必要になる。

 錬成に必要なのが詠唱、指向に必要なのが杖。そう考えると、無詠唱かつ、杖も持たずに手をかざすだけで魔法を放てるクソ魔導士ことグラン・アルトールさんが、桁外れのバケモノってのが改めて理解出来る。

 しかし、そんなヤツですら腕を後ろ手に縛らてただけで無力化とか、輪ゴム一つで口が開かなくなるワニみたいだ。


「此度の戦争の原因は、もともと貴殿らが不当に鉱石の禁輸を行った事にある」


 大魔導士の合議の上に国家運営がなされるなら、当然コイツの意思決定も反映されている。


「魔力もねぇゴミどもと、対等に取り引きする必要がどこにあるんだよ」


「その差別意識が、此度の争いを招いたのだ」


「知るかよ、我慢すりゃ良いだろ」


「なんだと」


「まあまあ中尉殿、それぐらいに」


 まったく、アンタが挑発に乗ってどうするんだよ。


「へっ、オレを拘束したところで、お前らだけでこの場を守り切れるものかよ。すぐに囲まれて終わりだ、とっとと逃げた方が身の為だぜ。オレを置いてな」


 それはそう。中隊はオレ達3人だけ。軍事常識からすれば全滅判定だ。


「大丈夫です」


 リリアが口を開く。


「もうすぐ聞こえて来るはずですよ、我が軍の戦車が轍を刻む音が」


 どうやら本隊付属の襲撃戦車隊の生体反応を拾ったらしい。移動速度で兵科を特定したな。


「あのオモチャか、所詮は魔力を持たないお前らの悪あがきじゃねぇか」


「前の戦いの時、貴殿らはそのオモチャに苦戦を強いられたのではなかったか?」


 ロンデニオスとフレメシアの戦いは、今に始まった事じゃない。

 それこそオレがこの世界に転生する前から、幾度となく戦火を交えて来た。

 元いた世界でも、隣国同士はたいてい仲が悪かったが、どこの世界も似たようなもんだな。


「来ました、襲撃戦車連隊です」


 襲撃戦車キャリバー。突破、追撃、偵察もこなす、帝国軍の事実上の主力戦車だ。仮想敵が軟目標ばかりのため主砲は20ミリ相当の機関砲。車体右前面に機関銃を1丁備えている。


「一息つけますねぇ、中尉」


「ああ、そうだな」


 戦車が前方展開して敵を殲滅してくれるならありがたい。

 ロンデニオス帝国陸軍における主力は、あくまで戦車だ。

 何しろ仮想敵は魔導士や妖精族に魔人に獣人。銃で武装し、魔力耐性のある軍服を着ているとは言え、生身の歩兵だけではジリ貧だからな。風系魔法の雷撃を無力化出来る戦車は、それだけで大きなアドバンテージだ。

 もっとも、車に雷が落ちても、中の人間は平気なのと同じ道理なのが悲しいところだが。

 てっきり装甲に特殊な素材が使われていると思いきや、只の均質圧延板と鋳造鋼らしい。あとは魔防布が内張りされているぐらい。本当に第2次世界大戦と同レベルだ。

 いやあ、それにしても戦車は良いよね戦車は。オレも希望兵科に書いたんだよ? 第1希望補給、第2希望戦車って。

 で、結果は今、歩兵なんだけど。


「ところで」


 言いながらルイズがこちらを向く。


「なぜキミは魔法を打ち破る事が出来たんだ?」


 まあ、当然そう思いますよね。テキトーに誤魔化すか。


「気力と根性ですかね。自分でもよくわからないんですが」


「そんなハズはねぇ!」


 大魔導士が声を荒げる。


「オレの傀儡魔法は例外なくすべての生物に影響を与える。しかも、特級の雷撃魔法まで……魔法障壁の中にいたそこのねーちゃん達に効かないのは仕方がねぇ。だが、テメェみたいなボンクラに通じないなんざ、ありえねぇんだよ」


「誰がボンクラだブチ殺すぞ」


 あ、やべ。思わず心の声が漏れちゃった。


「少尉!」


 案の定、ルイズたんにたしなめられる。


「失礼しました。中尉殿」


 クソ魔導士、テメェには謝ってやらねぇ。


「お前まさか、魔力耐性でもあるんじゃないのか? 一体何もんだ?」


「だから一般兵だよ。二度も言わせんな」


「確かに私も気になる。機会があれば、知り合いの錬金術師に調べて貰いたいくらいだな。何かとてつもない発見があるかも知れない」


 おい、ふざけんなよ冗談じゃない。それじゃあ、頭のおかしい上官に実験材料にされるRPGの帝国兵そのまんまじゃないか。お願いだから余計な事言わないでルイズたん。


「フォルセーナ中尉、大隊長がお呼びです。橋の西岸で待つとの事です」


 リリアたんナイス助け舟。仲間の人工魔導士の思念をキャッチしたみたいだ。


「グロスター少佐か、分かった。グレイブ特務少尉、ロラント少尉、済まんが捕虜の監視を頼む」


「「了解」」


「特にロラント少尉、アルトール殿は大事な捕虜だ。虐待は許さん」


 アルトール殿、と来たか。ルイズたんも、その辺は貴族だな。


「了解であります、フォルセーナ中尉殿、戦車隊より茶を融通してもらい振る舞いましょう」


「グレイブ特務少尉、ロラント少尉が捕虜に危害を加えようとした場合、思念伝達で知らせるように」


「了解です」


 オレの冗談を無視して粛々とリリアちゃんに命令するルイズたん。信用ねぇなぁ。

 オレはクソ魔導士ことグラン・アルトールに銃口を向けながらルイズの背中を見送った。


「よおクソ魔導士、少しでも妙なマネしたらブチ殺してやるからな」


「そっちこそ、ママの言いつけ守んなきゃ、おやつ抜きだぞ」


 あえて挑発には乗らねぇ。熱い時間は終わったんだ。

 そんな事より、コイツには聞きたいことがいくつかある。


「ウチの隊長さんにも言ってたが、本当にオレ達への差別意識から禁輸をしかけたのか?」


「クドい野郎だな」


「聞き方を変えよう。フレメシアは7人の大魔導士の合議と多数決によって政治が行われる。アンタも賛成したのか?」


 オレの問いに溜め息を漏らす。うんざりというよりも、何か思う所があるようだ。


「ねーちゃんにはイキってああ言っちまったが、オレ自身は反対したさ、利益が減るのは困る。オレの領地は、ロンデニオス向けの鉱石を産出してるからな。オレ自身は実利優先だが、他の奴らはそうでもないのさ」


 まあ、そんなもんだよな。互いに協力し合う方が特だと分かっていても、争う例なんざ腐るほどある。


「いや、ちょっと待てよ」


 オレの脳裏に一つの疑念が浮かんだ。


「お前まさか、自分が捕まれば停戦交渉に移行する事を計算して、ノコノコ一人で出張って来たんじゃないだろうな」


「な訳あるかよ。テメェらなんざ、オレ一人で十分だと思ったのさ。だが、面白いアイデアだ。次から使わせてもらうか」


 コイツ、掛け値なしに大馬鹿野郎だ。大魔導士が聞いて呆れる。

 何しろ自分の価値を適切に判断出来てないんだからな。

 戦術飛空艇を一撃で墜とし、1個中隊を全滅に追い込めるんだぞ。ロンデニオスは戦車や人工魔導士を半ば過信して今回の戦争を仕掛けたが、ガルム獣人王国やヴァーツラフ魔王国には十分な抑止力になるじゃないか。テメェがオレらにとっ捕まってる間、アイツらが妙な考え起こしたらどうなるよ。


「ボンクラのクセに頭は回るじゃねーか」


 お前は頭が回らねぇよな。


「うるせぇよ、クソ魔導士」


 何か忠告してやろうかとも思ったがやめだ。馬鹿は死ねよ。担いでる連中も同様だ。


「しかし、ねーちゃんはすげぇな。『持たざる者』のアンタが魔法を使えるだけでも驚きなのに、見た事ない防御魔法まで……一体どうやるんだよ」


「お答え出来ません」


 にべもなく突っぱねるリリアちゃん。そりゃ、そうだわ。歩く軍事機密だぞ。分かりやすいおべっか使って聞き出そうとしても無駄なんだよゴミ魔導士め。


「ですが、大魔導士さんに伝えたい事があります」


 お、リリアちゃんが自分から喋りだそうとするなんて珍しいじゃないか。


「私もそうですが、そもそも、魔力は自分の力で得た訳ではありません。フォルセーナ中尉も言われたように、ヴァーツラフ魔王国の魔人族が大陸で勢力を拡大するおり、各国の擾乱を誘う目的で人間の一部に魔力を与えた事がきっかけです」


 魔人族の思惑は簡単で、他種族への撹乱と人間同士の潰し合いを期待しての事だ。

 目論見通り、魔力を持った人間は、やがて他種族と争いを始め、同じ人間でも魔力を持たぬ者を『持たざる者』として迫害し始めた。

 ヴァーツラフ魔王国は、その間に南下を繰り返し、いくつもの大陸諸国を滅ぼし併呑。最後は、自ら魔力を与えた人間達を、西の隣国の獣人達ごと滅ぼそうとしたが、思いの他抵抗が激しく、更に一時的に獣人と人間が手を結んだ為、膠着状態のまま時が流れた。

 それがそのまま今のフレメシア共和国とガルム獣王国、そして、更に東のヴァーツラフ魔王国の位置関係となっている。

 ちなみに、その間、『持たざる者』として迫害された人間達は、大陸周辺の島々に逃れた。

 そのうち大陸の北端に位置する島に逃げた人間達が創った国が、今のロンデニオス帝国という訳だ。


「自ら得た訳でもなく、与えられた能力の違いだけで地位を決めるのは公平ではないと思います」


「しゃあねぇだろ。『持たざる者』への差別意識は、今や共和国の骨身に浸透してる。今さらどうにもならんさ。いくらオレ自身がどうでも良いと思っていてもな」


 なるほど、実利優先ってのは嘘じゃないみたいだ。


「ならば、停戦交渉に貴国に住まう『持たざる者』への差別是正も盛り込まねばならんな」


 後ろからルイズたんの声が聞こえて来た。引き連れているのは憲兵隊だな。

 てっきりゴミカス魔導士ことグラン・アルトール殿をブタ箱にブチ込む為に連れてきたと思っていたが、どうやら憲兵達はリリアちゃんにも用があるようだ。


「私は一度、研究所へと戻らねばなりません」


 そう言うと、リリアは2人の憲兵隊員に連れられていった。

 クソ魔導士ことグラン・アルトールも横柄な態度ではあるが、意外と大人しく残りの憲兵隊に連行されていった。

 やっぱ、自分が停戦交渉への材料になる事を狙ってやがったなアホめ。


「少し、話せるか?」


 リリア達を見送った後、ルイズが口を開いた。

 この台詞はルイズがオレと私的に話したい時の合図だ。この時だけは、オレはルイズの友人として接する事を許される。


「なんなりと、中尉殿」


 見るからに意気消沈している。何かあったか。


「お咎めでもあったのか?」


「いや、中隊と引き換えに大魔導士を捕縛出来たのは大戦果だと称賛されたよ」


「そうか、なら良かった」


「いいわけないだろう。たくさんの部下を失った」


 いやいや、戦争で人が死ぬなんて当たり前じゃん。それこそ、平和な極東の島国で過労死する以上に自明だ。

 だが、ルイズにとってはそうではないらしい。


「軽蔑しているだろう?」


「何がだ?」


「普段はこうして指揮官たろうと振る舞っていても、ひと度危機に陥れば、あの体たらくだ。自分が、あそこまで弱い人間だとは、正直思わなかったよ」


 結界の中で、生まれたての子鹿みたいにブルブル震えてたもんなぁ。

 庇護欲は駆られるが、指揮官としては落第点だ。だがまぁ……。


「そんな事はない。誰だって、想定外の事態には混乱するもんだろ。だいたい、動きを操る魔法なんて教本にあったか? あのグランなんちゃらが魔法の研究開発もやるってんなら、最近開発したものを実験で試したとか、そんなところだろ。初見での対応は無理だって」


 上官だからな。点数は稼いでおいて損はない。


「そう言ってくれるか」


 安心というよりは観念したというような様子で静かに答えた。

 相当まいってるようだ。まるで現実から逃避すように橋を渡る戦車の列を呆然と眺めはじめた。


「襲撃戦車キャリバーか、凄い数だな」


「ここから先は平地、あいつらの独壇場だ。連中が前線で暴れてくれれば、俺達の負担も減るってもんだな」


 軽戦車程度の火力と装甲しか持たない代物でも、この世界では立派なゲームチェンジャーだ。

 人工魔導士の探索魔法と思念伝達でイニシアチブを確保し、機関銃とライフルで敵を圧倒。

 更に飛空艇や各種砲撃で援護、戦車で歩兵を支援しつつ包囲撃滅、突破を図る。

 帝産業革命を遂げて以降、帝国はこの戦術で、魔法全盛のこの世界において勢力を拡大し続けて来た。

 まあ、今回は橋梁確保という任務上、戦車の援護はつかなかったが。


「あれを生み出した錬金術師達に感謝せねばな」


あ、なんかやな予感。


「そういえば、キミを知り合いの錬金術師にみてもらうという話だったが」


やっぱそう来るかよ。


「あれは忘れてくれ。考えて見れば、友人を得体の知れない実験に巻き込む可能性を考慮していなかった。浅はかだった、本当に申し訳ない」


 思い直してくれたみたいにで助かったぜ。ルイズたんが思慮深い人間で本当に良かった。やっぱり付き合うヤツは選ばねぇとな。


「良いさ、あれだけの激戦の直後だ、気が触れてもおかしくはないだろ」


 しかし、錬金術師か。

 この世界における科学者みたいなものだとは理解してるいるし、産業革命もアイツらの技術で成し得た訳だが、オレ個人としては錬金術師の知り合いはいない。一体どんな連中なんだろう。

 この世界に転生して25年、少なくともロンデニオス帝国内の市井には明るくなったし、士官学校でも世界各国の情勢について学んだ。それでもまだ、オレには知らない事が多過ぎる。

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