転生したら帝国兵になりまして〜オタ知識と丈夫な体で生き抜きます〜

風見 岳海

序章 【いい体してるねぇ〜帝国兵にならないか?】

 あー、もうヤダ、マジでヤダ。


 オレは酒場の掲示板に紙を貼りながら暗澹たる気持ちになった。

 紙には暑苦しい文言で白々しいキャッチコピーが書いてある。


『ロンデニオス帝国は君の力を必要としている』


 クソが、せっかく異世界転生して、スローライフ目指してたのに、徴兵制とかマジでふざけんなよ。何でも、この国がそこら中に戦争吹っかけてるってんで、人手が足らなくなったんだと。

 ヴァカじゃん? ただのヴァカじゃん?

 まったくふざけんじゃないよ。だいたい戦争なんて誰が得するってんだよ。オレは嫌だね。戦いたくありません勝つまでは。

 あー、でもなぁ~。どうせ、このまま黙ってても徴兵されちまうんですよね〜、あ〜クソ〜。

 憂鬱な気分のまま厨房に戻ると、まな板の上に置かれた包丁が目に留まった。

 どうする?指切り落とす?今すぐあの包丁で指詰めちゃう?そうすれば徴兵逃れ出来ますよね?

 あ〜、でも痛いよね。絶対に痛いよね。だいたい酒場で仕事も出来なくなっちまうよなぁ~。まだ自分の店の開業資金だって貯めれてないのに。

 ってか、元居た世界で過労死した挙げ句、転生した異世界で徴兵とか、何の冗談だよチクショウメー。


「おいウェスター、何ボサッとしてやがる。さっさとこの料理、あちらのお客さんに持ってけ」


「あ、はい。おやっさん」


 熱々出来立ての当店自慢の料理を持っていくと、そこには、産業革命華やかりし世には、およそ似つかわしくない冒険者風の男が2人、丸テーブルに向かい合って座っていた。


「失礼します。白銀タラと公爵イモの揚げ合わせになります〜」


 うーん、相変わらずいい香りだ。樽を流用したテーブルに料理を華麗に置くと、厨房に戻るために踵を返す。


「おい、兄ちゃん」


 さっきの男が声をかけて来やがった。何でしょうねまったく。


「この魚、半生じゃねぇか」


 は? んな訳ねぇだろ。どこをどう見てもフワフワのサクサクじゃねぇかブチ殺すぞ。

 さては兵隊にとられるってんで、憂さ晴らしに八つ当たりだな? 

 オレからすりゃあ、冒険者も兵隊も変わらないんだけどな。相手が魔物か人間か、あるいは他種族かの違いしかない。


「この店では、こんなフザけた料理を出すのか? ええ?」


 はあ〜、マジでムカついた。カスだけにカスハラもいいとこですよゴミめが。


「お客様、当店は料理に自信を持ってお出ししております。妙な言いがかりはお止め下さい」


「なんだとテメェ!」


 眉間にしわ寄せてこっちに来やがった。身のこなしだけは妙に素早い。などと悠長に構えていたら拳が飛んで来た。右頬にマトモに食らったオレは背中から床に倒れ込む。他の客からどよめきが上がった。

 実のところ痛みはあまりない。過労死しなくても良いように願ったら、何故か丈夫な体だけは手に入れちまったんだよな。

 さてさて、幸いにして、この国の飲食業は、よほどの客に対しては抗議はもちろん、自己責任のもと実力行使すらしていい事になってる。やって良いよね? オレ殴られたし。

 オレはのろのろと立ち上がると、適当に転生前にやってた格闘ゲームの主人公よろしく、それっぽい構えのポーズを取る。


「お、やろうってのか?」


 鳩尾に向かって飛んで来た男の拳を、今度は全力で踏ん張って受ける。多少痛いが、これで反撃の隙を作れる。


「お客様は、何様ですかあぁぁ!」


 渾身の力を振り絞り、腹の上あたりに正拳突きを一発。酒飲みはレバーが弱い。オレ以外は。

 思わぬ反撃に悪漢がよろめく。おら、今度は左ストレートだ。鼻っ面に食らわせてやれ。


「甘ぇよ兄ちゃん」


 右手でいなされたかと思うとオレの顔面に拳が命中。またもや吹っ飛ばされる。やるじゃないか。あんま痛くないけど。


「オレも混ぜろよ」


 うわ、片割れもこっちに来やがった。まったく、タイマンでも泥試合だってのに。こんな事なら格闘術の一つでも身につけときゃあ良かったかな。

 やたら丈夫ってだけで、格闘センスも人並みなら、腕力も人並みだったという事実を、今更ながらに思い知る。


「そこまでだ」


 おやっさん?


「うちの若いもんに何しやがるよ」


 おやっさんの顔を見た悪漢達の顔が、見る見るうちに青ざめていく。


「てっ、テメェはオキーフ!」


 オレを散々痛めつけてくれた男が、上擦った声を上げる。そういや初めて聞いたよ。おやっさんの名前。あんま多くを語らない人だからなぁ。


「くそっ!覚えてやがれ!」


 さっきまでの勢いはどこへやら、2人はへっぴり腰で這うように戸口に向かう。そして扉を開け放つと、流石に無銭飲食は不味いと思ったのか、お釣りがちょいと出るくらいの紙札を投げて出て行った。意外と律儀だねぇ。

 しかし、おやっさんが腕利きの元冒険者とは聞いてたけど、連中の界隈では名を知られてたんだな。

割れんばかりの拍手と歓声の中、今度は別の2人組の男が妙な笑顔を張り付かせながらオレの方に歩み出てきやがった。

 なんですか? 次はオレ達が相手だってか?


「いやぁ~、凄いじゃないか」


「それに、キミ、いい体してるねぇ。どうだい、帝国士官学校に入らないか?」


 いきなり何を言い出すやら、見たところコイツらもだいぶ出来上がってるな。てか、セリフから察するに、お前ら兵隊だろ?民間人のピンチに何ボサっとしちゃってるんですかね。助けてくれれば良かったじゃないですかまったく。


「学費はタダ、1日3食寝床つきだよ? もちろん、お給金も出るからお金も貯まるよ?」


 犬歯をギラつかせながら満面の作り笑顔で迫って来る。あの、すごく……怖いです。


「士官学校に入れば、将校を目指せるよ? もちろん、お給金もさらにアップ」


 将校かぁ。確かに、どうせ徴兵されて下っ端としてこき使われるなら、いっその事、そっちのほうがマシかも知れないなぁ。自分の店の開業資金だって、今よりは早く貯まるだろうし。

 あ〜でもなぁ。訓練、お厳しいんでしょ? 丈夫な体を手に入れたとはいえ、精神的なしごきだってあるだろう事は、簡単に想像ついちゃうんだよなぁ~。オレ泣いちゃうかも。


「将校になれば、休暇の日はお家に帰ってのんびり出来るよ?」


 うーむ、確かに魅力的な提案だ。兵卒で徴兵されれば当分は兵舎暮らしだからなぁ。訓練のキツさも徴兵されれば同じ事だし。


「戦車にも乗れるかも知れないよ?」


 うお、それはそそる、そそられる! 帝国が魔道士や他種族に対抗する為に作った、この世界での最新兵器。分厚い装甲に守られたそいつに乗る事が出来れば、少なくとも敵の雷撃魔法を防げるし、炎系魔法にだって一撃でやられる事はないでしょ。

 あ、いやちょっと待て待て。確かに戦車は魅力的だ。でもそれは趣味の話であって、実際にドンパチ始まるとなりゃあ、比較的安全そうな補給なり主計なりそういうところが良いでしょ。

 特に酒場で働いてるオレは補給科の調理兵に選ばれる公算が大きいと思う。めちゃめちゃ忙しそうだけど、死ぬよりはいい。この体だって、あくまで丈夫ってだけで、死なないって訳じゃないだろうからな……と思ったところで自分が過労死して転生した事を改めて思い出した。

 ちくしょう。結局どこに行ってもマシな選択肢しかねぇのかよ。

 おやっさんの方をちらっと見る。助けてオキーフ。


「どうせ放っといても兵隊に取られちまうんだ。好きにしやがれ」


「あ、やっぱそうなりますよねぇ」


 あ〜もう、こうなりゃあ敗れかぶれだ! どうせなら、士官になって、部下をこき使って楽してやるぜ。

 そんでもって、貯まった金で店構えた後は、店長雇って異世界スローライフだ。絶対に過労死した分を埋め合わせてやるからな!

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