第1章1話 【人生思い通りにはいかないもので】
4年間の士官学校生活は本当にキツかった。訓練から帰って来たら、ベッドがひっくり返され、私物が無くなってる事なんて日常茶飯事。教官は白い歯を輝かせながら『貴様らの私物か? 山の上にあるかも知れないぞ』などと宣う始末。
本来、士官学校は私物持ち込み厳禁なのだが、決まりを破るバカは、どこの世界にも必ず居る。当然の如く、班の全員で連帯責任を取らされ、ダレた気分を引きずりながら何度も山を登る日々が続いた。いくら自分の体が丈夫に出来てるとはいえ、精神的に堪えない訳がなかった。
で、そんな苦労を経て、めでたく配属を賜った先が……歩兵科。
(おいぃぃィィ! なんでだよおぉぉぉォォ!?)
卒業生達が賑やかに行き来する士官学校の廊下で、辞令を握りしめ心の中で絶叫する。
「畜生、ちゃんと第1希望補給科って書いただろうが。なんでだ? なんでなんなんだ……」
ダメだ。不条理過ぎる現実に心の声が漏れる、漏れちゃう。
「ウェスター? ウェスター・ロラントではないか?」
凛とした声に顔を上げると、そこにはオレと同い年くらいの女が立っていた。ブロンドのショートボブで童顔の為か声音の割に幼い印象を受けるが、目には強い意志が宿っているように見えた。
「えと……どちらさ……」
言いかけて、肩の階級章に目をやる。アマカスミソウの花印が2つ。中尉だ。別の組の教官か?
「失礼致しました! 中尉どのっ! 自分にご用でありますでしょうか」
危ない危ない、あまりに期待外れな配属先に脳がバグってた。上官に不遜な態度をとったら、その場で腕立て50回だ。卒業早々冗談じゃない。
「やはりそうか。私だ、ルイズ・ディム・フォルセーナだ。キミが昔居た施設の経営をしていた貴族の娘だ」
施設というと、オレがこっちの世界で生まれてすぐ口減らしに預けられた児童保護院か。
「覚えてくれていただろうか?」
思い出したぞ。施設内でイジメに加担してたオレをボコボコにした暴力女だ。
オレだって好きでやってた訳じゃない。閉鎖的な空間で一度ナメられれば末路は悲惨だ。我ながらに最低だと思うが、転生前の実体験に基づく合理的な判断だと思っていた。
「あ、あの時の暴力女」
ヤベ! 思わず口に出しちまった。どうしたんだ今日のオレ、いくら配属先が衝撃的過ぎるとはいえ混乱しすぎだ。
「む……ぅ」
ほらもう、ルイズたんってば青筋立ててんじゃん最悪だよもう。上官の覚えが悪いと後々面倒くさいぞ。
「まあ、今回は見逃してやろう。あの時は殴ってすまなかった」
ひょっとして助かったのか。そういえば、そんな性格だったな。気位が高いというか。
「いえ、あの時は、自分に落ち度がありましたので」
父親に連れられて視察に来ていたルイズが、イジメの現場に遭遇。
周りの悪ガキどもが、ルイズを取り囲んだ時、オレは一対一の勝負を申し出た。いくらなんでも、女の子一人に男子大勢が相手なんて胸くそ悪いと思った故の判断だった。
で、結果はオレの惨敗。この国の貴族階級と言えば騎士の出が多い。武道を叩き込まれた彼女に、素人のオレがかなうハズもなかった。その時だったな。自分の体の頑丈さに気づいたのは。
この世界でのオレが24歳だから14年前か。
「あれからの話は聞いている。改心したのか、今度は率先して虐めを解決する方に回っていたそうじゃないか」
お、なんかいい具合に勘違いしてるな。自分の頑丈さに気づいて以降は、悪ガキどもとつるむ必要が無くなったってだけの話なんだがな。素人同士の喧嘩なら、オレの方が上だと分かったからな。
「いえ、自分も申し訳なかったであります」
「今なら分かる。大人数を相手にしようとした私を庇ってくれたのだろう?」
「恐縮であります」
まあ、そりゃあね。あの場では、そうするのが正解だって思っちまったんだよな。おかげで転生後の自分の能力に気づけたのは収穫だったよ。
「しかし、自分のせいで中尉殿がお父上に叱られてしまった事は、申し訳なく思っておりました」
保護院の責任者との話し合いから戻って来た親父さんが、オレとルイズの喧嘩を目撃。理由を説明する彼女の話も聞かずに『貴族が平民に手を挙げるとは何事か』とビンタかましやがったんだよな。
「ああ、そんな事はいいんだ」
言いながらルイズの視線が横に流れる。いや、あれは理不尽過ぎですって。
「ところで、キミはどこの隊に配属になるんだ?」
話を切り替えて来たか、まあ、あまり掘り下げるものでもないしな。
「第7独立混成旅団であります」
そう、この独立混成旅団というのがなかなかの貧乏クジだ。歩兵をはじめ、戦車、砲兵、補給部隊をワンパッケージにまとめて、独力で数ヶ月間を戦う能力を持った部隊。裏を返せばその間は前線にずっと張り付いていることになる。
「同じ旅団か、キミも優秀な成績を収めたのだな。そんなキミと一緒にくつわを並べる事が出来ると思うと嬉しいよ。同じ中隊になると良いな」
「はっ、自分も、中尉殿の下で戦える事を望みます」
そう、オレは物凄く頑張った。そうすれば、希望の兵科に行けると思ったからだ。そして、それはオレの勘違いだった訳で。
「独立混成旅団は、人工魔導士を擁する我が帝国の主力部隊だ。それだけに我々への期待も大きい。共に頑張ろう」
「はっ!」
そうだよ、そうなんですよ。帝国の連中がこぞって魔法使えないから時々忘れがちなんだけど、ここ魔法ありな異世界なんだよな。
海の向こうの大陸や他の島国には、魔導士やら魔人やら妖精やら龍人、鬼人がうじゃうじゃ居る。
これからそういう奴らと戦う事になると考えるとマジで吐きそうだ。
マンガやラノベの主人公ならワクワクするところなんだろうが、残念だけど、これ現実なのよね。
「人工魔導士は戦闘では大いに役立つのはキミも知っているだろう。我が隊が奮戦すれば、味方の損害も減り、勝利に貢献出来るだろう」
マジでその人工魔導士ってのが得体が知れないんだよな。座学で習った分の知識によれば、一定範囲の魔力や生体反応を感知して思念伝達で砲撃誘導出来る生きたGPSって感じなんだが、なにしろ人工、だからな。元居た世界のアニメとかみたいに、途中で発狂したりしないだろうか。
「おっと、もうこんな時間か? すまないウェスター。もう行かねばならないんだ」
ルイズは思い出したように左腕に巻いた腕時計を見るとそう言った。産業革命下であっても、腕時計は未だ高級品だ。やっぱり貴族のお嬢様なんだな。
「それと最後に一つ。私的な場では、呼び捨てで構わない。親しい友人も大半が戦死してしまったからな。昔馴染みとの会話は、心身の安定に良い。いいな、これは命令だ」
心なしか、顔が紅潮しているように見える。
あれ、なんだろう。初めて異世界っぽいイベントが発生した気がする。
36歳で過労死して、こっちの世界で24歳だから、通算60年の人生で初めての胸キュンイベントだわ。
「では、戦場で会おう」
踵を返して歩み去るルイズ。そのセリフ、せっかくのトキメキが台無しですぜ。
「ん、まてよ」
彼女の背中を見ながら、ふと先ほどの会話に違和感を感じた。
さも当然かのように彼女が言ったものだから聞き流してしまったが、何かとてつもなく重大な事を言っていた気がする。
思い出せ、彼女はさっき何と言った?
「友人の大半が……戦死?」
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