第11話 奴隷の定義

 グロンの『アンポーンの店』は老舗の高級店なので、葉月を商品としては扱う事が出来ないらしい。


 とにかくハズレの葉月は複数の商人向けの奴隷商人にも引き受けるのを拒否されているようだ。商人向けの奴隷の最低価格は約金貨10枚。やはり九九の7の段が怪しい、バンジュートの文字がかけない、力が弱い人間は必要無いようだ。中古の軽自動車より葉月の獣人国での価値は低いらしい。


 日本から転移してきて、かれこれ8時間は経つ筈なのにまだ空は明るい。同じ時間経過ならもう深夜になるはずだ。時差があるのだろうか。


 グロンの美人秘書チャッマニーに時間を尋ねる。


「私の事でお忙しい時にすみません。今は何時ですか? 」


 時間の概念は一緒だろうか。きっと自動翻訳機能が良い感じで働いて伝わっているはず。


「そうですね。先程午後4時の鐘がなっておりました。何か軽くお食事を準備しましょうか? 」


 流石に老舗高級店の秘書は心遣いが違う。これから先ここより待遇が良くなる事は無さそうなので、遠慮なく頂く事にする。


 食事を待つ間、地球との時差を考える。約9時間の時差がありそうだ。姫は明日の正午頃には話せると言っていた。それまでに身の振り方が決まっていたら良いのだが。


 疲れすぎてぼんやりしていると、チャッマニーが軽食を持ってきてくれた。回転焼きにキャベツと目玉焼きが挟まっている。葉月の地元ではカルチャー焼きと言っている甘くない回転焼きにそっくりだ。チャッマニーが手で持って食べるようにジェスチャーする。


 お腹がペコペコな所に、味が想像できるモノが出てきて安心した。異世界にマヨネーズが無かったら無双ができるかも知れない。 


「いただきます。……しょっぱ!! 」


 とても塩辛い。葉月が健康に気をつけていつも塩分控えめにしているからだけではなく、塩辛い。


 チャッマニーは満足気に頷いた。


「ナ・シングワンチャーは近くの山で岩塩が採れるんです。だから贅沢に塩を使っているのですよ。お塩サービスしてねと屋台の人にたのんでいたんです」


 やっぱり異世界あるあるで塩も貴重なのだろう。チャッマニーの気持ちは嬉しかったので頑張って完食した。追加された塩味で素材の味はあまりしなかったが、お腹は膨れた。お茶のおかわりを何杯ももらいつつ、今後の行き先を握るグロンを見る。


 グロンと目が合うと、気まずそうにスッと目をそらした。まだまだ、行き先が決まらないようだ。


 そこに店員からチャッマニーにメモが渡される。店員との数回のやり取りを終え、グロンに伝えられた。


 グロンは決断したようだ。


「ハヅキ。行き先が決まりました。庶民向けの奴隷商人が引き取ってくれるそうです! 良かったですね! 」


 今にも飛び上がりそうなグロン。そんなにも負担をかけていたのかと思う程喜ばれてしまった。


 ゆっくりお礼を伝える間も無く『アンポーンの店』を後にした。


 迎えに来ていた庶民向けの奴隷商人の使いの者について歩く。『アンポーンの店』から裏通りに入り5分程歩く。段々と道が狭くなり、さらに路地裏の突き当りが庶民向けの奴隷の店『タオ(亀)の店』だった。


 『アンポーンの店』で見た美しい奴隷達は清潔で健康的だった。格子窓の奥で巻物を読んだり書き物をしたり、お茶を飲みながらお喋りをしたり、ボードゲームで対戦していたりと自由で楽しそうに過ごしていた。葉月はグロンの対応や兵士のポメからの情報と合わせ、奴隷は守られていてちょっと行動が制限されるだけと思っていた。『タオの店』に来るまでは……。


『タオの店』の奴隷商人はタオと言う名前の亀獣人だった。


「お前がハヅキじゃな」


 スキンヘッドで長く顎ヒゲを生やした仙人風の奴隷商人は静かに言った。そして葉月をろくに見ることもせず奥に来るように顎をしゃくった。

  

 『タオの店』はとても古かった。しかし、古い床や家具は丁寧に修理され磨かれている。


 『アンポーンの店』の様に魔道具で照らされる事はなく、開けている窓から夕日が差しこんでいる。部屋の中は薄暗く、目が慣れるまで時間がかかった。


 部屋は微かに排泄物の匂いがした。開け放しの部屋の奥には蚊帳を張った6畳程の細長い小上がりがありむしろの上にシーツをかけたベッドに数人が座っていた。1歳位の獣人の赤ちゃん2人、人間の小学中学年の男の子・小学高学年の女の子・高校生位の男の子、寝たまま起き上がれず荒い息をしている中年の獣人の男女がいた。


 タオが奴隷達の前で言った。


「ハヅキよ。ワシがお前を買った。金貨1枚じゃったよ。しかし、隷属れいぞくの首輪や隷属の魔法をかけてらうのに更に金貨3枚はかかるのじゃ」


 葉月は庶民の奴隷になったら、お小遣い程度の給金も無く、金貨4枚でもずっと返済できそうにないなと思いながら頷いた。


「そこでじゃ。自由民になって、ワシを支えてくれんじゃろうか?」


 思ってもいない事に驚き、声が出ない。グロンが言っていた特殊ニッチな性癖の人だろうか? 


「私を愛人にされるんですか? 」


 タオは慌てて否定する。


「いや! 違うぞ! お前は年だ。もうすぐ死ぬだろう。その時、ワシが看取ってやるから、それまでワシの側にいてほしいのじゃ! 」


「プロポーズはじめてされた……」  


 葉月は言葉は乱暴だけど、熱烈な想いを噛みしめる。初めて会ったけど求められるのは悪くない。


「タオのじいさん。そこのおばさん勘違いしてるぜ! 」


 高校生位の男の子が呆れた顔で割って入る。大きな子ども達は蚊帳から出てきて心配そうにタオを見ている。


「タオじぃちゃん。先ずは自己紹介した方が良いんじゃない? 」


 女の子が葉月の前に立ち自己紹介をはじめる。


「私、シリポーンです。シリって呼んで下さい! この子はドウ。私の弟よ。私達はダーオルングから来たの」


 ドウはシリの後から顔だけ出してすぐ隠れた。かわいい。


「葉月です。よろしくね」


 目線が合うようにしゃがんで挨拶をする。シリはニッコリとしてくれた。ドウはちょっとだけまた顔を見せてくれた。


「さぁ。タオじぃちゃんの番だよ! 」


 シリに促され、タオが話し始める。


「タオじゃ。さっきは言葉が足りずに誤解させてすまなかった。単純に、お前に店を手伝ってもらうために引き取ったのじゃ」

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