第35話 葉月の存在意義の証明

 ペーンの懸命な願いは、あっさりと葉月に受け入れられた。


「わぁ! ペーンさん、良かった!! 治癒魔法受けてくれるんですね!! 今から良いですか? あ、私、フック神官長様のお許しが出たら毎日治癒魔法かけていいか、聞いていた所なんです!! 」


「ああ……もし、ハヅキが良かったら……」


「良かったぁー。時間が経ったらまた痛くなってないかなとか心配していたんですよ。あ、今、痛いところとか、苦しい事無いですか? ちょっと調子よかったらキックとノーイと何したいですか? なんか、食べたいものとかありますか? 他に、ほかに、何したいですか? 」


 葉月はハーンが亡くなった日から、心配していたことや、気持ちが爆発してしまい、言葉が止まりそうにもない。


「ハヅキよ。お前が心配していたことはペーンに十分に伝わったよ。ちょっと落ち着きなさい」


 フック神官長が止まらない葉月を制する。


「さあ、ペーン、良かったな。ハヅキは受け入れてくれるようだな。今日は、この後少しペーンの酔いを醒ましてから治癒魔法を実施する。明日からは、毎日夕方6時に、私が訪問し、その時に治癒魔法を実施するようにしよう。治癒魔法をかける前は次回からは禁酒だ。タオ、わかったな」


 視線でタオに圧をかけながらフック神官長は、葉月をいざない、エントランスの椅子に腰かけさせる。


「ハヅキよ。辛い事を乗り越えようとすることは大事なことだが、本当に大丈夫なのか?あんなに明るく振舞う必要はないのだよ」


 フック神官長は心配げに葉月を見遣る。


「フック神官長様。私、誰かの役に立ちたいんです。だから、ペーンさんの治癒魔法で役に立つなら、それだけで幸せに思えます。


 私、向こうの世界ではちっとも役に立ってなかったし。問題ばかり起こして家族に尻ぬぐいさせて、守られてばっかりでした。私は本当は守られるだけじゃなくて、誰かを守りたかったし、役に立ちたかったんです。だって、そっちの方が、生きてるって感じしそうでしょ?まあ、私は『そちら側』にはなった事なくて、想像なんですけどね。 


 私は向こうでは、あ、こっちでもかもしれないけど、容姿がいい方じゃなくて、異性として愛してくれる人もいなかったんです。家族はいたけど、特別に思ってくれる人が欲しかったんです。もし、私が息長足姫おきながたらしひめに制限をかけられてなかったら酷い事していたかもしれません。魔法に物言わせて、逆ハーレム作ったりとかしていたでしょうね。浮気したら即処刑したりしていたかも。あ、これはこれで寂しそう。誰も信じられなくなりそう。


 まあ、私が言いたかったのは、誰かの役に立てる自分は幸せだと思っている事です。フック神官長様に心配してもらって嬉しいです。私はティーノーンのバンジュートに転移できて良かったと思ってますよ」


 ハヅキの次々と止まらない思考をそのままのせた話を聞く。


 異世界から来たこの老女の人生はあと数年で終わるだろう。せめて人生の最期に「しあわせだった」と思ってほしいと願った。


 フック神官長はいつの間にか祈っていた。ティーノーンの神々と、息長足姫に。高位神官としてはティーノーンの神々以外にいのるなんて禁忌なのかもしれない。だが、葉月に対してはそれが正しいと思ったのだ。


 葉月の頭に両手を置き、幸せを願いながら魔力を流す。子供に行う祝福の儀だ。簡易的ながら、気持ちを込めて行う。ポワンと葉月の周りから温かい風が吹き、淡い光が粒子になって舞っている。


「フック神官長様。姫が、息長足姫おきながたらしひめが喜んでます。私に感謝を伝えてほしいと。ティーノーンの神々とフック神官長様に感謝すると。今後も葉月を頼むって言ってます。本当ですからね! 」


 フック神官長は自然と笑みがこぼれた。久しぶりに、派閥や利権や権威や威厳などを忘れ、素直にその感謝の言葉を受け取れた。


「わかりました。葉月の事は引き受けました。さあ、ではハヅキよ。これからひと働きしてもらうぞ」


「はい! 喜んで!! 」


 ※ ※ ※


 ペーンは、裏庭で椅子に座り、双子のかけっこのゴールになって受け止める係をした。


 ペーンは、家庭菜園で取れた野菜を刻んだものを乗せて双子と一緒にピザを作って食べた。


 ペーンは、タオのとっておきの酒を全て出してもらい、神官たちも一緒に酒盛りをした。


 ペーンは、タオが久しぶり狩りに行った魔獣を葉月が角煮風にして皆と食べた。


 ペーンは、双子と一緒に地面に枝で絵を書いて、沢山笑った。


 ペーンは、双子と一緒に風呂に入り、双子に体を洗ってもらった。


 ペーンは、キックと嫌々ノーイのおままごとに参加させられ、土団子を食べさせられそうになった。


 ペーンは、キックとノーイの父と母の事を、タオに頼み、板に書き取ってもらった。


 ペーンは、タオに宿屋や飯屋の経営のやり方を伝えた。役所での手続きを確認した。


 ペーンは、孫や親友に囲まれ、親身になってくれる知り合いや意外に長い付き合いになった神官様達に別れを言って、綺麗な寝顔の様な顔で、胸にハーンの遺骨を抱いて逝った。


 ※ ※ ※


「葉月、お疲れ様。葉月はよくやったと思うぞ」


「うん。ペーンさん、ハーンさんを抱えて逝っちゃった。幸せだったって思ってくれたかな? 」


「ああ。皆がうらやむような最期だったと思うぞ。こちらに来て1ヶ月経ったのだな。やっていけそうか? 」


「姫、帰っちゃうの? 」


「ああ、あまり葉月に肩入れすると、後宮を作り、イケメンを沢山侍らせて、浮気したら首をねる暴君になるらしいからな。早急に合祀ごうししてもらわないとな」


 ニヤリと姫はいたずらっ子の様に笑った。


「姫、私、姫がいてくれて凄く心強かった。そして、楽しかった。神様なんだけど、友達って思っていいかな? 」


「葉月、妾はとっくに友達と思っていたぞ。今からも手鏡を通して話はできるから、寂しくないだろう」


「えー、寂しいよ。また、精神体でお茶したいな。帰ってもできる? 」


「ん-、神気が溜まったらできると思うぞ。妾はこちらに来て、大分、神気の無駄遣いが無くなったのか、神気を貯めることが出来ている。時々、お茶でもしよう」


「うん。楽しみにしてる。姫、バンジュートに転移させてくれてありがとう。一つ、お願いがあるの。弥生に、私の妹に、私は異世界で元気にしてるって伝えてほしいの。安心してって言っといてくれるかな? 」


「ああ、わかった。夢枕にでも立って伝えよう。では、葉月、達者でな! 」


「姫も! ありがとう! 大好きだよ! 姫! また、お茶しようね! バイバイ!  」


 姫が葉月の身体からいなくなった。ペーンさんもハーンさんもいなくなった。でも、キックとノーイはまだまだ手がかかる。私は誰かの役に立ちたい。大きな事は言わない。誰か一人だけでもいい。私を必要としてくれているなら、そこには私の存在意義があるから。


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