第5話 なんでそうなるの?


「なんで奴隷。私、何もしてない」


 状況の理不尽さに憤慨ふんがいしながら必死に訴える。ブラック企業に就職することや、マルチ商法や霊感商法に引っかかるより最悪だ。葉月の困惑顔を見て、メーオは侮蔑ぶべつを込めた視線を向け答える。


「アハハ!それはね、君が二ホンから来た異世界転移者だからだよ。先の戦争で、二ホンからの転移者はこの美しい荘苑しょうえんナ・シングワンチャーを蹂躙じゅうりんした!」


 メーオの顔が苦し気に歪む。感情が抑えられなくなったのか、口調が変わっている。


「以前からおとぎ話の域を出ない頻度で異世界転移者はいたんだ。召喚されたのか、自ら転移してきたのかはハッキリはしないがね。ティーノーンと地球があの転移ポイントで繋がっている事は分かっているけど、その他は各国の機密事項で明らかになっていない事が多いんだ。


 そして、今から十年ほど前に人族のターオルング国は異世界召喚を行った。建国して間もないターオルング国は常に他国の脅威きょういに晒されていた。その為、結界を張れる聖者を異世界から召喚したのだ。

 

 十五歳の中学生だった転生者であるニホンジンは、初めは勝手に異世界に召喚された事に憤っていたが、聖者として何不自由ない地位を与えられ、徐々に受け入れていった。ほどなくしてニホンジンは魔術師から教育を施され、強力な結界魔法を張れるようになった。

 

 獣人は十五歳と言えば成人しているが、彼は未熟だった。自分が膨大な魔力量を持ち強力な魔法を使えることを知ると、段々横柄な態度をとるようになってきた。だがニホンジンから有意義な知識や技術を得て生活水準も少なからず向上していたので誰も意見が言えなかった。そう、王族さえもニホンジンの顔色を伺った。


 二年前にとうとうニホンジンはターオルング国を乗っ取った。そして、自分の力を示したいだけの戦争をバンジュート国に仕掛けてきたのだ!」


「そんな……」


 今から十年前に中学生と言ったら葉月の甥や姪と同じ年代ではないか。今の平和な時代を生きてきた日本人が、そこまで他の国の人にひどい事ができるのか疑問だった。だが、息長足姫も言っていたように、急に強すぎる力を持った精神的に未熟な中学生が暴走する事もあるのかもしれない。同じ日本人としていたたまれない。


「ごめんなさい……」


 つい、謝罪の言葉が口からこぼれ落ちる。メーオは葉月に心底呆れたといった視線を向け、大きなため息を吐く。


「はっ。ハヅキに謝ってもらってどうにかなるのか。戦争はたった三日でバンジュート国が勝ったよ。ターオルング国でクーデターがあったんだ。クズのニホンジンに渡すぐらいなら、獣人の国の属国になった方がましだってな!今はターオルングはバンジュート国の領地となったよ。だけど、バンジュートの美しかった森も湖もターオルングに面していた所は半壊した。僕の生まれ育った村も! 勝手だよな。自国で自滅してくれたら良かったのに」


「そのニホンジンは?」


「当然ターオルング国で処刑されたよ。さらし首さ!」


 そこまで憎まれてしまうことをしていたのだとゾッとした。


「じゃあ、なんでわざわざ私を呼んだの? わざわざ危険なニホンジンを呼び寄せる必要なんて無いじゃない!」


「戦後、ティーノーンの神々から神託を賜った者が沢山でたんだ。そのお言葉はほぼ一緒だった。『異世界転移者は今からもやってくる。必ず保護をする様に。その能力は計り知れない富と恩恵をもたらす』と……。我々はこの平和なバンジュート国を守りたい。特にニホンジンの転移者の脅威に前もって対策をしたいと願った。ティーノーンの神々にニホンジンを転移させてくださいと異世界召喚をしたんだ。神々はお答えくださったよ。葉月が今日、日本から転移ポイントに落ちてくるとね!ハヅキ、お前は実験する為にこちらに来るように仕向けられたんだ。いわば、実験動物なんだ!」


 葉月は咄嗟とっさに見た目は豪華な隷属の首輪を握り込み引き千切ろうと引っ張った。途端とたんに手と首に鋭い痛みと息苦しさを感じ、手を離しそうになる。指先や首の周りが熱い。痛い。苦しい。空気を求めてはくはくと口が動き、口の周りや手先足先が痺れてくる。脂汗が伝い、目の前がチカチカしてきた。そして、葉月の目の前が暗転した。


 ※ ※ ※


 鋭い痛みが左頬に走る。メーオが頬を叩き、葉月を起こしたのだ。激しく動いてもカタリとも動きそうにない、どっしりとした椅子に両手足首を拘束されている。


 周りを見渡すと、天井の高い豪華な部屋だ。目の前の一段高くなった所に、いかにも高価そうな金色の装飾過多な椅子に誰かが座っている。いわゆる謁見えっけんの間なのだろうか。葉月の周りには森で出会った兵士の他にも文官風の様々な獣人が揃って整列している。


 豪華な椅子に座っているのは獅子獣人だろう。二十代前半位だろうか。顔周りには豊かな濃い金髪が波打っていて、目付きの悪い三白眼は葉月を舐めるように見ている。。ゴールドのピッタリした詰め襟のシャツに濃い茶色のゆったりした膝丈のパンツを着ていて、長い尻尾が不機嫌そうに床に叩きつけられる。


 きっと、あれが領主のバーリック・シングワンチャー様だろう。羊獣人の文官からバーリックに巻物が手渡された。バーリックは声に出して読み始める。


「ふむ。名前は、ハヅキ・マツオ」


 バーリックが葉月を頭からつま先までねっとりと眺めながら巻物を広げていく。


「お前が寝ている間にもう魔力鑑定済だ。ごまかしはきかんからな。魔法が使えん演技をしても無駄だ。さて……なにっ。四十三歳だと。おいおい、もう少し若くみえたが、もう婆さんじゃないか!おい!文官!我が国の女は大体何歳位まで生きるのだ」


 急いで白髪頭がモフモフした獣人が進み出る。きっと犬種はサモエドだ。


「お答えいたします。我が国の平均寿命は男が四十歳。女は三十八歳となっております。出産は命がけですからな。ただ、終戦後はジワジワと寿命を延ばしております」


「そうか。棺桶かんおけに片足どころか二本目も足を上げて入れてる年ではないか。これではニホンジンの正確な記録が出ないのではないか? 」


 バーリックは明らかに落胆した声で巻物を読み進める。

 

「そして……未婚で清い乙女だと……巫女か?年を取っていると言っても魔力量に期待できるな。死ぬまで存分に能力を発揮してもらおう」


 とたんに、ニヤリと悪い笑みを浮かべ再度葉月を見遣みやる。そしてまた巻物に目を戻す。


「むっ。魔力極小だと?生活魔法のみ使用可。日本神話支局・息長足姫おきながたらしひめより制限あり……だとぉ全!?く役立たずではないか!今すぐ放逐ほうちくせよ!!」


……なんでそうなるの?



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