第28話  ペーンの治療

 ハーンの状態は首をゆっくり動かし2~3語の会話が安定してできるくらいになった。そんな妻を見るペーンの目は期待に満ちている。


 先日までの夫妻は石化が進行すると自分達の状態を見せたくなくて、双子を避けがちだった。もうすぐ来る死にただ怯えて、双子を見ても今後を思うと哀れに思い目も合わせられなかった。


 ハーンに奇跡が起きた。体はまだ動かないが、鉛の様な体のだるさが軽くなり、首が動き、声が出るようになった。ニホンジンなんて酷い人種だと思っていたが、ハヅキは聖女様ではないかと思う。魔法を使わない時も、優しく丁寧な手つきで、介護をしてくれた。少しでも痛みや苦痛が和らぐように、家にあるモノを工夫して対応してくれた。


 ほんの少し顔が動き、声が出る。それだけで、今までと全然違った。キックとノーイに沢山話しかけるようになった。「ごはん、おいしい? 」「もう、ねむいの? 」など短い文だが。久しぶりの祖母の声が嬉しいのか、盛んに孫たちもお返事をしてくれる。「あい、おいち」「むぅ~、ねむねむなの」との激カワなしぐさと言葉に、首から下は動かないのに体をくねらせている気分になった。早くペーンにも治癒魔法を使ってほしい。何回か魔法で治療してもらえば、抱っこしたり、追いかけっこしたりできるようになるのだろうか。いやおうなしに聖女様の力に期待してしまう。


※ ※ ※


 今日はペーンの治療の日だ。高位神官様御一行が夕方に「タオの店」に来る。前日から掃除を念入りにして、家具の配置を変えた。蚊帳は外し、小上がりにはむしろは敷かず、掃除しやすいように大きめのタライも準備し嘔吐対策もばっちりだ。ペーンの事は気になるだろうが、ハーンには別室で待ってもらえるように、ベッドもどきを作りそこに待機してもらっている。夕方までに子供たちはムーの家に預かってもらう。「タオの店」には、葉月、タオ、ムー、カイン、ペーン、ハーンが残っていた。


「緊張する……。昨日、姫に相談して新しい祝詞を考えていたんだよね」


「あぁ、前、手鏡で話していた神様だよね。あの時は自由民になったすぐだったから嬉しすぎて頭が変になったんじゃないかって心配してたんだよな。今日は話す事できたの? 」


「うん。今、私の中にいるんだよね」


「「「えぇーー?! 」」」


「ハヅキは今、実質、神なの? 」


 カインは目をシロクロさせて聞く。


「そんなことはないよ。私は私で、姫とは別人だもの。でも、サポートはしてくれるみたいで、私が瘴気に侵されないように準備はしてるって」


「そうだよ。ハヅキが神様になったら、聖女様よりもっと偉いじゃないか。国王様にもなれるんじゃないかい」


「ムーばあちゃん。お願いじゃ。冗談でも言っちゃいかんじゃろ。不敬罪で捕まってしまうのじゃ」


「そうかい? 神様って偉いんじゃないのかい? ダメなのかい? 」


「神官様の前で言わないでほしいのじゃ。わかったかの? ハヅキはニホンジンなのじゃ。国家転覆を考えてると疑われても仕方ない様な発言はするでないぞ! 」


「あぁ、神官様の前では言わないよ」


「誰の前でも言わないって約束じゃからの! ムーばあちゃんの口はタンポポの綿毛よりも軽いのじゃ」


「疑り深いね。アタイは、約束したら言わないって言ってるじゃないか! 」


「まあまあ、でも神官様には言わないでほしいかな。姫は私が魔法覚えたらすぐ日本に帰るって言ってるし」


 姫の存在は伏せて対応する事に全員一致した。


※ ※ ※


「ハヅキよ! この神気の高まりはなんだ。 この前と全然違うではないか!! 」


 さすが高位神官は違う。


 息を切らしながら走ってきて「タオの店」に飛び込んできたのは高位神官のフクロウ獣人のフックフークだった。冒頭の言葉を発しながら、即座に鑑定魔法を発動させている。近くの路地に入っただけで、空気が清浄になり、神気をビシバシ感じたそうだ。


「称号に『オキナガタラシヒメのいとし子』が増えているではないか! だが、それだけではないはず! ハヅキ、何があったか話しなさい! 」


「……私の二ホンの守護神が、その……私の中にいるんです」


「……」


 神官たちは固まってしまった。神の話を聞けるだけではないのだ。神が宿っているのだ。神官たちは輪になり、自分たちの意見を話し合っている。


「フック神官長様、ハヅキ様を教会にお連れしましょう」


「いや、ティーノーンの神々ではない。異世界の神なのだ。我々の干渉すべきところではない」


「フック神官長様、転移者の治癒魔法を見てから決めても良いのでは?」


「そうだな。あの黒い何かをどうしたらよいのかも聞けるかもしれない。それに異世界の治癒魔法も見てみたい。効果も1回だけでは何とも言えないからな。あの患者たちはもうすぐ神々の国に帰るのだ。それが少し早くなるか遅くなるかだけだ。あの転移者の能力や、治癒魔法を発動した事での身体的精神的負担がどれくらいであるかも調べなければならない。もうしばらく治療に専念させてから考えても良いだろう。店主のタオと結婚の約束をしているそうなので、逃げることはなかろう。ただ、万が一のことがあるから教会から影を付けよう」


 いやいや、神官様達。ヒソヒソ話でもない、全部聞こえてますよー。フック神官長様、結構、クズなんですね。中身は魔法兵士のメーオとあまり変わらないじゃないですか。などと心の中で毒づいておく。どっちにしても治癒魔法を行うのは確定か。この前のハーンの治癒魔法の時は体の中の臓器を持っていかれるような感じがした。今回も同じならばちょっと怖い。タオやムー、カインといつの間にか手を握り合っていた。


※ ※ ※


「では、ハヅキよ。始めよう」


「はい、フック神官長様、ペーンさんにお話ししていいですか」


 ハヅキはペーンに何も言わず始めようとする神官たちを制し、ペーンに治癒魔法の了承を得る。


「ペーンさん、今から治癒魔法をかけさせてもらいます。この前、ハーンさんにかけさせてもらった時は、私から管が出て何か吸い出される感じがしたそうですが、それ以外に痛かったり苦しかったりは無かったそうです。同じことをして、ハーンさんと同じ結果になるかはわかりません。それでも、私の治癒魔法を受けてくれますか?良かったら瞬きを1回、やっぱりやめたいときは瞬きを2回してください」


 ペーンは力強く1回しばたたいた。葉月はペーンの返答を受け、居住まいを正す。


 葉月が略拝詞りゃくはいし奏上そうじょうをはじめた。


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